46 強くなるために

 浮遊都市が傘型ASIDと言う未曽有の危機を乗り越えて早くも二週間が経った。

 急ピッチで進められていた都市部ドームの修復も完了し、都市内部でも破壊された住宅地の代替を振り分け、とりあえずの体裁は整った頃。


 誠とミリアは大量のASIDに囲まれていた。


《敵総数、千二百を突破。第一から第七防衛ラインを設定。着陸中の浮遊都市に接近するASIDの排除をお願いします》


 コクピット正面。全方位モニターの一角に表示された戦域マップ。そこに赤いラインが七本引かれる。防衛ライン、と言ってもそこに友軍はいない。あくまでヴィクティムがその場にとどまるかどうかの目安でしかない。

 千二百体。倒すだけならば問題の無い数字だ。だが、それがバラバラに各方位から浮遊都市目掛けてくるとなると話は別。絶大な力を持つヴィクティムが最も苦手とする状況だ。


「まずは南西方向から来る集団を駆逐する。準備は良いか? ミリア」

「は、はい。ご主人様!」

「……頼むからそれは止めて欲しいな」


 ぼやきながら誠はヴィクティムを目標地点まで飛翔させる。エーテルの輝きを帯状に残して行く姿は美しい。尤も、この戦場にはASID以外それを見る者はいないのだが。

 現在のヴィクティムの速度は時速四百キロ近く。航空兵器と比較するとヘリコプターの最高記録並だ。戦闘機などと比較すれば四分の一程度の速度しか出ていない事を考えるとまだまだ遅い。しかしこの人型と言う流体力学に真っ向から喧嘩を売っている形状でそれだけの速度が出せる時点で既に驚異的と言える。そして本来戦場を共にするアシッドフレーム、ASIDが基本的に陸上兵器であることを考えると、その速度は最早暴力的な程のアドバンテージだ。


 敵の規模と距離に応じて武装リストの中から最適な物を選択。今回の目的は敵の鹵獲では無く殲滅。故に全ての武装が使用を解禁されている。それ故に選択肢は広く、だが同時に最適解と言う物は限られてくる。

 これまではそう言った動作も誠が全てやっていた。リサが乗っている時も、あくまで一時的な措置と考え特に役割分担と言う物はしてこなかった。雫の時は逆に明確だった。戦闘は全て誠が。雫はヴィクティムの豊富なセンサー類の情報を分析。それを近隣の機体に再配布。コパイロットと言うよりも戦場分析官の様な仕事ぶりだった。

 そして今、ミリアと言うこれ以上ないドライバーを得て誠は操縦を分担しようと考えたのだ。そうで無くとも、あまり考えたくない事態ではあるがミリア一人でヴィクティムを動かす時があるかもしれない。そうした時の為に実際の操縦感覚を養っておくのは重要な事だと思ったのが主な理由である。マニュアルを丸暗記している事と、実際にそれを活かせるかどうかは別問題なのだから。


 ヴィクティムが右腕を構える。上腕部に搭載されたエーテルバルカンの砲口が塵の幕を通じて降り注ぐ日光を浴びて鈍く輝いた。その動作に誠は一切関与していない。全てミリアが行っている事だ。

 機体制御と火器管制の分担。今二人が挑戦していることはそれだった。


「エーテルバルカン」


 小声で囁く様なミリアの声と共に、エーテルで構成された弾丸が砲口から吐き出される。ミリアは一々武器名を叫ぶことは無い様だ。何となくそれに寂しさを感じながらも誠は機体を更にASIDに接近させていく。

 戦闘出力になった際のRERは想定外の――この場にいる二人と一機にとっては――動作をした。それは最初に乗った時にミリアの記憶を垣間見た様な、両者の境界が曖昧になる様な不可思議な現象。思考の表層で自分の考えていることが相手にも伝わる。二人が一人になってしまうような錯覚。ともすれば自分と言う存在を見失いかねない。強力な一種のテレパシー状態と言っても良い。それが人が放つと言う生エーテルを共鳴させ合った結果なのか、はたまた別の原理なのかは彼らにも分かっていない。ただ、そのお蔭で二人で分担して高度な格闘戦も行えるようになっていた。

 鋭角なエッジを描いてヴィクティムが地面を滑るようにターンする。それに合わせてヴィクティムの右腕が動き、バルカンの弾幕はASIDを前衛的な彫像に変えて行く。


 会話は要らない。その一団を全滅させるとすぐさま次のポイントへと向かう。今度は複数の集団。それらを視界に収める事の出来る位置に誠は着地させる。そしてミリアは流れるように背部のエーテルカノンを展開。砲身がまっすぐ伸びる。


「カノン、お願い」

《エーテル供給ライン良好。エーテルカノン。最大出力で照射》


 ヴィクティムのコールと同時、接地した脚が地面を削り取る程の反動と射線上全ての物を抉り取る凶悪な光の柱が世界を染め上げる。機体が軋むのも無視して砲身を旋回させる。それに触れたASIDも、地面も、原子レベルで粉々にされていく。そうしてエーテルの放射が終了した時にはヴィクティムの前には扇方のクレーターと、塵さえ消し飛ばされて綺麗に感じる大気しか存在しなかった。


(次。都市の反対方向。近接戦闘で行くよ)

(分かりました)


 口には出さず言葉を交わして。ヴィクティムは再び飛翔する。


《貯蔵エーテル、チャージ開始。完了までエーテルカノン最大出力は使用不能》

「ああ。分かっている」


 ここ一週間ほど、こうしてミリアとヴィクティムに乗って初めて気が付いた事なのだが、ヴィクティムは会話に応答しないと意外と拗ねる。ミリアとは会話要らずで、ヴィクティムも思考がダイレクトに伝わっているので――そうでなければ操縦桿二本とペダルで人型ロボットは操作できない――完全に言葉を発する必要が無くなってしまったのだ。その為徹底して言葉を交わさない連携を構築しようとしていたらヴィクティムが拗ねた。


《ドライバーの思考制御は完璧だと自負していますが、万が一と言う事もあります。音声によるオーダーも併用していただくのが効果的かと》

《当機は機械。故に万全の状態を維持するのが当AIの責務だと感じています。しかし音声による会話機能は単独でのテストが困難ですので協力して頂きたい》


 と言った具合にだ。拗ねてる? と尋ねれば、《当機に拗ねると言う機能は有りません》と何時もの調子ので答えるのだった。面白いのでしばらく声を発さないでみようかとも思ったのだがそれでヴィクティムとの連携が崩れたら元も子もない。そして誠としては一体その拗ねると言う機能が地下施設で起動した時からそうだったのか、或いはヴィクティムが思考の柔軟性を獲得してからなのか。それは分からない。だがもしも後者だとしたら。一体ミリアはヴィクティムにどんな影響を与えているのだろうかと少し気になったのだ。


 そんな雑念を抱えていたからだろうか。僅かに誠の操縦が乱れた。彼にとっては幸い、ただの移動中。それ故にミリアには気付かれなかった。だがこれが実際に敵と交戦している時ならば互いに集中しているため、相手の意識のそれなりに深いところまで読んでしまう。ドライバー二人、互いが一体になるような感覚。それに対して誠が感じるのは自分と言う存在が侵食されているような嫌悪感と、それ以上に相互理解の究極の形に至れた至高感。口に出せる様な考えでは無く、そこまではどれだけ集中していても読み取れないと言うのは彼にとってでは無くお互いにとっての幸いだろう。


「ダガーを」

《了解。エーテルダガー展開》


 両掌からエーテルの刃が伸びる。ASIDを追い抜きざま両断。敵集団の中心で舞う様にヴィクティムが踊る。ステップは回避運動。ターンは斬撃。次々と後退していくパートナーの間をヴィクティムは駆け抜ける。


「……いかんな。連日の練習の癖が出た」

「私もです……」


 思わず顔を顰めて今の動きへの自省の言葉が出た。今のはダンスの様な動きは意図した物では無く、ここ数日他の事を差し置いて特訓させられているダンスその物の動きが無意識に現れた結果だ。無意識でも踊れるようになったと喜ぶべきか。変な癖がついたと嘆くべきか誠は少し悩む。

 淡々と、ルーチンをこなす様に敵集団を壊滅させていく。最早手慣れたものである。


《警告。北部方向に高出力反応。通常の三百倍。ジェネラルタイプです》

「了解。急行する」


 余裕を持って敵を殲滅でき、弛緩しかけた空気を再び引き締めたのはヴィクティムの報告。ジェネラルタイプがいる。それは警戒に値する情報だ。


 現場に急行する傍ら、行き掛けの駄賃とばかりに進路上のASIDを次々と鉄くずに変えて行く。最早通常タイプは足止めにすらならない。


《有視界距離に到達。目標を拡大》


 コクピットモニターの一部がズームになる。そこにいるのはまるで球体を分解して無理やり人型にした様な不格好な姿のASID。だがそれを笑う事は出来ない。まるでハリネズミの様に飛び出ている物体はその全てが砲身。全身火器のジェネラルタイプだった。

 こちらが目視で来たと言う事は相手にとっても同じだ。そのずんぐりむっくりとした体型をこちらに向け、両腕から伸びた三つの砲身、背中から伸びた二つの砲身をこちらに向けてくる。

 そして吹き乱れる嵐。雨の如く襲い来る弾丸。弾丸に押し退けれた大気が起こす風。まさに暴風雨。何の対策も無しに踏み込めば致命的な展開が待ち構えているであろう竜巻の中に、ヴィクティムはまるで近所に買い物に行くかの如き気安さで入り込む。


「トータスカタパルトの時に比べれば小雨みたいなもんだね!」


 機体の性能差もあったが、同じ実弾兵器でもあのガトリングレールガンの驚異には威力も、弾速も程遠い。嵐の中、迫りくる弾丸の全てを避けきって突き進み、肉薄する。


「ハーモニックレイザーを」

「オッケー。ミリアの好きにしていい」

《両ドライバーの承認を確認。ハーモニックレイザー。セーフティ、リリース》


 格子模様の刀身が高速振動を始める。それだけで最早相手の武装は尽くが無効化された。実弾はヴィクティムに届くよりも手前、ハーモニックレイザーによる超振動の暴虐によって粉微塵となる。これこそが本当の嵐と言う物だと言う様に。


 一撃で切り伏せる。そんなミリアの思考がうっすらと誠にも伝わってきた。それに合わせて誠も距離を詰めて行く。

 全身から伸びていた砲口が火を噴いたのはその瞬間だった。実弾など今更無意味。だと言うのに立て続けに放たれる弾丸。その尽くが粉末となりヴィクティムに付着する。エーテルカノンの様にエーテルで物体を消し飛ばしているのではなく、超振動で削り取っているのでどうしてもあそこまでは細かくならないのだ。それでも例えるならば砂が付いた様な物。整備兵以外にはダメージの無い攻撃だ。

 うっすらと、ヴィクティムの装甲に幕が出来る程になったところで相手は全身の砲を切り離した。漸く無駄だと理解したかと思い、誠は一気に踏み込む。

 腹部にも砲口。形状からして恐らくはエーテルカノン。そう予測した誠は構わず踏み込もうとする。ヴィクティムのエーテルコーティングならば相手の出力程度のエーテルカノンは十分な余裕を持って防げる。そうした判断だ。全く持って合理的。

 だが誠は背筋に感じた直感に従い横っ飛びに避けた。それは思考してから実行に移すまでのタイムラグはほぼゼロ。それ故に斬り付けるミリアは反応し切れずに何もないところに空振りをする。微かな苦情の気配。

 ほんの一瞬、ヴィクティムの胸部があった空間を敵ASIDのエーテルカノンが駆け抜けた。避けきれずに肩の装甲が霞め、一瞬で蒸発した事でミリアから伝わってくる苦情の気配が驚愕の物に変わった。


「これは……エーテルコーティングが機能していない!?」

《敵の弾丸にもエーテルコーティングが施されていた様です。その粉末を浴びた事で、こちらのエーテルコーティングの一部が中和。防御力が低下していた模様》


 言い終わると同時、ヴィクティムの機体表面が一瞬で新品同様の輝きを取り戻す。エーテルコーティングの特性変化。僅かだが攻性を持たせたのだろう。表面に付着した粉末を今度こそ完全に消し飛ばしたのだ。


「絡め手を……」

《油断大敵、と言う事でしょう》


 全く持ってその通りだ。ASIDは決して無駄な事はしない。機械生命体だけあって、合理性の塊なのだ。無駄に見えたらそれはこちらが意図を読み切れていないと言う事。


 だが今度こそ、相手に打つ手はない。打たせる時間も与えない。ミリアが振りかぶったハーモニックレイザーが深々と突き刺さる。あっさりとエーテルリアクターごと両断され、エーテルの守護を失った機体が余波で分解される。それを見届けてヴィクティムが音声を発する。


《ジェネラルタイプの撃破により敵撤退を確認。シミュレーションプログラムF-22を終了》


 言葉と同時、コクピットに表示されていた映像が一瞬で切り替わる。映し出されているのは何時もと変わらぬ格納庫。今までの戦闘は全てヴィクティムが行っていたシミュレーションプログラムによるものだったのだ。


「ど、どうでしたか?」


 ミリアが恐る恐る、一人と一機に今の戦闘の評価を求める。少し考えた後、誠は軽い笑みを浮かべて答えた。


「良かったと思うぞ。機体制御と火器制御の連携も上手く行くようになってきたしな」

《使用武装の偏りがありました。主に搭載武装のみで、武器庫の武装の活用が甘かったかと。また無線誘導兵器の併用が課題になると思います》

「あう……」


 褒めた誠に対してスパンと切り捨てたヴィクティム。だがそれは事実なのでミリアも言い返せない。ランスと呼ばれる小型の無線誘導兵器。厳密に言うと人の意識で好き自由に飛び回り敵を襲う、そんな概念の武器はこれまでに存在しなかったので無線誘導兵器と言う名称も些か正確ではないのだが。兎も角その操作には高い集中力を必要とする。何しろ極論するならば小型の戦闘機を二機、個別に操るような物だ。むしろミリアが初陣で二機を操った事の方が素晴らしいのだ。初陣はその他の操縦を全て誠が請け負っていたから良かったが、火器管制全てをミリアが賄うとなると操作は厳しくなるようだった。


「やっぱりミリアにはランスの制御に集中してもらった方が」

《否定。ドライバー誠の機動ログを解析すると、機体制御に専念していた際は以前と比較して47%の運動能力の向上が見られます。総合的な戦闘力を考えると現状のスタイルが最適かと》

「そうなのか」


 と、言われても誠には今一ピンとこない。47%というと約1.5倍と言う事だが、そこまで動きが良くなっている物だろうか。そう思っているとミリアが瞳を輝かせて誠を見上げながら上擦った声で褒め称える。


「ご主人様弾避けてた!」

「え? ああ。そう言えば確かに」


 だがそれはトータスカタパルトの時に同じ事をやった為、誠としては然程凄いとは思っていなかったのだが。


《今回の距離は八百メートルを切っていました。敵弾丸速度、数を考えるとほぼ面制圧射撃の規模でした。そこを真正面から擦り抜けると言うのは分業制だからこそ出来た事だと推測》

「そんなもんか……」


 ヴィクティムの性能は既に頭打ちだ。これ以上のハード的強化は見込めないと誠の中にあるヴィクティムの知識が言っている。そうなると強くなるためには今まで以上に乗り手の性能、つまり誠とミリアの腕が関わってくる。強くなればヴィクティムに提示された二つの危険兵装を使う事も無い。そして何より、誠は示す必要があるのだ。ヴィクティム単騎でASIDの集団とも戦える。地上を捜索できると。


 既に水面下で交渉は始めている。秘書官を通しての安曇への直訴。即ち、自分を都市外探査、所謂遠征隊に加えて欲しいと言う請願だ。

 防衛の観点からヴィクティムは都市に留まる事を要求され、誠もそれを渋々ながら了承していた。その状況は今も変わっていない。どころか強くなったと言えよう。飛行可能なASIDの存在が明らかになった以上、空を飛んでいる時でさえ絶対安全とは言い切れない。その状況でヴィクティムを都市から離すと言うのには難色を示された。仮に今回と同じ規模の敵が来た場合ヴィクティム無しで乗り越えるのは不可能と言っていい。

 だが同時に、そのままでは先細りするだけと言うのも分かっているのだ。闇雲に旧時代の遺産を探していた浮遊都市側としてもヴィクティムに残っていたポイントの情報は貴重な手掛かりだった。そこに誠は賭けたのだ。ヴィクティムにその座標が送られていた以上、そこにはヴィクティムと関係のある何かがあるはず。その何かをヴィクティム無しで解析できればいいですね、と。

 その脅迫めいた説得は一定の効果があったらしい。少なくとも門前払いされる事なく、向こうもヴィクティムの派遣と言う事を検討し始めたのだから。


 だがそこには一つ問題があった。それはミリア・ガーランドを誠の勝手な都合に付き合わせると言う事だ。その自覚があるために誠は己の行動に唾棄したくなる。


 なるべくならばミリアを戦いに巻き込みたくないと言うのが誠の本音だ。クイーンを倒し、帰還方法を探す。それはこの半年ぶれることなく持ち続けてきた目標だが、それを達成するために自分よりも年下の少女に無理を強いる程彼は残虐にはなれない。そんな倫理観だけとは思えない拒否反応が誠の中にあるのは自身で自覚していたが、その正体は変わらずつかめないままだ。

 とは言え、ここで誠がミリアに戦わせないという選択肢を選ぶとまたミリアは黒いリボンを身につけることになる。


「くそったれどもが」


 十日ほど前に送られて来た案内状。

 先日の大型ASID襲撃を退けた事に対する祝勝会を開くと言う内容を思い出して誠は悪態を吐いた。

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