第六章 そして喪い始める

51 鏡写し

 今回の遠征隊はヴィクティムのみを戦力とし、数名の歩兵部隊と残りは全て研究員と言う珍しい構成で出発した。その中には管制官として雫の名前もあった。

 都市外探査は順調だった。一度だけASIDの集団と遭遇したが即座にヴィクティムがそれを排除した。一週間の予定を早めて六日でほぼ全ての旅程を消化し、もう間もなく目的地に到着すると言う良いペースだった。


 遠征隊で使用される機材。それは多脚輸送車のカーゴ1だ。車と言うよりもむしろ陸上戦艦とでもいうべきサイズか。八本脚の大型車両はそのまま内部で二機程度のアシッドフレームならばメンテナンスが出来るし、百人近い人間が寝起き出来るだけのスペースと資材を積載できる余裕がある。尤も今回は、ヴィクティムがいるだけなので内部スペースは余りまくりだった。動力は言うまでも無くエーテルリアクター。過去に撃破した大型ジェネラルタイプの物を流用しており、それなりの防御能力と、ASIDを近寄せない程度の攻撃能力を持つ機体だ。


 移動中は基本的に交代制で周辺警戒を行い、ASIDを見つけたらその規模によって進路を変えるか、或いは殲滅するかの選択となる。今回はヴィクティムがいるので全て撃破と言う強行軍だったのだが、その甲斐あって最短ルートを進めていた。ハイペースの理由としては迂回せざるを得ない地形以外は直線に進めたと言うのが大きい。そのASIDとの遭遇も最低限で済んでおり誠としてはやや退屈だった。

 与えられた鍵付きの個室は今回急遽用意された物だ。スペースの限られているカーゴ1の艦内は徹底した省スペース化が図られている。その中で個室と言うのはそれだけでかなりの贅沢だ。おまけにバストイレ付。水の量もネックとなる要素の一つだ。それを考えるととんでもない贅沢と言えるだろう。単純に誠を他の女性が使っている共用施設に放り込んだら|誠が(・・)危険と言う事から取られた措置の一つなのだが。


 その個室の中で誠は端末に表示されたリサからの注意書きに眼を通す。今回この艦に搭乗しているのは誠とミリア、そして雫の三人だ。都市に来てからリサ、ルカと離れて単独で行動するのは初めての事だったので違和感が強い。そんな事を言ったら笑われてしまいそうだが。

 ホームシックと言うのとはまた違うだろう。誠の中ではやはり故郷は自分の生まれ育った土地だ。浮遊都市は下宿先に過ぎないと本人は思っていた。だが感じているのは僅かな寂しさ。この半年で随分と愛着を抱いてしまった物だった。その気になればカーゴ1の通信機で浮遊都市とも交信が出来る。寂寥感が極まったら連絡しても良いだろうと誠は思った。それこそからかうには絶好の材料になると思うので自粛しているが。


 カーゴ1に詰まれている通信機はヴィクティムやハイロベート以上の出力を持っている。更に中継器を各所に配置する事で、浮遊都市との通信経路を確保しているのだ。それを中継しなければ浮遊都市との通信の出来ない遠征隊にとっては命綱とも言える装置だ。

 その通信アンテナが明け方突然破壊された。故障ではない。破壊だ。それが遠距離からのエーテル弾頭による攻撃だと言うのは即座に判明した。


『こちら管制室。ヴィクティムは緊急発進をお願いします』


 当直に当たっていた雫の焦った声が聞こえてくる。その切迫した声は起きたばかりの誠達の眠気を取っ払うには十分な効果だった。


『推定された威力からすると直撃を受けたらカーゴ1のエーテルコーティングでは数発しか耐えられません。急いでください!』

「ミリア、行くぞ!」

「うん!」


 寝惚ける事も無く誠とミリアはヴィクティムに飛び乗る。ASIDに言っても仕方ない事だが言わずにはいられない。


「本当にあと少しで着くってのに」


 日の出と同時に施設の安全を確認し、探索を開始する予定だった。だがどうやらその施設の安全確認は前倒しになりそうだ。カーゴ1の後部ハッチから純白の機体が躍り出る。瞬間、遠距離から正確な狙撃。一寸のブレも無くヴィクティムのカメラを狙ってくるそれを回避しながら射撃位置を特定。ヴィクティムを急行させる。そこで見たのは意外な姿。思わず誠の口から疑問が漏れた。


「何だ、こいつは」


 朝日に黒い装甲を輝かせながら目の前に立つ個体。それはASIDなのだろう。大きさとしてはそう大した物ではない。約二十メートルというASIDの中では有り触れたサイズだ。傘型、トータスカタパルトなどと比較すれば小さいと言っても良い。

 だがその立ち姿。それは一目見るだけでもこれまで以上に人間に近い。いや、寧ろ人間と言うよりも――。


「黒い、ヴィクティム?」


 ミリアの言葉がこの場にいる全員の想いを代弁していた。気のせいと言うには余りに似過ぎている。


《外観計測による当機とのフレーム適合率70%以上。以降対象をドッペルと呼称》

「……異論はないよ」


 細かいところに差異はある。だが一見すればヴィクティムに酷似しているのもまた事実だった。見覚えが有り過ぎるシルエットには溜息しか出てこない。よくもまあここまで似せた物だと。胸部に大きな傷跡めいた装甲の歪みがある事と、頭部と両腕の形状が一見して分かる違いか。

 虚仮脅しだと一笑に付したい。しかしその形状が伊達ではないとしたら。


「御主人様! 来ます!」


 ミリアの叫びよりも早く誠は機体を傾けていた。通り過ぎて行くのはどこからか取り出した長刀――刀身が高速振動している。ハーモニックレイザー程ではないが十分な威力を持った振動兵器だ。


《警告。空間歪曲を確認。敵機はこちらと同様の武器庫を備えている模様》

「冗談! あれは相当な出力が無いと……!」


 取り出した同様の長刀で敵の太刀筋を受け流す――が、上手くない。相手の動き。その一つ一つは眼で追えるレベルだ。気が付いたらやられていると言う事は無い。しかし絶妙に嫌な位置を維持してくる。誠が一番取って欲しくないと思う行動を常に取ってくるのだ。まるで詰将棋の様。徐々に、徐々にだが追いつめられていく。距離を詰めるタイミング。振るった剣の軌跡。それらが全て読まれているかのようだ。こちらの攻撃は尽くタイミングをずらされて有効打を与えられない。

 わざと大振りにした一閃。露骨すぎる誘いに相手は乗ってきた。懐に潜り込んでその手にした長刀で胴を薙ごうと一気に距離を詰める。そのタイミングをミリアは狙っていた。


「行って、ランス!」


 腰から二機の遠隔兵器が猛禽の様に飛び出す。完全な不意打ち。避けられるはずがない一撃はまるで先読みしたかのような流麗さで回避される。何よりも恐ろしいのはその回避運動が運剣を一切妨げていない事。どういう形であれ隙が生じるはずだと読んだ誠の思考の裏をかくかのような一閃は受け止めきれない。肩口で受け止める。

 エーテルコーティングによって保護されている以上簡単には傷を付けられない。そのはずだった。だと言うのにドッペルの振るう長刀はまるでエールコーティングなど無いかのように肩を切り裂いていく。


「馬鹿、な!」


 肩部装甲が半ばまで断ち切られたところで誠は相手の腹部に足を当て、思いっきり蹴り飛ばすことで距離を取る。エーテルレビテーターを併用する事で跳躍と言うよりも飛翔に近い動きで体勢を整えるための時間を生み出す。


《右肩部装甲に損傷。機体運動に影響なし》

「ヴィクティム、今のはどういう事だ」

《推測。こちらのエーテルコーティングの波長が読まれた可能性大。完全に同調させることでコーティングを擦り抜けたと考えるのが妥当》

「そんな事、出来るの?」


 ミリアの問いかけにヴィクティムはどこか悔しさを感じさせる様な電子音声で答える。


《当機のアルゴリズムを完全に把握していないと不可能》


 言い変えるならば、それはヴィクティムを完全に理解していないと成し得ない芸当と言う事だろう。よりにもよって殲滅対象であるASIDに理解されていると言うのはヴィクティムに取っては屈辱の極みだろう。


「……あいつ、飛べると思うか?」

「飛べると思う。だってさっき蹴られた時に凄い動きしてゆっくりと脚から着地してたよ」


 ミリアの言葉は正しかった。明らかに物理法則を無視した動きはエーテルレビテーターの作用によるもの。レビテーター、空間歪曲による武装の格納。そのどちらも莫大なエーテル出力が無ければ実現不可能な物だ。


《重ねて警告。敵機より共鳴反応を確認》


 ヴィクティムの解析結果は誠を絶望に叩き落とす物だった。


《敵機はRERを、レゾナンスエーテルリアクターを搭載しています》


 つまり、相手はヴィクティムと同等の出力を誇ると言う事だ。これまで一度たりともヴィクティムの全力に匹敵する出力の持ち主はいなかった。と言うよりも理論上ASIDがレゾナンスエーテルリアクターを稼働させることが出来ないはずだった。ASIDには性別が無い。故に男女が必要となるRERはその機能を発揮できないと言う結論が優美香達整備兵からあげられていた。

 ASIDのエーテルリアクターの出力には頭打ちがある。その前提が崩れ去った。初めて対峙する存在。それ故に、誠は知らない。莫大なエーテルが可能にする圧倒的な力と言う物を。


「カーゴ1! 先行して施設内に逃げ込むんだ!」

『待ってください! 内部まで追ってこない保証は……』

「ここに居られたら邪魔だ! そっちを庇う余裕はない!」


 ほとんど勘だが、このASIDはこの施設を守っているのだと誠は判断した。その勘を信じるならば、施設を巻き込むような攻撃は避けるはずだ。仮にそうで無かったとしても関係が無い。カーゴの防御兵装はそれなりだが、ヴィクティムと同等のこの個体に狙われたらひとたまりもないだろう。それを考えるとどこにいても大差が無い。このドッペルが手出しできない距離まで一瞬で逃げられるならば話は別だが、カーゴの速度ではそれも厳しい。施設内が安全かどうかが問題だが、少なくともこれ以上の危険は無いだろう。仮にあればヴィクティムでも対処が出来ない。

 そして、そちらに気を使っている余裕は誠にもない。これまで余裕を持って戦えたのはヴィクティムの性能が相手よりも上だったからだ。それが互角となった以上誠も全力を傾ける必要がある。

 つまりここにいるよりは施設内の方が毛先程度は安全と言うだけの話だ。


 カーゴにいる雫にもそれが分かったのだろう。返答は短かった。


『御武運を』


 それに対する返事も惜しんで、誠は機体を動かす。同時にミリアがヴィクティムの両手にエーテルライフルを握らせる。牽制射撃。足元を狙ったエーテル弾を嫌ってドッペルは少し後ろに下がった。だが相手もそれだけでは終わらない。ふっと手元から長刀が消えたかと思うと手元にエーテルライフルらしきものを呼び出して握りしめる。相手は一丁。こちらは二丁。砲塔の差はそのまま火力の差となる、はずだった。

 早い。照準から発砲までのラグが殆どない。こちらはただ弾をばら撒いているだけ。それに対して向こうは的確にこちらの脆弱部を狙ってくる。ライフルをグリップする手、機体を支える膝、そして眼であるメインカメラ。正確過ぎる射撃はこちらに回避運動と言う余分を取らせ、二丁ある火力を活かしきる事を封じてくる。

 手強いどころではない。間違いなく、これまでに戦ったASIDの中で最強だ。性能もさることながら、戦い方が上手すぎる。そこで誠は気が付いた。


「まさかこいつ、対ヴィクティム用に作られた個体か!?」

《可能性あり。しかし当機が全力戦闘を行ったのは前回のみ。それ以前のデータからこの個体が作られる可能性は低いと見る》


 確かに言われてみればそうだ。たった一度の戦闘でここまでの個体が作られるようだったら既に人類はあらゆる兵器を完璧に対応されて万策尽きているだろう。


《しかしこれまでの戦闘データから当機のアルゴリズム、並びにドライバー誠の行動パターンを把握された可能性は有り》

「そうとしか思えない動きをしてるよな、こいつ」


 不可解なのは、ミリアの動きも込みで読んでいるように思える事だが……恐らくは自分の動きから連動して読まれるのだろうと誠は当たりを付けた。機体の動きは誠だ。そこから大きく逸脱する様な攻撃は出来ない。機体の動きが読まれてしまえば無数のパターンが一瞬で数個に絞られてしまうのだ。

 だがそれが分かってもどうしようもない。多少は小細工として先読みに対する罠を設置できるが、反射域に近い行動になればなるほど忠実に、これまでと同じ動きをしてしまう。


 レビテーターを使った空中機動。機体を限界まで振り回しても相手の銃口はヴィクティムに吸い付く様に追尾してくる。この射撃の正確さは厄介すぎる。だが同時に気付かされることもあった。相手は決して施設の入り口から一定以上離れようとはしない。


「やっぱりあそこを守っているのか?」


 知らず疑問が口から漏れた。意味が分からないのだ。あの施設はどう見ても人間が作った物。旧時代の産物だった。そこをASIDが守ると言うのはどういう理屈なのか。


「ヴィクティム。そこの中がASIDの巣になってるってことは無いよな?」

《外部観測ですが、ネストと化しているのでしたら確実に分かります。該当施設にネスト化の兆候なし》


 と、なると益々分からなくなる。一体どんな理由があってあの個体はここを守護しているのか。その背後にある目的地である旧時代の施設。それがますます謎めいて見えた。


《敵機出力上昇。来ます》

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