10 旅立ち

 背中に汗が流れているのを誠は感じた。こうして向かい合っているだけでも感じるプレッシャー。

 強い。間違いなくこれはジェネラルタイプ。通常タイプのASIDを率いる一群の長たる固体。中でもこれは確実に上位に食い込む能力の持ち主だ。やや擦れた声で誠はヴィクティムに確認する。


「あれは、エーテルダガー、か?」

《肯定。敵機のER出力は現在の当機の約80%。しかし敵機は装甲とエーテルダガーにエーテルを注力している模様。それ故当機の装甲強度を上回る強度を実現していると推測》


 続けてリサに尋ねる。


「リサの見たことあるASIDにあんなの使うのいたか?」

「い、いや。ボクは……少なくとも都市の記録でも見たことが無い。これまでのジェネラルタイプで一番強力な火器を有していたのは巨大な大砲を背負っていた奴だ。あんなのは見たことが無い」


 その答えは誠の予想通りだった。そうなると予測できるのは二つある。

 一つ目。前回ヴィクティムが言っていた対ヴィクティムASIDが完成した……だがこれは有り得ないだろう。幾らなんでも期間が短すぎる。まだあの戦闘から三日しかたっていない。ASIDの成長速度は知らないがそんな短期間であっさりと新しい種が生まれる物でも無いだろう。

 二つ目。ヴィクティムの講義で話していたジェネラルタイプ。その中でもコロニーでクイーンを守護する固体。ロイヤルガードとでも呼ぶべきか。兎も角ジェネラルタイプでも特に強力な固体。リサが見た事ないと言う事からもその可能性が高い。


「ヴィクティム。敵の出力は……ASID何体分だ?」

《大凡250体分と推測。脅威度高。敵の攻撃は可能な限り避けてください》

「ああ……避けられたらな!」


 漆黒のASIDが迫る。それに対してヴィクティムもエーテルダガーを展開して迎え撃つ。ヴィクティムとASID。二振りのエーテルダガーが接触した瞬間その接触箇所から激しい閃光が撒き散らされる。一瞬視界を潰された。


《光度を調整》

「助かる!」


 礼もそこそこに誠はヴィクティムを大きく仰け反らせる。機体の可動範囲ギリギリまで仰け反ったその胸先をヴィクティムの胴回りほどもある左腕が通り過ぎていく。僅かに掠めた装甲がチリとなりエッジの利いた装甲に丸みを作る。


《自慢のボディに傷が付きました》

「冗談言っている場合か!」


 仰け反った状態から手を着いてロンダートバク転。体操の競技なら高得点間違いなしな着地を決めて左腕のエーテルバルカンで弾幕を張り牽制する。


「おい、まずいぞ。まともに斬りあったら押し潰される」


 敵の膂力は圧倒的だ。エーテルダガー同士の切り結びも力負けしているし、左の剛腕による一撃は恐らく避けるしか対処の仕様が無い。まともに受け止めたらヴィクティムでもコクピットブロックごと圧殺されるだろう。


《現在の距離を保つことを推奨》

「いや、ダメです。全然利いてませんよ!」


 着弾を観測していたリサが悲鳴のような声をあげる。通常タイプである狼型をハチの巣にしたエーテルバルカンがまるでちょっと激しい雨だとでも言う様に平然と歩いて近寄ってくる。不幸中の幸いなのは機動力に関してはこちらが上の様だ。その場合定石に従えば回り込んで背後から攻撃する物なのだが、誠の中の勘がそれを躊躇わせる。そうした瞬間にあの左腕に叩き潰される気がするのだ。


 エーテル弾頭を尽く弾き、再び両者の距離が近距離戦闘の間合いになる。エーテルダガー同士のぶつかり合い。再び振るわれる左の剛腕。今度は受けずにエーテルダガーで迎え撃つ。が、効かない。どころかこちらのエーテルの刃を削りながらじわじわと叩き潰そうとにじり寄ってくる。


「この……黒鋼ゴリラめ!」


 機体を逸らしながら左拳を必死で避ける。そちらに専念しすぎたせいでASIDのエーテルダガーが肩を掠めた。


《左肩部に軽度の損傷。エーテルコーティング剥離。同じ個所にもう一度受けたら装甲が切断され左腕部の運動性が低下します》

「ジリ貧だな、おい」


 こちらは軽微ながら損傷を受けた。対して相手は無傷。このままでは徐々に徐々にこちらは傷を負って行き、いずれこの攻防が破綻するだろう。打開策としてはいくつかあるが――。


「ここで使ったら崩落するよな」

「しますね。間違いなく」

《その可能性は大である》


 一人と一機から同意されて誠もだよな、と頷く。この漆黒のASIDの岩盤突破が切っ掛けとなったのだろう。この地下施設は急速に崩壊に近づきづつあった。天井に飽いた大穴からぴしぴしと嫌な音が聞こえてくるし、ぱらぱらと土も落ちてくる。このままにらみ合いを続けていてもいずれは生き埋めになるだろう。

 そして恐らくは相手はそれで良いと思っているのだろう。ASIDに共通する機会なのに感じる獣の気配がここで仕留める気と告げてくる。人類側は埋まったら実質おしまいなのに対してASID側は埋まったとしてもまだ同格の相手がごまんといる。そう考えればここでヴィクティムと相討ちになるのは悪い選択肢ではないのだろう。


 地上に続く道は二つ。一つはエレベーターシャフト。もう一つはASIDが作ったトンネルだ。だがトンネルの方は全く足場が無いので空の飛べないヴィクティムはエレベーターシャフトを駆け上がるしかない。それを察しているのか常にそこへの道を塞ぐように漆黒のASIDは立っている。


「あいつを突破する何か良いアイデア募集中」

「動きを止められれば良いんじゃないですかね。いっそ、こっちから埋めてやるとか」


 振り向く余裕はないが、リサが笑みを浮かべているのが分かった。獰猛な、肉食獣の笑みを。釣られるように誠も口元に笑みを浮かべる。


「ああ、埋まるのを待っているならそうしてやろうぜ!」


 牽制に使う左腕のエーテルバルカンとは別に右腕のエーテルバルカンをASIDの頭上に向ける。無秩序に放たれたエーテル弾頭は次々に天井に突き刺さりその鉄板を、更にその奥の基礎を破壊していく。気付いた時にはもう遅い。トドメを刺された天井は大量の土砂を吐きながら崩落する。その真下にいたASIDは見事に生き埋めとなった。


「よしっ!」

《ルートを表示。脱出を》


 快哉を叫ぶがまだ終わった訳ではない。誠はヴィクティムを操り埋もれたASIDの横をすり抜ける。その瞬間に小さな山となっていた土砂がはじけ飛ぶ。予想よりもはるかに早く土砂から這い出てきたことに瞠目する。その理由はエーテルダガー……ではなく、極太の左腕。そこに触れた土砂が瞬時に粉砕されていく。


「何だありゃ!」

「拳が高速振動している。多分それで破壊力を増しているんです!」


 誠の驚きにリサがセンサーで得た情報を答える。良く見ると拳が細かく振動して縁がぶれている。


《低効率の振動兵器。純粋に打撃力のみに作用している模様。しかし現状当機が直撃を受ければフレームに損傷を負う可能性大。回避を》


 返事をする余裕も無い。背面に迫ってくる拳から必死で機体を前に進ませて逃れる。既に最高速度に到達していたのが幸いした。視界を埋め尽くすほど巨大に見えた拳は徐々に徐々に小さくなっていく。避けきった。そう思った一瞬の油断。


「避けてくださいマコト君!」


 反応する余裕も無かった。振り切ったはずの拳が背面モニター一杯に広がる。かつてない衝撃に機体が大きく揺さぶられた。ヴィクティムが豪語しているようにパイロットスーツはドライバーシートから離れる事は無かったが、激しい振動で頭を揺さぶられて一瞬意識が飛びそうになる。気分はシェイカーの中に入れられた氷だ。


「一体何が……」


 確実に振り切ったはずだ。敵の漆黒のASIDは機動力に欠ける。一度離れたらヴィクティムに追いつくことは不可能の筈だった。初戦の人型が腕を伸ばしていたことを思い出す。またその類のギミックかと思い、誠は揺れる視界を定めながら背後を見る。飛び込んできたのは流石に予想外の光景だった。

 腕が無い。真っ直ぐこちらに突き出した左腕の肘から先が無くなっている。それは詰まる所……。


「腕を飛ばした?」

「ロケットパンチとかロマンに溢れすぎてんだろ」


 呻きながらどうにかヴィクティムを立ち上がらせる。やや動きはぎこちないが立てる。そうしている間にASIDの左腕が戻って行き最初の姿に戻った。


《機体背面フレームに中度の損傷。損傷個所を経由して機体を駆動。設定の変更を確認。当面は動作に支障ありません。近いうちにフルメンテが必要ですが》

「そりゃよかった。一発終了じゃなくて」


 誠は完全に不意を突かれていた。それ故に背面への防御など全く意識していない。それでこの程度の損傷で済んだと言う事はもう一人のドライバー、リサのお蔭に他ならない。彼女の操作が咄嗟に背面へのエーテルを集中させ防御力を高めたのだ。そうで無ければあの大質量に加えて音速の半分近い速度だ。今頃ヴィクティムの胸部には大穴が空いている。


「助かった」

「お互い様ですよ」


 予想と若干違い、手痛い一撃を喰らったがお互いの立ち位置は逆転している。即ちこちらの背後に出口が。その状況で脱出を躊躇う理由は無い。エレベーターシャフトを一気に駆け上がる。黒いASIDはシャフトに漸く入り込んだところだ。眼下で上に向けて拳を突き出すのが見えた。


「行動がワンパターンなんだよ!」

「足底にエーテルコーティング最大!」

《了解。反発力最大でコーティング》


 だが既にその手は二人と一機には読まれている。この一直線の空間。逃げ場がどこにもないここは飛び道具の良い的だろう。だがあのASIDにある飛び道具はあのロケットパンチだけだと言うのは分かっている。

 拳が天目掛けて突き進む。その道中にある人型など通りすがりで蹴散らしてやると言わんばかりの勢い。その必殺の拳にヴィクティムは、乗った。


《脚部フレームに低度の損傷。行動に支障なし》 


 先ほど同様の衝撃が機体を襲う。だが不意を突かれたさっきと違い搭乗者二人は既に身構えている。次の動作は遅滞なく実行された。

 拳の破壊力は足底に張り巡らされたエーテルコーティングによってその大半が打ち消されている。残ったのはそのスピード。それを盗んでヴィクティムはもう一度跳躍する。

 機体の脚部による跳躍。エーテルコーティングの設定変更による反発力。そして拳自体のスピード。それらを発射台としてヴィクティムは一瞬で最高速度を超えた速度に到達する。

 その加速に身体が押し潰されそうになる。だがそれに耐えて、耐えて、耐えきった。20秒間の苦しみ。その次に感じるのは一瞬の浮遊感。最高点に到達し、重力加速度と自身の加速度が釣り合ってゼロになった瞬間。そこは――塵の幕を超えたその先。高度僅か900メートル。だが何も遮る物の無い空。


「凄い……何これ」


 感嘆の声はリサの口から漏れた。誠からすれば何の変哲もない星空だ。時計の無い地下施設で過ごしていたから気付かなかったが、今は夜なのかと思ったくらいだ。

 だがリサにとっては違う。これは彼女が見る初めての空なのだ。塵に覆われていない空。それはこの世界で六百年以上失われて来た物だ。

 落下が始まる。星空が遠ざかって行く。


「あっ」


 待ってと言う様にリサは手を伸ばす。だがあっという間にヴィクティムは降下し、塵を突きぬけて眼下に広がるのはASIDの群れだ。伸ばしていた手を下して操縦桿を握りしめる。


《敵総数百を超えています。近接戦闘での殲滅は機体への負荷が大きいと判断。広域殲滅兵装の使用を推奨》

「ああ。エーテルカノン用意、だ」

《了解。エーテルカノン展開》


 落下速度は緩やかだ。非常に規模は小さいが、エーテルによる浮遊――浮遊都市と同じ原理で重力加速度を打ち消しているらしい。エーテルという物は万能すぎると思いながら誠は背面から伸びてきた大筒を握りしめる。

 砲身が右腋を潜り、上に伸びたグリップを右腕で握りしめる。二つ折りになっていた砲身が伸び、一本の長大な砲になる。左に伸びたグリップを左腕で掴み、腰だめに構える。その照準は真下。まだ姿の見えない漆黒のジェネラルタイプ。

 そして撃つのは誠ではない。ここにはもっと適任者がいる。機体の火器管制。それはメインドライバーが登場する前部座席からサブドライバーが搭乗する後部座席へと移っている。


「照準補正良し。よーく見えてるよ」


 リサ・ウェイン。浮遊都市では貴重な銃器の使用を許可されている数少ないパイロット。その得意分野は、長距離射撃である。それ故にこの状況は彼女にとって独壇場と言っても良い。外す要素が一つも無い。


「エーテルカノン発射!」


 その言葉と同時に閃光が溢れた。その発信源はエーテルカノンの砲口。落下中のヴィクティムが一瞬浮き上がる程のエネルギーの奔流。それを真下、そして回転しながら地面を撫でていく。その光に飲み込まれたが最後。跡形も残さずにASIDは消えて行った。その威力はエーテルバルカンとは比較にもならない。使われているエーテル量の違いもあるが常識はずれの威力だった。


《貯蓄エーテル終了。エーテルカノン収納形態へ》


 今回の砲撃は予めため込んでおいたエーテルを吐き出していたため、それが尽きた以上砲撃は中断される。どこか物足りない様子でリサが機体の火器管制を誠に返した。


「もっと撃っていたかったなあ」

「十分だろう」

《地上の敵は既に殲滅している。これ以上の砲撃は無意味であったと提言》

「むう」


 一斉に突っ込まれてやや汗を流すリサ。だがヴィクティムの言うとおり、既に地上のASIDは殆ど全滅している。これ以上撃つのは無意味だろう。相当数を減らしたがまだ諦めるつもりは無い様だ。耳障りな鳴き声で距離を詰めてくる。そして何より問題なのは。


《直下より高エネルギー反応接近中。通常型の250倍。先ほどのジェネラルタイプです》

「あれ直撃喰らっても生きてるのかよ」

《流石に無傷とは行かなかった様ですが行動不能には程遠い損傷です》


 エーテルカノンが有効打になりえないとすると必要なのはヴィクティムが今現在使える武装でそれ以上の威力を持つ物。それは一つしかなかった。


「地上に出てからで良かったよ。地下であれを使ったらこっちがバラバラになっちまう」

《RER出力正常。エーテルコーティング最大出力展開準備》

「兵装の使用を承認。ボクの分もやってきてください!」

「振動兵器はそっちの専売特許って訳じゃあ無いんだぜ!」


 左腋を通して背面にマウントされていた最後の武装が持ち手を正面に晒す。それをヴィクティムは右腕で握りしめ、抜き放つ。解放されたのは純白の、黒い格子模様が描かれた長剣。アシッドフレームが使っているような鈍器と刃物の合いの子ではなく純然たる刃。その銘を。


「ハーモニック――レイザァァァァ!」


 その叫びと同時に純白の刀身が高速で振動する。空気が悲鳴を上げた。ASID達の鳴き声を遮るように大気が絶叫する。それに呼応するように機体の表面が淡く光り輝いた。


 ハーモニックレイザー。ヴィクティムが保有する武装の中でも段違いの破壊力を有するそれは高速で振動する事により一秒間に百万を超える衝撃波を生み出し敵を破壊する必殺兵装である。その威力は振動数を増やすことで無制限に上昇していき、更に周囲に発信するため斬り付けた相手だけではなく周辺の物体全てを分子レベルまで切り刻む。この武器にエーテルの名が冠されていないのはこの武器自体はエーテル反応学とは一切関係が無いためである。それなのにヴィクティムが現在まで使用を許可できなかったのはその破壊力が完全な無差別だからである。

 機体全体をエーテルコーティングで覆わない限り、その放射される衝撃波はヴィクティム自体も切り刻み分子に分解されるだろう。ハーモニックレイザーを最低出力で使用したとしても現在のRERの出力が無い限りは耐えきれず、その振動は同様にエーテルコーティングで保護しない限りハーモニックレイザー自体が耐えられない。機体の淡い輝きは密度を増した純エーテルが魅せる煌めきである。その輝きがあってこそヴィクティムはこの切断空間の中で立っていられるのである。


 それだけの破壊力のある兵装はヴィクティムのメインドライバー一人の判断では使用できない。サブドライバー、そしてヴィクティムの管制AI。その三者の合意があって初めて抜刀を許可されるまさに諸刃の剣と言えよう。


 その威力は絶大。抜刀し、振動を開始した段階でヴィクティムの周囲のASIDは粉微塵と消え、地面さえ削り取っていく。そして何より恐ろしいのはこれはあくまで余波。本来の威力は直接斬撃を叩き込んでこそ発揮される。


《エーテルコーティング出力最大。RER限界駆動。残り時間四十七秒》


 当然、そんな無茶は長時間持たない。約一分。それがヴィクティムに許された究極兵装の使用時間だ。

 縦穴から漆黒のASIDが飛び出してくる。エーテルカノン、そしてハーモニックレイザー。その二つを受けて尚健在なのは流石ジェネラルタイプと言うべきか。並大抵の相手ではないと言うのは既に重々承知している。


 ハーモニックレイザーを抜いた以上待ちの姿勢は有り得ない。ヴィクティムは前傾姿勢で黒鋼のASIDに駆け寄っていく。それを迎え撃とうと左腕を構える。振動拳によるロケットパンチ。真っ直ぐに放たれたそれをヴィクティムは避けない。ただ真っ直ぐに突っ込んでいきハーモニックレイザーの切っ先を拳に合わせる。

 接触は一瞬。その一瞬で抵抗も無く拳は消し飛んだ。その舞い散る粉塵の中から飛び出したヴィクティムの姿を見て黒鋼のASIDに走ったのは同様か、警戒か。右腕にエーテルダガーを展開しようとするが、衝撃波に掻き消されて形成出来ない。

 遮る物は何もない。純白の刀身をASIDの装甲に叩きつける。だが拳とは違い本体はそれで消し飛んだりはしない。ヴィクティムと同じ、エーテルコーティングで耐えようとしているのだ。


《残り十二秒!》


 ヴィクティムの警告も遠い。今の誠の頭にあるのはどうやって斬るか。それだけだった。今このASIDはERの全出力をエーテルコーティングに集中させ、更にその密度を接触部に偏らせている。その結果がこの拮抗だ。対処法は二つ。別の所を切るか、今以上に振動させるか。


「もっとだ……もっと回せ、ヴィクティム!」


 一瞬、ヴィクティムの全出力が機体保護に回った。機体を動かしていたエーテルさえも防御に回す。そうしなければ瞬間的に倍になったハーモニックレイザーの衝撃波によって機体が崩壊していたからだ。

 高まった振動数が奏でる音はまるで死神が歓喜の歌を謳い上げるかの様。その高まったハーモニックレイザーの振動数によって拮抗は破れた。光の粒子を撒き散らしてエーテルコーティングが砕け散る。その反動で浮き上がった刀身をもう一度押し込む。


「分子レベルまで粉々になれ、黒鋼野郎!」


 その言葉通りに、ハーモニックレイザーの衝撃波によって黒鋼のASIDは内部から分子レベルにまで分解され、痕跡すら残さずに消えた。それと同時に振動が止まる。


《限界時間によりハーモニックレイザーを強制終了。周囲十キロ圏内に敵性反応なし。敵群の殲滅を完了》

「……助かったよヴィクティム」


 熱くなりすぎていて自分の意思で止める事を忘れていた誠は背中に冷たい汗をかきながらヴィクティムに礼を言う。エーテルコーティングによる機体保護がなくなれば自分たちも今しがた殲滅したASID達の仲間入りだ。危険すぎる兵器だと誠は改めて戦慄する。


「……これ凄いですけど絶対に他の人がいる場所だと使えませんよね」

「通常タイプが何も出来ずに消えて行ったからなあ……アシッドフレームも同じ運命辿りそうだよな。対象絞ったりとか出来ないのか?」

《その様な事が可能ならば当機も全力でエーテルコーティングを展開し続ける必要はないと思われる》

「だよな」

「だよね」


 尤もな解答に二人は肩を竦めて若干苦みの混じった笑みを交換する。何というか、ヴィクティムの武装は数あるがどれもこれも威力がありすぎてうかつに使えない物が多い。その中でもこれは筆頭だ。周囲に味方がいる時に使えば確実に巻き込む。旧時代の人間は何を考えてこんな武装を作ったのかと考えたところで不意に背筋が寒くなった。つまり、旧時代ではこれを使っても問題の無い状況――即ちヴィクティムが作られた時には既に詰みだったと言う事だろう。


「それじゃあ後は施設からパッケージを回収して浮遊都市に」

《警告》

「どうしたヴィクティム」


 短い電子音声に誠とリサは身構える。あれだけのASIDを投入した後、また同数の敵が来るとは思えないが万が一がある。若干緊張して次の言葉を待つ。


《先のハーモニックレイザーで地盤にも影響あり。地下施設の崩落が開始。間もなくここも沈下します》

「え?」

「へ?」


 二人がその言葉を飲み込むのに要した時間は約一秒。その呆けていた間にヴィクティムの足元、その周囲がすり鉢状に陥没する。


「うおおおお!?」


 ある意味戦闘時よりも必死でその崩落から逃れる為走る。せっかく生き抜いたと言うのにこんなことで生き埋めになるのは御免だ。どうにか崩落の外側まで行って後ろを振り返る。そこにあったのは見事に大穴を開けている地面だった。


「わー」

「ボクの……ボクのご飯が……」


 誠はその光景に凄いな、と思う位だったがリサの方は割と本気で落ち込んでいた。確かにこんな崩落した場所を掘り返すのはヴィクティム一機では骨だろう。不可能ではないのかもしれないが恐らく相応の時間がかかる。

 一応味気ないが予備の食糧は機体にも詰んである。今から浮遊都市に向かうのには支障はない。そんな事を考えながら誠はリサを慰める。


「まあまあ。飯は機体にも詰んであるんだし」

「ボクのカレー……」


 そんなに気に入っていたのかあれ、と誠は思い返す。そう言えば三日間の献立の内朝以外はカレーだった。あれはヴィクティムが大量に作ったからだと思っていたが……もしかしてリサのリクエストだったのだろうか。


「行こうぜ。一応カレーの食材も一回分くらいは積んであるから」

「ほら、何をぐずぐずしてるんですか。マコト君。早く行きましょう」


 その切り替えの早さは見習いたい物だと思いながらも誠はちょっとイラッとしたので振り向いてリサの形の良いおでこにデコピンをしてからヴィクティムを歩かせる。


「よし、行こうヴィクティム。浮遊都市の位置は掴めるか?」

《残留エーテルによる航路をトレース。追跡を開始します》

「痛い! 何ですか? 何で今ボクおでこ叩かれたんですか!? しかも指先だけなのに妙に痛い!」


 背後からの抗議の声を聞き流しながら誠はもう一度崩落した地下施設を見る。結局、あそこはなんだったのだろうか。ヴィクティムが封印され、そして誠が目覚めた場所。手掛かりを示すものは何も残されていなかった。何のために作られた施設なのかも分からない。敢えて言うならばあれはシェルター、だったのだろうか。それ以外の設備が見当たらなかったが故の結論だが。


 今更考えても仕方がないと誠は前を向く。見上げるのは塵に覆われた空だ。その向こうに浮遊都市。人類最後の都がある。そこには何が待っているのか。不安は数えきれないほどあるが……。

 生き延びる。生き延びていつか元の世界に帰ると誠は決意を新たにする。こんな訳の分からない生き物が跋扈する世界で死にたくはない。生まれた世界に帰りたいと思うのは当然だ。それが自分の意に反したものならば尚更。


 一歩目を踏み出す。背面を振り返ることなく前へと進んでいく。

 賑やかな旅立ちを迎えたコクピットの中。一瞬だけ感じた物は目覚めの時と同じ。


 花の香りがした。


 だがそれも本当に一瞬。すぐさま消え去り、誠の記憶に残る事は無かった。

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