02 分岐点

 後ろから足音が追ってくる。一つ二つではない。幾つもの足音が折り重なって轟音を響かせる。

 遮蔽物が殆どない開けた大地。ここがかつて世界でも大きな隆盛を誇った東の都。その跡地だと聞いて誰が信じられるだろうか。都らしき建造物は何もない。有るのはただ灰色の大地とその上に広がる赤い粒子に覆われた空だけ。


 そこを疾走するのは二体の鋼鉄の巨人。いや、巨人と言ってもいいのだろうか。それには人型としてもっとも重要な物が欠けている。それは頭部。四肢を持ち、人と同じような構造をしながらも頭部だけが切り落とされたように存在しない。首の辺りから肩を覆い隠すように鉄板がはめ込まれている。しかし頭部が無くともその全長は大凡人の十倍。十八メートル程はあった。


 これこそが人類がASIDという脅威に対抗するために作られた唯一の武器。アシッドフレームである。

 一機はややぎこちなく、手には棍棒なのか剣なのか判別に困る様な合いの子の武器を手にしている。

 もう一機はスムーズに歩を進めていた。手には複雑な機構を持つ得物――スナイパーライフルと呼ばれる人が扱う物をそのまま拡大した銃器を手にしていた。


 その二体を追うのは今度こそ正真正銘の人型をした灰色の鋼鉄の巨躯。紛れも無く構成されている物質は金属なのだがそれは妙に生物的である。獣の野性味とでもいうべきか。妙な生々しさがある。最早言うまでも無い。この獣がASID。今やこの世界のほぼ全てを支配する人類種の天敵。


 その数は合わせて十三。その全てがまるで型を取ったように同じ姿形、大きさをしていた。それは生物としては明らかにおかしい。だが機械というには隠しきれぬ生物らしさ。その矛盾を内包するのがASIDという存在だった。

 そんな怪物どもが砂煙をあげて地響きを立てて追ってきている。その様はまさしく獲物を追う肉食獣の群れ。背後から迫るプレッシャーは逃走者達に心理的負担を掛け続ける。


「エルザ! もっと急いで! 追いつかれる!」

『はい!』


 エルザと呼ばれた少女は全身に汗を滲ませながらも上官の声に返事をし、操縦桿を一際強く握りしめる。背後から迫る足音は遠ざかったが、それは事態を引き伸ばしたに過ぎない。

 エルザは自分の機体状況を確認する。既に長時間の行軍の後のこの逃避行だ。元々の機体状態が良かったとは言えない。成人したての十五の小娘に与えられるアシッドフレームなどそんな物だ。これほど長時間の全力疾走をして全く問題が無い機体は長く戦場に残ってきた人間にしか与えられない。


「ボクのペースに合わせるんだエルザ。君の機体に合わせたテンポで走る」

『分かりました!』


 その機体状況の悪化は先導しているリサ・ウェインにも痛い程分かっていた。リサの機体はエルザの物と比べてもかなり良好だ。まだしばらくは走る事が出来る。だがエルザの機体はそうではない。本来ならば未熟な物にこそ状態の良い機体を与えるべきと前々から主張しているのだが全体の防衛力の低下を考えるとそうもいかない。せめてまだ経験の浅いエルザをフォローするためにもペースメーカーとなるしかない。


 短く肩口で切り揃えた青い髪が肌に張り付いて気持ち悪い。瞼を伝う汗を煩わしげに拭い後方を確認する。レーダーに映る光点。その一つ一つが敵だ。通常のASIDと対ASID兵器であるアシッドフレームの戦力比はほぼ互角。つまり現状は十三対二という事になる。


 リサは想像する。今この場で足を止めて交戦したらどうなるか。


 戦闘とは単純な足し算引き算ではない。例えば十人と十人で戦ったとしよう。その全員は同じ能力である。結果は相討ちかと言えば否だ。片方が常に一人に対して二人で当たる、などの戦術を取っていた場合下手をしたら一人も倒されずに相手の十人を倒せるかもしれない。同数でさえ極端な結果になるのだ。そこに偏りがあれば況や、である。


 同じ事がこの場でも言える。せめて一矢報いようと反転したとしても恐らく数の暴力に負けて一体を屠ることなくこの荒野に骸を晒すことになるだろう。


 いや、死ねるのならばまだ幸運かもしれない。

 通信機越しにエルザの表情を見る。そこにあるのは死の恐怖だけだ。新兵である彼女はASIDの生態を知らない。


(奴らは人を攫う)


 五年もこの戦場に身を置いていれば嫌でも目撃する事だ。足を破壊されて動けなくなったアシッドフレームの中から搭乗者を摘まみだしている姿を。


 攫って何をしているのかは分からない。だが少なくとも殺す事、食べる事が目的ではないと言うのは分かっている。ASIDが人を捕食している光景は過去一度たりとも戦場で見られたことが無いのだから。加えて捕獲した固体を研究した結果そもそも消化器官に該当するものが無い事も分かっているからだ。

 だからこそ余計に恐怖を刺激される。人が最も恐れるのは未知だという話もある。何をされるか分からないと言うのは覚悟の決めようが無い。


 古参――五年も戦場で生きているとそう呼ばれてしまう――の間ではまことしやかに囁かれている一つの噂がある。ASIDが人を攫うのは生殖に利用するためだと。そんなおぞましい事を言い出したのが誰なのかリサは知らない。笑い飛ばしたくなるような噂だが、有り得ないとは言えない。化け物の苗床にされる。それは女性である身としては想像するのも怖気が走る。


 死んでたまるかとリサは吐き捨てる。こんな所で無残に骸を晒すために戦い抜いてきたわけではない。ましてや化け物の繁殖に利用される気も無い。それと同時に僅かに後方を走るエルザもこの死地から生かして帰したいと心の底から思う。それがどれだけの幸運を手繰り寄せた結果得られる物なのかは重々承知している。


 それは人として素晴らしいとさえ言える貴い考え。だが戦場では最も不要な邪魔な考えだった。この死地に、余分をする贅沢など有り得ない。思考に意識を割いていた結果、反応が遅れた。


『隊長!』

「っ!」


 後方から大きく弧を描いて飛びかかってくるASID。別段目新しい行動ではない。落ち着いて避ければそれはむしろ反撃のチャンスですらある。だが避けれなかった場合、それは非常に危険な攻撃だ。十分な速度と質量による突撃。それは機体に大きな損傷を刻むことは確実だ。

 その致命傷を避けるためにリサは咄嗟に機体が保持していたスナイパーライフルを盾にする。スナイパーライフルは銃身を歪ませて取り落としたが代わりに機体は大きく体勢を崩し、地面に背中を付けたがほぼ無傷だ。


 尤も、この状況で体勢を崩すと言う事がどれだけ致命的な失態かは言うまでもない。


 転がるようにして圧し掛かりながら襲ってくるASIDの攻撃を躱す。だが元々アシッドフレームはそう上手く転がれるような形状をしていない。瞬く間に追い詰められた。頭部の代わりにあるセンサー類が集中した箇所を思いっきり殴られる。通信系がダウンした。エルザの顔が消え、声が聞こえなくなった。


 なのにカメラは鮮明に目の前の光景をリサに送り届ける。まるで念願の御馳走を前にしたようにASIDがその口蓋を開ける姿を。機械的な外見に反してそこだけは妙に生々しい。

 ASIDの口は一種の捕獲器官だ。通じているのは消化器系ではなく、ケージの様な部分。とは言えそれが何かの慰めになるわけでもない。捕獲されるにせよ、ここで死ぬにせよ、人の世界に帰れないと言う点だけは確かなのだから。


 最早これまでかとあきらめの境地でリサはその口を開けたASIDが近寄ってくるのを見つめる。どうせ見るならばこんな化け物の顔よりも可愛い部下の顔の方が良いと悪態を吐きながら。そしてせめてこの隙にエルザが遠くまで逃げてくれればいいと願いつつ。


『隊長!』


 聞こえないはずの部下の声がリサの耳に聞こえたのは幻聴か――だが恐らくはそう叫びながらエルザのアシッドフレームはリサを捕獲しようとしていたASIDを横合いからの体当たりで弾き飛ばす。


(何て、無茶を)


 だがその行動がリサの命運を繋いだことは確かだ。心中で礼を述べながら機体を起こす。銃身の曲がったスナイパーライフルは最早武器としては役に立たないので捨てていく。ハンドサインで逃走を継続すると指示を出そうとして気付いてしまった。


 今の体当たりでエルザのアシッドフレームの脚部は損傷を深くしていた。そこに追い打ちをかける様に弾かれたASIDが拳を振り下ろす。膝の辺りから潰れる。誰が見ても走る事はおろか立つことすらままならないのは明白だ。


 エルザにも機体状況が分かったのだろう。ハンドサインをリサに見えるように示す。


『先に行け』


 それは事実上の自分を見捨てろと言う宣言に他ならない。

 幸運なのだろうか。リサにはそのハンドサインに対して決断を――即ち、見捨てるから助けるかを迫られる事は無かった。先の一体に続いて次々とASIDがエルザの機体に飛びかかる。そしてその度に機体は大きく変形していく。二度、三度と凹みが作られながらコクピットブロックが完全に圧潰するのを見る事となった。


 完全な手遅れ。どうあがいても助けられない状態を眼にしてリサも留まる愚を犯さない。猛烈な自己嫌悪で自分を絞殺したくなりながらもその場から更に離れる。ASIDは嬉々としてエルザのアシッドフレームに群がっている。今ならば距離を稼げるかもしれない。


 只管に機体を走らせる。共にここまで走ってきた仲間の骸を回収する余裕も無い。どころかそれを囮にしなくてはいけない事実にリサは涙を一筋流す。

 そして目印も何もない荒野を走り続けて、辛うじて生きていたレーダーが反応を捉える。前方に何かがいる。だがこんなところに人間はいない。何か反応があるとしたら一つしかない。ASIDだ。


 後方の反応を確認する。先ほどの出来事で距離は稼げている。この正面の一体をやり過ごせればまだ逃げる事は出来る。――それが死を引き伸ばすだけの物だと理解していても歩みを止める事は出来ない。

 エルザを、部下を犠牲にしてまで生き延びたのだ。例え確率が限りなく零に近くとも生き延びる為の努力を怠る事は許すことが出来ない。


 腰にマウントした鈍器と刃物の中間の様な長剣型の武器を手に取る。製造の手間と戦場での利便性を考えるとこの形状が最も適しているのだ。長持ちするのが素晴らしい。これで一撃を加えて怯んだすきに離脱する。それ以外に手は無い。交錯は一瞬だ。僅かでも足止めをされたら後続に追いつかれ蹂躙されるだろう。


 勝機は一瞬しか無い。


 そうして走っている間に目の前の地面から腕が生えた。それを起点に地面から這い出るようにして人型が表れる。

 頭部があった。人と同じ四肢があった。そんな存在はASIDしかいない。だがしかし今しがた土の中から現れたと言うのに純白の装甲を持っていた。その装甲には複雑な……まるで回路の様に溝が刻まれている。後方から追ってくる統一感のあるASIDとは明らかに違う。その様な特殊な形状を持つASIDをリサは知っていた。


 後方にいるASIDはノーマルタイプや通常型と呼ばれている。尤もスタンダードな形だ。量産、と言っていいのだろうか。とにかく数が多い。対してその上位型。決まった形を持たず、しかし強大な力を持ったASID。それらを総称してジェネラルタイプと呼ぶ。


 リサに取って絶望的なのはそのジェネラルタイプは通常のASIDの五十倍、強力な物ならば二百倍以上の戦力を持っている事である。当然、通常型と互角のアシッドフレーム単騎で抗し得る存在ではない。本来ならば一体を数十から百数機のアシッドフレームで取り囲まなければいけない存在だ。


 心が絶望に蝕まれていくのを感じた。折れそうになる精神をどうにか理性で必死に支える。


 唯一の幸いはそのサイズは通常型と大差が無いと言う事だ。どれだけ戦闘力があったとしても物理法則には抗えない。リサの基本方針に変更は無い。一撃離脱。まだ向こうは体勢を整えているとは言えない。相手がこちらを捉えるよりも早く一撃を加えればまだ逃げ切れる可能性はあるとリサは判断した。


「そうだ、諦めてたまるか。ボクは、まだ……!」


 死ねないと、決意を込めて目前に迫るジェネラルタイプを睨みつける。リサが狙うは頭部。生き物としての本能なのか或いはもう一つの理由を理解しているのか、ASIDは頭部への攻撃には敏感だ。この一撃で倒れろと祈りながら機体は長剣を振るう。


 生死を賭けた一閃。刀身が側頭部に迫っていく。当たると、リサは死中に活を見出したような心地になる。その刃が頭部を横薙ぎにする寸前。相手の姿が消えた。外れた。否、外されたのだ。そう理解するのは一瞬。純白の固体は身を屈ませて振るわれた刃を躱した。そして当然それで終わりにはならない。即座に反撃がくるだろう。攻撃を終えた後のリサの機体はすぐさま防御に移れる体制ではない。

 やられる。リサはそう直感した。純白の人型は沈み込んだ体勢から一気に力を解放しようと更にたわむ。来ると思った瞬間には既に白い影は過ぎ去っていた。


「……え?」


 ◆ ◆ ◆


 地面を突き破った誠を最初に迎えたのは棍棒なのか刃物なのかよく分からない物を振りかぶっている頭部の無い人型だった。


「あぶね!」


 咄嗟の行動だった。突然の攻撃に驚きながらも体は良く動く。操縦桿を弾く様に動かし機体を大きく沈み込ませる。誠は半ば無意識に反撃をしようとしたところで電子音声がそれを制止した。


《警告。人類勢力への攻撃は例外事項を除き当機では不可能である》

「え? これ味方なの?」


 いきなり攻撃されたのだから敵だと彼は早とちりしたが、冷静に相手の立場で考えると逃走中にいきなり逃げ道を塞ぐように現れた相手だ。向こうも敵だと思っているだろうという結論に達した。

 だがこれが味方だと言うのならば残る答えは明快だ。ヴィクティムが数えたのは十五。うち一は消失。一は味方。ならば――。


「あの後ろの連中は全部敵って事で良いんだよな!」

《肯定。残り十三は全てASIDである》


 沈み込んだ体勢からの跳躍に近い疾走。灰色の大地を削るようにしてヴィクティムは前進する。誠の操作に一片の淀みも無い。先ほどのヴィクティムが言っていた操縦方法を転写すると言うのはこういう事なのかと誠は納得する。


 知らず口元が釣り上がっていた。これが現実、とすぐさま呑み込めるほど想像たくましくは無い。だが人型ロボット何て言うロマンを自分の手足の様に動かせる。それは快感としか形容できない。ヴィクティムの言葉が真実ならば今ほんの数分前に人が一人死んでいる。そんな状態で不謹慎だと自分でも思うが――笑みを止められない。訳の分からない世界にいると言う不安よりも今はその高揚が勝る。


 灰色の大地を一歩踏み込む。機体が大きく加速した。二歩踏み込む。最高速度に到達する。その勢いのまま先頭のASIDを思いっきり殴り飛ばす。金属片を撒き散らしながら顔を大きく凹ませて吹き飛んでいく姿を見て誠は笑みを深くする。その熱気に水を差すようにヴィクティムが警告を発した。


《格闘戦は機体フレームへの損傷が大きいため非推奨。搭載兵装の使用を推奨》

「使える物は?」

《使用可能兵装表示》


 そう言ってモニターの一角に使用可能兵装のリストが表示される。ずらりと表示されてはいるのだが、その大半の文字は暗転していた。その事をヴィクティムが弁明する。


《出力不足の為一部兵装が使用不可能》

「一部って言うか大半だけどな!」


 出力不足っておかしいだろ、と誠は悪態を吐く。千体? その倍でも余裕だしとヴィクティムは豪語していたが、それも疑わしくなってきた。いや、疑惑という点に関してはこの機体ワザとなのかそう言う性格? なのかは判別が付かないが今のところ見事に誠の求める答えからずれた回答を返してきているので疑惑しかないとも言えるのだが。


「こんなので本当に二千体余裕なのかよ」

《提言。当機が十全の性能を発揮した場合に限定と申し上げました》


 言葉のマジックだな、とこんな時だが溜息を吐く。まとめてしまうと理由は分からないが今は万全とは言い難い状態の様だ。だが剣となり盾となると言ったのだから勝てない状況ならば制止してくれるはずだ。それでも不安になって誠は短く尋ねる。


「十三体は大丈夫だよな?」

《問題なし。現状出力で対処可能》


 なら今は良いと割り切る。リストの中で数少ない暗転していない文字の武装名を見つめる。瞬間、頭の中にその兵装の扱い方が浮かんで来た。操縦方法が頭の中に書き込まれているのは便利な物だと誠は思う。マニュアル要らずの超技術に感嘆の息を漏らすしかない。理屈はさっぱり分からないが、この技術を使えば世の中から勉強という物が不要になるのでは無いかとさえ思う。


「エーテルダガー展開!」

《了解。エーテルダガー展開》


 命令と同時にヴィクティムの掌から光が伸びる。腕の倍ほどまで伸びたところで光は止まった。ダガーという名から想像できるように近接格闘兵装だ。一体この光が何なのかまでは誠にも分からなかったが。だがその刀身は短剣(ダガー)と言うには長い。十分なリーチを持った武器だ。


 両掌から一本ずつ伸びた光の刃を垂れ下げるようにして構える。その先端が地面を掠めて炙るように地面に傷跡を刻んでいく。その隙だらけの姿を見て好機と踏んだのか三体のASIDがそれぞれ別の方向から迫っていく。本能だろうか、或いは経験か。そうする事が最も獲物をしとめやすい狩りの形だと分かっているように。


 今ここにいるASIDの姿は全員変わったところは無い。灰色の人型。鈍い鉄の輝きを宿す装甲は最小限に。一瞥しただけでも鈍重さよりも機敏さを感じさせるフォルム。生物で形容するのならば一番近いのはナマケモノだろうか。長い腕が特徴的だ。指先からは鋭い爪が伸びそれが武器としての役目を果たしている。


 一体が正面からその爪先を揃えて左腕で突きを繰り出す。右からは右爪を振り下ろし、左側のASIDはやや離れた位置で目に当たる部分のカメラがヴィクティムの一挙一動を見逃さぬように監視している。


 特筆すべきは正面からの突きだろう。元々長めの腕が更に伸びる。伸縮機構が仕組まれていたのだろう。その伸びは迎え撃とうとしていた誠の目算を狂わせるには十分な物だ。切っ先がヴィクティムの腹部を狙う。そここそがコクピット。機体を動かす最重要区画だと分かっているように真っ直ぐ。


 だがそれが届くよりも早くヴィクティムの左腕が動いた。鏡写しの様に左腕による突き。違うのはヴィクティムは半身になって爪先を躱しているのに対し、ASIDの腹部には深々とエーテルダガーが突き刺さっている所だ。一瞬痙攣したように動いた後、ASIDの眼から輝きが消えた。


「まず一つ!」


 それと並行するように右腕も振るわれていた。下から真っ直ぐに振り上げられた右腕。その掌から伸びるエーテルダガーが振り下ろされる右腕を肩口から切り落とす。まるで金属を擦れ合わせた様な不快な叫び声が灰色の大地の上に響いた。


 二体のASIDを迎撃した直後の僅かな間隙。捌き切ったと心が緩む一瞬。それこそが最大の隙だと言う様に左側のASIDが動いた。ヴィクティムは半身になって左腕の突きをしたままの姿勢だ。つまり左側に完全に背を向けている。更にエーテルダガーはASIDに突き刺さったままであり左腕は容易に動かす事も出来ない。心理的物理的な二重の隙。それを感じ取り躊躇なく襲い掛かる姿は野獣のそれと変わらない。


 勝利を確信したのか、やはり金属質な甲高い鳴き声をあげる。後続の九体のASIDも歓喜の鳴き声をあげて一種の合唱状態になる。その状況下でヴィクティムは、誠が取った行動はエーテルダガーを消す事。音も無く光の刃が消えた。それによって支えられていた正面のASIDの死骸は自らを立たせる力も無く前のめりに倒れていく。それを邪魔だとでも言う様にヴィクティムは身体を回転させながら右足で蹴り飛ばす。左側から襲い掛かるASIDの方に向けて。


 同族を切り裂くことには抵抗を覚えるのか単純にその身体が障害となっただけか、ASIDの行動が一秒にも満たない時間停滞する。そしてその隙を誠も見逃さなかった。エーテルダガーを再展開。貫いたASIDごと右腕のエーテルダガーで袈裟切りにする。まるで抵抗も無かったかのように振り切られた刃。そして一拍おいてから斬られた事に気付いたかのように斜めに分かたれた胴体が滑り落ちる。


「二つ目!」

《格闘戦は――》

「分かってる、よ!」


 叫びながら誠は操縦桿を思いっきり前に倒す。実際の所、この操縦桿はイメージを伝達するためのインタフェースであり、動かすことに雰囲気以上の意味は何もないのだがそこは勢いである。その勢いに後押しされるようにヴィクティムは残っていた最後の一体のASIDの頭を掴む。そのままエーテルダガーを展開し頭を串刺しにした。

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