第七章 これは彼と彼女の物語

61 Re;レコードホルダー

 荒野を一つの影が走る。

 本来地上にいるのはASIDだけだ。人類の生き残りは全て浮遊都市と言う空に生存圏を移した。だが今はその人類の例外、遠征隊が地上にいる。

 

 カーゴ1。地上を只管に走るその背後には十数体のASID。速度差は歴然。もう十分足らずの時間でカーゴ1はASIDに追いつかれるだろう。

 

「囮用のダミーは!?」

「さっき使ったので最後です!」

「浮遊都市の航路発見しました! 合流まで後一時間!」


 今彼女らは敗走していた。

 厳密に言えば、負けたのはたった一機。だが最強の一機だ。この集団の戦力全てを担っている存在が敗北した以上、それは遠征隊の敗北と言えよう。

 

 ドッペルとヴィクティムによるアシッドフレームの常識から大きく外れた戦闘から既に三日が経過していた。

 

 ヴィクティムは大破。ドライバーである誠とミリアは原因不明の昏睡。戦闘単位として機能していない状態に陥っている。

 つまりカーゴ1の戦力は皆無と言っていいにも関わらず三日間も生き延びられたのはまさしく奇跡としか言いようがない。彼女たちが意識して呼び込んだものもあれば、その他の複雑な要因によって得られた幸運もあった。

 

 だがその奇跡も最後までは続いてくれなかったらしい。約六時間前にこの小集団と遭遇し、そこから決死の逃亡が続いている。持ちうるすべての手札を後の事など考えずに吐き出して辛うじて確保した六時間だ。

 

「浮遊都市との通信可能距離まで後二十分!」

「間に合うわけがない! あと十分だって怪しいのに!」


 彼女たちが帰るべき浮遊都市は既に目と鼻の先と言っていいだろう。ヴィクティムの代わりになるような戦力はいないが、それでも人類最後の砦だ。この程度の集団ならば蹴散らせるだけの戦力がそろっている。合流できれば生き延びられるというのに、その目と鼻の距離が今は果てしなく遠い。

 

 何としてでも今彼女たちが持っているデータとヴィクティム、そのドライバーは浮遊都市に送り届けなければいけない。その為に取れる手段は最早そう多くは無い。

 

 カーゴ1に搭載された機動兵器はもう二機存在する。量産型ヴィクティムと目される機体。まだ解析も不十分で乗り手も居ない機体では戦闘行為など望むべくもない。だが今の四肢を失ったに近いヴィクティムを抱えて逃げる事くらいはできるだろう。或いは、後方のASIDの群れに放り込んで短時間の足止めをさせるくらいは。

 

「副長、このカーゴ1とヴィクティムもどき。囮としてはどちらが良質かな?」


 カーゴ1の指揮を執る女性が冗談めかしてそういうと、副長と呼ばれた女性は生真面目に答える。

 

「無論、カーゴ1でしょう。何しろ中に入っている餌の数が違います」


 何ともブラックなジョークだと艦長である女性は笑う。――同僚であった山上雫の死因は聞いている。それと同じことをされるかもしれないと感じて虚心ではいられない。が、ここで躊躇っては何のために都市外に出てきたのか。浮遊都市の切り札を失いかけてまで得た情報。それは間違いなく浮遊都市にとって必要な物だ。

 元より都市外に出た時点で命など捨てたつもりでいる。少なくとも今判断を下すのに自分たちの命に頓着することはなかった。

 

「カーゴ1の足を止めて、徹底抗戦……その隙にフレーム二機で持ち出せるだけのデータとヴィクティムを運び出す、か」


 現状最も可能性のあるプランがそれと言うのが台所事情を感じさせて悲哀を覚えずにはいられない。とは言えそれを嘆く時間も然程残されているわけではない。天秤の傾きは論ずるまでもない。即座に行動に移そうと艦内マイクを手にしたところで。

 

『カーゴ1。そのまま直進を』


 一つの通信が入った。

 聞き返す手間も惜しんでカーゴ1は全力での前進を続ける。そして、それとすれ違うようにASIDの群れに向けて進む影。

 浮遊都市における盾。ハイロベート。一個大隊相当の数が次々と前進し、陣を敷く。それらの機体の肩には参のペイント。

 

「第三大隊……! ここまで動かしていたのか」


 ヴィクティムが来る前までは浮遊都市の切り札だった部隊。浮遊都市の中でも最多撃墜数を誇るトップエースを有する文字通りの精鋭部隊。その部隊と合流できたという安堵感がカーゴ1の人員の気を緩ませる。その間隙を突くように地中から二体のASIDが飛び出してきた。後方の群れは獲物をここに誘い込むための役だったのだと気付いた時にはもう遅い。カーゴ1のコクピットに取りつこうとして――。

 

 一体の頭部がカーゴ1の遥か前方から飛来した弾丸に貫かれた。突如倒れた同族を見て困惑した気配を漂わせていたもう一体も続けて突き進む弾丸によって頭部を撃ち抜かれる。

 取りつかれかけていたカーゴ1に誤射することを一切恐れない精密な狙撃。それだけの技術を持つ人材にこの遠征隊の面々は心当たりがあった。

 

 リサ・ウェイン。前回遠征隊唯一の生き残りでヴィクティムと言う切り札を浮遊都市にまで持ち帰った英傑。その姿にカーゴ1の人員は助けが来たのだと漸く実感した。

 

 ◆ ◆ ◆

 

『337より3番各機へ。保護対象に取りつこうとしていたASID二体を撃破。ここからだとその後方は狙いにくい。狙撃支援は最低限になる』


 たった今感嘆の息を漏らすような狙撃を成した後とは思えない程冷静な声音でリサは現状報告を行う。彼女にとっては今の狙撃など何時もの事で、特別騒ぎ立てるような事でもないというのが態度からも分かる。精鋭ぞろいの第三大隊とは言えども、その余裕には畏怖さえ覚えた。

 とは言え彼女にも限界はある。今の狙撃は手にしたスナイパーライフルの有効射程のギリギリ外だ。本来ならば命中させることなど考えてもおらず、命中しても十分な威力を得られないはずのスナイプ。それを可能にしたのはピンポイントで急所を打ち抜くという二重の離れ業を披露した結果だ。それが出来たのもまともな戦闘機動を取っていないASIDが相手だったからであり、近接戦闘の中を援護する事は流石にリサでも難しい。


『301より337へ。保護対象に取りつく敵の排除を最優先。可能なら保護対象から情報収集を頼む』

『337了解』


 それは第三大隊の面々も十二分に理解している。元より連携訓練が不十分な状態では第三大隊とリサ。その二つが個別に動いた方が戦果が上がるというよく分からない状況になっている。それだけ第三大隊の連携が特化している証ではあるが今現在においてはその利点が不利に働いた結果だ。


「302より3番各機へ。この子の慣らし運転をしたい。すまないが皆手を出さないでくれ」


 そうしたスペシャリストの集団の中でも十六体と言う数を前に気負う事無くそう言える浮遊都市の撃墜王、もとい撃墜女王も大概だ。嘉納玲愛。ハイロベートのカスタム機でも類稀な戦果を挙げていた彼女は今、新たな矛を手にしてその持ち得る能力の全てを解放しようとしていた。

 

 玲愛が今乗るアシッドフレームはハイロベートではない。浮遊都市の技術スタッフが総力を挙げて製造したジェネラルタイプベースのアシッドフレーム。ノマスカスと名付けられたソレはたった一人の少女の為だけに作られた機体。同一構造を持つASIDを素材とし、統一規格の機体を作る浮遊都市においてある意味ではヴィクティムよりも異端な機体だ。

 

 全体的にハイロベートよりも一回り細い。元々のベースとなったASIDが細身だったからと言うのもあるが、四肢の末端だけはハイロベートとほぼ同じ太さと言うのが全体のシルエットをアンバランスにも、逆にマッシヴにも見せている。

 四肢の太さが途中から変わっているのは元々が刃を四肢としていた異形のまま使うわけには行かなかったが故。関節から先を取り外し、新造された手足に付け替えたのだ。その四本の刃はそれぞれ持ち手を加えられて左右の腰に二振りのずつの刀として加えられていた。

 

『301より302。まあ止めても無駄だと思うから好きにしな』

「302、感謝する」


 玲愛はぺろりと唇を舐める。口の端が軽い弧を描いた。一応この機体のデータが入力されたシミュレータで機体の特性は把握している。が、実機を動かすのはこれが初めてなのだ。感じるのは軽い緊張と、興奮。

 

 嘉納玲愛と言うフレーム乗りについて語るのならばそう多く言葉を尽くす必要はない。天才。ただその一言に尽きるのだ。初陣に与えられる機体と言うのは状態が悪い物が通例となっている。貴重なベテランを生き残らせるため彼女たちの方に良い機体を与え、経験の浅い者には余りの機体を与えられるが故だ。その中でも玲愛に与えられた機体は最低と言っていいコンディションだった。端的に言えばその出撃を終えたら廃棄処分か全身部品を取り換えるかの二択を迫られるような状態。

 フレーム乗りとしての適性を見出され、訓練を受けてきた玲愛であったがその成績は芳しいとは言えなかった。或いはその時にASIDの襲撃が無ければ玲愛は戦場に立つことなく、黒いリボンを――不要者の烙印を押されていたかもしれない。

 

 それでも彼女は戦場に立ち――そして己の価値を証明した。

 彼女にとってハイロベートは遅すぎたのだ。重すぎる。鈍すぎる。機体が全く思うように動いてくれない。彼女が感じていたのはそのストレス。

 実戦で玲愛はまずそれを解消する方法を取った。その手段はASIDの攻撃を受けて装甲をはがすという事。あえて敵の攻撃を受け続けるというのは正気の沙汰ではない。だがそれを実行し、機体の軽量化を果たした。

 次に行ったのは機体の制御を一部カットすることだ。自動でバランスを取るハイロベートは玲愛にとって邪魔物でしかなかった。彼女が望んでいたのは自分の意思に従順に動く機体であり、勝手に動く機体など微塵も求めていなかったのだ。残念ながらソフトウェア的にどうすればいいのかなどと言う知識は欠片もなかったので、ハード側を物理的に除去した。流石にこれはASID任せにはできないので自分の手で部品を抉りだした。

 

 端から見ていれば気が狂ったとしか思えない光景だろう。当然、そこまで器用に狙った機能だけを停止させることなど出来ずに通信機能や索敵機能が失われたが――そこでようやく玲愛は多少はマシな動きが出来る機体を手に入れた。

 その結果生まれたのが初陣で敵ASID十二体撃破四体鹵獲と言う一人が挙げるには常識はずれの戦果。

 

 結果が出れば周囲も認めざるを得ない。ましてやそれがまぐれではなく二度三度と続けた頃には玲愛の元には彼女の要望に沿った改造機が与えられるようになった。

 それでも所詮はハイロベートだ。フラストレーションが溜まっていた。ノマスカスはその不満を全て受け止めてくれるかもしれないという期待感で口元に笑みが浮かんだのだ。

 

 そして何よりも、玲愛はこの生き方が好きなのだ。ASIDを狩るという今の人生が楽しくて仕方ない。静かに、喜悦の笑みを浮かべながら玲愛はノマスカスを走らせる。

 

 エーテルリアクターを巡航出力から戦闘出力に。ハイロベートに合わせていた出力が一気に跳ね上がる。通常の五百倍。人類が再現することの出来ない――これまでは原理が分からず、そして鹵獲に成功したジェネラルタイプのエーテルリアクターを解析して技術的に不可能と判明した――高出力が機体に行き渡る。

 エーテルレビテータを起動。空を飛ばす程の浮力は得られない。それでも地表すれすれを滑空するには十分な力場が発生する。これによって地面にいるだけでは不可能な機動を実現する。

 

 手にした槍を構える。唯一ハイロベートから残した武装は何よりも手に馴染み、そしてだからこそ機体性能の差が分かるという物だ。

 玲愛は気負うことなく、まずは何時も通りに一撃。

 その何時も通りが曲者だった。玲愛の何時も通りの一撃と言うのはその時点でハイロベートの枠を超えている。機体性能を最大限に発揮した運動性能もそうだが、何よりも彼女はエーテルの操作技術に長けている。ハイロベートのエーテル出力を一点に集中させた突きはジェネラルタイプにさえ傷を負わせたのだ。そんな収束技術を、ジェネラルタイプの出力で行えばどうなるか。

 出力が上がったことによって向上した突進力。そして頑強性。更には全てを貫く魔槍でもまだ控えめだろうという一撃が組み合わさればどうなるか。

 直線上にいた三体がまとめて吹き飛ぶ。ドッペルがエーテルの出力任せに行ったことと原理はほぼ同じ。出力差を搭乗者の技術によってカバーした結果同じ光景が生まれたのだ。

 

 流石にそれは自身でも予想外だったのか。玲愛がコクピットの中で目を丸くする。

 

「すごい」


 だがその口元には楽しげな笑みが浮かんでいる。他の部位が表情を浮かべていないため酷薄とも見える笑みは余計に際立った。

 

 例によって数体の損失など気にしていないのか、ASIDがノマスカスを取り囲む。玲愛は更に槍で数を減らそうとしたがそこで頼まれたことを思い出した。

 ジェネラルタイプの出力を持つノマスカスはハイロベートでは扱えないような武装を扱う事が出来る。そのテストをお願いしたいと出撃前に頼まれていたのを思い出したのだ。――正確には、機会があれば使ってデータを取ってほしいという事だったのだがそのあたりは聞いていなかった。

 

 槍を一度背中にマウントさせて、左腕の固定武装を試す。

 

 やや大型の発射装置とその砲門。一門だけだがそれはヴィクティムを知る者ならば馴染み深い物。

 

 誠の様に気合いの入った口上を入れることなく、淡々と引き金を引く。

 

 吐き出されるのは無数のエーテル弾頭。一門だけではあるが、エーテルバルカンが搭載されていた。

 元々、ヴィクティムの武装を浮遊都市でも再現しようという動きはあった。そしてそれらの幾つかは模倣に成功していたのだ。ただ、どれもハイロベートでは出力不足と言う問題を除けば。

 ハチの巣にされるASIDを見て中々の威力だと玲愛は満足するが、やはり射撃武器と言うのは好みではないという再確認でもあった。直接切りつける方が性に合っているのだろう。

 

 その点で行けば、尾てい骨の辺りにマウントされたもう一つの武装はそれなりに満足させられる装備だろう。

 

 グリップを右手で掴みそれを引き抜く。柄尻からはケーブルが伸び、やはり尾てい骨のあたりのユニットに繋がっている。手にするのは刃の無い剣と言ったところだろうか。その正体に言葉を費やす必要はないだろう。

 

 操縦桿を捻る事でユニットからエーテルが供給される。柄から伸びるエーテルの刃――機体内に内蔵させることが出来ずに供給ケーブルが付くことになったがエーテルダガーその物である。

 

 無造作な踏込と袈裟からの振り下ろし。だがそれはノマスカスの発揮できる最高のパフォーマンスを見せつけて一体を分断する。

 だがそれにも不満が残るのか。今一手ごたえが薄いと玲愛は首を横に振る。やはり実体のある物が一番だという結論に達したらしい。

 

 グリップを元の位置に戻し、腰から引き抜いた二本のブレードを両手に握る。

 ジェネラルタイプの四肢を手持ち武器に改造したこれは、ハイロベートが持つ鈍器なのか刃物なのか分からないような代物とは違う。純然たる刃物。本来ならばすぐに刃が鈍ってしまうという欠点をジェネラルタイプの出力によるエーテルコーティングと言う力技で解決している。

 

 搭載されている武装の全てはジェネラルタイプの出力ありき。出自を考えれば到底量産化など不可能な機体だからこそ最新の技術を惜しみなく投入されている結果機体性能はヴィクティムに次いで高い。だが果たして他の誰かが乗ってこれほどの動きが出来るかどうか。

 踊るような動きで残ったASIDを解体していくノマスカスの姿はヴィクティムかあるいはそれ以上の余裕を感じさせる。

 もしも、有り得ない話だがこの両者が戦った場合。今のヴィクティムでも地上戦に限定した場合十回に二回程度は落とすのではないだろうか。

 

 鬼才としか呼べぬ嘉納玲愛という操縦者と、アシッドフレームと言う系譜の中のイレギュラーであるノマスカス。この一人と一機の戦闘単位は改めて浮遊都市のエースと言う存在を思い出させるには十分な物だった。

 

 刀身がASIDの装甲を切り裂く。収束されたエーテルコーティングはブレードに天下無二の切れ味を与えてくれる。まるで抵抗など無いかのように刀身が滑るが、それでも鉄が鉄を切り裂く手ごたえを感じる。その事に玲愛は満足げな笑みを浮かべた。

 ASIDの攻撃を地面を舐めるようにして躱す。そのまま足元からの斬撃で相手の足を落とした。膝から断ち切られ、胴体が落下を始める。それが地面に着くよりも早くノマスカスが独楽の様に回転する。白刃が二度煌めく。そのたった二度の斬撃でそのASIDは胴を四分割にされた。

 そして回転の終端。踵でその断片の一つを蹴る。正確な足による投擲は四角から忍び寄ろうとしていたASIDへの牽制。

 これで三体。

 

 不用心に――或いは今撃破された一機が足止めくらいは出来ると判断したのか――前に出た一機の肩にノマスカスの手を乗せる。

 エーテルレビテーターの力場を発生。手のひらを起点とし片手で逆立ちをする。そのまま天地を入れ替えた状態で機体を安定させ、ブレードを一閃。頭部を正確に叩き潰して四体目。

 

 ASIDは追い詰められたと判断するとその情報を持ち帰るために逃走に走る。遠距離武器の無いノマスカスでは少しばかり面倒なことになるのは目に見えているので玲愛の理想としては敵がそう認識するよりも早く全滅させる事。

 

「……ハーモニックレイザー欲しいな」


 この機体の出力ならば問題なく扱える。無論そうするためには後方で控えている同僚たちを下がらせる必要があるのだが。

 

 ノマスカスの欠点はこれだ。浮遊都市の中ではトップクラスの出力を持っているのだが、その出力についていける装備が極端に少ない。浮遊都市の技術力ではヴィクティムのエーテルカノンやハーモニックレイザーの様な大出力に対応した装備を用意できないのだ。

 つまり現状のノマスカスは攻撃力面に関してはハイロベートに毛が生えた程度だ。エーテルバルカンもエーテルダガーもヴィクティムの物と比べると出力が大分劣る上に装置が大きすぎる。取り回しの観点でも余り良いとは言えない。

 だが玲愛としては機動力の一点だけでもこの機体に乗った甲斐があったと言えるのだから文句は無い。ただ、ほんの少しだけこういう時にまとめて片付けが出来ないのが面倒なだけである。

 

 一先ず、玲愛が考えるのは敵を逃がさない方法。近くにさえいれば瞬殺できると自然に考え、敵を誘導する。あえて苦戦しているように見せかけて敵の攻撃をぎりぎりで躱す。

 機体の表面を掠めていく剣戟に玲愛は口元の笑みが深まっていくのを感じる。その感情を表すのならば素晴らしいの一言に尽きる。

 機体が思うように追従する。むしろその反応はダイレクトすぎてハイロベートに慣らされきっていた玲愛では一瞬過敏に感じてしまうほど。だがその戸惑いも一瞬の事だ。これだけ操縦に対して機体が直接的に反映されるのならば、今まで以上に機体を繊細に操作させることが出来る。

 攻撃を躱す。躱す。掠めていた攻撃が触れるか触れないかの位置になる。羽で撫でたような位置から薄皮一枚を隔てた位置になる。

 

 無骨さしか感じぬ兵器の舞踏。だがそれはどこか可憐な妖精が楽しげに舞っているように錯覚させる。さしずめASIDはその妖精に誑かされた旅人か。

 一体。また一体とその舞踏に参加者が加わる。その間も妖精は舞い続ける。鬼さんこちら手の鳴る方へ、そんな言葉さえ聞こえてきそうだった。

 そしてその参加者の数が十二に達したところで妖精が豹変した。

 元々美しいだけの妖精など稀だ。その性質は戯。人にとって致命的か否かは兎も角大半は悪戯好きなのだ。ここにいる妖精も例外ではない。

 

 両足を広げて、姿勢を低くしながらの回転攻撃。先ほど見せた物とほぼ同じ動作。二体ほどは咄嗟に宙に飛んで対応した。三体ほどはガードの姿勢を取った。四体ほどは回避を諦めてカウンター狙いの構えを取り、残りは完全にノマスカスを見失っていた。

 剣の嵐。その攻撃は一回転では終わらない。広げていた足を徐々に狭めながら、機体を起こしていく。その間も回転は止まらない。まるでミキサーの中に放り込まれた食材の様にASIDを細切れにしていく。ガードも反撃も跳躍も全て飲み込んでいく竜巻。

 

 そして回転が止まり、両手に構えていたブレードを元あった腰に戻す。それと同時細かく分解されたASIDの残骸が空から降り注ぐ。

 

「決まった」


 会心の笑みを浮かべる玲愛だがそこに溜息交じりの通信が入る。

 

『301より302へ……お前、鹵獲の事忘れてただろ』

「……あ」


 レコードホルダー嘉納玲愛。撃墜数トップと言う功績に対し、鹵獲数に関しては絶対数の多さから上位にはついているが割合的には浮遊都市最下位の女であった。

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