60 トーチャーペネトゥレイト

 それは一見すれば槍だった。

 長物。

 全長がヴィクティムの全高を超える程度。真っ当な槍ならば石突を地面に突き立てれば穂先の辺りが丁度ヴィクティムの目線に来る。尤も、その槍に石突という物は無い。穂先の逆側。末端となる部分はヴィクティムの腕と接続するためのコネクタ。真っ当ではないとはこの事だ。本来ならば握るべき槍は、腕へと装着する形となっていた。

 装着部分はグローブを嵌めるように拳を包み込む。そのまま上腕部をロックし、腕全体で槍を振るうような形となる。

 特徴的なのはその穂先。まるで潰したかのように水平な円柱状を晒している。

 

 トーチャーペネトゥレイト。ヴィクティムが惑星環境に重篤な影響を及ぼすと述べ使用を避けるべきと言ったまさに世界に終焉をもたらしかねない武装。

 無論、それはヴィクティムを失えば人類に勝ち目がないという前提があり、それが現実の物となれば使用も致し方ないという警告だった。

 

 しかし、この武装を使うと決めた時の誠とミリアの頭の中にそんな人類全体の事は僅かたりとも残っていない。

 死にたくない。

 ただ一つその想いに突き動かされてこの武装の使用に踏み切ったのだ。

 

《トーチャーペネトゥレイト起動シークエンスを開始。生成エーテルを供給》


 ドッペルにもこの槍の危険性が分かるのか。一気に飛び退いて大きく距離を取った。そのまま警戒するように対空を続ける。


 ヴィクティムのRERから多量のエーテルが吸い出されていく。その貪欲さは嘗てない速度で減っていくヴィクティムのエーテルを見れば一目瞭然だ。貯蔵されていたエーテルを食らいつくし、RERから供給されるエーテルを端から飲み干していく。だが――それでもまだ足りない。目覚めるには程遠いと言わんばかりにヴィクティムのエーテルを消費し続ける。いまだ沈黙を保ったまま。

 

「おい。どうなってんだこれ!」


 起死回生の切り札――のはずだったのだが、現状は最悪だ。今のヴィクティムは辛うじて落下速度を留めるためのエーテルレビテータを稼働させているだけで残りは全てトーチャーペネトゥレイトにエーテルを注いでいる。従って、エーテルコーティングも張られていないし、機体の指先を動かす事さえ出来ない。

 

《トーチャーペネトゥレイトの消費エーテル量が想定をはるかに超えています。現状の出力では起動不可能》

「ウソだろ!?」


 ジョーカーだと思っていた札が実はブタだったなど笑えない冗談だ。切り離そうとするが、そのコントロールも受け付けない。ドッペルが警戒をやめ、次に吶喊してきた時が最期となるだろう。

 

「もっと出力を上げられないのか!」

《警告。現在当機はRERを限界駆動中。これ以上の出力向上は望めな――》


 ザサッと。ヴィクティムの言葉にノイズが走った。まるで本人の意思に反して言葉を中断させられたかのような不自然な途切れ方。


《不明なデバイスの接続を確認。デバイスドライバーのインストール開始――エラーエラー。このデバイスは当機に対応――しております。デバイスドライバーのインストールを中断。当機の最大優先事項に抵触。搭乗ドライバー保護機能――カット》

「ヴィクティム?」


 支離滅裂な事を言い出したヴィクティムにミリアが不審そうな声を投げかける。だがヴィクティムには応じる余力は無いのか。何かに抗うように否定と肯定の言葉を吐き続ける。


《RERのドライバーを更新中、更新ちゅ――システムの復元を行います。三十分前の状態に復元を開始――復元をキャンセル。ドライバーの更新を完了――逃げ――》


 何かを言いかけたヴィクティムの言葉が中途で途切れた。そして次に発せられた音声は何時も通りのヴィクティムの物。

 

《VICTIM.ver1.28を終了しました。VICTIM.ver0.93を再起動します》


 だがその内容はこれまでに聞いたことのない内容。異常事態を察知するよりも前にヴィクティムの音声は続く。

 

《コードトリプルシックス。RERの全リミッターを解除。ユニゾンレベルマキシマイズ。スタート》


 言葉と同時。柏木誠と言う自我は解けて消えた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ヴィクティムに訪れた変化は劇的な物だった。

 全身の装甲を走る回路めいた模様。それに合わせて装甲が展開する。露出するのはエーテルの供給ライン。今そこを流れているのはRERの限界出力とされた通常型の2000倍という数字さえも遥かに超えるエーテル量。それは今眼前にいるドッペルと等量――どころかそれをも凌駕する出力。失われた左腕と右脚の切断部からまるで失われた部分が生えたかと錯覚するほど濃密なエーテルが溢れ出す。

 それだけではない全身の回路めいたラインからも機体内に留め置けないエーテルが溢れている。それも当然だ。ヴィクティムの機体設計はこれほどの高出力に耐えられるように出来てはいない。もとよりかなりタイトな設計なのだ。それを簡単に超えられては機体が先に参ってしまう。

 装甲を展開したことで外見は幾らか変わっている。だが最大の違いは頭部だろう。ツインカメラを保護するためにあったような庇。それが下にスライドする。そうして露出するのは頭部の前面を覆うライン状のセンサ。怪しく赤く光るセンサに呼応するように機体の色さえも変わっていく。

 

 純白だった装甲は白銀に。青いラインは更に輝きを強くして金色に。背中から伸びていたエーテルの翼は六枚三対に。その色も黄金色。拡散していくエーテルの波動が周囲に円を描く。

 

 四肢を欠けさせていても、いやだからこそ余計に神々しさを感じさせる。

 

 旧時代の宗教に精通した者がこれを見れば天使の姿を連想しただろう。それも審判の日にラッパを鳴らす方の。

 

 ゆっくりと、トーチャーペネトゥレイトの穂先が回転を始めた。その度に、周囲の空間が渦を巻く。風を起こしているわけではない。文字通り空間を歪めているのだ。まるで陽炎のように見る景色が揺れる。

 空間干渉兵器。ハーモニックレイザーが高速振動によって大気を切り裂く刃なら、トーチャーペネトゥレイトは空間毎巻き取る槍とでも言えば良いのだろうか。

 

 駆動を始めたトーチャーペネトゥレイトを見てドッペルがとった選択肢は――なんと逃走。勝ち目が無いと判断したのか、或いは単に彼の個体の優先順位が変わったのか。

 だが今この場にその事に疑念を持つ意志あるものはいない。

 

 ただ一目散に背を向けて逃げるドッペルと、それを追うヴィクティム。両者が移動したのは地上のカーゴ1にとっては幸いな事だったと言えよう。あの場で戦闘を継続した場合、万に一つも彼女たちに生き延びる道はなかったのだから。

 

 二機は交錯しながら空を駆ける。ドッペルが手にした刃。それはどことなくハーモニックレイザーに似ていて、それでいて全く別の武装。この局面で抜くという事はドッペルの切り札なのだろう。振り下ろされたそれをヴィクティムはトーチャーペネトゥレイトで迎撃する。

 互いの得物が触れた瞬間、一方的にドッペルの刃がまるで飴細工の様に捻じ曲がった。エーテルコーティングも何もかも無視したその不条理は空間毎捻じ曲げた結果。だが何よりも恐ろしいのはその後だ。

 

 トーチャーペネトゥレイトの穂先を突き刺した空間には何もない。本当に何もないのだ。光を発していないだけならばそこに暗闇がある。そういう事ではないのだ。本当に、何もない。認識しようとするとおかしな感覚を覚える。現行の物理法則では追い切れない何かがそこで起こっている。

 更にはその何もない空間の周囲。まるで紅茶にミルクを落としたかのように空間とドッペルの刃が溶け合っている。こちらは容易く視覚化できる。そのおかげで余計にその中心部の得体の知れない虚無が際立っているともいえるが。

 

 空間をそこにある物質ごと歪め、捻じり、抉じ開け、そしてそれを永続の物とする。

 

 それがトーチャーペネトゥレイトの性質。一度干渉した空間は何をしても戻せない。この奇妙な虚無もその周辺の混ざり合った異質な空間も、永遠にこのままだ。

 なるほどヴィクティムの言うとおりだろう。仮にこんな空間が世界全域に広がればそれは間違いなく終末の日である。

 既にここに至るまでの間、トーチャーペネトゥレイトを起動させていたが実際に突き刺すまでは干渉は最低限だったのだろう。穂先が辿った軌跡に沿って目を凝らすと分かる捻じれが存在する程度の被害で済んでいるのだった。

 

 穂先を翻しての次の一手。それはドッペルの胸部を貫こうとする一撃。だがその様に分かりやすすぎる攻撃ならばドッペルは原理不明の先読みで回避が出来る――間に合えばの話だが。

 結論から言えば間に合わなかった。今のヴィクティムの速度はドッペルを上回っている。辛うじて致命傷を避けたが、右肩を抉られた。そのまま周辺が歪み始めるよりも早くドッペルは自分の右腕を捨てた。手刀で肩口から切り裂くことで縫いとめられた状態から脱出する。かつてドッペルの腕があった空間が混ぜ途中のミルクティの様に代わる。

 

 戦況はヴィクティムに圧倒的有利。だがそれがそのままヴィクティムの勝利になるかと言えば微妙なところではあった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 深い、深い海の底。

 それは誰かの心の中なのだろうと誰かは思った。自分とは別の誰かにとってその周囲の世界とはそのように感じられるのだろうと。

 息が出来ない。

 光が見えない。

 水圧に押しつぶされる。

 

 何とも、誰かにとっては優しくない世界だ。まるで空を飛べる鳥を海の底に閉じ込めたようではないか。せめて深海魚ならば救いがあっただろうに、その誰かはあくまで空を望んでいたというのが救えない。最初からこの海の底にいたわけではない。最初は、ほんの一瞬だけこの誰かは空を飛んでいたのだ。海の上にいたのだ。だが即座に海に引き摺り込まれた。

 

 いつも何かに迫害されて。

 いつも誰からも見向きもされず。

 何時だって希望を求めても得られなかった。

 

 一般的に言えばそれは不幸なのだろうと誰かは思った。他者からの共感を得られない人生と言うのは孤独だろう。それでも構わないという人間ならばそれでよいのだろうが、この誰かはそれを求めていた。求めて求めて、得られずにいた。

 

 更に深く深く落ちていくと海流が荒れ狂った。

 これまではまがいなりにも静かだった世界が急に荒々しさを増す。その一方で、周囲を漂う光が増えた。その正体は誰かには分からない。ほんの少し明るくなって、それ以上に過酷な環境になった。

 

 誰か共感してくれる人が現れたのだろう。それと同時に更なる過酷な空間に放り込まれたのだろう。そしてその光も、周囲を漂うだけで決して寄り添ってはくれなかった。

 

 つまるところそれが、私(ダレカ)の見ている世界だった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 高い、高い空の上。

 

 突然そこに放り込まれた。それが誰かの心理を端的に表しているのだと誰かは思った。

 

 足場がない。

 方向が分からない。

 飛び方も知らない。

 

 恐らくその誰かは陸上で生きる生き物だったのだろう。それが突然空高くに放り出された。

 高度は有り得ない程の数値。きっと地面に辿り着くよりも早く寿命が来る。

 

 言い換えれば、その誰かは生涯を空で過ごすと決定づけられたのだ。本来陸で暮らす生物なのに。そして哀れなのはその誰かは地上での記憶を失ってしまっている様だった。それなのに自分は陸の生き物だと分かってしまうのが不幸だった。

 

 自分の立ち位置が分からない。

 自分が帰る理由が分からない。

 自分がどうやって帰ればいいのか分からない。

 

 この環境に適応して、空を飛べるようになれればよかったのだろう。だがあくまでその誰かは地上で生きることを望んだ。

 落下して落下して――地面は遠ざかっていく。

 どれだけ地上を切望しても世界はそれを許さぬと言わんばかりに遠ざける。上に落下するという奇妙な現象。それでもその誰かは帰りたくて帰りたくて仕方なくて涙する。

 

 結局のところそれが、俺(ダレカ)が放り込まれた世界だった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 空の上。海の底。私(オレ)がいるのは海(ソラ)で俺(ワタシ)がいるのが空(ウミ)。

 混ざり合っていく。溶け合っていく。

 

 かつてここにいたのが柏木誠とミリア・ガーランドと言う個人だった事など僅かも残っていない。ただあるのは二人の魂、生エーテルのみが溶け合い、一つに融合し、新たな何かを生み出そうとする働きだけ。

 

 その最中で嘗て柏木誠だった存在はミリア・ガーランドの絶望を知って、ミリア・ガーランドだった存在は柏木誠の渇望を知った。

 だがそれも意味のないことだ。二人は一つの存在になる。互いの記憶は溶け合い共有し、同一の物となる。果たしてその結果、何が生まれるのかは分からないが確実にいえることは一つ。この二人と言う存在は世界のどこからも消えてなくなるだろうという一点のみ。

 

 二人が混ざり合ったものが、ヴィクティムの主記憶装置に流れ込んでいく。


 コクピットの中で起きている現象はヴィクティムには何の影響も与えていないらしい。

 操る者はいないというのにヴィクティムは苛烈なまでの攻撃を続ける。ASIDの存在を許さない。お前たちはここで滅びろと言わんばかりの憎悪。無いはずの感情を発露しながらヴィクティムは槍を振るう。

 

 ドッペルもただやられるだけではない。徒手空拳で対抗するが勝負になっていない。何よりドッペルがその出力を活かせる装備を持っていないのが大きい。幾ら膨大な出力があってもそれを効率的に運用するには何らかの出力装置が必要だ。

 ドッペルの足刀が弧を描いてヴィクティムの横合いから襲う。それを迎え撃つのはヴィクティムの失われた足を埋めるかのように噴出するエーテル。エーテルコーティングでも、エーテルダガーでもない。何も加工されていないただのエーテル。それとぶつかり合っただけでドッペルの足が弾け飛ぶのは有り得ない程の隔絶した出力差が成し得た一つの法則だ。

 

 現在のドッペルは通常の三倍の出力――つまり通常型に換算すると六千体分と言う有り得ない数字を叩き出している。この地上にいるクイーンでさえそれ程の出力は出せていない。

 クイーンASIDはあらゆるASIDの頂点。故に、クイーンを超えるASIDは存在しない。しかし現にこうして存在するドッペルと言う個体。その矛盾は一体何なのか。答えを出せる人間はいない。

 

 ではその有り得ない数字のドッペルを易々と超えるヴィクティムの現在の出力は、通常の七倍。つまりは一万四千体分の出力。それもまだ打ち止めではない。秒単位で出力は上昇を続けている。それが内部で起きている事象、ドライバー二名に起きている融合の進捗率に応じての物だ。

 

 最早ドッペルに活路はない。耐えられて後十数秒。その十数秒でさえ幾つかの奇跡を乗り越えて漸く得られる時間だ。

 

 ヴィクティムのトーチャーペネトゥレイトによる被害(・・)は深刻な域に達している。空中に取り残された数十もの虚空。狂ったように、それでいながら目標だけはしっかりと定めて暴れまわるヴィクティムだったがドッペルがいなくなった時にどうなるのか。次の行動が全く予想できない。

 ヴィクティムのAIだけではここまで高度な戦闘行動をとれない。否、取ってはいけない。それは一体ASIDとの差がどこにあるというのか。浮遊都市の人間がここにいたら恐怖を抱く姿なのは間違いない。

 

 力任せに、ドッペルが追い詰められた。トーチャーペネトゥレイトがドッペルの頭部を貫く。一瞬でその頭部とその周辺に虚無を撒き散らす。同時にドッペルの出力が激減した。RERの共鳴反応が停止する。通常型よりはまし、と言う程度の出力に落ち込んだ。こうなっては万に一つの勝ち目も無いと言い切れる。

 力なく伸びたドッペルの左腕。それがヴィクティムの胸部に触れた。攻撃ではない。仮に攻撃だったとしても何の効果も見込めなかった行為。

 

 行われたのは通信。人類側の規格に則った、人類の扱っているデータによる通信。

 送信されたデータの総量はそう大きな物ではない。だがその変化は劇的だった。


 0と1で構成された情報の塊。それを受け取って、ヴィクティムは――普段誠たちと接しているヴィクティムは己の制御を取り戻した。

 ドライバーのステータスチェック。フィジカル異常無し。生エーテル異常あり。両名の境界線が消失しかけていると診断。対応は緊急を要する。それらの判断を一瞬で下した。


《RER緊急停止! 右腕部切り離し!》


 |慌てた(・・・)ような声を出して、ヴィクティムは迅速にドライバー保護のために動き始めた。まずは右腕部を、トーチャーペネトゥレイトを切り離す。そこから送信されたデータによってヴィクティムは自身の身体である機体制御を奪われたのだ。その奪った相手が一体何者かと言うのはヴィクティムにも知覚できてはいないが同じ轍を踏むわけにはいかない。切り離されると同時、ヴィクティムが何かするよりも先に腕ごと亜空間である武器庫へと消えて行った。

 RERの過剰運転。それが共鳴を更に押し進め合一化を果たそうとしているのは機体のログからも分かった。その結果生じた何かが自分の演算に大きな影響を与えていることも。

 

 動力部の停止。残った唯一の腕の分離。それはヴィクティムが自身の戦闘力を放棄したも同然だった。それでもヴィクティムはドライバーの保護を優先する。

 最優先事項。柏木誠の保護。それを成すために。

 

 不思議な事に、ドッペルはそのヴィクティムを攻撃しなかった。頭部を潰された以上ASIDならば動けないのは当然だが、既にドッペルは潰された後に左腕を動かしている。その気になれば今のヴィクティムを攻撃し、撃破することも可能だっただろう。

 だが、ドッペルはやるべきことは全てやったとでもいうかのように緩やかに落下していく。そしてヴィクティムから十分に離れたところで機体内のエーテルを全て暴走させ、崩壊した。それをヴィクティムにしがみついて行っていれば相打ちに持ち込めたのは確実だったにも関わらずだ。

 

 その原因をヴィクティムは究明したいと思ったが、今はそれどころではない。再びドライバーのステータスチェック。生エーテルの癒着は剥離に成功。それぞれが個別のエーテルを持った人間として再定着。しかしエーテルへのダメージは深刻。それによる肉体への悪影響も懸念。大至急医療施設に搬送すべきと言う結論を下した。

 機体ステータスチェックを行う。こちらもひどい状況だった。ドッペルによって破壊された部位。自身の暴走によって消耗した部位。移動困難と言う結論を出すのに時間はかからない。ここからカーゴ1に合流するには一体どれだけの時間がかかるのか。それ以前に機体がそこまで持ちこたえられるかと言う疑問の方が大きい。

 

《残留エーテル量から機体行動可能時間を計算――計算終了》


 先ほどまで満ちていた多量のエーテルはその殆どが拡散してしまった。RERが停止してからヴィクティムがエーテルの経路を再調整するまでの間に機体の損傷部から一気に漏れ出した形だ。その僅かな残滓で活動できる時間は目一杯節約しても三時間が限界。どう足掻いてもカーゴ1に合流できない。

 

 RER自体はまだ無傷だ。あれだけの出力を出した後だというのに異常は見られない。ヴィクティムはその事に恐怖を覚える。

 

《思考部に不明なエラーを感知。修正……失敗。修正……失敗》


 自身の思考に生じたエラーを修正しようとするが上手くいかない。今は誠とミリアを助けるための計画を立てなくてはとヴィクティムは思案する。

 自身の変化にヴィクティムはまだ無自覚だ。それだけの柔軟性のある思考。それは再起動するまでに持ち合わせていなかった物。ヴィクティムにも重大な変化が生じていた。

 

 ともかく、RERは動かせる。だがその燃料たる生エーテル。それを誠とミリアから受け取るわけにはいかない。それをしたら今の二人には致命傷に成りかねない。しかしこのままでは二人とも死に至る可能性が高い。優先事項にしたがってミリア見捨てるべきかと検討を始める。だがそれはやりたくないと、これまでだったら検討するまでもなく下していた判断をそう評価した。同時、ヴィクティムはある事に気づく。

 

《生エーテルを検出》


 ヴィクティムの機体その物が生エーテルを宿していた。それが先ほどの暴走の最中、誠とミリアの生エーテルが混ざり合った物がヴィクティムに流れ込んだ結果だと言うのはヴィクティムも知らない。今重要なのは、二人に負荷をかけずにRERの起動が可能になったという事。

 

 RERが再びエーテルを生み出す。それは普段のヴィクティムからすればささやかな生成量ではあったが、機体を移動させるには十分な物だ。

 

《ビーコン確認。カーゴ1の現在位置を特定》


 カーゴ1の現在位置を取得するとどうやらヴィクティムの後を追っていたらしい。想定よりも近くにいる。これならば最初の想定の半分で合流できるかもしれない。機体も持ちこたえられるかもしれない。

 ドライバーの二人を助けられるかもしれない。それは今のヴィクティムにとって不可解なデータのやり取りが増大する情報だった。

 

《現状の最高速度で移動を開始》


 ドライバー二名の命を救うべく。ヴィクティムは己の意思で機体を動かし始めた。

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