14 立案

 順を追って説明しましょうと安曇は手に別の資料を取った。そこに描かれているのはこの近辺の地図なのだろう。等高線の存在から誠はそう察した。


「私達のアークは現在ここで不時着しています」


 安曇の指が赤いバツ印を指差す。


「トータスカタパルトと思しきASIDはそこから北東に約380キロメートル地点」


 そこから流れる様に指が滑り殆ど紙の端にある青いバツ印を指す。

 改めて口に出されると途轍もない距離だ。そこから砲撃を命中させるトータスカタパルトの砲撃性能には戦慄さえ覚える。


「まず最初に問題になるのはこの距離です。私たちの使用しているアシッドフレーム……ハイロベートの速度は最大で時速八十キロ。平均すれば六十キロ程でしょう。ここを踏破するのにかかる時間は約六時間半」


 誠は今更ながらよく見かけるアシッドフレームはハイロベートと言うのかと知った。時速八十キロ。何気に自動車よりも遅い。だが二足歩行でそれだけの速度を出せる時点で十分に凄いのだ。その三倍近くも出せるヴィクティムが異常なだけで。


「そして次に、アークが不時着している事。この事からその防衛に多くのハイロベートを割かなければなりません」


 どこからか取り出した駒を安曇は赤いバツ印の周りに配置する。


「そして残ったハイロベートで討伐を行う場合」


 駒を進めて行く。だが少し進めるたびにその駒は一つずつ取り除かれていき、最終的にはゼロとなってしまった。


「恐らくは接敵する前に敵の火砲で迎撃されるでしょう。それ故にハイロベート以上の機動力と防御力を持つマコト殿のヴィクティムに力を貸して頂きたいのです」


 何でそこまで知っているんだと思っていると横合いから小さく御免と言う謝罪の声が聞こえてきた。


「ボクの方で軽い事情聴取受けた時に喋っちゃった」

「いや、別に良いけど……」


 元々喋るつもりの事ではあったのだ。リサも本来はここの所属。質問されたら答えないわけには行かないと言うのも理解できる。だが何となくもやっとした物を感じる。


「敵の長距離砲撃能力は脅威です。現に浮遊機関を狙われてアークは墜落してしまいました。この様な事が度々起これば早晩アークはASIDに蹂躙される事でしょう。それ故に最も確実な手を打ちたいのです」


 そもそも、ハイロベートの攻撃力ではトータスカタパルトを倒せないのは前回で証明してしまっている。仮に首尾よく接敵できたとしても、砲台を破壊して撤退させるのが関の山。それでは脅威を完全に取り除いたとは言えない結末である。


 誠としても断る理由は無い。アークが陥落したら行き場が無いのは彼も同じである。そして攻略に最も適しているのがヴィクティムであるのも納得した。


「分かりました。攻略には協力します」

「感謝します。マコト殿」

「その代り、と言ってはなんですがこの都市での生活を保障してください。無論、今後もヴィクティムという戦力を提供いたします」


 薄々感づいてはいたが、このやり取りで誠は確信した。アークにはヴィクティムを超える戦力は無い。それはリサの話からも分かる事実である。だからこそヴィクティムと言う札は誠が切れる唯一のカードにしてジョーカーだ。


「願っても無い事です。ですが、マコト殿が乗られる必要はないかと。私どもの中にも歴戦の猛者がおります。その者達に戦っていただきマコト殿にはマコト殿にしか出来ない事に専念してもらうのが理想なのですが」


 来たな、と誠は乾いた唇を舐める。やはり安曇というかアークは男を外には出したくないという意思が見える。リサの予想通りだったと言う事だ。


「それが残念ながら、俺が乗らないとヴィクティムを動かせないみたいなんですよ。ですので、ヴィクティムを運用するのならば俺の存在は必須、と言う事になります」


 無論、これはブラフである。男女の組み合わせならば誠は必須とは言えない――とは言えヴィクティムの優先順位の第一位に誠の保護がある以上あながちウソとも言えないだろう。同時に確認でもある。リサが一体どこまで喋ってしまったのか。大まかな性能だけならばそれで良い。誠の種馬化を避けるためにはここが勝負どころだった。


 それが分かったのか、別の理由かは誠には判別が付かなかったが安曇の眼が細められた。その切れ長の瞳に見つめられると誠は全身の筋肉が緊張して強張っていくのを感じる。


「ほう……そうでしたか。でしたらそのもう一人はなるべくベテランが良いですね。リサ・ウェインが悪いと言う訳ではありませんが彼女以外にも適任者はおります」

「ところがそのもう一人に関しては少々面倒な問題がありまして……乗る人間によってヴィクティムの出力が変わってしまうんですよ」


 これは本当だ。誠が相手に信じさせるのはたった一つだけでいい。ヴィクティムを動かせるのは誠だけ。そう認識して貰えれば種馬化は避けられる。


「それは……興味深いですね」

「ええ、ですので可能な限りの人間とマッチングを試して一番出力が高くなった人と組むのが理想です。流石に今はその時間がありませんが」

「そうですね。分かりました。近日中に手配いたしましょう」

「ありがとうございます」


 頭を下げながら誠はほくそ笑む。この調子だと安曇は誠の言葉を信じたのだろう。それは誠にとって大きな成果だ。と言うよりも、彼が浮遊都市に望んでいたことはこの一つだけだ。


 いきなり訳の分からない状況に飛ばされて、己の故郷への帰還を望まない者など殆どいない。本当の意味で人類の敵が存在してそれを放置できる人間などいない。誠の行動理論は大雑把に言ってしまえばその二つだ。別段突飛な事も無く、同じ状況に百人がいれば九十人は胸に抱く様な思いだ。


「流石に今すぐアシッドフレームの搭乗者にマッチングテストを受けさせるわけには行きません。彼女たちにはアークの防衛と言う重大な任務がありますので」

「分かっています」

「リサ・ウェイン。貴女が引き続きマコト殿を補佐しなさい。よろしいですか?」

「は、はい! 誠心誠意、粉骨砕身の思いで働かせて頂きます!」


 すっかり空気と化していたリサに意識が向けられた途端石像のように身体を硬直させて敬礼する。誠からすれば何となく偉い人感覚だが、リサからすると文字通りの殿上人である。それを目前にして緊張するなと言う方が難しいのだろう。


「ではトータスカタパルト討伐作戦の概要を説明しましょうか」

「あ、すみません。その前に」


 と断ってから返却されていたヘッドセットを取り外し、頭の中で操作方法を思い浮かべながら目的の機能を呼び出す。


《お待ちしておりましたマイドライバー》

「お前も作戦を聞いておいてくれ」

《了解》


 そのヘッドセット越しのやり取りに安曇は珍しい物を見たと言う様に瞳を輝かせている。そうしていると好奇心旺盛な普通の女性の様にしか見えない。


「これは……まだヴィクティムの中には搭乗者がいたのですか?」

《否定。当機はヴィクティム。その物である》

「なるほど……初めましてヴィクティムさん」

《丁寧な挨拶痛み入る。しかし当機は機械。当機は道具。その様な物に敬称は不要である》

「承知しました。それではヴィクティムもこちらの建てた作戦案をお聞きください」


 安曇が示す作戦案は非常にシンプルだった。

 まずアシッドフレーム部隊が都市の防御を固める。アーク自体を狙う砲撃にはエーテルコーティングによって防ぐと言う。浮遊に使っていた出力を防御に回せるためそれなりの時間は耐えられるらしい。しかし中にASIDが入られたら大惨事に繋がるのでフレーム部隊でそこをカバーする。


 そしてその間にヴィクティムが単機で接敵。その戦闘力を以てして敵を撃破する。


 そこまで一通り聞いたところでヴィクティムが問題点を指摘した。


《本作戦には重大な問題がある》

「何でしょうか?」

《当機が単独で都市呼称トータスカタパルトの攻略が可能かどうかが不明である》


 その弱気とも取れる言葉に安曇だけでなく、誠とリサも驚きを露わにした。特に誠とリサは前回の戦闘の記憶があるので尚の事だ。


「その根拠は何だ。ヴィクティム」

《まず現状の出力を比較した場合、当機が通常ASIDの約三百倍に対し、トータスカタパルトは揺らぎがあるが約四百倍であると推測。あの巨体を支えるエーテルコーティング強度を突破できる武装はハーモニックレイザーのみだと推測される》

「ボクには突破できるなら問題ない気がするのですけど」


 リサの疑問に対する答えは誠にも分かった。


「時間、か?」

《肯定である。ハーモニックレイザー使用可能時間は約一分。その間でトータスカタパルトを撃破出来なかった場合こちらが撃破される可能性がある。当機の行動原理上それは許容できない》


 なるほど、確かにクイーンASIDを倒すと言う機体がここで撃破されては困ると言うのはこの場にいる三人全員が共通して理解できることだ。


「まずは、と言っていましたね。他にも理由が?」

《肯定。第二に敵砲撃――当機は電磁加速によるレールガンと推測。その威力を考えた場合、当機が耐えられるのは五発までと推定。乱数回避によって被弾を減らすことは可能だが、敵の命中補正能力との勝負となる。こちらの勝算は未知数である。故に接近中に撃墜される可能性が現状では高い》


 攻撃面と防御面。そのどちらでも不足しているとヴィクティムは伝えた。その言葉に安曇は顎の下に手を当てて何かを考え込んでいるようだった。

 そして誠としてはヴィクティムの分析に驚くしかない。敵が強すぎるのだ。ゲームや物語ではない。段階を追って敵が強くなるなんてありえない。それが分かって尚疑問に感じたのだ。


「ちょっと質問なのですが、通常タイプの何百倍とか言うジェネラルタイプは大体どれくらいの頻度で遭遇しているんですか……?」

「え? ああ、そうですね……十年に一度、くらいでしょうか」


 やはり、と誠は感じた。頻度が増えている。まだこれで二体目だが、この短時間で二体目と言う事がこの都市の記録を信じるならば異常事態なのだ。


「……俺たちはここに来る前にもジェネラルタイプとそれが率いる一群と交戦しました。その際の個体は」

《約250体分の出力を持つジェネラルタイプでした》

「強かったですよね……何であんな個体があんなところにいた、のか……」


 リサの言葉が途中で途切れる。安曇と同じような格好で顎に手を当てて考え込み始める。


「そうですよ。いくらヴィクティムの情報が合って来たのだとしても早すぎるんです。あの近辺にネストは無かった。そんな場所にあんな個体がいたと言う事はどこかに移動していた……? 本来の目的地は別にあったのを予定を変更して来たのだとしたら……」

「リサ・ウェイン?」

「……安曇様。もしかするとこれはかなり不味い状況かもしれません」


 自身の考えをまとめる様に早口で呟いていた内容は隣にいた誠がやっと聞き取れる様な声量だった。だがそれを聞いた誠にも一つの考えが生まれる。


「そうか、この状況は片手落ちなんだ……トータスカタパルト単独ではアークを墜落させることは出来ても陥落にまでは行かない。その為には普通のASIDが必要だけどそれがいない」

「それはもうボク達が倒してしまったから……そう考えた場合見えてくる物があります」


 そこまで言えば安曇にも二人が何を言いたいのか分かったのだろう。眉を寄せてそれを口にする。


「つまり、貴方たちはASIDが一つの作戦を立てて動いていたと。そう言いたいのですね?」

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