45 終焉兵装

 困った事や分からない事があると何時もここにきている気がすると誠は思いながらヴィクティムのコクピットの中に身体を収める。ハッチを閉鎖すれば外部に音が漏れる事は無い。


《如何いたしましたか。マイドライバー》

「ん、いや。ちょっと用事だ」

《了解。何なりとご命令を》


 さて、と誠はそこで止まった。先ほど優美香から聞いた話。即ちヴィクティムとASIDの中枢回路――頭脳に当たる部分が同一の物であると言う事をどう切り出すべきかと迷ったのだ。ヴィクティムは機械だ。だが前々からASIDに対する敵愾心の様な物を覗かせている。それがインプットされた行動なのかどうかは誠には判断が付かない。だがそんな怨敵と同一視されたら少なくとも自分は良い気分にならないだろうと思ったのだ。


《何か悩み事でしょうか》

「そう言う訳じゃ――いや。そうだな」


 ふと思いついて誠はここ最近のリサの奇行について聞いてみる事にした。単なる雑談の様な物だ。ヴィクティムならどう分析するかが気になった。


「……と言う訳なんだが。何が原因だと思う?」

《情報不足。解析不能》

「ああ。そうだな。お前はそう言う奴だ……」


 お決まりの文句を聞かされて誠は肩を竦める。つまらない事を聞いたと本題に戻そうとしたところでヴィクティムが言葉を継いだ。


《しかし過去これまでのウェイン嬢の態度を分析すると嫌悪から来る行動ではない事が推測できます》

「お……?」

《ですのでそう気に病むことは無いかと》

「……気に病んでるように見えたのか?」

《肯定。メインドライバーが当機に人の言動について相談すると言う事は、他の人間に相談した結果、安心できる材料が得られなかったからと推測。故に、気に病んでいると判断しました》


 やはり、ヴィクティムは変化している。以前ならこんな慰めめいた言葉は発しなかっただろう。思考の柔軟性。それが徐々にだが人に近づいているように感じられた。それが良い事なのか悪い事なのか。やはりそれも誠には判別がつかない。AIの研究と言う点では恐らく画期的なのだろうが、戦闘兵器の観点からするとそれが良いと言い切れない気がするのだ。


《それがご用でしょうか?》

「いや、違う」


 物思いに耽っているとヴィクティムが会話を促す様にそう言ってきた。そう、本題は違う。


「……ヴィクティム。お前は対クイーンASIDの為に作られた。そうだよな?」

《肯定です》

「で、今俺とミリアで完全稼働しているんだよな」

《肯定です。当機はドライバー誠とドライバーミリアのお蔭で完全な性能を発揮できます》

「で、お前が誰に作られたかは不明と」

《肯定》


 以前にも聞いた事を改めて確認するがやはり分からないと言う事が分かっただけだ。作った相手が分かればそこからヴィクティムの構造について何か分かるかもしれないと思ったのだがやはりそう都合よくは行かない。


《当機は》

「ん?」

《当機は何故作られたのでしょうか》

「今言ってただろ。対クイーンの為って」

《対クイーンASID戦の為。ドライバー誠を守るため。そうして与えられた優先順位はありますが自分が作り出された意義が分かりません。本来ならばその二つは両立させるべき命題ではないと当機は各種データから解析します。故に当機は何故その二つを両立させようとした存在として生み出されたのか。関心があります》


 今度こそ、誠は掛け値なしに驚いた。今ヴィクティムはやたら回りくどい言い回しをしたが、こう言ったのだ。


 ――何故自分は生まれたのか。それを知りたいと。


 機械が己の存在理由を問う。自らのアイデンティティに悩む。誠の常識ではありえない事だった。


「……ヴィクティム。これはさっき優美香から聞いた話なんだが」


 だから誠が先ほど聞いた話を言う気になったのもこれがヴィクティムの思索の一助となれば良いと思ったからだ。


「どう思う?」

《……情報不足。しかし当機とASIDに何らかの関係性があるのは理解》


 心なしか。ヴィクティムのテンションが落ちた気がした。機械にテンションがあるのかなどと無粋な事はもう言えない。


《現状から当機とASIDの間に如何なる関連があろうと、クイーン撃破によるASIDの制圧と言う目的は変わりません》

「そうだな」

《故に、使用が可能になった当機の武装についてドライバーに説明したいと思います》

「いや、それは頭に入っているから大丈夫だぞ?」


 既に初めて搭乗した段階で誠の頭の中にはヴィクティムのマニュアルがある。誠はそれがヴィクティムの言っていたインストール、脳に直接情報を転写した結果だと思っていた。


《否定。恐らくですがこの二つの兵装に関しては知らないと思われます》


 ヴィクティムが表示したのは二つの兵装の所見。今ならばその数字の意味も誠には分かる。分かるからこそ、声が裏返った。


「な、何だよこれは!?」

《当機が使用可能な、兵装です》

「それは分かってる。何だこれは。でたらめすぎるだろう!」


 有り得ないと言い変えても良い。二種類とも同系統の装備なのだろう。違いと言えば近接用と遠距離用の違いか。だが誠にはそんな区別の意味があるのかと疑問に思う。|強力過ぎる(・・・・・)。この二つと比較したらあの傘型に向けて撃った最大出力のエーテルカノンも、ハーモニックレイザーも児戯に等しい。


《それが当機の最大破壊力を持つ兵装です》

「冗談だろ……」


 ますます分からなくなった。何故これだけの物を持っていながら旧時代の人間は負けたのか。


《恐らく、旧時代ではこの二種は使用されなかったと思われます》

「何でだ?」

《どちらも偶発的に発見された法則を元に作られた兵装のようです。原理が不明な物を実戦で使用するのは躊躇われたのかと。加えてこれら二つには大きなな欠点があります》

「人類が滅びかける以上に問題が?」

《肯定。二つとも惑星環境に重篤な悪影響を及ぼします。惑星軌道、地軸の変化。それらは不可逆であり、当機にはそれらを修繕する事が出来ません》

「ああ、そりゃたしかに使えないわ……」


 そうなった場合惑星環境はどうなるか。地球で考えれば公転軌道からはずれた地球は太陽との適切な距離を維持できない。太陽から離れて氷河期をも超える極寒の地となるか。太陽に近づいて地表を焼かれるか。そのどちらかだろう。そしてそうなった場合人など生きて行くことは出来ない。

 それは他の惑星でも同じ事が言える。同じように恒星――或いはその代わりの天体の周囲を公転しており、炭素生命体が生きていける環境を持っているのならば尚の事。宇宙と言う世界は炭素で構成された生き物が生きて行くには過酷過ぎる環境だ。


「でもそうなったら最悪浮遊都市みたいなのを作ってそれで逃げれば――」

《それは推奨できないプランです》

「どうしてだ? 今のとやってる事は大差ないと思うんだけど。浮いているだけならエーテルも消費しないだろう?」

《浮遊都市の循環モデルは前提条件として豊富な大気と十分な水が存在する事が挙げられます。逆に言えばその二つが欠けていた場合、浮遊都市アーク単独では完全循環を行えず、遠からず資材不足で全滅するでしょう》


 ああ、確かに。と誠は納得した。都市部には環境保全区として植物が植えられているが、あれだけでは都市内で発生する二酸化炭素を酸素に還元する事は出来ない。水に関して言えば海水をくみ取って塩分を抽出し、飲み水と塩に分けていると言う話だった。水の確保はあくまで海と言う存在有りきなのだ。


「……つまり、言い変えればその二つは俺たちも使えない、って事だな?」

《否定。使えない、では無く他に手がある限りは使わない、が正しいです。旧時代は恐らく当機を使用せずとも勝ち目があったのかと思われますが、状況が違います》

「そうか。もう完全に後が無いから」

《肯定。ここで当機が撃破された場合、浮遊都市の戦力を鑑みるとクイーンが襲撃してきた場合対抗は不可能と推測。故に最優先すべきは当機が撃破されない事。また、当機の試算結果では短時間の使用ならば影響は極小に抑えられると出ています》


 要するに、最後の最後まで使うなと言いたいらしい。……現状、そこまでしないと勝てない相手と言うのも特に思いつかないのだが。誠の感想としては、仮に映像で見たクイーンASIDと今対峙したとしても問題は無いと思えるのだ。ヴィクティムが通常使っている装備で対処可能だろうと。


「トーチャーペネトゥレイト、ディストリオンコア……」


 一人が手にするには過剰すぎる火力を持つ二つの武装の名前を呟く。ヴィクティムが表示してくれた武装リストではご丁寧に赤文字で書かれている。一歩間違えれば守るべき惑星さえ殺しかねない究極の矛。そんな物を押し付けられた事にプレッシャーを覚えずにはいられない。


《その二つはハーモニックレイザー同様、メインサブ両ドライバーの使用承認が無いと運用できません。また、どちらも当機のエーテルコーティングを最大にしても長時間影響に耐える事は出来ないのでそちらもご注意を》

「……何でお前の設計者は自分が耐えられない様な武装を次々と載せるんだろうな」


 ハーモニックレイザーに関してはRERが不完全稼働状態だったので八つ当たりなのだが、今発覚した二つに関しては酷いと言わざるを得ない。旧時代は一体何を考えてヴィクティムを建造し、そして封印していたのかという疑問は時間の経過で解決どころか混迷を極めている。


《警告。接近する熱源を感知。照合。バイロン嬢と確認》

「優美香?」

『おーい、まこっち、ダーリン。ちょっとあけてくれない?』


 小さく頷いて誠はヴィクティムに了解の意を示す。それに応じてヴィクティムはコクピットブロックをスライドさせ、解放する。


「どうしたの優美香」

「うん。これ」


 優美香が差し出したのは誠には用途の不明な機械、その部品だった。むき出しになった配線や基盤がどこかから引っこ抜いてきたかのような印象を与えさせる。


「これダーリンの中にあったんだけどさ」

「何ぶっこ抜いてんだよ! 戻して来いよ!」


 まさか本当に引っこ抜いてきた物だとは思わずに誠は声を荒げる。それが原因で壊れたりしたらどうすると言うのだ。


「いや、でもさ。この部品……」

《機体スキャン完了。当機に欠損部品無し》

「え?」

「うん。やっぱり」


 ヴィクティムから部品を引き抜いたにもかかわらず、ヴィクティムではそれを認識していない。どういう事か分からずに首を捻る誠を置き去りにして優美香は納得が言ったように頷いている。


「一人で納得してないで説明してくれ」

「うん。この部品ね。ダーリンの腹部、バッテリーから直接線引っ張ってて他の部品から完全に独立してたからさ。怪しいと思って引っこ抜いてきた」


 ヴィクティムのコクピット周りは基本的に電力で稼働している。流石の万能エーテルもそこまではカバーし切れなかったらしい。そうしたヴェトロニクス系に使われていたバッテリーから配線が伸びており、完全に独立したユニットとなっていたらしい。


「んで、ダーリンが認識していない部品」

「……ん? ヴィクティムの中にあって、ヴィクティムが把握していない部品……って事は」

「そ、旧時代に誰かが改造したってこと。この部品を無理やり後から取り付けるために」


 それはつまり、ヴィクティムすら知らない何かの手掛かり。


「そ、それで! それは一体何なんだ?」

「ん。多分通信機か何かだと思うんだよね。で、ダーリンに見て貰った方が早いと思って」

《了解。解析準備》


 コクピットの一部がスライドして小物置きの様な部分が露出する。サイズは限られるが、そこに置かれた物品はヴィクティムがほぼ完全に解析できる代物だ。本当に、戦闘兵器としては余分な機能が多すぎる機体である。


《解析完了。バイロン嬢の推測通り、通信機の一種と判明。何かとデータのやり取りをしていた模様》

「そのデータは!?」

「もったいぶらずに教えてダーリン!」


 食いつく様に問いを重ねてくる二人を見ても平然としたままヴィクティムは応える。


《保存されていたデータは二つ。送信者の現在位置と、データを受信した日時です。それらを相互にやり取りしている様でした》

「現在位置……」

《肯定。あくまで相対的な物――つまり、当機から見てどの位置にいるかと言う物でしたが》

「そのデータは何時まで続いてたの、ダーリン?」

《610年と127日前に途絶えています》


 今が航空歴――人類が空に逃れてから607年。610年以上前と言うのはそれ以前、即ち旧時代と呼ばれる時間だ。その時代にあった位置記録。


「……ヴィクティム、その相対位置から最後に通信があった場所を特定できるか?」


 緊張でカラカラに乾いた口で誠はそう問いかける。


《問題なく。その通信を受け取ってから当機が移動されていないと言う但し書きは付きますが、地下施設からの座標を起点に座標特定は可能》


 滅亡寸前の旧時代。そこでヴィクティムに送られてきた位置情報。そこにどういう意味があるのかは分からない。だが、何か意味があったはずなのだ。無意味な事をする余裕は無かったはずだから。


「まこっち?」


 普段とは違う誠の気配に気づいたのか。優美香が誠の背に声をかける。だが誠はそれにも気づかない。


 見つけた。その高揚に誠は支配されている。ヴィクティムで途絶えていた旧時代と自分の繋がり。それが細い糸だが繋がったのだ。


「行こう」

「え?」

「その最後に通信があった場所。旧時代で何かがあったその場所に」


 そこにこそ、求めていた物がある。誠はそんな予感を感じていた。

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