第四話 十字騎士【前編】



 ──王国騎士団隊舎大食堂──


「おはよう、リエラ」

「おはようございます、タクマ」


 朝の大食堂、いつもの場所で一人朝食を取るリエラの向かい側に座る。


「……タクマ」

「ん……何?」


 座るなり、食事の手を止めて俺の顔をしばらく見つめていたリエラが少し困った様な表情で話しかけてきた。


「首飾り、まだ見つかってないんですね……」

「え!? なんで分かるの?……」

「顔に書いてありますよ? 落ち込んてる時はすぐ顔に出るんですから、見ればわかります」


 すると、今度は微笑み混じりに言葉を返し、食事を再開する。


 俺は、プリメーラ婦人の所へ行ったあの日にロランの形見である首飾りを何処かで失くしてしまった。あの石畳の小さな広場で手に広げた後、懐に収めたはずだったのだが、宿舎に帰りついた時にはあるはずの所に無かったのだ。あの後は急いで市場へと行くことしか頭になく、路地をすり抜け、塀を飛び越え、ありとあらゆる近道を通り、一心不乱に駆け抜けていたため、その時の記憶も曖昧だ。


「聞いて回ったりもしたけど、誰も見てないって……」

「そうですか……小さくても目立ちますからね、あの宝石……誰かがもう拾っていてもおかしくは無いかもしれませんね」


 あれから三日、暇を見つけては街に出て探し回り、巡回中の騎士にも聞いて回ったりもしたが、成果は皆無だった。リエラの言う通り、もう他の誰かの手に渡っているのかもしれない。


「私は今日は街の巡回なので、私も探してみますね」

「あぁ、ありがとう。頼むよ……」

「あまり落ち込まないで下さいね。それじゃあ、お先に──」


 朝食を終えたリエラは大食堂を後にする。俺も早く食べて任務までに少しでも探す時間を作ろうと残りを早々に食べ終え、自室へと向かう。



 ✱✱✱


 今日の任務は、王都周辺の巡回だ。王都周辺では殆ど魔族はおろか魔獣すらお目にかかることは滅多にないのだが、やらないわけにはいかない。自室で装備を身に纏う。胸当て篭手と脛当て機動力重視で最小限の防具だが、革製から鋼へと変わった。しかし見た目は、少し小綺麗になった盗賊と言っても差し支えないかもしれない。


「よしっ! 行くか──」


 身支度を整え部屋の扉を開けると、目の前に黒と黄色の帯を巻いた人が立っていた。


「どこへだね?」

「っ!?──」


 さっきの声が聞こえていた事に少し恥ずかしくなりながらも、その人物を見る。そこに居たのは、ことある事に言わがらせを仕向けてくるソルベ教官長だった。


「教官長……何か御用でしょうか? 生憎今日は都外の巡回任務があるので急いでいるのですが……」

「貴様の任務は別の者に任せた。今から私に付いて来なさい」


 また何か仕向けてくるのかと、少し警戒していたがソルベの表情はいつもとは違い、緊張しているのが分かる。その表情を見ると断ることも出来ず。淡々と歩く後ろをついていく。


「あの……どちらへ?──」

「いいから黙ってついて来い……だが、これだけは言っておこう……今回、用があるのは私ではない。別の御方だ……」

「別の?──」


 聞こうとしたが、俺の問いかけを拒否するかのようにソルベの足が速くなった。


 ✱✱✱


 ──屋内演習場前──


「この中でお待ちだ。入りたまえ──」


 そう言ってソルベは反転し立ち去ろうとする。まるで、早くこの場から立ち去りたいと言わんばかりに──


「え、ちょっと! いったい誰が──」

「会えばわかる──」


 答えることはなく、そのまま立ち去ってしまった。


 ソルベのあの対応には少しばかり驚いた。いったいどんな人物がこの扉の向こうに居るのだろうか、少々怖いが、ここまで来てしまったのだから仕方がない。待っているというのだから、会わなければならないだろう。


 両開きの扉に手をかけ、ゆっくりと開けて中へと入る。


 そこには、白亜の鎧をその身にまとった騎士が立っていた。


 動きの妨げにならぬように装備者の身体を護る鎧と、獅子の顔を模した兜を被り、剣の柄に両手を添え、杖のようにして自身の前に突き立てている。


「……来たな……」


 兜の奥からくぐもった声が発せられる。獅子の顔だけがこちらを向く。


 煌びやかな装飾は無いが、その鎧が上質なものであるのは俺にも分かった。俺達下級騎士とは違う。ソルベのような上位騎士でもこのような装備を持っている者はいない。


「我が名はアルフレッド。王国騎士団十字騎士クルセイダーが一柱、アルフレッド・オルトレインである」


 ──十字騎士クルセイダー──


 王国騎士団の中で、圧倒的な力を有した四人の騎士の総称だ。その力は上位騎士を遥かに凌駕すると聞いている。そんな人物のうちの一人が、いったい俺に何の用があるのだろうか。


「貴様に聞きたい事がある──」


 そう言ってアルフレッドは柄から片手を離して、掲げる様にを見せつけた。


「──っ!? ソレは!?──」


 アルフレッドの手からつり下がるソレは、俺が数日前に失くしてしまったロランの首飾りだった。


「貴様、コレを探して回っているのだろう?」


 どうして彼がソレを持っているのかを考えている中、アルフレッドは立て続けに言葉を続ける。


「コレを何処で手に入れた?──」


 鋭く、俺の身体を貫くような声音だった。その一言で、まるで蛇に睨まれた蛙のように全身が固まってしまう。


「答えろ!──」

「っ!?──」


 しびれを切らしたのか、獅子の咆哮のような叫びが部屋中に響き渡る。アルフレッドは身動きせず、俺の返答を待っている。無言のまま、威圧感は徐々に増していく。


「……預かり物です。俺の物って訳ではありません」


 震えそうになるのをこらえながら、そう答える。するとアルフレッドは掲げていた腕をようやく下ろした。


「これが貴様の物では無い事など最初から分かっている。私は、コレをのか聞いているのだ。預かったなどという虚言、次は許さんぞ──」

「な……嘘なんて!──」

「であれば、コレが何なのか貴様は知っているのか?」


 その問に答えられずに黙っていると、アルフレッドは再度突きつけるようにして首飾りをかざす。


「コレは証だ。我らが騎士団最強の剣士たる剣聖セイバーのみが持つのを許される物だ。貴様のような凡庸な者が持っていて良いものではない!──」

「っ!?──」


 騎士団最強──その言葉が一番衝撃だった。ロランが強いというのは分かっていた。きっと騎士団にいた時も名の知れた人物であったのは予想していた。そしてそれは、聖騎士パラディンレインズロットとも旧知の仲であったことにより確かなものとなった。


 分からないのは、何故王国最強の剣士があんな辺境の街いたのか。そして何故、王国最強とも呼ばれるほどの剣士が、魔族に敗れてしまったのか──


「どうやったかは知らんが、うまく盗んだものだ。王国最強も大したことは無いということか……な男だ──」


 俺の動揺などお構い無しに、アルフレッドはあざ笑っているかのような口調でそう口にした。


「返してくれ──」

「……何?」


 口早に、白亜の騎士へ告げる。気が付けば身体の震えも、心の動揺も消えていた。目の前の男が何を考えているのかは分からないし、興味もない。俺のこと盗賊呼ばわりしたことも聞き捨てならないがそれ以上に、恩人ロランを貶むような事はたとえ誰であっても見過ごすことなど俺にはできない。


「その首飾りがどんな物なのかはよく分かった。確かに俺が持っていて良い物じゃない。だがそれはアンタも同じだ。アンタも強いんだろうが、じゃないんだろ?」

「貴様……」


 その声から、今まで以上の怒りが感じ取れた。その威圧感に気圧されそうになるが、それに耐えながら言葉を続ける。


「それに……それに、あの人はなんかじゃない!──訂正してもらおう、アルフレッド・オルトレイン!」

「……」


 アルフレッドはしばらく黙り込んだ後、鎧の裏に首飾りをしまった。


「下級騎士如きが、誰に向かって言っているのか分かっていないようだな──」


 そう言ってアルフレッドは、杖にしていた剣を片手でゆっくりと鞘から白刃を抜き放つ。


「私は模造の剣は嫌いでな……幸い、貴様も得物を持っている……ならば!──」


 そして勢いよく、剣の切先を俺に向かって突きつける。


「そんなに返して欲しければ、この私から勝ち取るがいい! 勝てば私も言を正そう。まぁ、そんな事が出来るはずもないだろうがな──」

「くっ……」


 剣を交えるまでもなく、相手が格上なのはこれまでのやり取りで十分過ぎるほどに理解してしまっている。最強ではないにしても、相手は王国屈指の騎士だ。万に一つの勝ち目もないかもしれない。


(それでも──)


 ゆっくりと己の得物に手をかけ、勢いよく抜剣し、正面に構える。


「……やってやるさ──」


 そんな俺の姿を見た十字騎士は剣を構え、不敵な笑みを浮かべている──ような気がした。


「いいだろう……かかって来るがいい! 蛮勇をかざすおろかな騎士よ! 格の違いというものを教えてやろう!──」

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