第六話 偽りの名


 こんな所で、こんな呆気なく終わるのか──そう覚悟した瞬間。視界を眩い光が遮り次の瞬間には、アルフレッドの振り下ろした剣は俺に届くことはなく、横から割り込んだ両刃の両手剣ロングソードに阻まれていた。


「興が過ぎるぞ、オルトレイン卿──」

「……ヴァーミリオン──」


 十字騎士クルセイダーの刃を阻んだのは、王国騎士団騎士団長──聖騎士パラディン【レインズロット・ヴァーミリオン】の白刃だった。


 二つの刃が火花を散らしながら拮抗している。


「騒がしいと来てみれば……どういう経緯か説明してもらうか、オルトレイン卿。事と次第によっては貴公であっても例外は無いぞ──」


 レインズロットは静かに告げる。


「ふん──たとえ聖騎士パラディンであっても、貴殿には関係……」


 何かを悟ったのか、アルフレッドの言葉は途中で途切れ、一旦距離をとった。


「そうか……関係あるのだな……いいや、貴殿が無関係であるはずがない……あってならないのだ……」


 震えるような声を発しながら、アルフレッドは己の剣の切先をレインズロットへ向ける。


「さぁ、答えてもらおう団長閣下! 奴は何処だ、のローランドは!──」


 アルフレッドは、叫ぶような口調でそう告げた。三人の間を徐々に静寂が支配していく。


「ロー……ランド……?」

「……」


 レインズロットは答えない。アイツはいったい誰の事を言っているのか──


「答えろレインズ! ローランドは何処にいる!」

「……」


 いいや、本当は誰なのかは分かっている──俺は、認めたくないだけだ──


 ──裏切り者のローランドロラン──


「死んだよ──」

「……何?──」


 レインズロットはその固く閉じていた口をようやく開いた。アルフレッドの動揺は、兜越しにも感じ取れる。


「はっ──貴様も虚言吐きとはな……大方、二人で口裏でも合わせているのだろう? 奴がそう簡単に死ぬことなどありは──」

「ローランドは死んだ。魔族に敗れ、彼が看取った──」


 アルフレッドの言葉を遮るようにレインズロットが言葉を被せる。


 アルフレッドは無言のまま、真実を確かめるようにこちらへ視線を向けてくる。威圧感にも似たその視線を、俺は受け止めることが出来ず目をそらしてしまう。


「聞け、オルトレイン卿。確かにローランドは強かったが、彼の身体は──」

「──けるな──」


 今度は、レインズロットの言葉をアルフレッドが拒む。


「ふざけるな……ふざけるな! 剣聖セイバーがそう簡単にくたばるものか! 剣聖は最強なのだ! 最強でなければならない!!──」


 怒りでその身体を振るわせながら、アルフレッドはさらに叫ぶ。


「その者が看取ったと言ったな? その場に居合わせたのなら、貴様が奴の足を引っ張ったのだろう? そうに違いない! そうで無ければ、魔族如きに遅れを取るなどありえない!──」


 そう言って、再び剣先を俺に向ける──


「……殺したな──」

「っ──」


 その剣先と視線から感じられるそれは、俺の背筋を凍らせた。


 ──殺気──


 明確な敵意と殺意が俺に向かって放たれる。


「貴様が殺したなあああ!──」


 アルフレッドは叫びながら、これまでにないほどの速さで襲いかかってくる。その威圧感はそのまま恐怖となり、俺の身体は氷漬けにされたように冷たくなり、身動きができないでいた。


「く──怒りを納めろ、オルトレイン卿!──」


 すかさず、レインズロットが間に割って入り、アルフレッドの豪剣を受け止める。刃がぶつかる瞬間に生じた衝撃が、レインズロットの紫の外套マントをひるがえす。


「落ち着け、オルトレイン卿! 私の話を最後まで聞──」

「黙れ! コイツが奴の名を汚した! コイツが奴の剣を貶めた! 私には、コイツを裁く権利がある! オルトレインであるこの私が!──」


 アルフレッドはさらに力を込め、レインズロットの剣を徐々に押し返す。


「ぐ──アルフレッド!──」

「そこを退けええええええ!!──」


 レインズロットはさらに押される。剣自体は競り合ったままだが、身体ごとこちらに近付いてくる。


「聞け! アルフレッド。アイツがお前に剣を教えたのは、こんなことをさせるためではない! 思い出せ! お前は何のために剣を取ったのだ!──」


 アルフレッドの進撃は止まらない。レインズロットは押されながらも言葉を続ける。


「──!──」


 その言葉の瞬間、激昂していた十字騎士の動きがピタリと止まった。レインズロットは、俺のすぐ近くのところまで押されていた。そのせいで、さっきの言葉をただの聞き間違いだと断じる事ができなかった。


(え──今なんて……)


 確かにレインズロットは、彼の事をと呼んだ。目の前の騎士をの名前で呼んだのだ──


「……だ──」


 十字騎士が兜の中で何かをつぶやく。その瞬間、鎧の周りで黒いいなずまが明滅した。


「私の名前はだ!──」


 そう叫んだ直後、俺とレインズロットはまるで見えない壁に阻まれるかのように押し飛ばされた。


「ちぃ──」

「ぐ──な、なんだ今のは?!」


 無様に地に伏す俺を護るように、レインズロットは前に出て剣を構える。対する十字騎士はその身に黒い電を纏わせながら佇んでいる。


「我が名は、アルフレッド・オルトレイン! オルトレイン家当主にして、王国騎士団十字騎士クルセイダーが一柱! それ以外の何者でもない!──」


 そう叫ぶと同時に、黒い電がほとばしり、蛇のように床を走る。レインズロットの構えがさらに引き締まる。その緊張感に呼吸するのも忘れてしまいそうになる。


「退けレインズロット、これが最後の警告だ。退かぬというのなら、たとえ聖騎士パラディンであろうとも容赦はしない──」


 静かに最後の警告を告げるアルフレッドとは対照的にその身に纏う電は激昂しているように激しさを増す。


 相対するレインズロットは、構えていた剣をゆっくりと引き絞るように脇腹に寄せて水平に構え、右足を後ろに下げながら剣先をアルフレッドへ向ける。



 ──抜剣──



 そう静かに唱えた瞬間、レインズロットの両手剣ロングソードは眩い光を放ち始める。


「私は、ローランドから彼等を託された。アイツに代わり彼等を護る義務がある。それは、たとえ相手が誰であろうと例外は無い」


 しばしの沈黙のあと、アルフレッドが剣を高く頭上に掲げる。


「そうか……ならば、死ね──」


 今度は掲げた剣から黒い電が現れ、激しく暴れ始める。


 ──祖は森羅を統べ理を成す者 地を砕き空を狩る万象の覇者 その片鱗を我に与えよ この身この魂の全霊をもって祖を纏い 害ある全てを粉砕せん──


 ──光を灯せ我がつるぎ その光は最果てに至る その輝きは生命いのちを照らし その瞬きは希望いのちを与え あまねく邪悪を討ち祓わん──


 レインズロットの剣から放たれる光は、時に鋭く、時に緩やかにその形を変えながらその輝きを増していく。対するアルフレッドの黒電は自分の体を中心にして螺旋を描くように舞い踊っていた。


 黒い電と白い光。その鱗片が両者の間でせめぎ合ってる。演習場を崩壊させるのではないかと思わせるような衝撃怒り衝撃信念が空気を震わせ壁を軋ませる。


 ──魔装──


 ──煌け極光──


 互いの光が収束していく。次の瞬間には必殺とも呼べる一撃が衝突する。そうなればこの部屋は勿論、ここにいる全員タダでは済まない。


 次の瞬間──両者の間に一本の直刀サーベルが突き刺さり、激しい紫電を辺りに撒き散らした。


「っ!? この剣は──」

「トラフォード卿か──っ!?」


 二人の視線の先には、赤い長髪をなびかせながら歩く騎士と金色のローブを纏った老人が杖をつきながらゆっくりとその後ろを歩いていた。


「陛下の御前です。二人共落ち着きなさい」


 赤髪の騎士が口を開く。その容姿は女のように麗しく見えるが、その声は低く、落ち着き払ったその声音は男のそれだった。


 その言葉を聞いた二人は剣を下げ、その場に跪く。


 金色の老人は喋ることはなく、ただその場に佇んでいるだけだった。


(あの人が……王様──)


 背は曲がり顔はシワだらけながらも、その存在感は先程まで激しい闘いをしていた二人の騎士に引けを取らないものだった。


 老人がちらりとコチラを見るが、すぐさま視線を赤髪の騎士に向ける。その視線に答えるように赤髪の騎士は一歩前に出る。


「以降の闘いはこの私、王国騎士団十字騎士クルセイダー、スレイン・トラフォードが預かります。これは陛下の勅命です。異論は認めません──」


 部屋中に響き渡るように赤髪の騎士【スレイン】は静かに告げる。跪いている二人はさらに頭を下げる。


「御心のままに──」

「……御心の、ままに──」


 それを聞いた国王は、身を翻し部屋の扉付近に控えていた赤い服を着た近衛と共にその場を後にした。そしてしばしの静寂のあと、スレインが口を開く。


「よろしい。では、お二人には後ほど遣いを送ります。それまでは私闘は禁じます。よろしいですね?──」

「心得ている──」


 レインズロットはすぐさま答えて立ち上がるが、アルフレッドはそのままだった。


「オルトレイン卿? あなたも異論ありませんね?」

「……チッ──分かっている──」


 アルフレッドも渋々といった具合で立ち上がり、俺に視線を向けた。睨みつけるような威圧感が突き刺さってくる。


「命拾いしたな──」


 それだけ口にして足早に立ち去ってしまった。


「全く、レインズロットともあろう方が、まさか霊核まで使おうとするなんて、熱くなるにも程があります。いくら私であっても──」


 この場の張り詰めていた空気が解けたことにより、俺の緊張の糸も切れ、足下がおぼつかなくなる。赤髪の騎士がなにやら喋っていたがそれすらも次第に聞こえなくなり、意識が遠くなっていく──


「っ!? タクマ! しっかりしろタクマ!──」


 倒れそうになるところをレインズロットに受け止められたところで、視界も意識も真っ黒になった──

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