47 前夜譚
その案内状が誠の元に届けられたのは雫がリサとミリアに家事を叩き込みに来た次の日の事だった。
雫は教官として優秀だった。身動きの取れないルカに代わってテキパキと二人に指示を出していく。そうした中で要点を教えて行くのも忘れない。意外な女子力の高さを存分に発揮していた。たった一日でド素人だった二名プラス見学していた一名が見習い程度には昇格したのだ。
ただ気になるのはその恰好である。言うか言うまいかたっぷり一分は悩んだ末に、誠は問いを発した。
「何でメイド服?」
「メイド服って言うんですか、これ? 秘書官さんが家事をするならこれがユニフォームだって」
「間違ってはいないけど」
けど、だ。どうしても言葉尻が濁る。誠の中の常識で考えるとメイド服と言うのはコスプレの領域に入る。が、良く考えたら自宅に割烹着を来たお手伝いさんがいた事を思い出し、誠は何とも言えない気分になった。何故秘書官はそんな物を知っているのだろうか。雫の反応からするとメイドと言う文化は廃れて消えている様なのに。
「それでミリアまで?」
「カワイイでしょう?」
誠の疑問に雫は心なしか誇らしげな顔をして答える。メガネ、三つ編み、厳しい表情とまるで厳格なメイド長の様である。ミリアもそれを見て、教え方は丁寧で顔こそ怖いが良い人だと分かったのだろう。最初の頃の様に眼を合わせただけで涙目になるような事は無い。
ヘッドドレスまで付けて一生懸命に掃除している姿は確かに可愛い。リサの服装が色気も素っ気もないジャージ姿なのがやや残念に感じる程に。
「リサは断固として着ませんでしたが」
「あ、当たり前ですよ! ボクがそんなひらひらした服を着るとでも!?」
そう言われて誠はリサのここ半年の服装を振り返るが、確かに。基本的にパンツスタイルだった。スカートをはいている所は見た事が無い。そして屋敷の中ではジャージだ。ジャージである。年頃の女性がジャージと言うのはどうなのかと思わないでもないが、誠も同じような恰好をしているので何とも言えない。
「第一、絶対に似合いません!」
そんな事は無いと誠は思うのだが、本人がそう言っている以上無理強いは出来ない。何時か罰ゲームで着せてみようと心の中のメモ帳に書きとめながら誠は二人と共に家事の手伝いをする。
そんな中だった。秘書官が直々に書面を持って訪ねてきたのは。
「お久しぶりです、柏木さん」
「お久しぶりです」
こうして二人が直接顔を合わせるのは本当に久しぶりと言っていいだろう。安曇の右腕でもある秘書官は非常に多忙だ。特別な用事が無ければ捕まえる事も出来ない。最後に話をしたのは雫がヴィクティムのサブドライバーとなり、その訓練がある程度進んで遠征隊に参加させてほしいと頼んだ時だ。
「今日は催しのご招待に」
「催し?」
「先日の大勝を祝ってのパーティーです。詳細はこちらに」
そう言って手渡されたのが祝勝会の案内だった。案内状に書かれていた内容は非常にシンプルな物。
過日の功績を称え、勲章を授与するので出席して欲しいと言う内容。その授与者には誠以外にもリサ、ルカ、雫も含まれていた。だがその中にミリアの名前だけがない。記載漏れか、まず誠が思ったのはそれだ。こう言っては何だが、ミリアの功績は大きい。それこそリサ達にも劣らない程に。名前が載らない事など本来は有り得ない。
「すみません、秘書官さん」
呼び止められた彼女の顔はこちらの用事を窺う物では無く、既に何を聞かれるのか分かっているような顔をしていた。その表情を見て誠は記載漏れの線は消えたと感じた。
「ミリアの名前が無いのはどういう事ですか?」
「……こちらに」
近くにいるミリアを気遣って小声で尋ねたが、それでも秘書官は不十分だと感じたのだろう。一度屋敷の外に出るように促される。重厚な扉がきっちりしまるのを確認してから、誠は改めて問いかけた。
「それで何故なんですか?」
「……まず、お断りしておきたいのはこれは安曇様の意志ではございません。そこをご了承ください」
そう前置きを入れる。その時点で理由が誠にとっては愉快な物では無く、そしてその様な判断をしたのが安曇ではないと分かって欲しい。そんな想いがひしひしと伝わってきた。
「分かりました。続けてください」
「ありがとうございます。端的に申し上げますと、都市の評議会はミリア様を人として扱わないという決定を下しました」
その言葉は、予め覚悟を決めておいても誠の頭の中を怒り一色にするには十分すぎるほどの影響力があった。前置き無しにこんな事を言われていたら秘書官に掴み掛っていたかもしれないとさえ誠は思う。
「……評議会というと、所謂都市の運営についてを決めるって言う」
「はい。その理解で概ね間違いありません。安曇様はその一員です」
「その彼女たちがミリアを人として扱わないと?」
「より正確に申し上げますと、ヴィクティムの生体パーツ扱いとすると」
気の利く人だと彼は思った。もしも最初からそんな事を言われていたら、後先考えずに殴り込みに行ったかもしれない。少し頭が冷えたタイミングで聞かされたからこそ、拳を硬く握りしめる程度で済んでいるのだ。
「どうして、そんな事に」
「……怖いのですよ。あの人たちは」
秘書官の言葉にもその決定に賛同した者達への嫌悪感がある。
「散々不要だ。いなくなれと言っていた相手が都市に必要不可欠で、功績を挙げてしまった。それも生半可な物では無い。もしかしたら立場が逆転して自分たちがあの子にしてきたことをされ返されるんじゃないか、とね」
「馬鹿馬鹿しい」
「本当に。仰る通りです」
二重の意味で馬鹿馬鹿しい話だった。少なくとも誠が知っているミリアはそんな仕返しを考える様な人間では無い。そしてそんな言葉遊びみたいな処置で自分たちの権勢を守りきれると思っているのかと言う馬鹿馬鹿しさ。
だが、実際に守れてしまうのだろう。アークは人類に残された唯一の都市。そこ以外に行き場が無い以上評議会の決定は絶対だ。異を唱えたら追放されてしまう可能性があるのだから。それが大多数に関わるならまだしも、極々少数ならば自分の身を優先してしまうだろう。
「理由は理解しました。納得はできませんが」
「この理屈に納得できる方は少々人間性に問題がありますのでそちらの方が良かったです。それで、参加していただけますか?」
本音を言えば断りたい。断りたいが、ここで断っても感情的にすっきりする以外にメリットが見当たらない。デメリットならそれなりに思いつくのだが。残念な事に、参加しないと言う選択肢は損しかしない。
「安曇さんの顔に泥を塗るわけにも行かないですし」
散々世話になっているのだ。今回のミリアの件だって相当に苦労させたのは想像に難くない。その彼女にこれ以上の心労を負わせるのは本意ではなかった。遠まわしな参加の意を示した誠に秘書官は安心したようだった。表情を緩めて小さく頭を下げる。
「感謝します。安曇様もお喜びになるかと」
「まあ勲章貰っておけば後で色々と融通利きそうですし」
果たしてどの程度の価値があるのかは疑問だが、評議会の面々はそう言う権威に弱い感じがあるので貰っておいて損は無いだろう。
「今回の件が済みましたら、離宮の方への訪問の許可が下りる予定となっています。それに関する詳細も先ほどの案内に記してありますので」
では私はこれで、と一礼して立ち去って行く秘書官を見送りながら誠は今しがた言われた事を考える。
離宮。つまりはこの時代に生きる残り三人の男性と会う事が出来るのだ。果たして会って何をするのか。自分でも考えはまとまっていない。だが、会ってみたいと感じていた事だった。半年の経過観察で旧時代にだけ存在したような、誠の主観では元の世界だけに存在する様な病原菌が無い事が確認され、誠の健康状態も良好と言うのが分かったのでようやく許可が下せるようになったのだろう。
果たして、たった三人となったこの世界の男性はどんな人間なのか。少し楽しみになりながら誠は渡された書類を読み進める。小さく頷きながら読んで行った一文。
【ダンスがあるので練習をお願いします】
固まった。まさかの要請だった。日程を確認する。残り期間は一週間。別に踊れるようになる必要はないと言えば無い。だがこれは意地だ。これからやろうと思っていることを考えれば、僅かでも瑕疵は無い方が良い。流石にダンス程度で都市外探査の許可に影響するとは思えないが、何が災いするかは分からない。特に無茶苦茶を言ってくる評議員には弱みを見せたくはない。
その日から日々の訓練の中にダンス特訓が加わった。
◆ ◆ ◆
そんな一幕を思い出して誠はもう一度大きく息を吐く。その祝勝会がいよいよ明日に迫っているのだ。正直に言えばダンスの件もあって誠は憂鬱な気分にならざるを得ない。だがそんな場でもミリアにとっては物珍しいのだろう。パーティーに出席すると言う話がばれた時は非常に羨ましがられた。リサの提案した、
「ではその後でボク達の祝勝会をしましょう」
という言葉のお蔭でミリアの気が晴れた様なのは幸いだった。相変わらず微妙に避けられているのが誠としては気になるが、こればかりはリサが話すのを待つしかない。
「あの、ご主人様」
秘書官の教育は恐ろしい。ミリアはすっかりその呼び方を気に入ってしまったらしい。秘書官から教わった雫曰く、命を賭けても仕えたい人に対する敬称と言う事らしい。そんな重い言葉だっただろうかと誠は首を捻ったが、六百年の間に変わったかそんな所だろうと自分を納得させた。
言い変えれば、ミリアは自分の所をその様に見ていると言う事であり、その信頼が誠にはくすぐったくも心地よい。
「祝勝会、ってどんなことするんですか?」
「えっと」
訓練が一段落した際の他愛の無い雑談。あの出会った花畑は焼かれてしまったが、話す事はそう変わらない。あの時と違う点があるとすればもう一人――いや、一機の存在だろう。
《配布されたプログラムによると勲章授与、舞踏会、立食パーティ等が予定されています》
「舞踏会……」
その言葉にミリアは眼をキラキラと輝かせる。これは確実に誠のせいだろう。誠が彼女に語った数々の童話。その中には舞踏会が出てくる物も多く過剰な程の期待をしてしまっているようだった。
「ドレスとか着れるのかなあ」
《肯定。ウェイン嬢を始め招待された関係者にはカタログが支給されています》
いくつかあるレンタルの中から選べと言う事の様だが……そもそも貸衣装と言うのは十万人と言う狭い中で成り立つ職なのだろうかと疑問に思う。存在すると言う事は成り立っているのだろうが、そう頻繁に使う時が訪れるとは思えない。記念撮影にでも使うのだろう。
「後はアクセサリーとかもかな」
「アクセサリー」
最早夢見る様な表情だ。屋敷に住むようになってからこう言った年相応の感情を表すことが増えてきて誠としては非常に嬉しい。だからこそ、この笑顔を曇らせたくないのだ。生体パーツ扱いされている事は絶対に気付かせてはならないと誠を始め全員の意思が一致している。
やはり女の子だからだろうか。そう言った装飾品にも興味があるらしい。誠はそんなミリアを微笑ましく思うと同時に、ふとリサはそう言うの興味無さそうだと思った。女の子でひとくくりにするべきでは無かった。
「ミリアもそう言うの欲しい?」
誠も自分が甘やかし過ぎだと言う自覚はあるが、ついつい何かを与えたいと思ってしまう。その問いかけに少し考えてミリアは首を横に振る。
「私にはこれがあるから良いです」
そう言って手に取るのは誠が以前作った花冠だった。流石に時間が経っているので最初のみずみずしさは無いが、ドライフラワーで作った様な味わいが出てきている。その健気な言葉に誠は目元を抑える。何て良い子なのだろうと。最早ここまで行くと親馬鹿の様な物だった。
「また新しいの作ってやるからな……」
次はちゃっちゃと作ったのではなくもっと丁寧に作ろうと決意する誠だった。
こうして話していると自然と明日の不安が消えて行く。やはりミリアと話をしていると落ち着くと誠は思う。こればかりはリサやルカと話をしていても同じようには行かない物だ。
明日はただのパーティではない。誠にとってはある意味でASIDと戦うよりも厳しい戦場。それを明日に控えた誠はミリアとの会話で緊張を解して行った。
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