EX1 リサの探索レポート

 時間は僅かに遡る。施設内の探索を開始し、誠とヴィクティムが密談をしている中端末を求めてリサはヴィクティム(INお茶くみロボ)と共に歩き回っていた。


「意外と生きている端末と言う物は無いですね。旧時代の施設なら大体そんな物ですけど」

《否定。当施設は時間凍結をされていたため施設の劣化は無い》

「そういえばそうでしたね」


 リサとしては旧時代の超技術に驚くしかない。彼女が見てきた旧時代の遺産の中でも飛びっきりの常識外れだ。


「でもそうなると……元々生きている物が少なかったって事ですかね」

《肯定。施設内に存在する端末は計三機》

「内二機が居住区……ってことはこっちはここで住んでいた人が使っていた物の可能性が高いですね」

《同意する》


 ヴィクティム(INお茶くみロボ)の返答に淀みは無い。この裏では今まさに長々とASIDの概要についての説明をしているのだがそんな事を微塵も感じさせずにリサとの会話を成立させていた。戦闘用兵器としては無駄にハイスペックな会話機能である。


「とりあえずこの一個だけ外れてる箇所の端末を見てみましょうか。これはどこですか?」

《解答。遊戯室にある物である》

「遊戯室、と言うとあやとりとかですかね」

《懐疑。一般的な遊戯としては不適格かと思われる。当施設の遊戯室に設置されている物はビリヤード、ダーツ、その他ボードゲームである》

「……随分とハイソな遊びをしているのですね」


 リサの感覚――即ちここで生きる人間の感覚としてはその様な設備が必要な遊戯は一部の上層階級の人間にしか嗜めない物だ。リサ自身遠征隊の隊長という職に就いてようやくそう言った遊戯が可能な場に出入りできるようになった。敷居の高い物になってしまった理由は至極単純。必要な設備を作るのには材料と手間がかかる。大量生産するほど浮遊都市のリソースには余裕が無いのだ。


 やっぱり旧時代は凄いなあと思いながらリサは遊戯室と書かれた扉を開ける。数百年ぶりに人を迎えた遊戯室の空気はひんやりと静まり返っており、使用されていた頃の熱気は微塵も感じられない。


「六百年経ってもこういう物は変わらないんですね」

《ルールの大幅な変化が無い限りは形状は概ね一定であると考えられる》

「まあそうですよね。こっちの棚は……チェスとか将棋ですか」


 ビリヤード台を撫でてリサは六百年と言う歳月をかけても変わらなかった遊戯を思い少しばかりノスタルジックな気分になる。そのまま視線を動かし棚に収められた数組のチェス盤と将棋盤、そしてオセロのテーブルゲームを見つけ出す。何気なくチェスの駒に触れて一言。


「変形しませんね」

《その様な遊戯ではない》


 更に視線を動かしていくと一台の端末――リサが探し求めていた物を見つけた。


「よし。それじゃあさっそく……」


 電源を探り当てて起動。実は浮遊都市で使用されている端末も旧時代の物と全く変わりがない。と言うよりも新規に開発する余力が無いので延々と同じ物を生産し使っている。遠征隊員は例外なく旧時代の施設を発見した際に独力で調査を出来る様に操作方法をアークでキッチリ覚えて行く。リサも例外ではない。


「………………うーん。良く分からない物がいっぱいですね」


 デスクトップ画面が表示され、幾つかのアイコンが並んでいるが……そのほとんどが見覚えの無い物だった。当然と言えば当然だ。アーク内にあるソフトウェアの九割以上はその当時アークで使用されていた物を使いまわしている。逆に言えばアークの住人が使っていなかった物は全て存在したか数もわからない状態だ。


「文章とかは保存されていないみたいですし……ゲームフォルダ……? 端末でゲームをするってどういう事ですか」


 アークでは端末は貴重品だ。間違っても一人辺り一台が当たり前の様に普及してはいない。行政を始め一部の事務仕事を必要とするセクションでのみ使われている物だ。

 逆に旧時代では一人一台――どころか二台三台も当たり前。使用目的も事務仕事以外にも多岐に渡り、その中にゲームと言う物も含まれていた。


 戸惑いながらもリサは恐る恐る一つのアイコンをダブルクリック。壮大な音楽を鳴らしながら一つのゲームが起動した。


「!? な、何ですかこれは!」

《旧時代の遊戯である》

「これは……実写ですか?」


 驚きの余り操作せずに放置していた画面はデモムービーを映し出す。それを見てリサはやや悲しそうな顔をした。映されているのは銃を持った人間が動き回る腐乱した死体を撃ちながら走り抜ける物。その精緻さはリサには本物にしか見えなかった。


「旧時代はこんなに殺伐としていたのですね。それに死体を動かす技術まであるなんて」

《否定。これらはCGによる作られた映像である。旧時代で死体が動き回り人類を襲ったと言うデータは無い》

「そう何ですか? 良かった……」


 そう言いながらもリサは気味悪そうに意外と機敏に動き回る腐乱死体を見て呟く。


「こんな物をわざわざ作るなんて旧時代人の感性は分かりませんね……」


 日頃ASIDと戦っている彼女でもそれには嫌悪感を覚えずにはいられなかったようだ。


 一通り端末内のデータを流し見してリサは結論付けた。


「この中にあるのはさっきみたいなゲームばかりの様ですね。旧時代の遊びは良く分かりません」

《遊戯室と言う性質を考えれば妥当である》


 この場に誠がいれば二人に突っ込んだことであろう。「いや、遊戯室だからってパソコンでゾンビゲーは普通じゃないから」と。しかし勘違いを正すものはいないまま二人は会話を続ける。


「後は、居住区の端末ですね。にしても妙な施設ですね。これだけの場所を管理する部屋の一つもないなんて」

《解答。当施設の管理は当機が行っている》

「……それはまたおかしな話です。あくまでヴィクティムは施設に格納されているだけのはず。そのヴィクティムがこの施設のメインコントロールを?」

《肯定である》


 少し考え込んでいた様だがリサは首を振って歩き出す。


「結論を出すには情報が不足しすぎています。まずは情報を集めましょう」

《了解》


 そして次に向かってきたのは居住区。先ほど誠と二人で居た部屋とは別の部屋である。


「内装はさっきの部屋と大差ないですね……少しだけ生活臭が残っている気がします」

《同意。居住者の私物が置かれている模様》


 ヴィクティムに言われてリサは先ほどの部屋との違いに気付いた。さっきの部屋には食器棚にも何も入っていなかったが、こちらには皿等の食器が詰まっている。どころかシンクには使った痕跡さえあり――。


「ヴィクティム。ここで調理をしましたね?」

《肯定。施設内で食器類が置かれている部屋はここともう一つしか存在しない。故に食事の準備にはこの部屋を使用する必要があった》

「なるほど」


 そうなると置かれている物もこの辺りはヴィクティムが持ち込んだ可能性もあるとリサは考え、ここから旧時代を探ろうとするのは止めた。代わりに端末を探す。


 リビングから続く扉を開くとそこに置かれていたのはベッド。寝室らしい。とりあえずベッドには何もない事を確認したリサはおもむろにそこに飛び込む。


「凄い……ふかふか。いい匂いがします。このまま眠りたい……」

《探索を中断するにはまだ早いかと思われる》

「分かってますよ……これ、浮遊都市に持って帰れないですかね」


 探索の成果としてこれ位ならば自分の物に出来ないだろうかとリサは真剣に検討する。平時ならば可能かもしれないが、遠征隊がほぼ壊滅したことを考えると流石に難しいだろう。

 既にリサとしては戦死した(直接確認した訳ではないがほぼ確定している)隊員達の事は割り切っている。ASIDとの戦いで死んでいった戦友たちは数多い。そこにまた加わっただけだ。何時までも引き摺っていると次にそこに加わるのは自分となる。それが分かっているから。

 それでも何気ない時にふと思い出す。そうするとやはりしんみりとして悲しい気分にもなる。だが少なくとも自分だったら自分の事を考えてやりたい事を我慢なんてされたら逆に怒りたくなる。なのでこうしてやりたい事をやりたい時にやる。今が幸福だと戦友たちに報告できるように思いっきり。


 それはそれとしてこのベッドの魅力は強烈だった。今日の寝床はここにしようと決めるくらいに。


「とりあえずここはキープとして、端末の調査をしないとね」


 寝室の一角。そこに設置されたテーブルの上に一台の端末が置かれていた。手慣れた動作で電源を入れて――。


「む、パスワード」


 残念な事にそれを容易く突破できる様なスキルはリサには無い。適当に思いつくまま文字を入れてみるがノーヒントではそれも難しい。一分程で諦めた。


「しょうがない。次行こうか」

《了解》


 そして最後の一つ。居住区のもう一つの部屋に向かう。扉を開けた瞬間一目で違うと言うのが分かった。


「……女性の部屋、ですかね?」

《不明。女性らしい趣味の男性の可能性もあり》

「いや、流石にそれは無理があると思いますけど」


 全体的にパステルカラーの家具が多い。リビングを抜けて寝室に入るとまず目に入るのは大きなぬいぐるみ。花冠を頭に付けたリサの半分ほどもある巨大なクマのぬいぐるみがリサを歓迎した。


「カワイイですねこれ」


 花冠を興味深げに見ながらリサはぬいぐるみから視線を外す。前の部屋と同じ隅のテーブルの上に目当ての物を見つけた。


「さて、パスワード認証は……無し。これは幸運ですね」


 呟きながら中身を確認していく。と言ってもこの持ち主はあまり使っていなかったのだろう。見つかったのは家計簿らしきものと日記だけだ。


「何々……『彼が日々の記録を付けろと言うので日記と言う物をかき始めてみる。正直何を書けばいいのか分からない』ふむ」


 大体こんな調子でほぼ毎日一行程度の日記が付けられていた。恐らくは旧時代の人間の日記。非常に興味深い物だった。こう言った旧時代の事を記した記録も大半が失われている今、個人の日記でも重要な資料となるのだ。


 概ねその日記の内容は書いている主とその家族らしき彼が登場していた。大概が良い景色とかきれいな花があったとか美味しい物を食べたとか他愛のない日常と時折挟まれる今日も異常なしと言う文句で構成されていた。

 更に読み進めて行く。そうすると大分進んだ頃にこれまでとは違う一文が出てきた。


『彼に勧められて学校に通う事にした。手続きは完了している。こんなことをしていて良いのだろうか』


「学校……?」

《就業の為に必要な知識を学ぶ場である》

「ああ、そういえば旧時代は職業選択の自由があるんでしたね」


 アークでは十五歳まで養成所に通い、そこで職業の適性を調べられる。そして最も適した職に就くことになるので選択の余地は無い。本人がやりたくなくても最も能力的に向いている職に就かされるのだ。そうやって都市機能の維持に人を割り振っている。


 だからリサからすると『学校』と言う物は少し物珍しく感じられた。と言っても、その実情は養成所と大差が無い。一番リサの気を惹いたのは。


「この日記を書いている人、なんだか妙に切羽詰まっている感じがしますね」


 こんなことをしていても良いのだろうかという一文。これが登場するのは今回が初めてではない。幾度となくこの日記の持ち主は自身の現状に疑問を――或いは罪悪感を持っている。

 その理由がリサには分からない。旧時代は常態が平和なはずだ。その常態を受け入れられないと言うのはどういう事なのだろう。そしてもう一つ気になるのは彼、と言うのが父親だとして母親はどこにいるのだろうと言う点。


「その辺りがこの日記の主がこんなことを繰り返し述べる理由ですかね」

《不明。日記から読み取れる情報には限界がある》

「まあそうですね」


 更に進める。学校に入った、と言う書き出しからのある日。そこからこの日記の様相は変わっていく。


「あの人に会えた。あの人がここにいた。もう一度あの人を見れただけで私は嬉しい、か」


 この日記はあくまでデジタルな文字によって構成されている。だと言うのにリサにはそこから溢れんばかりの歓喜が読み取れるような気がした。この日記の主はこれまで淡々と書いてきた文章とは毛色が変わっていたと言うのもある。だがそれ以上に彼女の感覚を刺激してくる何かがある。


 そこからの日々はあの人との事が増えて行く。

 声を掛けられた。会話が出来た。通学路でたまたま一緒になった。休日遊びに行こうと誘われたが用事があっていけなかったなどなど。

 最初は感情を殺して淡々と読み進めていたが遂に限界が来た。


「ああ、じれったい! そんなに好きならさっさと行動に移しなさい!」


 最初の悲壮感はどこに行ったのか。完全に片思いの少女が憧れの人に恋焦がれている姿が綴られていた。急激に乙女指数を高めていく日記にリサは思わず突っ込みを入れる。全霊を込めたその突っ込み。その結果運動をした訳でもないのに大きく肩で息をする。


 文章だけでも読み取れるのだ。この日記の主――部屋の様子と内容から少女なのは確定だろう――は『あの人』が大好きなのだと。だと言うのに何かを恐れているように少女はただ『あの人』を見守るに徹していた。

 それがリサには理解できない。気になった人がいたら即行動する。それがリサの、と言うよりもアークの人間の鉄則だ。次の日にその相手がいるとは限らない。特にフレーム乗りの場合は。


 じれったさにイライラしながらも更に目線を進めて段々と行動力が無いから何も出来ない訳ではないと言うのが分かってくる。途中から懺悔の様な内容になってきたのだ。


「私だけがこんなに幸福なのは間違っている、ですか。卑屈なのか何なのか」


 元々が日記だ。他人に見せる事を前提にした文章ではないので仕方がないが、全く全容が掴めない。だが最後の一文だけはその意味がリサにも分かった。


「…………クイーンが目覚めた。モラトリアムはおしまい。夢のような時間だった…………どういう事です?」


 これではまるで――この日記の主はクイーン、即ちASIDの存在に気付いていたことになる。

 そう冷静に考えれば当然のことだ。この施設はヴィクティムを、対ASID兵器を中心にしている。そこに住んでいた人間がASIDとの戦いに無関係だったはずがない。


「旧時代ではASIDの存在に気付いていたって事なんですか? だとしても……いや、気付いていて尚侵攻を留める事は出来なかった、そう言う事ですかね」


 そう結論付けてリサはもう一度端末の中身を見通す。何か取りこぼした物は――この日記の続きが無いか期待して。


「結局、この日記の人とあの人とはどうなったんでしょうね」


 ほんの少し、それが気になる事だった。あれだけ好いていたのだ。どうかそこに幸せな結末が待っていて欲しいとリサは思う。日記の日付から逆算すると旧時代が滅びた日まで約八年。その僅かな時間の間だけの事だとしても。


「それじゃあヴィクティム。最初の部屋に戻りましょう。探索は一先ず終了です」

《了解》

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