55 封じられていた物

 カーゴ1が拠点としている格納庫の一角。壁にしか見えないそれは司令室で発見した資料によれば重々しい鉄のゲートらしい。壁と見紛うほどのそれは相当の厚さがあるのだろう。動力の切れた扉は人力では到底動かせそうになかった。この先に現在の格納庫よりもやや小さめの、アシッドフレームを複数機格納するのに丁度良いサイズの格納庫が存在している。


《機体ステータスチェック。慣らし運転には丁度良い環境です》

「調整できるところは調整しておいてくれ」

《了解》


 扉の向こう側に何があるのか分からない。ヴィクティムの武装を使えば一瞬で消し飛ばせるような扉だが、それで貴重な何かを吹き飛ばしてはたまらない。その為機体の力頼みで押し開けていた。そのついでとばかりにヴィクティムは無理やり起動状態に持ってきた機体の調整を行っている。今の所結果は良好な様だ。機体フレームの損傷が残っている部分に負荷を掛けないように全身のアクチュエータの出力を上手く割り振っているらしい。


「この先になにがあるの……?」

「旧時代の格納庫だ。悪いなミリア。まだ眠かっただろ?」

「ううん。大丈夫」


 眠そうに眼を擦りながらも健気にそう言うミリアの頭を誠は撫でまわして褒めてやりたい衝動に駆られる。今はヴィクティムの操縦に専念しないといけないのが残念で仕方が無かった。誠を始め、長い間訓練を積んできた遠征隊のメンバーでさえ弱音を吐きたくなるような事態の連続に、ミリアはよく耐えている。それを思えば賞賛の一つや二つ出てくるという物だ。


「ヴィクティム。扉の向こうのチェックは出来てるな?」

《問題なし。近隣のエーテル反応はカーゴ1、ならびに施設外にいるドッペルのみです》


 やはりあの黒いヴィクティムとでもいうべき個体はこの施設を守る位置から動かないらしい。来る者通さずと言うに相応しい姿勢だろう。通った後は知った事ではないというのはどこか機械的な融通の利かなさを感じさせる。果たして去る者追わず、となるかどうかは未知数だった。何かを守る様な行動をとるASIDと言うのはこれまでに確認されていない。だがすんなりと通すはずもない。戦闘は不可避の物と考えるべきだった。


「雫。作業中の人員は全員カーゴ1に収容完了してるのか?」

『はい。格納庫内は完全に無人です。施設内では司令室を中心に索敵班、調査班の人間が調査活動を継続。これより格納庫通路解放の連絡は入れてあります。問題ありません』

「了解。やるぞヴィクティム」

《了解。RER出力を上昇。機体エーテル供給系、メイン異常なし。サブ経路損失。各種エーテルモーターにエーテル注入を開始。出力上昇。チェック。機体出力バランスの調整……完了。機体は想定通りの動作をしています。何時でもどうぞ》


 誠がヴィクティムを扉に近寄らせる。ミリアが扉の出っ張りにヴィクティムの手をかける。その状態でトルクをロック。接着したかのようにヴィクティムの掌が扉に固定される。


《扉の応力計算。強度に問題なし。機体出力を上昇》


 金属と金属が軋む音がした。長い事整備されていなかったからだろう。それはまるで鳴き声の様で、ASIDの鳴き声を否応にも連想させる。誠は顔を顰める程度だったが、ミリアは一度硬く眼を閉じて怯えた様子を見せてた。


「大丈夫だ」


 心に流れ込んできた怯えの気配を感じて誠は安心させるように声をかける。幾ら思考を共有しているとは言っても、やはり安心させるには直接声をかけるのが良い。あまりこの機能に頼りすぎるのは良くないと言う予感が誠にはあった。


「うん……」


 まだ不安の色を残しながらも安堵の声を漏らすミリアを確認して、誠は開きかけた隙間からヴィクティムを潜り込ませる。灯りは無い。暗闇の中で光源となっているのは僅かに差し込む光。それを頼りにヴィクティムは前に進む。

 ヴィクティムの駆動音だけが響く通路。二百メートル程進んだところで軽くヴィクティムの装甲を叩く音。まるで小雨の様な感覚に誠は眉を顰める。


「何の音だ?」

《解答。非エーテルによる射撃と断定。通路壁面から計四門の砲口と確認》


 旧時代のエーテルを使用していない迎撃兵装。それが六百年経過した今でも生きていると言うのに驚きを隠せない。そして今こうしてその役目を果たすべくこちらに銃撃を加えているのも。


《脅威度は極めて低レベル。当機の防御を突破するには現状維持のまま三万時間以上放置する必要があります》

「だが、人には危険だよな」

《肯定。都市内部で利用されている乗用車ならば二発で撃破可能》


 この後調査に来る人の為に脅威を取り除くべきだろう。兵装を使うまでも無い。無造作に近寄って行く。装甲を劣化ウランの弾頭が叩くがエーテルコーティングを突破する事など不可能だ。そのまま手を伸ばし、砲塔を握りつぶす。それを四度繰り返して通路の迎撃装置は完全に沈黙した。


《排除完了》

「先に行こう」


 六百年ここを守り続けてきた番人。それを無下に打ち払うような行為にはやや抵抗を覚えるが、今はそんな感傷に拘泥はしていられない。更に進むと最初と同じ分厚い扉。


《スキャニング完了。動力系統は生きています。当機から供給する事でゲートの解放が可能》

「やってくれ」

《了解》


 壁の一つをはぎ取って、その裏にある配線を切断。指先にあるコネクタで強制的に施設内の電力ラインとヴィクティムを接続する。


《供給開始》


 ヴィクティムから与えられた電力を糧に、重々しい音と共に六百年ぶりに格納庫の扉が開く。瞬間、誠は在りし日のその場を幻視した。


 多くの人がヴィクティムに張り付いている。男女問わず、大勢の人間が働いていた。ヴィクティムの足元を機材を運ぶカートが行き交い、組み立てられた作業台の上でヴィクティムのカメラを調整している人もいる。

 それらを統括しているのは激しい桃色の髪の男性。計画書らしきものを片手に大きく腕を動かして何かを指示している。時折隣にいる女性に何かを確認しているらしく、顔を横に向けて唇が動いているのが見えた。

 そこでふと何かに気付いたのか。話をしていた二人が振り向いた。男性の方は口元に笑みを浮かべて。女性の方は――顔が分からない。


《未確認物体を確認》

「っ!」


 ヴィクティムの警告で誠は物思いから我に返った。頭を振って今しがた浮かんでいた光景から意識を逸らす。


《外観スキャンを完了。当機とのフレーム適合率60%》

「これは……」

「ヴィクティムが沢山……」


 眼前の光景に、誠もミリアも僅かに漏れた言葉を最後に絶句する。ミリアの言う通り、ヴィクティムの量産型とでもいうべき機体。それが全部で三機並んでいる。その様は壮観でもあり、同時に恐ろしくもある。


「ヴィクティム。こいつらが一斉に動き出してこっちを襲ってくる可能性は?」

《皆無と言えます。施設内にエーテルリアクターの反応なし。これらの機体のエーテルリアクターも沈黙しています。動力が無ければ動くことも出来ないでしょう》

「そうか……」


 つい先ほど外でヴィクティムそっくりのドッペルに襲われたばかりだったので警戒心が先に立った。自分の中に生じた怯えを誤魔化す様に努めて胸を張って指示を下す。


「徹底的にこの機体と格納庫をサーチしてくれ。危険が無いと分かったら後ろの人員も連れてくる」

《了解。……朗報ですドライバー》


 その電子音声に誠は小さく眉を上げた。ヴィクティムにしては非常に珍しく――本人は否定するだろうが――喜色を感じられる声だったのだ。ミリアも同じことを思ったのだろう。疑問を口にする。


「ヴィクティムご機嫌?」

《当機に機嫌と言う機能は実装されていません……現在こちらに存在する機体。その内部構造はほぼ当機と同一です。使用部品も大半が共通していると言っていいでしょう》


 それは見て分かる事の裏付けを取れただけだ。そう思った誠は次の瞬間驚きに眼を見開き、そして口元を大きく笑みの形にする。


「それはつまり、こいつらの部品を使って修理が可能って事だな?」

《肯定。後方のコンテナにも予備部品が治められていると推測。当機を完全に修復するために必要な部品があると思われます》


 それは確かに朗報だった。これでドッペルに完全な状態で挑めると気炎を上げる。


 チェックが完了した後、格納庫側にも調査班が入る。司令室のデータサルベージも並行して行われており、全員が嬉々として探索を続けていた。

 ここはまさに宝の山と言っていい空間だ。ほぼ完全な状態で残っている旧時代の施設、情報、機材。その全てがこれまでの遠征隊が求め続けて終ぞ得られなかった物だ。到着してから四十八時間が経過したが、誰一人疲労を訴える事も無く延々と調査を続けている。


「このヴィクティム量産型とでもいうべき機体もやや特殊なエーテルリアクターを積んでいる様です」

「そうなのか? 俺には違いが分からないが……」


 端末に表示された数値を見るが誠にはさっぱりだった。同じ物を優美香が見れば何か分かるのかもしれないが、誠ではそうもいかない。ただ無意味な数字の羅列にしか見えないのだ。


「遠隔共鳴、とでも言えばいいでしょうか。柏木様が搭乗しているヴィクティムと、この機体で共鳴現象を起こしRERとほぼ同様の効果を得られるようです」

「それは……凄いな」

「はい。現状この三機のみですが、司令室側で既にこの機体の仕様書が発見されました。持ち帰っての検証は必要ですが、浮遊都市でも建造が可能であると我々は判断しています」


 一気にハイロベートを超える機体の配備が可能になる。それはそのまま浮遊都市の防衛能力を大幅に……引いては人類の反攻戦力を整えることになる。これ一つでもかつてない成果だ。

 司令室でも旧時代の記録が多く見つかり、その内容の精査に嬉しい悲鳴を上げている。


 総じて順調。帰り道の不安こそあれど、少なくともこの調査内容に不満を抱いている人間はいなかった。ただ一人、誠を除いて。


 多くの情報が上がってきている。だがその中に誠が本当に求めている物は含まれていない。


 ここで途絶えた座標送信者の正体。そして自身が帰る方法について。


(ここがヴィクティムと関係のある施設なのは間違いない。だとしたら、あるはずなんだ。俺が帰る方法が)


 そう信じてここまで来た。だと言うのにその片鱗すら見つからない。見渡しても見渡してもあるのは戦うための情報ばかり。それも求めている物ではあるが、本当に求めている物とは違う。何より誠を苛立たせるのはここに来てから頻発する頭痛だ。通路を歩いていても妙な既視感を感じる。ここが人に溢れていた頃の姿を幻視する。

 今もまた、頭を押さえて壁に寄り掛かる。それを見つけたミリアが風邪薬を水を持って駆け寄ってくる。


「ご主人様。お薬……」

「え? ああ。ありがとう」


 頭痛に苛立ってミリアの接近にすら気づいていなかった誠は若干呆けた様な声を出す。汗を滲ませた顔で笑顔を浮かべてミリアの頭を撫でてその気遣いを褒める。


「気が利くなミリアは。でも大丈夫だから――」

「何が大丈夫ですか、そんな顔色で」


 誠以上に苛立った様子で雫が足音を響かせながら近寄ってくる。その剣幕にミリアが小さく身体を震わせた。それを宥めながら誠はとりあえず疑問を口にする。


「何で雫はそんなに怒ってるんだ?」

「怒りますとも。私以上に不機嫌そうにしていて、周囲に不安をばら撒いている人がいると聞いて私は大変怒っています」


 酷い奴もいるもんだと思った誠は雫の視線が真っ直ぐに自分に向いているのに気付いて自身を指差す。


「それって俺の事か?」

「他に誰がいるんですか。皆不安がっています。何か粗相をしてしまったのではないかと」


 誠にその自覚は無かったが、彼の苛立ちは相当表に出ていた。日頃から接点の薄い人が見れば自分に対して怒っていると感じる程度には。それを突きつけられて僅かに誠は狼狽する。


「何に焦っているのかは知りませんが、まるで一月前みたいでしたよ。……何があったんですか」


 最後だけトーンを落として、雫は気遣いの色を覗かせて誠に尋ねる。流石に誠のサブドライバーを務めていただけあって、彼の心理状態もかなり正確に把握していた。小さく息をついて誠は己の中の負の感情を吐き出した。


「見つからないんだ。手掛かりが何も」

「手掛かり?」


 何の、と問いかける事はしなかった。勲章授与の場で切った啖呵を思い出したのだろうか。雫は小さく頷いて納得の意を示す。


「なるほど。確かに現状見つかったのはあのヴィクティムの量産型だけですね。ですが、まだ調査は本格化したばかり。データサルベージはむしろこれからが本番です。誠さんの過去についてのデータを探すと言う観点ではまだ始まってすらいません。そんなに焦る事は無いのでは?」


 違う、と誠は声に出したかった。だがそれだけは誰にも言えない。この半年、あの地下施設で目覚めてからずっと隠し続けてきた秘密。最初はただその帰りたいと言う目的を知られたら、妨害されるのではないかと言う危惧があった。浮遊都市の現状を聞いた後で、ヴィクティムと言う戦力を手放してくれるはずがないという確信から来る危機意識。だがそれ以上に今感じているのは恐怖だ。

 細かな理由など今となってはどうでもいいのだ。ただ誠は、リサやルカ、雫、優美香達から失望の眼差しを向けられたくないのだ。彼女たちは程度の差こそあれ、人の為に戦っている。だが誠は違う。そう言った思いがある事は否定しないがそれ以上に自分の願いが強い。その利己的な願いを知られて失望されたくない。だからこそ誠は全てを滅茶苦茶にする気でもない限りはそれを口に出来ない。

 口を閉ざした誠を慰めるように雫は肩に手を置く。


「今は落ち着いて待っていてください。きっと誠さんの望んでいる情報も見つかります。それに、仮に見つけられなかったとしても誠さんの帰る場所はわた……んんっ。浮遊都市にあります。それではだめですか?」


 その慰めの言葉にも誠は応えられない。彼女たちは真っ直ぐに信頼を向けていてくれているのに、自分はそれを裏切っていると言う意識が消えてくれない。ただ雫に進められるがまま自室に戻り休息を取る事にした。

 その背を見送って雫はミリアに向き直る。


「さて、折角ですのでミリア。貴女にも色々と教えておきましょう」

「……? お掃除?」


 ここで屋敷の講義の続きをするのかと首を傾げるミリアに雫は微笑みかける。のちにミリアが言うにはまるでそれは蛇が獲物を前にしたかのような笑みだったと言う。無論、本人は優しく微笑んだつもりなのだが。


「いいえ、私が半年間積んできたヴィクティムのサブドライバーとしての経験を貴女に叩き込みます。貴女はこれまで軍に所属していた訳でもないので圧倒的に経験不足です。ヴィクティムの性能と、誠さんとの連携でカバーしていますが、まだまだ上を目指せます」


 笑みを深めていく雫と対照的に身体の震えを大きくさせて行くミリア。既に少女の眼には涙が溜まっている。ミリアも屋敷で雫の指導を受けているので彼女が悪人ではないと言うのは分かっている。だがその容姿から受ける冷徹な印象と、それを裏付ける気真面目さ、そこから来る妥協のない教育はミリアに取って苦手意識を感じさせるには十分な物だ。


「こちらの情報の分類が終わったら私の部屋で始めましょう。ええ、大丈夫です。そう言ったスケジュールの調整は得意分野ですので」


 それはミリアにとっては死刑宣告だった。どうにか用事を作ろうとあたふたしながら頭を巡らせていたのだが先手を打たれてしまった。肩を落として恭順の姿勢になる。


「分かりました……」

「良い子です。さて、では私もチャキチャキ終わらせますかね」


 そう言いながら雫は片手で三つ編みを弄びつつ、手元の端末を高速でスクロールさせていく。内容の精査までは必要ない。技術系の情報か、歴史系かの分類程度でいいのだ。そこから先は専門のチームが行ってくれる。


「これは、エーテルリアクターの量産計画書……? 人工的に作ろうとしたのですか。あれを」


 浮遊都市では全てASIDから鹵獲したもので賄っていることを考えるとこれ一つで相当な技術力の格差がある事が分かる。分類を進めて行くと面倒な物に勝ち当たった。


「これは、古代共用語ですか。面倒ですね」


 旧時代には複数の言語があった事が明らかになっている。その中でも古代共用語と呼ばれる言語は非常に広範囲で使われていたようであちこちで見かける。技術系の文章となると大半がそれだ。浮遊都市にもその名残があるが、完璧に扱える人間となると限られている。当然、この遠征隊にもその専門家はいる。そちらに回すのも良いのだが、彼女たちは既に手一杯だ。

 雫も簡単な解読なら出来る。辞書アプリを立ち上げて苦労しながら翻訳していく。


「これは……研究員の個人的な日記、ですかね」


 恐らくは地名なのだろう。今となってはASIDに荒らされ尽くしているであろう嘗ての都市に出張か何かで行かされることになり愚痴っている様な内容だった。本当に私的な物らしく、あまり役に立ちそうはない。ざっと目を通し、日付だけを確認する。その後は時系列順に整理され歴史資料として検証されることになるだろう。


「日付は……ええっと、A.D.2016/11/26」


 旧時代末期の年号を読み上げて雫は機械的にそのファイルを歴史資料のフォルダに割り振った。

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