19 大物喰い

 高速振動する刃をトータスカタパルトの脚に突き立てる。その振動数は黒鋼のジェネラルタイプを相手にした時と遜色は無い。余波だけで通常タイプのASIDを消し飛ばす一撃を受けて尚、ヴィクティムの胴程もある脚は健在。


「なんつー硬さだよ!」

《敵エーテルコーティング強度は当機を凌駕。現状ではいくら斬りつけても切断できるほどの振動数を発する事は不可能である》

「無駄骨って事か」


 抜刀したばかりだが、ハーモニックレイザーの振動を停止させる。同時に限界まで強化していたエーテルコーティングを通常の状態に戻す。


「エーテル爆雷……二発しかない虎の子だ。慎重に使わないと」


 使い捨てだが絶大な威力を誇る武装だ。無駄打ちはしたくない。


「ですね。これだけの巨体です。出来れば中から爆破したい所ですが、難しいでしょうね。今の様子では」

「だな……」


 この至近距離ではレールガンは使い物にならない。砲身が長すぎて自分の足元を狙えないのだ。真上に撃って落下するのを待てば出来ない事も無いが、実に346秒と言う大変長い時間を待つことになる。それが分かっている故にわざわざこちらを狙う事はしてこない。


 だが、変わらず三百八十キロ彼方にいる目標は別だ。予兆も無く、静かに砲身が旋回する。それが徐々に地面との角度を大きくしていくのを見て何が狙いか気付けない程頭の回転が鈍くは無い。足元にいるヴィクティムを無視してアークを砲撃しようとしているのだ。それはここまで接近された相手を脅威と見なしていないと言うこれ以上はない証拠。


 その最大限の侮辱に誠は激昂する。


「舐めるな!」


 激情に身を焦がしながらも操作は冷静。真っ向からでは装甲に傷を負わせるのが難しい。それが分かった以上同じ轍は踏まない。狙うは関節部。装甲を施せず、エーテルコーティングが元々の物体の強度を上げる物である以上、柔らかい部分はどうしたって柔らかい。


 エーテルダガーを展開しての擦れ違いざまの一閃。返ってくる手応えは重い。切断には程遠い結果しか得られていない。それでも僅かだがエーテルコーティングを抜いて本体に傷を負わせることが出来た。新たに刻み込まれ、白煙を上げている関節部を見て早口でリサに尋ねる。


「他にどこか弱点とか聞いてないか?」

「関節部、砲身内部、後は……頭部!」

「定番だな!」


 頭を落とせば確実に倒せる。関節部狙いは有効ではあるが、時間がかかりすぎる。回り込んで、頭部と向き合う。敵のカメラがこちらに焦点を合わせたのが見えた。本当に、これまで眼中に無かったらしい。その一方でアークへの砲撃が再開された。弾丸が空を裂いて飛んでいく。


 接近してから初めてトータスカタパルトが動く。じれったくなる程にのろのろとした動きで首をヴィクティムの方へと向ける。あくびをするかのように大口を開けているのを見て誠の忍耐力は更に削られる。


「口の中にとっておきをぶち込んでやるよ、鈍亀!」


 相手の意図は兎も角、これは格好のチャンスである。まともに行動を起こす前に最大火力を叩き込む。そう決意した瞬間、背筋に悪寒が走った。ここにいてはいけない。その直感に従ってヴィクティムを横跳びさせてトータスカタパルトの緩やかに動く顔の正面から逃れる。


 その突然の行動にリサが戸惑いの声をあげた。


「どうしたんですかマコト君。チャンスでしたよ!」

「嫌な予感がするんだよ。なんかこう……ぞわぞわっと!」

「また随分とアバウトな感覚ですね!」


 上手く言葉に出来ず擬音で表現した誠はおのれの言語力の無さに若干落ち込む。そう文句を言いながらリサも各種センサーのデータを見つめる。何か変化が無いか。誠の予感を裏付ける物は無いかと。

 だがその様な事をする必要は無かった。これ以上ない形で誠の直感が正しかったことが証明されたのだから。


 トータスカタパルトの口から黒い光が溢れだす。そして、一本の柱が吐き出される。地面に突き刺さった黒光は首の動きに合わせてヴィクティムの後を追い、射抜かんとした。それが何なのか、二人はつい先ほど目にしている。


「エーテルカノン……かよ!」

「どうやってあれだけのエーテルを確保してるんですか!」


 先日の黒鋼のジェネラルタイプに続いて二体目のヴィクティムと類似した兵装を持つASIDの登場に誠は困惑を隠せない。これまで一度も出てきたことが無い兵装を搭載したASIDが立て続けに出てくると言う事実。それはもしかすると自分が原因ではないかとこんな時なのに誠は表情を曇らせる。

 それを察した訳ではないだろうが、ヴィクティムが情報を提示した。


《エーテル兵装の開発には長期の時間が必要になります。当機が起動する以前からこれらの準備は進められていたのでしょう》

「それなら少しは安心できるんだけどな」


 自分のせいではないというのは心が軽くなる。だが逆に言えば、ヴィクティムのアドバンテージが既に失われつつあると言う現実に胃が重くなって行く。


「それよりも、あのエーテルコーティングに、レールガン、そしてエーテルカノン。エーテルリアクターの出力が足りるのか?」

《否定。観測されるエーテル反応から推測される出力は変わらず通常タイプの四百倍。その出力で先ほどの三つの動力を賄うのは不可能である》

「なら、どんな種があるんだろうな」

「もしかして、攻撃の瞬間は防御が弱まるとか……?」

《可能性あり》


 それが事実だとしたら今は逆にチャンスと言う事になる。エーテルカノンは口に付いている一門だけ。強力な武器でもそこからしか来ないと分かっていれば対処のしようは幾らでもある。この好機を逃すわけには行かない。


「次の息継ぎに合わせて突っ込むぞ」

「分かりました」

《了解》


 エーテルカノンの消費エーテルは大きい。それは何度か撃っている誠と、リサが良く知っている。そのエーテルを溜めるタイミング。そこから発射に移行する一瞬の切れ目を狙って誠はヴィクティムを突っ込ませる。それが作戦だ。


 その成否を決めるのは息継ぎ……つまり発射に必要なエーテルをため込んだ瞬間の見極めだ。溜めて吐き出す瞬間。そのタイミングなら敵の攻撃の中突撃すると言う危険を冒さずに済み、突撃したは良いが敵が攻撃を取りやめて堅牢なままと言う事も無い。


 作戦と呼べるほどの策でもないが、現状ではこれ以上手が思いつかない。


 黒い光線が先細って行く。そこから更にエーテルバルカンで牽制を行いつつ大きく回り込む。死角になる背面に回れるのを嫌ってトータスカタパルトは巨体を地響きとともに旋回させる。必然砲塔も大きく振り回される事になり、発射された砲弾が明後日の方向に飛んでいく。


 首を百八十度回して後ろのヴィクティムを狙う。その間にも足を動かし、より有利な射撃位置を取ろうとしてくる。その度に首は微調整を続ける。既にその口元には黒い燐光が集いつつある。誠達が望む瞬間その光が収束しきる直前。そのタイミングをひたすらに待つ。遅すぎてもいけない。早すぎてもいけない。


 そうやって刹那のタイミングを見切ろうとしていると誠は時間の流れが遅くなったようにさえ感じられる。一秒が十秒に。十秒が百秒に。舞う砂煙の一粒一粒まで分別できそうな程の停滞。それが人間の集中力の極致なのか、ヴィクティムが何かをしたのかまでは判断が付かない。だが確かな事は一つ。誠は完璧なタイミングでヴィクティムを突進させた。


 最大速度での突撃(チャージ)。一拍遅れて発射されたエーテルカノンは遥か後方。トータスカタパルトはヴィクティムの機動を完全に追い切れていない。戸惑う様に発射されたビームが揺れる。


 最早障害は何も無い。鞘からハーモニックレイザーを抜き打ちで抜刀する。抜き放ちながら機体が強く輝く。


「ハーモニック、レイザー!」


 必殺の一閃。弱まったエーテルコーティングでは受け止める事は叶わない一撃。その巨体に風穴を開けるはずのその一撃は――強度の変わらぬエーテルコーティングによって弾かれた。


「何!?」


 予想に反した硬い手応えに誠の中に動揺が走った。その為後方から迫る脅威に反応が遅れた。何かが接近している。そう気付いた時にはもう避けられる距離ではない。機体を大きく揺さぶる衝撃に耐えながら何が襲ってきたのかを確認する。


「尻尾……にしては随分と物騒な鈍器がついていますね」

「あれで叩かれたのか」


 まるで鉄球を取り付けたかのような先端の尻尾。それに強かに打ち付けられた結果だと言うのは何よりも明らかだった。ハーモニックレイザーを使用中だったため機体にダメージは無いが、誠とリサの心理的な衝撃は大きい。


「どういう事だよ。レールガンでの砲撃は継続しながらエーテルカノンを撃ってエーテルコーティングの強度は変わらず。そんな事が有り得るのかよ」

「何か絶対に仕掛けがあるはずです。絶対に!」


 エーテル爆雷を使って強引にエーテルコーティングを突破したとしても、この消費エーテルと出力の不釣り合いの原因が掴めない以上抜本的な解決にはならない可能性が高い。人任せにはせずに誠も知恵を絞る。そうしている間にも首からはエーテルカノンが、そして甲羅の上からはアークを狙ってレールガンが撃ち続けられている。


「不味いですよ。マコト君。レールガンの砲撃がこれ以上続くようだとアークの耐久度が」

「命中精度はかなり高いからな。一点に集中されたらそろそろやばいかもしれない」


 アークの現状はここからでは全く分からない。通信が届く距離ではないのだ。砲撃が致命的な損傷を与えてなければいいと思う。同時にこれ以上は砲撃を許してはいけないと言う焦り。打開策の見つからない現状に焦燥を覚える。


「……いや、待て」


 確かにレールガンの命中精度はかなり高い。だがそれならば何故、さっき全く別の方角に砲撃を行ったのだろう。


 思い出すのはほんの少し前のトータスカタパルトが旋回した時の事。あの時レールガンは大きくずれた照準のまま砲撃したが、よくよく考えるとそれは有り得ない事である。撃っているのも動いているのも同じ固体なのだ。それに合わせて照準を調節すればいい。現にエーテルカノンでこちらを狙う時にはそうして来た。レールガンでの砲撃でそうしない理由は無い。


 つまり逆に言えば――そうできなかった理由があると言う事だ。例えばそれは、あのタイミングで動くことが分からなかったとか。


「ヴィクティム。あのASIDが二体で一組の可能性はあるか?」

「マコト君?」


 唐突な誠の質問にリサは疑問の声をあげる。何故そんな結論に達したのかが分からないのだろう。彼の後頭部を見つめながら疑念の表情を浮かべている。対してヴィクティムの反応はシンプルだった。


《可能性有り。本体のエーテルリアクター反応に紛れて別のエーテルリアクター反応が隠れている可能性は十分にある。当機の観測装置では密着した二つのリアクターを分別して認識するのは難しい。故に検討すべき事項である》


 やはり、と誠は納得する。ヴィクティムがどのようにエーテル反応を検出しているのかまでは分からないが、センサーが至近にある複数の対象を単一の物と誤認する事があるのは知っていた。例えば潜水艦のソナーなどはそれが顕著だ。音を頼りに相手の位置を把握しているので至近距離に二隻の潜水艦があった場合、それぞれを識別するのは難しい。一隻しかないと誤認する事もある。


 一体ではなく二体のASIDならば不可解な点も納得がいく。出力に対する武装の豊富さ。接近するまでトータスカタパルトがこちらに気付いていなかった事。レールガンを外した事。更に安曇から聞いた話を総合するのならばその区別も予想が付く。


「吹っ飛ばしたはずの砲台部……レールガンが二体目だ!」


 七年前の遭遇時に破壊したと言う大砲部分。修復したと言う事も考えたが、二体居るのだとしたらそこが一番怪しいだろう。狙い所が決まったのならば行動は早い。ハーモニックレイザーは使用を継続している。甲羅に足を掛け、自身の身長の二倍の高さを跳躍する。そのまま剣の背に手を添えての切り上げ。昇竜の如き一閃は狙い違わず長大なレールガンの砲身を引き裂く。この部分が別個のASIDならばトータスカタパルトのエーテルリアクター反応に紛れる程の出力しか持っていないはずである。エーテルコーティング強度は本体部分に比べれば相当脆弱だろう。故に、切り裂ける。そう踏んだのだが予想通りの結果に口元が釣り上がる。


 重々しい音を立てて半分になった砲身部が地面に突き刺さり倒れた。それと同時に甲高い金属的な悲鳴があがる。レールガン部がもがく様にうごめいたかと思うと甲羅の中から一体のASIDが這い出てくる。小型だった。ヴィクティムやハイロベート等と比べると一回りは小さい。ただその右腕が肩からレールガンになっている異形の姿だけが特徴とも言えた。


「ノコノコと出てきて……それは悪手ですよ」

「引きこもっていればそれ以上は何も出来なかったのにな!」


 半ばから断ち切られたレールガンをヴィクティムに向けてくる。なるほど、確かに。こうして出てきた方が射角の自由度は上がる。だがそれも狙いを付けて発射するまでの猶予があってこそ。


「この至近距離でんな長物役に立つかよ!」


 一足で踏込み、肩口から切り落とす。重心バランスが変わったことによって体勢を崩すASIDを逆袈裟に一撫で。それだけで斜めに二分され落下していく。それを見届ける事も無く誠は悪だくみをするような顔でリサに言葉を投げかける。


「さて、ここにさっきのASIDが入っていたスペースがあるわけだけど」

「丁度いい感じですよね。爆弾とか入れるのに」


 その言葉にリサもあくどい笑みで答える。ヴィクティムも悪辣な提案をしてくる。


《先ほどのASIDの残骸で蓋をして少しでも破壊力を逃がさないようにしましょう》

「良いですね」

「それで行こう」


 腰に追加されていたエーテル爆雷二つをトータスカタパルトの甲羅に空いた穴から投げ込む。そこを塞ぐようにレールガンの残骸で埋めて全力で遠ざかる。

 もはやトータスカタパルトの武装はエーテルカノンのみ。それを避けるのはガトリングレールガンと比較すれば容易い事。文字通り後ろを向きながらでも避けられる。追撃しようと歩き出すが、その見た目通りの鈍重さはヴィクティムの速度に遠く及ばない。


 タイマーは一分。その一分で脱兎の如く逃げ出したヴィクティムとそれを追い掛ける亀。奇妙にも再現された兎と亀は全くサボる気配の無い兎によって水をあけられて、亀の圧倒的敗北に終わる。

 そしてきっかり一分後。トータスカタパルトの内部から閃光が溢れる。甲羅はひび割れて、放射状に光は広がり、最後には弾け飛ぶ。その衝撃波が二キロ離れたヴィクティムにまで届く。


「っと、おお!?」

《警告。ハーモニックレイザーの限界時間により当機のエーテルコーティング強度は平時よりも低下中。飛来する残骸は可能な限り避ける事を推奨》


 地面から離れそうになる機体を必死で押し留めつつレールガンと見紛うほどの速度で飛来してくる残骸を避けて行く。それが一段落したころに爆心地に戻るとそこにあったのは最早何だったのかも分からない程にバラバラになった残骸の数々。


「倒したよな?」

「流石にこれで生き残っていたらビックリです」


 少し離れた所にトータスカタパルトの首が突き刺さっていた。念には念を入れてそれをエーテルダガーで解体し天を見上げて呟く。


「とりあえず、一仕事完了、かな」

「やっと少し休めそうですね」


 考えてみれば施設を出てから約五日。その間ずっと気の休まる時が無かった。浮遊都市についたと思ったらすぐにこの作戦だ。誠がどういう立ち位置になるのかは彼自身にも分からないが、この戦果が理想に続く一歩となればいいと彼は切実に願う。


「それじゃあ帰りましょうか。ボクの、ボク達のホームに」

「ああ、そうしよう」

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