第五話 十字騎士【後編】


 ──屋内演習場──


「さぁ、どこからでもかかってくるがいい──」


 そう告げた十字騎士クルセイダー【アルフレッド・オルトレイン】はその得物、幅広の両手剣バスタードソードを肩にかついだ。そのまま動く気配は無い。その姿勢で俺の剣を受けるつもりなのだろう。


(舐めやがって──)


 剣を両手で持ち、勢いよく床を蹴る。徐々に距離が近くなっても動く気配は微塵もない。


「はあっ!──」


 突進の勢いも乗せるように、頭の上から全力で振り下ろす。アルフレッドは最小の動きだけで肩の剣を水平に構えて受け止める姿勢を取る。


 いくらなんでも舐め過ぎだ。こちらは全力で振り下ろしている。それだけで受け止められるはずもない。これなら二撃目で相手の剣を払い飛ばして積みだ。


 両者の剣が激しい音を立ててぶつかり合う──


「何っ!?──」


 全力で振り下ろした俺の剣は、見事に受け止められていた。身体一つ動くこともなく、剣と腕の力のみでコチラの全力を受けきっていた。その後どれだけ押してもビクともしない。


「この程度か……はっ!──」

「っ!?──」


 アルフレッドが受けた姿勢のまま横薙ぎに剣を振るう。単純な動作のはずなのに、それだけで剣を払いのけられ後ろに数歩後退させられた。


「……次は私だな。覚悟しろ!──」


 空いていた間合いをすぐさま縮め、さっきの剣を下から繰り出してくる。


「くそ……ぐっ!?──」


 あまりの速さに驚き少し遅れての対応になったがまだ許容内だ。剣で受け流そうとしたが剣が交差した瞬間、凄まじい衝撃が全身を襲った。想像を絶する剣の重さに対応しきれず、腕ごと剣を上に打ち払われる。


「スキだらけだ──」

「カッ──ハッ──」


 無防備な胴体に向けて、アルフレッドの右脚が叩き込まれ、その勢いのまま蹴り飛ばされた。強烈な打撃で呼吸が一瞬止まり、受け身もできずに床を転がる。


(痛──な、なんだ……この重い攻撃は──)


「なんだ、もう息が上がっているではないか。最初の威勢はどこへいった?」

「はぁ──はぁ……くっ……そ……」


 未だ二回だ。二回しか剣を交えていない。なのに俺の息は上がり、身体は痛みに悲鳴をあげ、立ち上がることすらままならない。アルフレッドとの実力の差は、天と地ほどにかけ離れていた。


「かかってこないのならば──」

「くっ──」


 そう言いながら突進してくる。距離を詰められるほどに増していく威圧感に耐えながら、剣を構えて防御の姿勢を取る。


「こちらから行かせてもらおうか! はっ!──」


 飛び上がり、迫り来る勢いをそのまま剣に乗せ、俺を頭から真っ二つにするように上から振り下ろしてくる。それを横に向けた両手剣で受け止める。


「ぐ──」


 アルフレッドの攻撃には、鋭く正確な印象は感じられない。どれも一般的な、言ってしまえば俺とそう大差はない。だがこの男の剣は、その見た目からは想像出来ないほどに重いのだ。背丈でいえば俺よりも少し低い、鎧の形からして、そこまで筋肉質な体つきでもない。だが一撃一撃の重さはレンゾウに匹敵、もしくはそれ以上の代物だ。運が悪ければ俺も一撃目で終わっていた。


 初撃の勢いはうまく殺せている。それでも尚、力で押し負けている。少しでも力を抜けばそのまま頭から真っ二つは間違いない。


(くそ──これが──)


 だがこのままでは体力のみが削られてしまう。なんとかして脱出するしかない。


「ぐっ……っ!──」


 剣を斜めにしてアルフレッドの剣を滑らせるようにして逸らし、逆の方向へと身体を逃がす。滑り落ちた豪剣は、床の石畳を叩き割る。


(これが……十字騎士クルセイダー──)


「その程度では、私には勝てんぞ? 蛮勇騎士よ。それに──」


 アルフレッドは、剣を引き抜いた。その剣は幅広の両手剣バスタードソードだ。それを軽々と一本で操っている。


「これでも加減しているのだがな……やはり人では相手にならんな」

「くそ──」


 すると、アルフレッドは剣を床に突き立て杖のようにして両手を添える、最初の頃に見た姿勢に戻った。


 他を寄せ付けることのない圧倒的な力と速さ、アルフレッドのソレは、超人的な身体能力という言葉だけでは説明がつかない。


 外見からは予測できない腕力、全身に鎧を纏っていても損なわれることのない速さ、これらを可能にできる手段があるとすれば一つだけだ。それは──


「これが……魔法か……多分、いや間違いなく土属性だ……」


 性質までは予測できないが、おそらくレンゾウと同じような肉体強化のようなものだろう。でなければ説明がつかない。


「ほう……幾らかは頭が回るらしい。いかにも、私の属性は『土』、そして重さを自由に操ることが出来る。これで納得したか?」


 予想した通りだった。自分の属性の知識だけでは予測すらできなかった。ミラーやヒザマルに感謝しなければならない。


「そういえば──」


 アルフレッドが何かを思い出したかのように口を開いた。


「貴様はと呼ばれているそうだな?」

「……それが、どうした……」


 こいつも騎士団にいて、俺を探していたとするなら知っていてもおかしくはない。今まであまり気にもとめていなかったが、今回ばかりは苛立ちを覚えてしまう。


「その力、私に使ってみるがいい。と称させるほどの力ならば、私に傷の一つでも付けられるかもしれんぞ?」


 嘲笑うかのような挑発の言葉が獅子の兜との中から発せられる。


 俺たちの使う魔法は、他の者達に比べて遥かに強力だ。それ故にと呼ばれているのだ。いくら十字騎士クルセイダーといってもやはり彼等も人間だ。魔法への資質なら軍配は俺達に傾くはず。しかし──


「死んでも知らねぇぞ……」

「いいから早くしろ。私はそう気は長くはない──」


 それだけ答えてまた微動だにせず、待ち構えている。避ける気もないようだ。それを見ただけで、頭に血が上っていくのが自分でもわかる。


(畜生……なら、全力でやってやる──)


 剣を左に持ち替え、左腕で支えるようにして右腕の下に添える。掌をアルフレッドへと向ける。


 ──焔よ、荒れ狂う灼熱の劫炎よ、我が言霊をその身に宿し、全てを喰らう龍と成れ──


 詠唱と同時に、身体の周囲を紅い粒子が舞い始め、掌の先へと集まりその形を焔へと変えていく。


 この魔法なら攻撃力も高い。それにあの鎧だ。致命傷とはならなくてもそれに近い痛手になるはずだ。今の俺にできる魔法の中では上位に位置する魔法だ。それを完全詠唱で解き放つ──


 ──焔龍咆哮ドラゴン・フレア!──


 名を告げると同時に、荒れ狂う波のような火炎が放射状に広がりながら正面に立つアルフレッドに襲いかかる。その炎は瞬く間に、辺り一面に炎の海を作り出した。


「はぁ……はぁ……これなら、さすがに……」


 踊り狂う炎の隙間からはアルフレッドの姿は見えないが、これ程の炎の中で平然としていられる訳はない。もし、もし万が一立っていられるのだとしたら、それはもう人間の範疇を大きく越えている。


 未だ揺らめく炎の中からアルフレッドが出てくる気配はなかった。これならば勝負も決しただろう。


「……この炎、どうやって消せば……っ?!──」


 俺の力を侮りすぎていたとはいえ、この炎の中からは助け出さなければならない。その算段を立てようとしていた矢先、目の前の景色に変化が生まれた。


 今まで不規則に揺れていた炎が一つの場所へ渦を巻くように吸い込まれていく。先程まで場所へ──


「……中々に悪くない炎だ。魔族相手であれば、十や二十など消し炭にしてしまえる威力だ。だが──」


 炎の中から聞こえてきた声の直後、激しい突風が吹き荒れる。吸い込まれた炎が辺りの残り火と共に霧散していく。


「──私には子供の火遊びにしか見えないがな」


 目の前に、先程と全く同じ姿勢で佇んでいる、アルフレッドの姿があった。


「な──に──」


 目の前の光景をただ見つめることしか出来なかった。いったい何が起きたのか、頭の回転が追いつかない。


「……そろそろ終わりにするか──」


 そう言ってアルフレッドは、突き立てていた剣に手を伸ばす。


「っ!?──」


 あの剣を引き抜かれれば終わりだ──そう認識した俺の身体は、殆ど無意識のうちに、右手の掌を手刀の形へと変えていた。


 ──魔焔甲弾フレイムマグナム──


 反射的に魔法で迎撃していた。無詠唱により即座に形成された螺旋の弾丸は、一直線にアルフレッドへと向かう。


 ──騒嵐の礼装テンペスト・ドレス!──


 アルフレッドは素早く剣を抜き、その剣の腹を盾替わりにして甲弾を受け止める。剣と甲弾が激しくぶつかり合っているように見えたが、よく見れば剣を覆っている別の何かと甲弾が衝突し、互いに譲らず拮抗していた。


「は!──」


 アルフレッドはすぐさま両手で剣を持ち、薙ぎ払うようにして甲弾を自身の後ろへと弾いていなした。弾かれた甲弾は後ろの壁へと直撃し、爆発とともにその壁を爆砕させた。


「い……今のは──」


 聞き間違いではなかった。今のは間違いなく『風』属性の魔法だ。その身を風の障壁で覆う防御の魔法──騒嵐の礼装テンペスト・ドレス──


 本来なら、一人の人間が操れる属性は一つだけだ。複数の性質を使いこなす熟練者はいるが、それでも数少ない。ましてや二属性使用など、いよいよ常識では考えられない。


「なんで二つも……っ!?──」


 理解の出来ない光景を目の当たりにして動揺している中、目の前の騎士の行動によって、俺の心はさらに揺らぎはじめた。


 アルフレッドは剣を構える。肘の上に剣を乗せて切先をこちらに向けて突撃体制に入っている。かつての英雄が用いた絶対攻勢の対人剣技──王の型ウォーデン──


 俺がロランから教わった剣技だ。てっきりコレ王の型は、王都の騎士なら誰でも使うものだと思っていたがこの王都に来てから、誰一人として見せることのなかったその構えを、目の前の男が使っている。


「なんで──」


 コチラの事情など構うはずもなく、アルフレッドはそのまま突撃してくる。


「っ!?──」


 迫り来るアルフレッドの威圧感に押され、反射的に剣を構えた。


 両手で剣を持ち、身体に寄せるようにして垂直に構える防御の型。最小の手数で敵を打ち倒す反攻の刃──賢者の型ヴァンガード──


「──っ?! 何故だ!──」


 動揺した声を上げながら、アルフレッドは刺突を放つ。だがその攻撃には、今までのような鋭さはなく、その剣先からも動揺しているのがうかがえる。


 その刺突を横に動いて回避する。さらにこちらの動きを追いかけるように鋭さの戻った斬撃が飛んでくる。


 その剣閃も、身を屈めてやり過ごす。魔法で強化されたあの重撃だ。まともに受けることは出来ない。


「何故だっ!──」


 アルフレッドはすぐさま、片手から両手へと持ち替えて、すぐさま斬り返してくる。


「くそっ──っ!?──」


 あまりの速さに避けられず剣で受けてしまったが、先ほどのような重さは無かった。感じるのは剣の重さと、目の前の騎士の憤りだった。


「何故だ……なぜ貴様がその剣を扱える!? その構えは──」


 アルフレッドの動揺がこの剣からも伝わってくる。心なしか剣も鈍い。このスキは逃せない。反撃に転じるならここしかない──


「──せぃ! だぁ!──」


 揺らぐ剣を打ち返し、すかさず兜に向けて振り下ろす。アルフレッドも持ち直して、剣で受け止める。


「それはこっちの台詞だ……二属性魔法なんて聞いたことねぇよ……」


 二つの剣が音を立てながらぶつかり合う中、目の前の騎士は兜の中で不敵に笑う。


「ふん──言ったであろう? 格の違いを教えてやると!──」


 その言葉の後、アルフレッドの右腕の篭手が茶色の粒子を帯び始めた。


 ──爆砕岩槍グレイブ・ランス!──


 魔法名を告げた直後、右腕の粒子は俺の足元へと向かいさらに輝きを増した。


(しまっ!?──)


 すかさず後ろに飛び退く、その直後に二本の岩の槍が俺の身体があった場所を貫く。間一髪で回避できたが、今度はその岩槍が爆発し、破片が身体中を襲う。


「ぐ──」


 空中では破片までは避けられない。だが、休む間もなく、今度はアルフレッドの左の篭手が緑の粒子に包まれながらこちらに伸びる。


 ──風の重檻エア・プレッシャー──


「ぐ──はっ?!──」


 その言葉の瞬間、空中にあった俺の身体に突如として重圧がのしかかり、床へと叩きつけられる。


「貴様は……どこまでも私の神経を逆撫でするようだ……」

「ぐ──いったい……何の話──」


 未だ重檻に囚われ身動きの取れない俺に、アルフレッドはゆっくりと近づいてくる


「決めたぞ──」


 アルフレッドは剣を高く掲げる──


「貴様はここで殺す──」

「な──に!?──」


 自分の耳を疑ったが、目の前で今にも振り下ろされようとする剣が、俺の聞き違いを否定する。


「我ら十字騎士クルセイダーは、国王陛下に忠誠を誓った王国の要、その私に歯向かったのだ。これ即ち王への叛逆と同義、大人しく裁きを受けるがいい──」


 アルフレッドの声は冷たく突き刺さる。


「さらば……愚かな騎士よ──」


 アルフレッドは最後に短く告げ、頭上で輝く白刃を、容赦なく俺へと振り下ろす──



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