07 探索開始

「さてそれじゃあ早速この施設を探索しよう」


 また地下施設に戻り、着替え等を済ませて居住区に戻ってきたところでリサがそう宣言した。文字通り帰ってきたばかりである。それに対しておずおずと手を上げながら誠が発言する。


「今からやるの?」

「勿論今からですよ。ボク達の時間は有限です。無為な時間を過ごす暇なんて無いですよ。マコト君」


 正直に言って誠は相当疲れている。特に身体が思った以上に疲労しているのか先ほどから妙に怠い。激しい運動は先の戦闘位しか心当たりが無いので恐らく気疲れしたのだろうと思っている。だがそれ以上に心身ともに疲労しているはずのリサが、加えて女性であるリサがこうして元気な姿を見せているのでは疲れたから今日は休もうとは言いにくい。主に男のプライド的な意味で。だが身体が休息を欲しているのも事実。悩んだ末に妥協案を口にする。


「とりあえず食事にしよう。ヴィクティムがさっき用意するとか言ってたし」

「そういえばそうでしたね。じゃあ食べてからにしましょう」


 吹っ切れたのか、短時間で馴染んだのかはたまた或いは被っていた猫が脱げたのかリサの言葉遣いが段々と遠慮の無い物になって来ていた。少年らしい言葉遣いとでもいうべきか。ショートカットの姿と相まって中性的な雰囲気が強まっている。女子高とかで御姉さまと呼ばれそうなタイプである。もちろん、フィクションのという但し書きが付くが。そこで思い直す。アークの男性比率は0.003%だ。必然的に女性ばかりと言う事になる。そして女子高と違って外部にも男はいない。そこから導き出される結論はそう多くは無い。


「ウェインさんってさ」

「リサ、で良いですよマコト君。ボクは君にはそう呼んでほしい」


 真っ直ぐに目を見て男らしくそう言われると誠もドギマギしてしまう。俺男の子なのに! と心の中でちょっと敗北感を味わいつつも言い直す。


「……リサさんはアークでモテるでしょ?」

「良く分かりましたね。これでもエスコート役としては防衛軍では人気ですよ」

「そりゃね」


 やや長身気味で中性的な風貌。それだけでもモテるだろう。性格に関しては一体どれが素なのかこの短時間では見極められないので保留。だが今の様な口調ならばきっと入れ食いだろう。文字通りいけすの中に釣竿を放り込んだが如く。


「他人事のように言っているけどマコト君だってアークに行ったらボク以上の歓待を受ける事になると思いますよ」

「やめてくれ。考えないようにしていたんだ」


 種馬生活は断固拒否、である。一度草原の自由を知ってしまった馬は大人しく繋がれている事など出来ないのだ。自分で自分を馬と例えたしまったのが微妙に悲しい。


「俺の有用性を認めさせれば……」

「きっと他の方に分散していた人気が集中するだけでしょうね。優秀な男子を生んだとなればその後は遊んで暮らせますし」

「詰んでないかな俺の状況!?」


 レースで優勝した競走馬みたいな物か、とまたも馬で例えてしまい自分で自分に凹む。


《お食事をお持ちいたしました》


 またよたよたと危なっかしい動きで歩いてくるヴィクティムの作業用ロボット。この短時間ですっかり見慣れた光景だがいつみても心臓に悪い。僅かな段差でも躓いて横転してしまいそうだ。そしてそうなったら恐らく自力で立ち上がる事は出来ない。今更だがこれはお茶くみ人形に似ていると誠は心の中で呟いた。わざわざ口に出すほどの事でもないので言わないが。


「これは、カレーかな?」

「カレーだね」


 丸い皿に黒っぽいルーの掛かったお米。せんべいの時から思っていたことだが、この世界の食糧事情は誠の世界の物とそう大差がない様だ。それは彼にとって一つの朗報だった。海外旅行の話を聞いても一番困るのは口に合う物が無かったと言う話だ。中には日本のレトルト食品を持ち込んでそれをホテルで食べると言う。同じ世界でさえそれなのだ。全く未知の食材。未知の調味料。そこから繰り出される未知の料理。それらを食べても果たして体は大丈夫なのかと言う心配をしなくていいのは大いに助かる。


「凄い、お肉入ってる」


 スプーンで掬い上げた物をまじまじと見てリサはそう呟く。心なしか目が輝いている気がする。たかがレトルトの肉で大げさなと思ったが、アークの食糧事情的はそう良くないと言っていた事を思い出した。一キロの牛肉を取るために必要な穀物は十キロと言われている。つまり一人ベジタリアンになるだけで九人の飢餓に苦しんでいる人が救えるのだ。浮遊都市という立地の関係上土地は限られている。必然採れる穀物量も限られているだろうし、非常時の貯蓄分等も考えると肉を取るために回せる穀物はそう多くは無いのだろう。つまり浮遊都市では肉は途轍もない高級品の可能性が高い。それは本当に食べていいのかと視線でしきりに確認してくる事からも間違いないだろう。


「別にとったりしないから普通に食べてくれ」

「それでは遠慮なく」


 食べ始めたリサを見て誠も自分の分を食べ始める。時計と言う物がここには無いので分からないが、外の明るさから考えると少し遅めの昼食と言った所だろう。白米にルーを絡めて一匙掬って口まで運ぶ。甘口なのだろう。香辛料の辛さよりもまろやかな甘みを感じる。実を言えば辛い方が好みなのだが偶には甘口も悪くは無いと彼は思った。入っているのは牛肉とニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ。ジャガイモは良い感じで蕩けており口の中に入れると簡単に崩れていく。ニンジンは甘みが程よくこちらも舌で潰せるほどだ。そして玉ねぎだ。細く切った玉ねぎをしっかりと煮込んだのだろう。辛さよりも甘さが滲み出てきてビックリするほどに柔らかく、口の中で溶けていくようだった。トドメとばかりに牛肉だ。脂の部分はゼラチン質になっていて官能的な触感を口の中で楽しめる。肉を噛みしめるとしっかり閉じ込められた肉汁が滲み出て……絶品である。

 思わずグルメレポートの様な感想を抱いてしまったこのカレーはどう考えてもレトルトではない。感動のあまり固まっているリサを放置して待機しているヴィクティム(INお茶くみロボ)に声をかける。


「このカレー……お前が作ったのか?」

《肯定。当機のメモリーにあるレシピから製作いたしました。如何でしょう》

「ああ、うまか――」

「ボクと結婚して毎日このカレーを作ってくれないかい!?」


 美味かったと答えようとした誠に被せる様にリサがヴィクティム(INお茶くみロボ)に謎のプロポーズをする。片手にはスプーンを握ったままで、抱き着いている姿はシュールとしか誠には言えない。


《申し訳ございません。当機は既にドライバーの物です》

「よしマコト君。ボクと結婚しましょう。そうすればヴィクティムが付いてくる」

「落ち着いてください……」


 錯乱の余り訳の分からない事を言い出したリサを誠は馬を宥める様にドウドウと落ち着かせる。ここまで人を惑わせるヴィクティムのカレーが凄いのか、この時代の食糧事情が酷いのか……この世界で美食と言う物は暴力的なまでの魅力を持っていると言えよう。


「仮にヴィクティムが付いてきても食材が無いだろう」

《当施設には二人が食事をするのなら百年程の食糧の貯蓄があります》

「……帰るのはしばらく延期しようか」

「さっきの時間は有限という発言はどこに行ったんですかね」


 結局リサが正気を取り戻すのに三十分かかった。食事も終えて一息ついたところで誠はヴィクティムに切り出す。この施設を調べるのなら真っ先に聞くべき相手だ。自分の手足の様に中に残されたロボットを操っている事と良い施設を把握してることと良い何も知らないと言う事は無いだろう。


「なあヴィクティム。この施設の事を教えてくれ。こんな風に色々とやっている位だ。知ってるんだろう?」

《解答不能》


 その簡素な答えに誠は僅かに眉を顰める。人間と問題なく受け答えするので忘れそうになるがここにいるのはあくまで人工知能。融通の利かなさとは別の人ではないが故の頑なさが時折見える。 


「……リサがいる事は気にしなくていい。正直に答えてくれ」

《要請を受諾。しかし解答不能》

「どういう事だ?」

《当機の中にあるのはこの施設の見取り図等の情報のみ。この施設が何の為に建造されたかは不明である》

「待て。お前はこの施設にいたんだろう。何か覚えていないのか」

《否定。当機が外部情報を記録し始めたのはドライバーの覚醒と同時。それ以前の情報は存在しない。当機が保有している情報は製造者がメモリーに残した情報のみである》

「その製造者については?」

《不明。当機のメモリーには存在せず》


 思った以上に手掛かりが無い。リサの方を見ると難しい顔をして考え込んでいた。その横顔はうかつに声をかける事を躊躇わせるほどの真剣さ。だが声を掛けない事には始まらない。


「リサさん?」

「ん……ああ、すみません。考え毎に没頭してしまいましたよ」

「いや、それは良いんだけど何か気になる事でもあった?」

「うん。この施設にいた君にもヴィクティムにも記憶が無い、と言うのが気になりまして。ここまで得た情報を総合すると施設ごと時間凍結とやらで旧時代から保管されていたと言うのは間違いないのだけど……一体何のためにそんな事をしたのかというのも気になりますね」


 誠の記憶喪失と言うのは完全に出まかせなのでそこは完全な偶然だと言いたいのだが言うに言えない。確かにこの施設が六百年も保管されていたのは道理が合わない。旧時代は相当な劣勢だと言うのはリサの講義で分かっている。その状況でヴィクティムと言う戦力を手放すほどの余裕があったのだろうか? 逆に言えば手放すと言うのは相当な理由が無いといけないだろう。そしてもう一つ。ヴィクティムだけを保管するのならば二人で百年も食べていられるだけの食糧を保管しておく意味が無い。その事から誠が推測できるのは――。


「ヴィクティムをここに置いた人間は俺が来ることを知っていた……?」

「ん? 何か言いましたか?」


 ほとんど口の中で消える様な声量だったのでまた考え事をしていたリサの耳には届かなかったのだろう。誠は独り言と誤魔化してもう一度その思いつきについて考える。そもそも異世界に来たことには理由があるはずである。その考えに従うのならばヴィクティムをここに置いた人間こそがその理由だと考えても良いのではないだろうか。六百年後を予見したと言うよりは六百年後に来るようにしておいたと言う方がまだ納得できる。その方法は置いておいて、だが。


 その場合でも疑問は残る。何故六百年も後なのか。そして何故呼ばれたのかだ。この手の話で定番なのは異世界補正で世界最強の力を手にしているとかだがその気配はない。正直言って何のために呼ばれたのかと言う指針ゼロでは呼んだ人の意に沿う行動は出来ないと誠は思う。


「これ以上の事を知るのならこの施設内のデータをさらうしかないですね。地道な作業になりそうですね……済まないですがマコト君にも手伝って貰います」

「オッケー。どんとこいだ」


 言ってからオッケーが通じるのだろうかと思ったが別段疑問に思っている様子が無いところを見ると通じているらしい。もしかするとこの世界は異世界と言うほど遠くは無く、パラレルワールドに近い世界なのではないかと言う気がしてきた。余りに共通項が多すぎるのだ。良く考えると先ほどのせんべいの袋は思いっきり日本語で書かれていたのにリサも読めていた。言語関係で超絶チートを貰っていない限りは有り得ない事だ。


「まず最初はマコト君はヴィクティムを調べてみてください。ボクはどこかに生きている端末が無いか探してみます」

「分かったよ。機体の洗浄は終わってる? ヴィクティム」

《コクピット内部の洗浄は完了。外装メンテナンスは現在進行中ですが搭乗に問題なし。端末の位置データ検索。該当データを表示》

「よし、それじゃあ俺は直接中で調べてくる」

「はい。それでは二時間後にここで互いの成果を確認しましょう」


 そう言ってリサはヴィクティムが表示した端末の位置を見ながら歩いて行く。まさかあのお茶くみロボの頭の上がモニターにもなっているとは予想もしていなかった。よたよたとリサと並走しているお茶くみロボを見送ってヴィクティムに声をかける。


「あっち操作しながらで大丈夫なのか?」

《問題なし。あちらの操作で使用している処理能力は全体の2%未満です》

「そうか。それじゃあ機体の方に行くよ」

《はい。お待ちしております。マイドライバー》

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