40 凱旋
「ウサギ耳みたいな奴はどうなった?」
《残留エーテルをトレース。地上へと逃走した模様》
その解答は誠にとっては苦い決断を迫ってくる。逃げたASIDは今のヴィクティムの情報を持っている。それを潰して情報の拡散を防ぎ、未来の驚異を排除することを優先するか。それともまだ都市内部に残っているASIDと空に控えるジェネラルタイプを駆逐して、今の驚異を取り除くか。
《上方、エーテルの収束を確認。砲撃が来ます》
ヴィクティムのその言葉で方針は決まった。あの大出力の砲撃。今ドームに空いた孔から内部を狙われたら都市は焼き払われる。それだけは許してはならない。持ち帰られたデータ。それが将来の致命傷に繋がらない事を祈るのみだ。
戦術を策定する。
今の出力ならば浮遊都市全域を覆うエーテルコーティングも可能だろう。しかし都市部全てを覆うのはまた次元が違う。おもちゃ箱で例えてみよう。箱の外周の表面積は大したことが無い。だがその蓋に穴が開いていた場合、その中身を守るためには中身全てにコーティングを施す必要がある。そうなった時の表面積は倍増どころの話ではない。そしてこれが最大の問題なのだが、人はエーテルコーティングで覆えない。まだ再避難が完了していない場合、シェルターに入っていない人は焼き尽くされる事になる。
そうなるとヴィクティムで出来る選択肢は二つある。
一つは武器庫にある無駄な程数のある盾を全て展開し、それで防ぐ。だがそれも消極的だ。絶対無敵の盾ではないので数発受ければ破壊されてしまう。後手に回ってはいけない。
もう一つはもっとシンプルだ。そして誠好みな戦術でもある。
「ヴィクティム。エーテルカノン用意」
《了解。砲身展開。アーム稼働》
目には目を。歯には歯を。エーテルカノンにはエーテルカノンだ。多少ドームの穴が広がる事は許容して貰おうと誠は決めた。空中で制止し、砲塔を頭上へと向ける。それに誠の予想が当たっていれば、これは起死回生の一手になるかもしれない。
《充填開始》
大筒にエーテルが注ぎ込まれていく。その速度は上空のASIDとほぼ同等。急速に高まっていくエネルギーはそのまま破壊力へと転換される。そしてそれが限界まで高められたと同時。再び空から神の裁きの如き光の柱が落ちてくる。迫ってくるその光を睨みつけて、誠はトリガーを押し込む。
《エーテルカノン・フルバースト。解放》
立ち上るのは蒼い閃光。蒼穹(そら)の色を写したような光は天から降り注ぐ太陽めいた輝きを尚上回る程の太さ。中空で二色の光がぶつかり、そして火花と言うには規模が大きすぎる光が弾け飛ぶ。
拮抗は一瞬。蒼の輝きが全てを飲み込んだ。そのまま天を駆け上がり、傘型を襲う。
だが傘型にはエーテル系の攻撃を受け流すフィールドがある。今のヴィクティムの攻撃を全て受け流せるかどうかは疑問だが、その大半が散らされるのは間違いない。本来ならば、であるが。
フィールドの干渉は無い。予想が当たっていたことに誠は口元を吊り上げる。あのフィールドはエーテル全てを受け流す。となると自身の攻撃も受け流されるため、砲撃中は解除しているのではないかと予想していたが大当たりだった。ヴィクティムのエーテルカノンは遮られる事なく、相手の砲塔、水晶柱に突き刺さり、爆散。降り注ぐ破片はエーテルカノンの余波で消し飛んだ。そのままエーテルを吐き出し続け砲撃を続行するが、さすがに相手も間抜けではない。即座にフィールドを張り直してくる。拡散して空に消えて行く光を見て誠はようやく砲撃を止めた。
「ヴィクティム。エーテルの残量は?」
《40%。現在急速に充填中。完了まで二分》
「十分だ」
ふと気になって誠は後ろのミリアに声をかける。
「ミリアは高いところとか平気?」
「え? はい。それなりに」
「オッケー。今から飛ぶから」
「えっ」
肩口から伸びる二対のエーテルで形成された羽が震える。この羽がスラスター代わりとなっているお蔭でヴィクティムはエーテルレビテーターと併用する事で高速で空を飛ぶ事が出来る。
加減無しで急上昇。本来ならば加速度で訓練を受けていない人間には相当辛いGがかかるはずだが慣性制御のお蔭でそれも無い。
《通信回復》
「お?」
『誠君! 無事ですかっ!?』
回復を告げられると同時に響き渡る大声に誠は顔を顰める。
「リサ、声が大きい」
『ああ、良かった……ルカも無事ですか?』
「無事だよ。いや、ごめん。無事じゃない。肩脱臼してる。ごめん」
謝る誠にリサは首を振った。
『いいえ、命があるなら大丈夫です。ついさっき都市の方に砲撃があったみたいですけど……』
「それは何とか防いだ。甲板のジェネラルタイプは?」
『甲板の敵は私と嘉納さん達第三大隊で倒しました』
その言葉に誠は素直に感心する。正確なところは分からないが、あちらにいたジェネラルタイプも誠の元に来た二体を考えれば相当な難敵の筈だ。それをアシッドフレーム部隊だけで倒すと言うのは偉業に他ならないだろう。
『都市部はどうなってますか』
「そっちも殲滅済み」
『了解です。一先ず合流しましょう。上の敵への対処も考えないと……』
ああなるほど。と誠は納得した。リサの側ではヴィクティムの現状を知るのは無理だと言う事に思い当たったのだ。
「すまん。今飛んで向かってる」
『飛んでって……えええええ』
機体を翻らせると甲板に展開しているアシッドフレーム部隊が見えた。そのうちの一機がこちらを指差している。
『何で飛んでるんですか!』
「話すと長くなるんだけど……マッチング適性高い人が見つかってまあ飛べるようになった」
分かった? と尋ねるとゆっくりと首を振られた。もちろん横にだ。
『いえ、全然どういう事かは分かりませんが、誠君一人で何とかなるんですね?』
「任せておいてくれ」
『自信満々ですね……分かりました。任せます』
通信が切れて、ヴィクティムが疑問を呈してくる。
《何かプランがありますか?》
「無い」
「何であんなに自信満々だったんですか……?」
ミリアが恐る恐る尋ねてくる。その問いには誠は答えを一つしか持っていない。
「男はな、かっこつけたがる生き物なんだよ……」
偶にはカッコつけたっていいじゃないかと誠はぼやきながら機体を上昇させ続ける。傘型は高度を徐々に上げている。逃げるつもりかと舌打ち。
《間もなくフィールドを通過》
その言葉と同時に武器庫からエーテルライフルを二丁取り出し両手に構える。フィールドはかなり広大だ。ASIDに近接戦闘を挑むにはまだ距離がある。射撃兵器で削りにかかる。エーテル弾が数発着弾。それに対する返答は、無数のエーテルによる砲撃。まさしく雨の如き降り注ぐ弾幕をヴィクティムは機体を掻い潜らせるようにして回避する。
大量の砲塔。その一つ一つを狙って回避と並行しての狙撃。時には回り込んで巨大な柱を盾にして弾幕を掻い潜りながら砲塔を潰し、高度を上げて行く。砲身が拡大せずとも見えるようになった辺りでミリアが叫んだ。
「行って! ランス!」
二機の遠隔兵器が解き放たれた猟犬の様に空を駆ける。ほとんど動かない砲塔などは良い的だ。次々と砲塔が食い散らされていく。時間が経てば経つほど砲塔は減り、弾幕は薄くなる。そうするとヴィクティムが狙撃する余裕も増え、砲塔の殲滅速度は加速度的に増していく。あっという間に禿散らかされた傘の内側を突破し、ついにヴィクティムは傘型の頭上を抑える。上にも当然の様に砲塔が仕掛けられており、そこから放たれるエーテルの光条。それだけでなく、ミサイルの様な実弾兵器も織り交ぜて攻撃を仕掛けてくる。エーテルライフルを武器庫にしまいながら誠はヴィクティムに問いかけた。
「ヴィクティム。ここからなら届かないな?」
《計算完了。通常出力ならば問題なし》
「えっと……誠さん。承認しますかって出てきましたけどこれ承認で良いんですよね?」
「うん。承認してくれないと使えないからね」
「は、はい。えっと、承認します!」
《サブドライバーの承認を確認。セーフティ解除》
腋の下から伸びる柄を握りしめる。純白に黒い格子模様が描かれた刀身が解放の瞬間を今か今かと待ち構えていた。
「ハーモニック、レイザァァァァ!」
その振動波でヴィクティムに触れようとしたエーテル弾、ミサイル諸々が全てチリとなる。近寄る物全てを細切れにする剣の結界。かつては使用に制限があった。だが今あるのは周囲への配慮だけ。最早増大した出力はハーモニックレイザーの超振動の余波にも悠々と耐えられるだけのコーティングを可能にしている。
それは相手も同じだ。ほぼすべての武装を潰された今、相手はコーティングに全出力を傾けている。余波だけでは潰しきれない。直接斬り付ける必要がある。そしてそうしても相手の体積は膨大だ。その全てを削り取るには時間がかかるだろう。
だが、ハーモニックレイザーはまだまだ出力を上げられる――否、理論上は限界は無いのだ。この武装には。ただ無制限に振動数を増加させてもその前に刀身自体が持たなくなり、エーテルコーティングによる補強が必要なだけで。それ故に、この傘型全てを解体できるほどの出力は可能。しかしそうすると浮遊都市も一緒に解体されてしまうと言うジレンマ。
もちろんそれは誠も承知だ。その上で抜いた。
「ミリア。ランスであの頭を落とせるか?」
「頭……?」
「頭っぽくないけど多分あそこが頭だと思う」
まさに傘の石突。その部分に頭らしきものがある。今一生物的な形状ではない円柱型なのに加えて、他の部位と比較するととんでもなく小さい……と言ってもヴィクティムの全長くらいあるのだが恐らく位置的にあそこがこのASIDの頭脳だろう。
「や、やってみる」
「お願いな」
二機のランスが向かう。その二つもヴィクティムと同等のエーテルコーティングを誇る。ハーモニックレイザーの振動波の中でも泳ぐように進み、首を落とすかのように二方向から突き刺さった。エーテルコーティング同士が干渉し合って接触部のコーティングが中和されていく。遂にランスの先端が突き刺さる。エーテルコーティングをそちらに偏らせるわけにも行かないのだろう。そうしたらハーモニックレイザーの余波に耐えられなくなる。どちらを選んでも滅ぶしかない二択。
くるりと、ランスがそれぞれ首の周りに沿って一回転する。先端が更に深く突き刺さる。また一回転。深く。一回転。深く。それを繰り返して捩じ切るように頭部が落ちた。二つのランスがそれを突き刺して運ぶ。
その首の断面にヴィクティムは着陸し、ハーモニックレイザーを突き立てる。既に頭脳を損失した巨体は制御を失い墜落し始めている。
「ヴィクティム、エーテルコーティングの適用範囲を変更。ハーモニックレイザー、出力三倍」
《了解》
ハーモニックレイザーの純白の刀身が更に振動数を上げる。それはまるで獣が歓喜の咆哮をあげているかのよう。そしてその振動波は一瞬でその巨体を滅茶苦茶にし、しかし外には漏れない。傘型ASIDの機体表面に壁があるかのようにそこで振動波は止まっている。それは傘型のエーテルコーティングではなく、ヴィクティムのエーテルコーティングで外から包んだのだ。決して被害を浮遊都市に逃がさないための鉄壁の鎧。振動波はそれを突破できず、跳ね返って更にASIDを細切れにする作業に邁進する。
一キロメートルを超える巨体が完全に解体されるまで一分とかからなかった。
その光景は浮遊都市からも良く見えた。
歓声が聞こえてくる。都市上空での戦いだ。内部からASIDが駆逐された後、住人達は固唾を飲んで空の戦いを見守っていた。そして遥か古の英雄の様に強大な敵を打倒す姿を目撃したのだ。その姿を見て声をあげぬものなどいない。
彼こそ守護神。
彼(か)の機体こそこの都市を守る守護天使。
そう称える声は今新たに生まれた英雄を祝福していた。
そう思っていたのは住人だけではない。甲板にいた軍の人間も、固唾を飲んで見守っていた行政局の人間も。浮遊都市アークに住む全ての人間がその姿を見て思ったのだ。
勝てると。
彼がいる限り人類に負けは無いと。クイーンを倒せると。
その確信は正しい。きっと誠とミリアが乗ったヴィクティムならばこの地上にいるASIDを全て駆逐できるだろう。
「勝てる……!」
その感覚は誠自身も感じていた。この手応え。この全能感。間違いなく勝てる。ヴィクティムの言葉に嘘は無かった。全能力を解放したヴィクティムならばデータに残っているクイーンを圧倒出来る。
その衝動に任せたまま彼は叫ぶ。
「俺たちは、勝てるぞ!」
その言葉を聞いて、周囲は一瞬静まり返り――そして都市が震えるほどの歓声が響き渡った。
後になって思えば。
この瞬間だったのだろう。
彼と、彼女の運命が決まったのは。いや、或いは既に決まっていたのかもしれない。こうして出会う事さえ既定事項。
ここから先は一直線。まるで転がり落ちて行くよう。止まる事は出来ない。誰にも止められない。
ほんの少しだけ。些細なボタンの掛け違い。それが避けようのない結末へと彼らを誘っていく。
もう、止まらない。
花の香りはもうしない。
ただこべり付いた様な血と油の臭いしかしなかった。
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