13 名付き

「とりあえず敵の砲撃の事は置いておこう。今の俺たちにはどうしようもない」


 マッハ10何て言う弾速をどうやって見切ればいいのか。ヴィクティムを以てしても難しいだろう。

 少なくともサブドライバーであるリサがこの有様では高速移動も難しいし、接敵しても戦闘機動を取ったら死にかね無い。加えて片手で引き摺っている両腕の破損したアシッドフレームの存在もある。空中で抱き留めてからピクリとも動かないこれを放置は出来ないだろう。


「……生きてるんだよな?」

《内部からは生体反応を確認。状況的に見ても生存は間違いないかと》

「じゃあ悪いけどこのまま浮遊都市に入るまで我慢して貰うか。リサ、通信って出来る?」

「勿論できますよ。ボクの名前出せばきっと顔パスですよ顔パス」


 本当かよ、と誠は疑いの視線を背後に向ける。その湿度の高い視線に気づいたのか、リサも青い顔をしたままややムキになって反論してきた。


「本当ですよ! ボクこれでも遠征隊の一部隊を任されてますからね! 生還したとなれば相応の出迎えですよきっと……うっぷ」

「まあそれは良いや。すぐに分かる事だし」

「信じてませんね……見ててくださいよ」


 そんなやり取りをしている間にヴィクティムのレーダーに反応がある。一つ二つ……最初は数えていたが瞬く間に反応が増えていく。光点で埋め尽くされるレーダーを見て誠が呻く。


「これは……」

《浮遊都市内部よりアシッドフレームが出撃した模様。総数約二百七体》

「二百七!? 半数近い戦力ですよ。まさか付近にジェネラルタイプでも出現したんじゃ……。だとしたら援護に行かないと」

「……ん?」


 慌てているリサが口走った言葉に何かが引っかかる。どこだだろうと脳内で再生して「ジェネラルタイプでも出現したんじゃ……」というところが引っかかったのだと分かった。ジェネラルタイプ。ふと気になってヴィクティムに尋ねてみる。


「ヴィクティム。今の俺たちは通常のASID何体分の出力だ?」

《回答。約三百体分である》

「……それってさ。俺たちがジェネラルタイプだと思われてるんじゃないのか?」

「あ」


 首のある人型と言うだけでASIDと疑われるには十分だ。リサ自身がそう勘違いして襲い掛かったのを思い出したのだろう。そんな間の抜けた声を漏らして、そしてすぐさま顔が青ざめる。


「ま、ままま不味いじゃないですか! すぐに連絡しないと!」

「うん。だからリサさん。任せた。頑張って俺は避けてるから!」


 言葉と同時に誠はヴィクティムを動かす。まるでキャッチボールのボールを捕るように掴んだのは先端を鋭く削った矢。拾って使ったスナイパーライフルと比べると威力も精度も大きく劣るが、ASIDに傷を負わせるには十分だろう。それが次々と降り注ぐ。


《敵装備解析。クロスボウと推定》

「石弓か、この矢は何で出来てるんだろうな」

《成分解析からASIDの装甲を削り出した物かと》


 なるほど。と誠は次々と飛来する矢を受け止めて納得する。形状はある程度揃えているようだが、割と大雑把なのだろう。一つ一つで微妙な違いがある。仮にこれが銃弾だとしたら不揃い過ぎて一々弾詰まりしそうだが、構造の単純な弓矢なら何とかなるのだろう。そう考えると精一杯の飛び道具と言うところか。

 それが百体近いアシッドフレームから放たれるとまるで雨の中にいるようだ。逸れている矢は無視して自分に当たる物だけ弾き飛ばす。


「リサさん。まだ通信できないのか?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね! 通信コードが変わってるみたいで……ええっと。何番だっけ」


 あれだけ自信満々だったにも関わらずリサは予想外の状況にパニックになってしまったのか通信を中々繋ぐことが出来ずにあたふたし始める。そうしている間にも数体のアシッドフレームが前に出始める。それぞれの手に握られているのはやはり刃物とも鈍器ともつかない長刀だ。流石にこれだけの数を相手にあれを捌くとなると誠とヴィクティムも苦労を強いられる。


「これが無ければ何とでもなるんだけどな……」


 相変わらず左腕で引きずったままのアシッドフレームを見て誠はぼやく。今ここで見捨てたら流れ弾で蜂の巣になりそうだ。それ故にここから動けない。集中されていく攻撃は徐々に無傷でやり過ごすことが難しくなるだろう。


「あ、繋がった繋がった。こちら第四十七次遠征隊所属、リサ・ウェインです。アーク管制室応答願います――」


 さて、どうやってこの場を凌ぐかと考えたところでリサが無事、通信を繋げたらしい。これで漸く地下施設で目が覚めてから初めて人里に入る事が出来る。そう思うとほんの少しだけ力の入っていた肩が緩んだ気がした。


 そうやって安堵できたのは一瞬だった。誘導に従ってアークの外縁部――リサが言うにはアシッドフレームの待機場所らしい、に機体を跪かせコクピットから降りた誠を迎えてくれたのは刃物の先端と銃口。軟禁等々は考えていたが、この歓迎の仕方は予想外だった。僅かに遅れて降りてきたリサも同様の待遇だ。既に大雑把な事情は伝えてあるので大丈夫だろうと楽観していたら予想が外れた。相手を刺激しないようにゆっくりと手を上げながら誠は隣のリサに囁く。


「ねえ、話が違くない?」

「ボクにだって分かりませんよ……。通信では普通でしたよ。ボクが降りる僅かな間で何か卑猥な事したんじゃないんですか」

「誰がそんな事すると。何かする前からこうだったんだけど」


 その銃を、刃を向けてくる相手の顔を見ると見事に女性しかいない。ヴィクティムの周囲を取り囲むようにしたアシッドフレームの搭乗者も恐らくはそうなのだろう。その囲いの向こうから共を引き連れて歩いてくるお偉いさんらしき人と、その護衛も残らず女性だ。本当に男がいないんだと誠は実感する。


 その一際偉そうな雰囲気を醸し出している人が囲いの内側に入った途端に若干だが空気がざわめいた。誠自身も小さく感嘆の息を漏らす。こうして凶器を向けられている以上何かしらの警戒を示されているのは間違いない。その警戒の内側に入ると言うのは簡単そうで難しい決断だろう。

 そうして相対するとその女性の背の高さが一際目立つ。ヒールのある靴を履いている訳でもないのに周囲よりも頭一個大きい。更に背筋は伸ばされ、堂々と胸を張っている姿からは迫力が放たれているようにさえ見え、実際の身長以上にその身体を大きく見せていた。四十代半ばあたりの風貌と相まって貫録を感じさせる。


「お初にお目にかかります。旧時代を生き延びたお方をこうして我が都市に迎え入れられると言うのは望外の幸運。私の名前は安曇。この都市を動かす上で一応のトップとなっております」

「柏木誠。ところで俺の知らない間に歓迎の仕方はこんな風に変わったのかな?」


 短く名前だけを告げて皮肉を飛ばすと隣でリサが黙らせたいけど今動いたら面倒なことになりそうだしどうしようと百面相をしていた。お前が慌ててどうすると誠は小さく突っ込む。一番に慌てさせたかった相手はそんな皮肉にも動じることなく緩やかに一礼した。その下げられた頭を見てリサの表情は更に目まぐるしく変わっている。


「申し訳ございません。マコト殿。これは我が都市での規則でして。例え旧時代のお方と言えども例外は認められません」

「規則?」


 疑問の声をあげたのはリサの方だ。今度の表情は分かりやすい。そんな物あったかな? という顔だ。だがリサも知らないとなるともしや出まかせで煙に巻こうとしているのかと誠は表情を険しくした。


「はい。都市外部で記録不可能な時間が存在した人間は徹底的な身体検査を行うと。安全が確認されるまでは厳重に管理すべき。そう定められております」

「隣のリサさんはそんな物聞いた事も無いって顔してますけど?」

「それも当然でしょう。この規則が適応されるのは六百年の歴史の中で初めて……。あの分厚い物を丸暗記しているような物好きでも無ければ知ることは無い様な規則です」


 一応はそれで納得できる。誠自身高校の校則など全部は覚えていなかった。良く教師から言われる幾つかを覚えていただけだ。真偽は兎も角、そう言う事になっているのであれば従うしかないだろう。


「ヴィクティム。こっちの状況はモニターしておいてくれ。異常があったら強硬手段を取っていい」

《了解》


 小声でそう指示を出して誠は相手を刺激しないように口を開く。


「それじゃあ、ずっとこうして銃を向けられているのも落ち着かないしさっさとその検査を行って貰えるかな」

「ええ、勿論。それではこちらに」


 それからの時間に関して特筆すべきことは特にない。強いてあげるとしたら検査の最中、誠が男性の医師のありがたみに今更ながらに気付いたくらいである。検査に関わる周囲が全員女性であるというのは十七歳の少年にとっては思いのほかストレスとなったらしい。検査自体は二時間程で終わったが、どこかげっそりした顔をしていた。


「大丈夫ですか、マコト君?」

「リサさんに比べれば紳士的だったよ」


 いや、ここは淑女的と言うべきなのかどうかという疑問が誠の頭に一瞬浮かんだがすぐにどうでもいいことだと流した。実際、リサの様に遠慮なく触ったりしてくる事は無かったのでその分マシであると言える。どういう意味ですかと抗議してくるリサにそのままの意味だよと返して誠は前を歩く女性の後を追った。


 建物はこれまでに見た限りだと鉄筋コンクリート造りの物が多いらしい。地上を見た限りだと木は枯れ果てていそうなので木造作りは恐らく浮遊都市では貴重品なのだろうと誠は推測。病院らしき場所と比較するとここはいくらか新しさを感じさせる建物だった。最初に受けた説明によると行政局。つまりはこの都市の統治機関に当たる建物と言う事だ。


 そして足元がやや傾いているように感じるのは恐らく気のせいではない。欠陥工事とかそう言う問題ではなく、都市全体が傾いているのだ。不時着した状態のまま再離陸は叶っていないらしい。


「こちらの部屋でお待ちください」

「……はい」


 殺風景なコンクリートの壁に囲まれた廊下と違って案内された部屋には壁紙などが使用されている。そうした物をみるだけで灰色一色だった世界からは解放されてホッとする。案内してくれた女性が出て行ったところでソファーに深々と座り込んで大きく息を吐いた。女性に囲まれているのも息が詰まるが、年上に囲まれているのも緊張する。それから一時的に解放された事で気が緩みそうになる。


「リサさんリサさん。浮遊都市がこんな風に着陸――っていうか不時着するのってよくある事?」

「そんなわけないですよ。こんな事良くあったらとっくにボク達は滅んでます」

「……だよね」


 380キロと言う距離を音速を超える速度で削り取ってくる砲撃。その砲撃の主が友好的な物であると言うのは天地がひっくり返ってもあり得ない。詰まる所ASIDと言う可能性しか残っていない。それもまず間違いなくジェネラルタイプ。


「過去に似たような事例とかってないのかな」

「ボクが直接見た事は無いですね。ただ前に話した巨大な大砲背負ってる奴がいたって話覚えてます? そいつが結構な長距離砲撃をしてきたって聞いてますけど……」

「ええ、過去に似た事例があったのは七年前。リサさんがまだ養成所に通っていた頃ですから詳しく知らないのも無理はないですね」


 自然に会話に混ざってきた声に二人は揃えて驚きを身体で表現する。何時の間に入室したのか、音も無く入ってきていた安曇がクスクスと笑う口元を隠しながら対面のソファーに座った。


「お二人には不自由をおかけしました。検査結果は既にでております。二人とも問題なし、でしたよ。ああそうそう。マコト殿にはついでに予防接種もしておきましたから」

「それは、どうも」


 途中で注射を刺された時は一体何を入れられたのかと怯えたがこちらの健康を気遣っての事だった様だ。自白剤とかじゃなくて良かったと思う。胸を撫で下ろしている誠を興味深い目で見つめながら安曇は説明を続けた。


「七年前にも同じように長距離砲撃を――と言ってもその時は六十キロ程離れた位置から砲弾を撃ち込まれた事があります。今回の物とは威力が比較になりませんが、都市部の方に被害が出そうになったので討伐作戦を行いました」

「そう言えばそんなことあったかも」

「それで、そのASIDはどうなったんですか?」

「砲台部分を破壊しましたが、本体は余りに頑強で結局決定打を与えられずに逃走を許しました。それ以来私たちはその個体をトータスカタパルトと呼称しています」


 そう言いながら差し出されたのは一枚の写真だ。やや画質は荒いが、そこには亀らしき姿が写っている……その大きさを除けば、だが。

 周囲に見える人影は恐らくアシッドフレームなのだろう。それが子供に見えるほどの大きさだ。全高は恐らく四十メートル程。小さなドーム程もある甲羅に巨大な大砲を背負っている姿はどこかユーモラスだ。なるほど。確かにトータスである。


「ASIDに名前付けるんですね」


 いっつもその場で直感的に黒鋼ゴリラだの玩具の出来損ないだの呼んでいたが、ここの人ならどんな名前を付けたのだろうかと少し気になった。


「全部に付ける訳じゃないですよ。ボク達と交戦して、倒しきれずに逃げられた相手。或いはこっちが命からがら逃げた相手にしかつけません」

「大概は難敵なので二度と接触しないようにその付近のエリアには行かないようになるのですがね。どうやってか知りませんがこの亀さんはこちらを見つけたみたいで」

「なるほど」

「今のが七年前。そしてこちらが先ほど墜落寸前に撮影した物です」


 二枚目の写真は一枚目よりも更に粗い。加えて被写体が中心に来ておらず写真としては見栄えは良くない。それでもその端に写った姿が一枚目の写真に写っている存在と同一だと分かる程度ではある。


「同一個体って事ですかね」

「我が都市の分析官はそう推測しております。ジェネラルタイプですので同一種が複数体居る可能性も低いので」

「……それで、この都市のトップである安曇さんは俺に何をして欲しいんですか?」


 回りくどい――と言うよりも本題の見えない会話にしびれを切らして誠が口火を切る。元々どうあがいたって自分の生きてる年月の倍こう言ったやり取りに浸ってきた相手を前に出し抜くことなんて出来るはずもない。だったら最初から相手の思うとおりに動いておいた方が時間の無駄が省けると言う物だ。


「して欲しい事、ですか。それは勿論子を成していただき人類の再興に尽力していただければ――」

「それも嘘じゃないでしょうけど他にあるでしょう?」


 というかやっぱりそうなるのかとげんなりしながら誠は先を促す。


「ええ、マコト殿には申し訳ありませんが、今回のトータスカタパルト攻略に協力していただきたいのです」

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