59 偽らざる本音
腕の中に力を失った雫の身体を抱きかかえる。
元々、別れは必然だった。誠が帰りたいという思いを抱いて、それが実現できたとしたら別れは不可避の物だったと言えるだろう。
だからそれが早まっただけ。もとより別離は規定事項。
そう思うことが出来たらどれだけこの悲しみは減るだろうと誠は思う。
何時か別れは来ると思っていた。だがそれは納得した上での別れ。こんな、胸を裂くような喪失感を伴う物ではないと思っていた。同時に悟る。これが雫が恐れていたことなのだと。奇しくも彼女の不安が的中してしまった形になる。二度と会えない。その予感だけはこの上なく正鵠を射ていた。
むしろこれが正常。何時隣の人間が命を落とすか分からない。そんなこの世界の真実を、ヴィクティムの性能と言う強すぎる光によって眩まされていた。
叶うならこのまま悲嘆に暮れていたい。そんな贅沢が許される立場ではないと分かっていても、誠にとって浮遊都市で全面的に信頼できる一人を亡くしたのは大きな痛手だった。実利面でも、精神面でも。
そっと雫の身体を横たえさせる。彼女が遺した端末を取り出した時に、一枚の写真が落ちた。
「これは、司令室の?」
誠が以前見た写真と同じ物、なのだろう。断定できないのはそれが真っ赤に染まっているからだ。雫の血液をしみこませた写真は辛うじて人の輪郭を見せるだけで識別を不可能にしている。誠がその中身を推測できたのは一度同じものを見ていたからと言うのが大きい。
だが、それが写真だと分かっても何故雫がそれを持ち出したのかが分からない。何か大きな意味があったのかもしれない。――だがその疑問に答えてくれる人はもういないのだ。
ヴィクティムのコクピットの中に戻る。その間誠もミリアも無言のままだった。雫の遺体はここにおいていく。本来ならば、死後までASIDに玩ばれることがないようにきっちりと処理をすべきだと頭では分かっている。分かっていても誠には出来そうにもない。初めて会った時のリサの強さが今になってよく分かる。到底正気で成せるような行為ではない。
「ヴィクティム。外の状況は」
誠自身驚くほど平坦な声が出た。感情は振り切れてしまったのだろうか。先ほどまで感じていた悔恨や悲哀そう言ったものは微塵も感じられない。
《現在もドッペルはASIDと交戦中。ASID総数は現時点で約三割が喪失》
「そうか」
ドッペルはあれだけの大軍を前にしても一歩も引かず、むしろ殲滅する勢いで動いているらしい。
「あのウサギ野郎は」
《――不明。当機の観測範囲に反応はなし》
元々地上の群れとは別行動だったようだからこの場に留まっていないのは道理だった。以前にもその逃げ足は見ているので驚くには値しない。ただ次に会ったら確実に殺すと、静かに決意するのみ。
誠が今とれる選択肢はそう多くはない。カーゴ1の防衛に専念する。或いは地上に乱入して三つ巴の状況を作り、ドッペルを討つ。とは言えどちらにもリスクはある。
カーゴ1の防衛に専念すればドッペルとの一騎打ちとなる。その場合の勝算は色々と対策を打ってはいるが五分五分と言ったところだろう。決していい数字とは言えない。
では三つ巴が正解かと言えばそうも言えない。三つ巴と言うのはドッペルとASIDの群れが交戦を継続してくれて成り立つものだ。ヴィクティムと言う外敵を投げ込んだ結果、一致団結してそれに対抗するという線も十分にあり得る。そうなれば勝算は一分あれば良いだろう。
小さく息を吐く程度の時間、誠は思案した。思案して決断する。
「ミリア。ドッペルを討つ。準備をしてくれ」
「……はい」
小さく、まだ涙の色を残した声でそれでもしっかりと返事をした。思考の共有など無くても分かる。何だかんだで、ミリアがサブドライバーになってから一月弱。雫は一番長く接した人物だ。お姉ちゃんと、そう呼ぶのを聞いた。何時の間にそんな風に呼ぶようになったのだろうか。そのことにすら気付けないほど誠に余裕がなかったのか。
ここしばらくの共に過ごした記憶は思い出として過去にするには鮮烈で、新しすぎるだろう。それを飲み下すにはミリアにもまだ時間が必要なはずだった。
だからこそ動く。動いて余計な事を考えないようにする。それがひどく乱暴な解決方法であることは誠も自覚していた。だが、誠には他に思いつかない。自身がそうする事でしか立ち直れず、それをミリアにも強要しているだけだと分かっていても尚。
「弔い合戦だ」
「……はい!」
そんな方法でしか、今の誠に雫の死を悼むことが出来ない。少しでも多く敵を倒して、彼女を安心させることしかできない。きっとここで落ち込んでいたら雫は不安に思い、悩むだろうと思ったから努めて普段通りを装うのだ。居なくても大丈夫。心配しないでいいと行動で示すのだ。
山上雫と言う最後まで人の心配をしていた人にはそれが最大の供養だと信じて。
カーゴ1に雫の死亡と、打って出ることを伝えると翻意を促されたが、それを一蹴した。決意が固いことを悟ったのか小さく武運を祈られた。元より、ヴィクティムから降りている誠なら兎も角乗っている今の状態で彼の行動を掣肘することなど不可能だ。あらゆる妨げもヴィクティムで力任せに突破される。その無意味さを理解した上での黙認でもあるのだろう。
七百近い数のASIDが蠢いている。その群体が動くことによって巻き上げられた塵が遠く離れていても見えるほど。その中にドッペルもいる。
まず今回誠たちが狙うのはドッペルの撃破だ。ASIDの殲滅も重要だが、むしろそいつらはうまく利用してドッペルの消耗を狙った方がいい。少しでもドッペル相手の勝率を上げるのだ。
冷静なままの思考は戦場での最適解を導き出す。果たして、これまでそんなことを考えてきただろうかと誠は頭の片隅で疑問を抱く。確かに戦ってきたが、その手綱を握っているのは何時でも雫だった気がする。誠はその指し示す方向に従って突撃していただけに過ぎない。その彼女がいない今、どうして戦術を、戦運びを浮かべることが出来るのかと。
雫の喪失を意識した瞬間、ヴィクティムの挙動が若干乱れた。誠の思考に同調したミリアが動揺したのだ。その振れ幅は誠の想像以上に大きい。
何を言っても慰めにはならないだろう。誠自身が何を言われても慰めにならないと感じているのだ。そんな彼に他人を慰める言葉など無い。
ただ無言で武器庫からスナイパーライフルを取り出す。例によってのエーテルを用いた武装。射程を延ばすために施された工夫はそのまま威力を上げることにも直結する。ドッペル達が戦っている主戦場はここから約二キロ離れた地点。
まず第一射。それで今後の展開が大きく変わる。即ち相手が継戦するか、停戦するか。
停戦、双方こちらに向かってきた場合は嘗てないほどに厳しい戦いになるだろう。互角以上の相手に有象無象。万に一つの可能性を拾う戦いになる。
運命を決める始まりの一発。地上格闘を中心に立ち回るドッペルは有り得ないほど小刻みに動く。その理由は後方のASIDからの砲撃の盾に前衛ASIDを使っているからだと分かる。空を飛んだらいい的になるからだ。
故に、当てるのは難しい。リサならばこの位難無く当てられるのかもしれないが、誠もミリアもそんな怪物染みた技量はない。だが今回は当てるのが目的ではない。苦戦しているASID側の援護をすればいいのだ。例えば牽制。とどめを刺す瞬間に狙撃が来ると思わせれば動きは鈍る。鈍ればその分、ASID殲滅の効率は落ちる。それだけでいい。
ミリアが、引き金を引いた。エーテルの弾丸は二キロと言う距離を駆け抜けて、今まさに一体のASIDに止めを刺そうとしたドッペルの眼前を貫く。ドッペルは直前に踏み込みを止めた為無傷。あと一歩前に出ていれば胸部に浅くはない傷を負わせられたがそう上手くはいかない。それでもその一射の効果は悪くなかった。止めを刺せなかったASIDが突き出されていたドッペルの長刀をもぎ取ったのだ。そのままドッペルへの攻撃を継続する。ヴィクティムには目もくれない。
「よし」
小さく誠は快哉を上げた。第一段階はクリアだ。このまま相手を削っていけばいい。ASIDと協力する形になるのは業腹だがこれが一番勝利に近づける方法だ。
続けての二射目は既に存在を察知されていたからだろう。もう少し余裕を持ってよけられたがそれでも妨害にはなる。
《射撃地点の変更を進言》
「最適なポイントの提示を」
二発ほど撃ったらそのポジションを放棄して別の位置から撃つ。そんなことを繰り返していると明確に分かることがあった。
「相変わらずこっちの動きは予測済みか」
どこから撃っても最初の一発ほどギリギリの位置に迫った狙撃はない。二射目以降は全て狙撃を警戒されているのだから当然と言えば当然だが、やはり位置もタイミングも盗まれているように思えた。
「でも、狙撃以外は当たってるよ」
ミリアの言うとおりだ。狙撃の回避は見事な物だが、その一方でASIDからの被弾は目立つようになってきた。圧倒的なエーテルコーティングの出力で殆どダメージは通っていないがヴィクティムに見せたような全てを先読みした回避と言うのは出来ていない。
そうなると、あの先読みは単純な計算ではないという見方が強まってくる。計算だけで先読みできているのならば、ASIDの先読みもできないとおかしい。
理由は定かではないが、それも誠たちにとっては有利に働く事象だ。ドッペルはヴィクティムからの狙撃を疎ましく思いつつも向かうことはしない。――ある意味では当然だ。ドッペルがヴィクティムに向かうという事はそのままASIDへの防衛ラインを大きく引き下げることになる。今の状態でもジリジリと後退を続けているのだ。ヴィクティムのいる場所にまで下がった場合引き連れてきたASIDによって施設が危険に晒される。それはドッペルにとっても許容しがたいのだろう。その為この消耗戦を続けている。
そしてついに転機は訪れる。
ヴィクティムからの狙撃を避けようとしたドッペル。確かに一度は外れた射線上に迫っていたASIDの体当たりで押し戻される。体当たり自体のダメージは皆無。だが同等の出力を持つヴィクティムの攻撃は違う。エーテルコーティングを貫き浅くはない傷を刻む。
「良いぞ、ミリア」
感謝の念は伝わっているだろうが敢えて口にも出した。それだけ今の一撃には意味がある。
貫いたのは脚部。機体が動けなくなるほどの損傷ではないが、無視できる傷でもない。確実に動きは鈍り、その鈍ったところを十重二十重に囲んだASIDが虎視眈々と狙っている。
そうなれば後は崖を転がり落ちていくが如く、である。鈍くなった分狙撃の回避がぎりぎりになり、そして僅かなイレギュラーで被弾をする。致命傷は避けているが確実にダメージを蓄積させていった。
行ける、と誠は確信する。相手がヴィクティムとほぼ同等スペックと言うのもその予想を後押しする。言い換えればどこが限界かと言うのがこれまで以上に明確なのだ。後三手。それで四肢の何れかを奪える。そうなれば戦況は一気に傾くだろう。どこを奪ったとしても攻撃力、防御力ともに半減だ。
後、三手。
◆ ◆ ◆
後三手で詰まされるとソレは冷静に考えた。
戦略的に後退は出来ない。後方からの狙撃の脅威度は刻一刻と高まっている。本来ならば真っ先に潰したい対象ではあるがこれ以上下がっては護るべき物まで巻き込んでしまうという懸念があった。
ソレは冷静に計算する。現状を打破する方法はあるか。
ある。だがそれはソレにとっても諸刃の剣。恐らく、それを使えば今度こそ自我は消えてなくなる。それはこの個体にとっての死に等しい最終手段。
ソレは狂乱の中でその選択肢を肯定する。さあ殺戮を。さあ殲滅を。目の前の敵を全て叩き潰そうと。
並列する二つの思考は均一化を進め同一の物になっている。ソレが持つ最終手段はそれを完全な物とするだろう。そして今度こそ分かたれることはない。完全なる個として生まれ変わることになるだろう。果たしてその時にこうして計算をする自我と呼ぶべきものが残るかどうか、ソレには疑問だった。
だが、このまま続ければそもそも計算を行う機会さえ与えられない。もう一つのタスクが実行中の間は最後の使命を果たせない。あと一歩なのだ。あと一歩で大切な人から託されたその使命を果たせる。
傷だらけになった記憶領域はその誰かを思い出せない。思い出せないが、その大切さだけは覚えている。
それが思い出せたのならばソレにとって躊躇うことはない。後方から狙撃をしてくる個体。ヴィクティムを最大望遠で見つめる。もう一つのタスクにとってはただの外敵。だがそれと並列する主タスクにとってその姿が意味するものは――。
《コードトリプルシックス。RERの全リミッターを解除。ユニゾンレベルミニマム。スタート》
◆ ◆ ◆
その変化は外部から見ても劇的だった。
《敵、リアクター出力急上昇》
ヴィクティムのその報告を聞くまでもない。
今のヴィクティムは青白いエーテルが機体周辺を漂っている。ドッペルも似たような状態だった。赤黒いという違いはあるが、全身に薄らとエーテルを漂わせていたのだ。それは過剰なまでの出力によって機体から漏れ出た結果だったのだが。
ならば今、天に上るほどのエーテルの奔流を溢れ出しているドッペルの出力は一体どれほどなのか。
《2500、3000、4000、当機に搭載された計測範囲を突破。測定不能》
空間が歪んでいるようにさえ見える。機体出力がそのまま戦力に直結するわけではない。そんな単純な世の中だったらヴィクティムは完全無敵だ。だがその一方で、機体出力が強さの重要なファクターを占めているのも事実。攻撃力も、防御力も、機動力も。ASIDもアシッドフレームも、ヴィクティムも、全てエーテルを礎としてその三つを賄っている。
ヴィクティムの出力でさえ、他のASIDは歯牙にもかけない。その倍以上ともなれば赤子の手を捻る様に殲滅できるだろう。
今誠たちが見ているように。
僅か数十秒の出来事だった。ドッペルがぶれたかと思えば一瞬で周辺にいたASIDが弾け飛んだ。その後のドッペルの位置を特定するにはひたすらASIDがいきなり解体される場所を追えば良かった。その速度は最早異常な域。今ドッペルが行っているのは新兵器による攻撃でもなんでもない。ただの体当たりだ。
これまでの数倍の速度。そして推測になるが桁外れの強度を持つエーテルコーティング。その二つが合わさった結果がそれだ。最早如何なる攻撃も弾いて返す走る城塞の様な出鱈目さ。ヴィクティムからの狙撃も意に介さず突き進むその威容は畏敬の念すら抱かせるほど愚直な突進。
まだ百以上のASIDがいたはずだった。それが僅か数秒の間に殲滅させられたというのは俄かに信じがたい。ただのASIDではない。何れもジェネラルタイプ。強力な個体のはずなのに、と言う思いが誠にもミリアにもある。
特にミリアの衝撃は深刻だ。あの姿は本能的な恐怖感を感じさせる。元々戦場でのストレスに弱いミリアは既に卒倒寸前だった。そのフォローをどうすればいいのか誠にも分からない。
見開いていた目が乾いた。誠は生理的な反応として瞬きをする。
目が閉じて、開くまでの刹那。
その刹那でドッペルは眼前にいた。
「っ!」
叫び声をあげる手間すら惜しい。手にしたスナイパーライフルを盾にしながら後方に跳躍する。攻撃から逃れようとする必死の回避はしかし、背後からの衝撃と言う不条理を迎える。
「なっ」
気が付けば正面にいたドッペルの姿は無い。真後ろに回り込まれたのだと気付くのにはコンマ一秒ほどかかった。そのコンマ一秒でもう一撃、ドッペルの拳が無防備な背中に叩き込まれる。修復したばかりの装甲が大きく歪む。
振り向きざまの左手による裏拳。それをガードするドッペルの腕。守りを突破するどころかヴィクティムの左手が悲鳴を上げた。一瞬でフレーム強度の限界警報が発せられる。
格闘戦は不利と判断した誠は即座にヴィクティムを飛翔させる。すれすれの所をドッペルの拳が薙いで行った。突然飛んだ彼の狙いを察したミリアも一つの武器を立ち上げた。エーテルカノン。上空からの砲撃で対抗する。出力を上げればあの守りも突破できるはずだと信じて。
砲身が脇下を通りぬけて前面に伸長する。狙いを定めて、トリガーを引くまでの時間は1.2秒。まさにその瞬間。矢の様に飛び込んで来た長刀がエーテルカノンの砲身に吸い込まれる。元々そう頑丈な武装ではないエーテルカノンは十分な運動エネルギーのそれに容易く切り裂かれる。行き場を失ったエーテルの暴発に巻き込まれないようにエーテルカノンを切り離しながら後ろに飛び退く。
爆発。眩いほどのエーテルの輝きを突っ切ってドッペルが肉薄してくる。早い。そして制御を失った破壊力を持ったエーテルの中を潜り抜けても無傷の防御力。
それを突破できるカードは一つしかない。
《両ドライバーの承認を確認。ハーモニックレイザー、プロテクト解除》
ヴィクティムの持つ切り札。最強の刃を解放する。この高度ならば地上を巻き込む心配はない。
ハーモニックレイザー最大の利点はその攻撃力に限界は無いという所だ。この高速振動で切り裂く刃は、理論上その振動数を増す事で無限の破壊力を得られる。理論上という所がポイントで、実際に実行すると刀身が自身の振動によって壊れる。それでもその崩壊を強引にエーテルコーティングで押し留めることで、ヴィクティムの持つ兵装の中でもトップクラスの破壊力を生み出せる。
ヴィクティムのエーテルコーティングは最大。かつてない振動数を叩き出すハーモニックレイザーの余波はそれだけでジェネラルタイプを消し飛ばすにまで高まっている。ならばその威力の極大点。刀身による斬撃の破壊力はどれほどか。
そしてその余波と呼ぶには過大過ぎる破壊力の中でもドッペルは平然としている。その姿を見て誠の胸に一抹の不安が過る。果たして、この一撃が通用するのかどうか。
弱気を振り払った。ここで怯えてはいけない。ミリアの背中を後押しする様に誠はヴィクティムを前に出した。狙うはカウンター。相手が絶対によけられないタイミングを狙う。いくら先読みがあったとしても物理的に――ついでにエーテル学的に――どうあがいてもよけられないタイミングと言うのはある。
高速での打突。だが今のヴィクティムの機体強度も負けてはいない。例え直撃を受けても致命傷は避けられる。待って、待ち続けてついにその瞬間が来る。拳を掻い潜るようにして懐に入り込む。ハーモニックレイザーは既に大上段に構えられていた。
口上をあげる余裕はない。最短最速を以て打倒する。その意思で放った一刀は――しかし相手を切り裂くのは叶わない。
白刃取り。ハーモニックレイザーの刀身を、両の掌で包み込むようにして止めていた。それは意味するのは二つ。この常識はずれの出力は、絶対に動けないタイミングでも強引に機体を動かせるという事。そしてこの常識はずれの出力は、現在のヴィクティムに許された最大攻撃力を以てしても突破できないという事。
呆然とする二人に更なる衝撃が襲う。それがドッペルの足裏がヴィクティムの膝を強かに蹴りつけられたのだと気付く。そしてその衝撃でハーモニックレイザーがヴィクティムの手からもぎ取られたのも。ヴィクティムの右膝から下が地面に落ちていくのも。
そのまま軽業師の様に刀身を一回転させ、横薙ぎに切り払う。ハーモニックレイザーは容易くヴィクティムの左肘から下を切り落とし、胴体に刀身を食い込ませたところでヴィクティムの手から離れたと認識した刀身が振動を止めた。おかげで上半身と下半身を分かたれるのは防げたが状況は好転の兆しを見せない。
ドッペルにとっては役立たずになったハーモニックレイザーを投げ捨てる。遥か地表に突き刺さったそれは墓標の様。無意識にヴィクティムのカメラでもそれを追ってしまった。その大きすぎる隙の代償は視界の剥奪。無造作に突き出されたドッペルの指がヴィクティムの双眼式のカメラアイ、その片方を抉り取っていく。コクピット内のモニターの半分が入力デバイスを失ってブラックアウトする。
勝てないと、誠は思った。この短時間で攻め手はことごとく封殺された。勝ち筋を見つけ出すことが出来ない。
負ける、とミリアは思った。負け続けて負け続けて、やっと役に立てると思ったらやっぱりここでも負けるのだと諦観した。
死ぬ、と二人は思った。死。それは果たして救いになるのか――そう思った二人の思考を過るのは一番身近に感じた死。即ち雫の姿。その姿を思い出して。
ただ、死にたくないと心の底からの叫びを放った。
『トーチャー、ペネトゥレイト!』
唱和する二人の声が、禁忌の扉を開けた。
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