03 追撃戦
瞬く間に四体のASIDを殲滅して誠は一息吐く。まだ接近中の九体がいるがこちらから接近しない限りは今すぐ戦端が開かれると言う事も無いだろう。知らず力の入っていた体を弛緩させて休息を取らせる。
「凄いな、おい」
自分の手の平を握ったり開いたりしながら誠はそう呟く。今しがたの一連の戦闘。その流れの組み立てまで全て意識することなく行えたことに対する驚嘆だ。どうすれば良いのか。その時その時に必要な行動が閃光の如く頭にひらめく。だがそれは他人に操られているのではなく自分の意思でその行動を選択した結果の全能感。
命のやり取り。それを意識する事さえ無い圧倒的な戦力差。最も根源的な渇望である狩猟本能が満たされる気がした。
そんな風に浸っている彼を現実に引き戻したのは耳障りな金属的な響きを持つ鳴き声。
「っ。何だ!?」
《敵性反応の離脱を確認》
「……逃げるのか」
当然と言えば当然だろう。苦も無く同類が四体屠られるのを見て倍いるから勝てると挑むのは中々勇気と知力の欠落が必要な決断だ。撤退を選択するのはそうおかしな話ではない。或いは恐慌状態に陥ったか。整然と追いかけていたのと打って変わってバラバラに逃げていく姿を見るとそちらの方が正解かもしれないと思っていたところでヴィクティムが言葉を続けた。
《追跡し、殲滅を》
「いやいや。そこまでする必要があるのか?」
逃げるのならば逃がしておけばいいと言うのが誠の考えだ。確かに戦って圧倒して。気分が良くなったというのは否定も出来ない事実だが、それをもう一度味わう為に避けられる戦いをする程ジャンキーになったつもりはない。そもそもがこの戦闘だって大本は後ろで怪訝そうな気配を漂わせつつこちらを見ながら何やら手を動かしている相手を助ける為だったのだ。気分云々は結果論に過ぎない。
それ故に追撃をするつもりは無かったのだが次の言葉で顔色が変わった。
《ASIDは勝利が困難な状況に遭遇した場合撤退し、本拠地でその対策を打った新種を創造します。今回の戦闘で全ての性能を推し量られたとは思いませんが逃走を許せば間違いなく対ヴィクティム型ASIDが誕生するのに一歩近づくでしょう。また、単純に本拠地に戻ればASID全種で戦闘経験を共有するため敵の行動が最適化される恐れがあります》
「そう言う大事な事は先に言え!」
レーダーの反応を見るに既に九体居たASIDはかなりばらけている。迅速に対応しなくてはならない。索敵範囲にも限界がある。速度はこちらが上の様だが逃げ切られる可能性も十分にある。この逃走の仕方は全員が逃げ切る事を目的とはしていない。一体でもこの場から逃げる事を目的とした逃走だ。一度見失ったら追いつけないだろう。
まずは一体捉えると誠は機体を走らせる。後ろから追いつきすれ違いざまにエーテルダガーを一閃。上下に分割したのを尻目に二体目へと走る。
この時点で逃走中のASIDはただ逃げているだけでは今の様に作業的に切り捨てられると理解したのだろう。鳴き声をあげながらこちらに牽制の爪を振るってくる。しかし必要以上には踏み込まない。それは完全な受けの姿勢。こちらが攻撃しようとすればそれを察して機敏に避ける。一撃で両断できず彼は歯噛みする。
「面倒な」
《警告。敵機の武装は現時点での当機の装甲強度を突破するものである。被弾は最小限にすることを推奨》
残念ながら誠の知っているロボットアニメの様な無敵の超合金ではないらしい。そうなると被弾上等な特攻戦術は使えない。先ほどの四体はこちらを倒すことを目的としていた。それは獣が本能的に行う狩りとそう大差はない。だが今のこいつは明らかに時間を稼ぎに来ている。そこには明確な知性による戦術、戦略が見え隠れした。
どうするかと考えたところで酷くシンプルな結論に気が付いた。別に一撃で仕留める必要は全くない。一撃で仕留めようと大振りをしているからああも容易く攻撃の機を盗まれて避けられるのだ。だからこちらもジャブの様な牽制で追いつめて行けばいい。
そう気付いた瞬間ヴィクティムの右腕が鋭く動く。下からの袈裟切り。それを躱すが続いて左腕の突き。ASIDはそれを爪で受け止めようとして失敗した。そもそもが構成している存在が違う。受け止める事が叶わずに接触箇所が音も無く消え去ってそのまま右肩を貫かれる。金属的な悲鳴が勘に障る。
「黙れよ。ブリキ野郎」
その苛立ちをぶつける様に左腕を引き抜きそのまま両腕を交差させる。胴を切り取るように三分割されてASIDが荒野に転がる。
「あと七!」
《警告。敵挙動に変化。四が逃走を継続。三が反転。こちらに向かってきます》
どうやら単独では足止めもままならないと分かって更に分担する事にしたようだ。三が足止め。四がバラバラに逃げる。既に相手が獣程度の知性だとは考えていない。高度の連携を取ってくるのは既に了解済みだ。三体を処理するのに今の三倍以上の時間は覚悟した方が良い。
「くそ、遠距離武装とかないのか!」
《現段階で搭載火器は使用不可能。携行火器ならば使用可能》
「それはどこにあるんだよ!」
《解答。武器保管庫。尚現在は開錠が不可能》
「だったら言うな!」
何も使えないと言う事が分かれば今はそれでいいのだ。融通の利かない、と舌打ちしながら機体を向かわせる。焦りが彼の行動を粗くしている。
三体の連携は巧みの一言に尽きる。まるで三体で一頭の獣であるかのように動いてくる。一つが攻撃し、一つは常にこちらの背後を。一つはこちらに手痛い一撃――特に足を狙ってきている。そして厄介なのはその全てがあくまで足止め、どれだけ時間を稼ぐかに注力している。先の三体の様にこちらを討つつもりならば隙も出来るがそれも無い。じりじりと時間だけが消費されていく。
《警告。敵1、2が追跡可能範囲外に接近中。至急追跡を》
「分かってる!」
分かっているのだがそれが出来ないのだ。いっそこの三体は無視して突破しようかと思ったのだがその度に体当たりをして加速を止められる。二歩で最高速度に到達すると言えば聞こえはいいが、逆に言えば二歩必要なのだ。一歩目では十分な速度が載っているとは言えず、そこを抑えられてしまう。フェイントを仕掛けてもそれは同じ結果だ。その様なごまかしは通用しないとばかりに本命の道を抑えてくる。
《報告。敵1が間もなく追跡可能範囲外に到達。予想進路を表示》
まずい。予想以上に敵の動きが早い。早く追い掛けなくてはと焦れば焦る程動きが雑になってくる。どうすればと歯噛みしたところで状況に変化が訪れた。
ヴィクティムとその周囲を囲む三体。その一体に音も無く、しかし迅速に背後から忍び寄った影が一撃でその頭部を叩き潰したのだ。
何が起きたと誠がそちらに目線をやるとそこにいたのは頭部が無い――しかしASIDとよく似た姿を持つ機体。即ちリサの駆るアシッドフレームが右手に長剣を携えていた。突然の乱入者に僅かだがASID達に動揺が走った、様に誠には感じられたのでその隙を逃さずエーテルダガーで一体の足を切り裂く。足を失って動けなくなったASIDにトドメを刺したのもアシッドフレームだ。
残る一体のASIDと相対しながらリサのアシッドフレームは空いた左手で何やら仕草をしている。それがこちらへ何かを伝えたいことは分かるのだが生憎と誠には全く伝わらない。
「なあ、あれ何を伝えたいのか分かるか?」
《推測。恐らくはここは任せて先に行けと言っているのではないかと》
「そうか」
すんなりと答えが返ってきたことに感心しながらも分かっているなら聞く前に教えて欲しかったと小さくため息を吐く。慣れてきたがやはりこいつは融通が利かない。そう再認識しながら。
「今範囲外に近い奴から追うぞ」
《了解。予想位置を表示》
モニターに対象の予想位置が表示される。遠い。今からこれを追跡しては残り四体を殲滅するのに間に合わないかもしれない。それぞれの距離が離れすぎている。それでもみすみす見逃すわけには行かない。ヴィクティムを最大速度で走らせて逃げ切ろうとしていた一体に追いつく。振り向く隙も与えない。最後の一歩は飛ぶように踏み込む。その勢いのまま掌からのエーテルダガーで頭部を一刺し。
足を止めることなくそのままの速度を維持して次の対象へと向かう。
次のASIDは接近し始めたところで反転して向かってくる。ここでまたまともに相手をしては逃走し始めた二体目を倒した時の様に時間を稼がれてしまう。ここでそのタイムロスは致命的だ。だが先の一体の様に不意を突くのも正面切っている以上難しい。そしてここあるのは果てしなく広がる灰色の大地と当事者達だけ。その状況でいかにして隙を作りだすか。誠の出した答えはシンプルすぎるほどにシンプルだった。
思いっきり足を蹴りあげる。その爪先に従う様に砂が舞った。ASIDの視界を一瞬砂が遮る。その砂のカーテンを切り裂くようにしてエーテルダガーの輝きが奔る。首を飛ばされたASIDが崩れ落ちる。それを見届ける事も無く三体目のASIDへと向かう。
「くそ、距離が……!」
レーダーを見ても残り二体は全く正反対の方向に逃げている。遠距離武装が無い以上、直接斬り付けるしかない。
「これ以上早く出来ないのか!」
《不可能。現状の出力ではこれが最速です》
その答えに誠は知らず舌打ちをする。三体目に接敵する。今度も先ほどと同じ砂を巻き上げての目潰し。だがそれを読んでいたかのように相手は腕で頭を庇う。そのままバックステップ。首を狙った一撃は空を切った。
「こいつ!」
まるで一度そのパターンは受けたとでも言う様な回避。挑発するかのような鳴き声が腹立たしい。一瞬頭が熱しかけるが大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻そうと努める。冷静さを欠いてはいけない。誠だってそんな事くらいは分かっている。
既に十体近く同型のASIDを屠った事で誠は確信した。機体性能は圧倒的にこちらが上だと。最初の二千体でも余裕というヴィクティムの自己申告は大げさにしてもここにいるASIDに対して遅れを取る事は無いだろうと誠は思っている。素人同然の自分がここまで出来ているのはそれが大きいだろう。
だがヴィクティムの話を総合するとASIDにはいくつか種類がいるようだ。そして対応して進化していく。そうなると何時かその優位性が崩れるかもしれない。ここが現実だとして生き残るためにはそのアドバンテージを必死で守らないといけないと言う事は理解した。
だから落ち着いてこの一体を倒すのだ。焦ったところでミスが多くなり結果的に時間がかかると自分に言い聞かせながらヴィクティムを操作していく。
左のエーテルダガーによる突き。回避された。元々突きは点の攻撃だ。避けやすい。この一打はあくまで避けてもらう為の物。本命は体勢を崩した後の攻撃。右腕の横薙ぎ。それも上体を大きく逸らして避けた。しかし切っ先は掠める。装甲に一筋の傷を刻み込む。痛覚があるのかどうなのか叫び声をあげる。
その声に眉を顰めながら右足を踏み込みながらの左腕による上段からの振り下ろし。腹部から腰部に掛けてを両断する。
これでようやく三体目。そして最後の一体はどこにいるかとレーダーを見ると――。
《敵4。追跡可能範囲外に離脱。ここからでは追いつくころには近隣のASIDに情報を伝達し拡散を阻止するのは不可能でしょう》
「だからって諦められないだろ!」
それでも運よく追いつくまでに向こうもどことも接触しない可能性がある。追跡を諦める理由にはならない。そんな諦めの悪い姿勢に天も味方する気になったのか。ヴィクティムのセンサーがある物を捉えた。
《報告。一時方向に投棄された武装を発見》
「これは……狙撃銃か? 使えるのかヴィクティム」
《銃身にゆがみを確認。しかしこちらで修正可能な範囲》
そこにあるのは銃身のゆがんだスナイパーライフル。この一人と一機が知る由も無い事だがリサが投棄して行った武装である。そんな出自はどうだっていい。重要なのは今遠距離攻撃の手段を手に入れたと言う点である。
地面に膝をついてスナイパーライフルを構える。はっきり言って狙撃の知識など誠には全くない。縁日の射的で十発撃って一発も当たら無かった程の腕前だ。あの銃は絶対に銃身が曲がっていたと思うが今更の話である。
それ故に照準のほとんどはヴィクティム任せとなる。
《各種パラメーターの獲得完了。照準補正良し。確実な照準です》
その言葉と同時に操縦桿のスイッチを押し込む。例によって雰囲気重視である。撃てと思えばそれだけでヴィクティムの指は引き金を引くのだから。
銃身から吐き出された弾丸は想定通りの軌跡を描いて飛んでいく。そして吸い込まれるようにASIDの後頭部を突きぬけて行った。傍目には無傷に見えるがその穴は確かにASIDの息の根を止めていた様だ。糸の切れた人形のように走っていた勢いのまま倒れて動かなくなった。
《逃走中の敵四体の撃破を完了》
「よしっ」
無事撃ち抜けたことに誠は快哉を叫ぶ。後はアシッドフレームの援護に行けば終わり。そんな状況を引き裂いたのは鳴き声――否、遠吠え。
その声に緩みかかっていた意識が再び引き締まる。
《残存ASIDに接近する敵性反応! 速度、現在の当機を凌駕しています》
ヴィクティムが拡大した映像に映し出されていたのは鋼鉄の狼。それが一体だけ。だが速い。ヴィクティムが言ったようにその速度はこちらよりも早い。
「あれもあしっど、なのか」
今相手にしていた人型とは全く違う。だが金属で構成されていながら生物らしさを持っていると言う点は共通していた。
《肯定。各種反応は対象をASIDと断定。至急殲滅を。逃走に入られたら追いつけません》
「さっさと撃てって事だな!」
手にしたスナイパーライフルを構え直す。照準は狼型のASIDの頭部。だがそこで気付いてしまった。新たな敵の出現に動揺したアシッドフレームが人型のASIDから致命打を与えられそうになっているのを。
もしももう一体その場にアシッドフレームがいたのならフォローできただろう。元々アシッドフレームは二体で行動するのが前提だ。バディがいない以上生じた隙はそのまま命に直結する。
逡巡する事は無かった。狙撃対象を狼型から人型へと変える。ヴィクティムも何も言わずに照準を補正した。そして発砲。二度目の狙撃も理想的な軌跡を描いて人型ASIDの胸部を貫いた。
「次。狼の!」
《了解》
人型が撃たれたのを見て狼型はこちらの存在を察知したらしい。すぐさま身を翻し逃走に入る。その際に行き掛けの駄賃とばかりにアシッドフレームに牙を食いこませていった。走り出したら本当に速い。瞬く間にその場から離れていく。
《警告。残弾数2》
誠はそれでも構わないと思う。ヴィクティムの照準は正確だ。二発あれば外れる事は無いだろうと思ったのだ。それが驕りだと思い知らされたのは次の瞬間である。トリガーを引いた瞬間に狼型は後ろに目が付いているかのようなタイミングで横っ飛びに跳ねた。当然、その動作を読んでいなかった狙撃は何もない地面に突き刺さる。
そして二発目を撃とうとするとアシッドフレームが壁となった。噛み付かれた事によって思う様に歩けないらしい。狼型がそこまで考えていたのだとしたら大したものである。
アシッドフレームが邪魔にならない位置にヴィクティムを移動させる。だがその三秒にも満たない時間で狼型は更に距離を稼いでいた。
それでも狙撃を行う。だが四発目、最後の一発はこれまでの様な理想的な軌跡を描かない。途中で妙な軌道を描いて見当はずれの方向へ飛んでいく。
《報告。銃身の歪みが三度の狙撃で進行していた模様。そのパラメーターを照準補正に入れる事が出来ませんでした》
「そう、か」
既に狼型は姿も見えない。速度で劣っている以上今から追跡しても追い付くことは無いだろう。
「あの狼型は何でここにいたんだろうな」
《推測。戦闘音に惹かれて接近して来たものと思われる。或いは何らかの命令を受けての行動中》
「……まあ良いや。後でその辺もじっくり教えてくれ」
逃がしてしまったのは仕方がない。ヴィクティムが言っていた言葉を信じるのならば対ヴィクティムのデータが僅かに蓄積されるだけですぐさま優位性が覆るわけではない。それになにより。
「元々はあの首無しに乗っている人を助けたかったんだ。そこは達成したと言えるよな」
《肯定。本作戦行動の第一目的は人命救助でした。そこを完遂できた以上私達の勝利でしょう》
慰めているのか本心からそう思っているのか。付き合いの浅い誠には判別が付かなかったが今はそれを棚上げして彼の呼ぶところの首無し――アシッドフレームを見つめる。
一体どんな人が乗っているのか。等々興味はあるが、何より一番はこの現況を打開できる様な情報を持っている事を切に願うのみだった。
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