第二話 選択と変化
──王国騎士団隊舎大食堂──
「はい! タッくん、お待たせ!」
「ありがとう、ユーリア」
厨房と食堂を隔てる腰壁越しに今日の夕食を受け取る。
「ホントなら、ゆっくり食べてほしいんだけど……そういう訳にはいかないんだよね……」
水色の髪の少女──の様に幼さの残る女性【ユーリア】が少し悲しそうな表情を向けてくる。
俺達十一人のうち九人は、騎士団へと入隊を果たした。残った二人のうちの一人がユーリアだ。
戦闘能力皆無の彼女は、自分の得意とする料理を活かすために、この隊舎の食堂へと赴きその腕を存分に奮っている。騎士団隊舎の大食堂ではあるが利用者は少なかったが、彼女が来てからは日に日に利用者が増えている。その為、最初は拠り所としていた大食堂も隅へと追いやられてしまっている。
「あ、レンくんとカナデちゃんはもう来てるから、いつもの所ね」
ユーリアは悲しげな表情を振り払うように首を降り、コチラに笑顔を向けてそう告げた。
「分かった──」
短く答えて食堂内へと視線を向ける。まだ人気も少なく、大きな卓が並ぶ広い空間が更に広く感じてしまう広間の片隅、外からの光も差し込まない薄暗い卓に二つの影がそこにあった。
近づく俺達に気が付いて、茶色い瞳が俺に向けられ、肩まで伸びた黒髪が少しだけ揺れる。
「こんばんは、タクマくん」
彼女の名は【カナデ】
光属性の魔法を使い、治癒を得意とする
「こんばんは。カナデもレンゾウも、今日は早いね」
「うん……特にやることもなかったから……」
ゆっくりとした口調でそう答えた大柄の青年が【レンゾウ】
その体躯に見合わず丁寧な剣さばきと、見た目以上の怪力を能力として得た、豪快かつ実直が持ち味の剣士として名前が広まりつつある。
二人の向かい側の席に座り食事に手をつけ始める。相変わらず美味しそうな食事は、俺達の数少ない楽しみの一つとなっている。
「さっきねー。またあの嫌味教官がタクマに返り討ちにあってたんだよ!」
「リサ、声が大きいですよ。食事中は静かに」
「はーい」
少し楽しそうな声音で喋りながら俺の隣に座ったロングポニーの細身の少女【リサ】とその隣に蒼い髪を静かに揺らしながら【リエラ】が座った。
二人共、風の属性魔法を得意としているが、使い方が全く違う。
リサはその運動神経を活かして、射撃型の魔法を至近距離で使う。おまけに、どうやっているのか知らないが、彼女は空が飛べる。リエラも教えて欲しいと言っていたが、どうやら教えてくれないらしい。
対するリエラは、攻撃から防御に至るまで、幅広い風属性魔法を習得している。能力なら誰よりも優秀な
そして、俺達四人には共通して、他の一部の団員から影でこう呼ばれている──
──悪魔の子──
本来であるなら魔法は、資質持つものが魔導石を用いて初めて使うことの出来る貴重な能力だ。だが、俺達は魔導石無しでの魔法の行使ができる。それを騎士団の、特に上位にいる者達が俺達を忌み嫌ってる。
「おや、皆さんお揃いみたいですね」
思い思いに食事と会話をしていた所に声を掛けられる。その声の主は眼鏡で夕陽を反射させながらゆっくりとコチラに近づいてくる。
「マコト……」
「お元気そうで何よりです、タクマ」
「どの口がそれを言うんですかっ!──」
「リエラ、いいから」
落ち着いた口調のマコトと、それとは対照的に怒りをあらわにするリエラ。それを制してマコトに視線を向ける。
「で、何か用か? お前からコッチに来るなんてめずらしい……」
「ええ、少しお話がありまして……」
そう言って長机の隅の席へと腰を落とした。
水色の髪と眼鏡をかけた青年【マコト】水属性の魔法を使いこなし、常に冷静沈着な頭脳派の
彼も、俺たちと同じく魔導石無しで魔法が使える。本来なら俺達のように嫌がらせを受けていても不思議はないが、彼にはそれが無い。何故なら、俺達が悪魔の子だと呼ばれるようになった原因は彼にあるからだ。
「私達を売って出世までして、まだ何かしようというのですか……」
リエラはまだ怒りを納めていない。このことに関して、彼女は相当怒っている。
「それで、話って?」
リエラの代わりにマコトの話を促す。
「ええ、北壁への遠征が決まりました」
「北壁……」
マコトの真剣な声音を聞いて、思わず声に出てしまった。
この大陸の北側、魔族の本拠地とされているヴァリス山脈を見張るべく、東西に長い壁を作るように現在も建設が進められている大砦──クルムベラ砦──通称【北壁】
魔族の進行を監視し食い止める戦いの最前線だ。騎士団の大勢力が常に駐留し、昼夜を問わない戦いが行われていると聞いたことがある。
「いつから?」
「数日のうちには出発します。小隊を指揮することが決まっています。ダリルとザック、あとピットも同行します」
流石に、コネだけで
「それを報告しにわざわざ来たのか?」
「それもありますが、それともう一つ要件が──」
そう言ってマコトは、カナデへと視線を向けた。
「カナデさん。貴女を私の隊の
「えっ、私!?──」
正面にいるカナデはマコトの方を向いている。その横顔からでも驚いているのが分かった。
「危険です! 何故カナデなのですか!? 他にも治癒術師ならいるはずでしょう!」
リエラの意見は正しい。実戦経験もないカナデに頼む理由が、俺達には分からなかった。
「理由は簡単ですよ。貴方たちの立場の改善です──」
「自分で貶めておいてよくもっ!──」
「リエラ、食事中は静かにって私に言ったじゃない、落ち着いて、ね?」
リサがリエラをなだめようとするが、あまり効果がないようだ。
「なんでカナデなんだ? 俺やレンゾウなら、目立った手柄だって取れる可能性もあるかもしれない。それじゃダメなのか?」
リサに座らされるリエラを見ながら、マコトに聞き返す。マコトが何故カナデを選んだのか、いまいち理解できない。
「ええ、目に見えた手柄など簡単に横取りされます。ですが治癒術師の力ならどうです? 命を救う力は簡単に真似はできません。恩を売るというと聞こえは悪いですが、確実にその実力を広めることができます」
「……」
確かに可能かもしれないが、俺は押し黙ることしか出来なかった。
最初に目をつけられたのはカナデだった。突発的な事故で怪我をした団員を治癒した事で、俺達の秘密が広まり、
「だとしても、危険すぎる。俺も一緒に──」
「分かった──私、ついて行くよ」
カナデが俺の言葉を遮りながら落ち着いた口調で言い放つ。
「カナデ!? 正気ですか!? いくらなんでも危険すぎます。同行なんて……」
「うん。大丈夫じゃないかもしれない。でも、私の力は治すためにあるの……救う為に、あるの──」
「カナデ……」
悲しそうな表情を浮かべるリエラへ微笑みかけてから、カナデは俺に向き直る。
「だから私……行くよ──」
その力のこもった瞳を見てしまっては、これ以上彼女に何を言っても引き下がってはくれないだろう。それほどの決意が感じられた。
リアドの街には見たことの無いカナデの姿が目の前にあった。
「話は決まりましたね──」
マコトは、後日改めてカナデに声を掛けると言い残してこの場を立ち去っていった──
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