08 ASIDとヴィクティム

 格納庫まで歩き、キャットウォークを駆け上がって誠は三度コクピットに腰を落ち着ける。機体は休眠状態の為モニターには何も映っていない。ここに登るまでにいくつもの作業用ロボット――今度は工業用のアームが付いた物が殆どだった――がヴィクティムの周囲に取り付いてせっせと働いていた。恐らくは修理を行っているのだろう。


「それじゃあ教えてくれヴィクティム。ASIDとお前自身の事を」

《了解》


 随分と遠回りしてしまったが漸く誠は聞きたいことを聞けた。


《ではASIDの説明から始めます。既にお聞きした情報もあるかと思いますがご容赦下さい》

「頼む」


 ヴィクティムの話を要約するとこういうことになる。


 Adversary Superior Infectious of Disorder。通称ASID。無秩序で感染性の敵対的上位種と呼称される怪物は宇宙から飛来したと言われている。その構成物質は金属。女王を頂点としたコロニーを形成し、クイーンタイプ、ジェネラルタイプ、通常タイプの三種類に分かれている。

 通常タイプASIDとは最も数の多いASIDである。その特徴は同一個体が群れを成している事。一言で通常タイプと言ってもその種類は膨大だ。この惑星上に(他の星の物も混ざっているかもしれないが)かつて存在した動物を模した形状をしている。その中で一番多いのは人型、次点が四足歩行のイヌ科、ネコ科を模した形状だ。他の種との最大の差異は寸分違わぬ同一個体が最低でも千体はいる事である。その総数ともなると一億を超える恐れもある。

 クイーンタイプはそのコロニーの中核でもある。クイーンが討たれた場合そのコロニーに属するASIDは全て機能を停止する。しかしクイーン自体も強力なASIDだ。通常型ASIDの大凡二千倍の戦力を持つと言う。しかしながら基本的にコロニー内で引きこもっているのでそうそう見る事は無いと言う。

 ジェネラルタイプはそのクイーンを守護する固体である。通常型との戦力比は大凡10~500。戦力差もさることながら、通常型との最大の違いはこれらが全てワンオフ……単一の固体しかいない事があげられる。流石に三ケタともなるとクイーン同様コロニーに引きこもっているので見る機会は無いが、比較的弱いジェネラルタイプは通常タイプを率いて狩りを行っていると言う。その総数は恐らく十万は超えないとの事だ。


 そこまで説明を受けたところで誠が待ったをかけた。


「狩りって何をしてるんだよ。地上には人間はもういないんだろ?」

《リサ・ウェインの情報によるとその様です。当機の情報は当機が建造された当時――推測から旧時代と呼称される今から六百年前の情報です。恐らくは現在のジェネラルタイプの役割は別の物に代わっている事でしょう》

「……そう言えばそうだったな。悪い、続けてくれ」

《了解》


 ASID全体の特徴として同種以外の金属を取り込みコロニーに持ち帰る事が挙げられる。その取り込む手段に関しては一切原理が解明されていないが、その特性の為通常兵器による攻略は限りなく困難である。触れられたら一瞬で戦車が飴細工のように変質してしまう。

 生物同様に呼吸をする。酸素を必要としているのかは分かっていないが、その呼気には塵が混ざっている。塵は大量に吸入すると精神活動に多大な悪影響を与える。また同時に内燃機関に入り込むとエンジンを破損させるため空が塵に覆われてからは航空機器は全て使用不可能になった。

 更に原理は全く不明だが、ASIDに接触した人間がASIDに変貌する事がある。その事から感染性という単語が付いている。基本的な繁殖は卵生だと言われている。実際幾つかのASIDの卵が回収され、中を解析しているがその成長過程は明らかになっていない。


《以上が現時点で判明しているASIDの概要です。固体毎のデータを表示しますか?》

「いや……それはまた今度で良い。それにしてもほとんど分かっていないんだな」


 それだけの事を知るのにどれだけの時間と犠牲があったのかは分からないが、何故人を襲うのかだとかコロニーの内部はどうなっているのかだとかその辺りは全くヴィクティムも知ら無い様だ。


《リサ・ウェインの言っていた浮遊都市ならばより詳細なデータが存在しているかもしれません》

「六百年戦ってきたんだものな……ああ、でも一部記録を失ってるって言ってたからどうなんだろう」


 少なくとも歴史面はズタズタの様だった。ASIDのデータも欠損していてもおかしくは無い。


《当事者のいない歴史の話と、戦い続けてきた相手の話では実際に記憶している人数も違ったと思います。ですので口伝から新たに記憶したのではないかと推測します》

「確かにな……そこは後でリサさんに聞いてみよう」


 六百年の蓄積に期待だ。


「次だヴィクティム……お前は俺の事をドライバーだと言ったな? それも記録に残っていたのか」

《肯定。当機のサブドライバーとして登録されていました》

「本来のメインドライバーは?」


 それが分かれば自分がここにいる理由のとっかかりを掴めるかもしれない。そんな思いの誠の問いだったが期待した解答は得られない。


《不明。データの欠損あり》

「そうか……」


 全く知らない本来の搭乗者。その情報を得られなかったことに思いのほか気落ちしていることに彼は気付いた。知らず知らずの内に結構な期待をしていた様だ。

その誰かを知る事で何か大きな変化が生まれるのではないかと。


「対クイーンASID用の機体だって言ってたよな?」

《肯定》

「んでそのクイーンを倒せば戦いは終わる……要するに切り札だったはずだ。何でこんな所に放置されてるんだ?」

《不明。しかし当機の最優先事項はクイーンASIDの討滅ではない》


 その言葉は誠にとって意外だった。少なくともヴィクティムが作られてから今まで人類は劣勢続き。その状況での切り札の最優先事項が状況の打破ではない。そんな事が有り得るのだろうか。


《当機の最優先事項はドライバー。カシワギマコトの生命保護である。クイーンASID討滅は第二位にあたる》

「俺を、保護だって?」

《肯定》


 ますます謎が深まった。と言うよりも、これで先ほど考えていたことが確定してしまったと言うべきか。ヴィクティムをここに封印した人間は誠が来ることを知っていた。それ以外に考えられない命令だ。


「何か無いのか? お前を作った人からのメッセージとか、俺当てへのメッセージとか!」

《記録を検索………………該当データ無し》

「そうか」


 やはり分からない。時間を止めたりするような技術のある世界だ。異世界から人を呼ぶこともできるだろうと言うのが誠の推測。しかし何度考えても誠を呼んだ理由が分からない。思考が同じところを回っているのを自覚した誠は頭を切り替える。


「分かった。それはもういい。次は兵装の事だ……外から見てもかなりの武装があるのが分かるのにその尽くが使えないのはどういう事だ?」


 乗っている時は見えなかったが降りてしまえば一目瞭然だ。背部には大砲めいた火器と長刀の様な近接武装。上腕部には二連装の砲口らしきもの。腰の横辺りにも単なる装甲ではない何かがあった。それだけの武装がありながら仕えたのは手のひらからのエーテルダガーのみ。


 戦闘時に見せられたリストの武装の使い方も分かる。だが何故使えないのかが誠の知識には無い。その件に関しては転写する知識にも限界があるのだろうと一応は納得している。だが使えない理由は聞いておきたい。


《当機、ヴィクティムは二人搭乗する事で本来の性能を発揮できます。現在の状況では出力不足の為使用可能な兵装に制限があります》

「……さっきも言っていたな。出力不足って。出力を上げるにはどうすればいい? 燃料か何かが足りないのか?」


 彼が知っている動力源となるとやはりエンジンや発電所のタービンが思いつく。それらに共通するのは大出力を求めるのならば燃料が沢山あればいいと言うシンプルな結論だ。実際にはそこまで単純でもないが大筋では間違っていないだろう。この施設は広大だ。もしかするとそう言った補給も出来るかもしれない。


《当機の動力源であるRER……レゾナンスエーテルリアクターの燃料は人の魂から発せられる生(き)エーテルである。通常のエーテルリアクターを違い、ドライバー二人の生エーテルを共振させ合う事で――》

「待て。ちょっと待て。いきなり話が訳の分からん方向に飛んだぞ!」


 途中まで科学的な話をしていたのに突然の魂、オカルト展開である。誠も高校物理程度の知識はあるのでエンジンや発電機の仕組みは大雑把になら分かるので今まで話が出来ていたがオカルトな話は専門外である。


《発言の意図が不明瞭。当機は先ほどから連続して当機の動力についての話題を継続しています》

「え……じゃあお前魔法か何かで動いてるのか?」

《否定。エーテル反応学理論は当機建造時点で既に確立された学問です。故に当機は純然たる科学の結晶である》


 マジかよ、と呟く言葉は声にならない。誠の知っている知識では人型ロボットのハードルは途轍もなく高い。現に人間サイズを二足歩行で歩かせるのが精一杯で全力疾走何てやらせたらすぐさま転ぶ。それが十倍の十八メートルサイズで可能になっている時点で超技術の産物と言うのは分かっていたが、あくまで誠の知る技術の延長線上だと思っていた。それが全く聞いた事も無いような学問によって作られていうと言うのは予想外もいい所だった。


「旧文明ってのはどんだけ凄かったんだよ……」


 考えてみれば浮遊都市も旧文明の産物だ。時間凍結も。それだけの技術をもってして尚、旧文明は敗れ去ったのだ。


「勝てるのか……?」

《勝てます。当機は対クイーンASIDの為に建造されたEAOF。その為に作られた当機に敗北は有り得ません》

「EAOFって何なんだ」

《当機の様にエーテルリアクターを搭載した人型兵器を指します。広義ではASIDもアシッドフレームもEAOFと言えるでしょう》


 またも判明した新事実に誠は若干頭が痛くなってきた。やはりこの人工知能は意図しての事ではないのだろうが情報を小出しにし過ぎる。


「つまり、まとめるとASIDにもエーテルリアクターがあって、そいつらを元に作ったアシッドフレームにも当然それがある。そんでもってヴィクティムにはその発展型、で良いのか? それが積んであると。合ってるか?」

《その通りである》

「最初からそう言え。もしかしてASIDに吸収されない金属ってのはそのエーテルリアクターとか言うのが関係してるのか?」

《肯定。エーテルリアクターによって生成された純エーテルによって装甲表面を覆う事でASIDからの侵食を防いでいる》


 なるほど。と誠は納得する。逆に言えばそのエーテルが無ければすべての金属はASIDの物となってしまうのだろう。そこを考えると浮遊都市の動力源も見えてくる。


「つまり浮遊都市もエーテルの力で浮いて都市全体を覆っていると……なんでもエーテルって付ければ良いってもんじゃ無いぞ」


 思い返してみれば武装のほとんどがエーテルという単語を頭にくっつけていた。昔見たロボットアニメで何でも武器の頭に粒子の名前を付けていたのを思い出す。


「話を戻そう。それで出力を上げるにはどうすれば良いんだ?」

《まず最低条件として男女の組み合わせでのメインドライバーとサブドライバーの搭乗が絶対である》

「メインはとりあえず俺として……リサさんが乗ればそれで大丈夫なのか?」


 そう聞いたが多分ダメなのだろうと誠は思っている。その予想は裏切られる事が無かった。淡々とした口調でヴィクティムが否定する。


《否定。先ほどの搭乗時にマッチングテストを行いましたがドライバーとリサ・ウェインの適合率はC-。一部兵装は使用可能になりますが、十全な性能は発揮できません。精々が30%と言った所でしょう》

「だと思ったよ……その適合率ってのはどういう条件で上がるんだ?」

《双子の場合はマッチング適合率が高くなるとのデータが残っております。基本的には男女の組み合わせで総当たりで行うしか無いでしょう》

「……マッチングが上手く行ったらどうなるんだ?」

《当機の全性能が発揮できます。逆に言えばマッチング適合者が搭乗しない限り当機はその性能を100%に発揮できません。ご注意ください》


 終始調子の変わらないヴィクティムに対して誠の表情はどんどん渋くなる。ヴィクティムの言を信じるのならば100%の性能が発揮できればクイーンASIDを倒せる。それはそのまま世界を救う事に繋がるはずである。だが相性のいい操縦者がいないとその性能を発揮できないと言うのは最悪に近い情報だ。残り人口は十万人程度。その中から最適な組み合わせが見つかるのだろうか。


「100%のマッチングの組み合わせってのはどれくらいの割合で居たんだ?」

《二十歳前後の男女それぞれ1000人ずつでテストを行った際はパーフェクトマッチは一組のみでした。尚彼らは男女の双子です》


 二千人と言うと非常に少なく感じる。アークにいるのは十万人だ。つまり倍率としては五十倍に見える。だが実際は違う。男女の組み合わせパターンが実験時は百万通りに到達するのに対してアークでは四十万にしかならない。つまり半分以下だ。一言で言うのならば完全な適合率を持つ組み合わせが見つかるのは絶望的と言う事になる。


「あ~俺の種馬化がどんどん近づいている気がする」


 だがヴィクティムの言うとおり、男女の双子が誕生すればその問題も解決できるかもしれない。その適合率は高いとの事だ。だがそうする場合流れ作業的生殖活動に自分が参加する事もほぼ確定だ。潔癖な考えかもしれないがそれは勘弁してほしい。

 兎も角、ヴィクティムがいれば生き延びる事は出来そうだと分かった誠は彼にとって一番大事な事を問いかけようとして思い直す。


「ヴィクティム。周囲には誰もいないな?」

《肯定》

「俺の身体に盗聴器とか着いてないよな?」

《チェック……反応なし》

「よし……ヴィクティム。お前のデータの中には別の世界から何かを取り寄せる……或いは別の世界に何かを送り出す技術はあるか?」


 その問いにヴィクティムは即答しない。一拍おいて。


「検索完了。別の世界の定義を超弦理論における平行世界と仮定した場合、該当する技術はデータに存在しない」

「そう、か」


 ヴィクティムが知らないとなると現状でそれを調べるのは手詰まりである。異世界に渡る方法は他の旧時代の施設を探し当てて情報を集めるしかないだろう。そして今ASIDが地上を闊歩している状態ではそれも難しい。そうなると誠の行動の指針も定まってくる。


「可及的速やかにASIDを殲滅してその上で帰還の方法を探すと……」


 必然、この戦いの最前線に立つことになるだろう。ヴィクティムの性能が圧倒的とはいえ絶対はない。特に具体的なASIDの数が提示された事で敗北の可能性は強くなる。それを自覚した途端手が震えるのを感じた。

 不思議な事にそれは恐れからではない。敵(・)を殲滅できる。その事が途轍もなく嬉しいのだ。そんな自分の心情に一番戸惑っていたのは誠本人だ。リサを助けた時もそう。今のこの感情の動きも、自分の物とは思えない。だが同時にそれは自然な事だとも思う。その心境が自分でも理解できないのだ。


「……とりあえずヴィクティム。今後今言った別世界への転移に関わる情報を極秘裏に集めてくれ。絶対に誰にも気づかれないように」

《了解》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る