第一話 王都の現状
──大陸暦七〇三年十月 騎士団訓練場──
「はぁ……はぁ……くっ──」
息を整える暇もなく、正面から剣が降り掛かってくる。その剣を一歩横へズレながら避ける。その流れを利用して、相手の背中へと回って背中を蹴り飛ばす。
「っ!? このぉ!──」
それを見ていた他の男が、勢いよくこちらに突進しながら剣を突き立てようとしてくる。
「はっ!──」
「なにっ!? ぐっ──」
男の刺突を木剣で横一閃、相手の剣を横に弾き飛ばす。そしてすれ違いざまに男の首へと木剣を滑り込ませて、一気に振り抜き転倒させる。
「もらったァ!──」
二人目を沈黙させた直後、背後から三人目が襲いかかってくる。剣を振り迎え撃つ余裕は無かった。このままでは直撃する。
「っ!──」
迫り来る木剣に、横から左拳を叩き込む──
──
拳と剣がぶつかりあった瞬間、小さな爆発が起こる。木剣は中ほどで折れ、目の前の男は唖然とした表情をしている。その顔に木剣を突きつける。
「俺の勝ちだ」
「く、くそ……」
目の前の男は、悔しさで顔を歪ませながら俺を睨みつける。
「き、貴様ら! 三対一だぞ! 何を手加減しておるのだ!──」
遠くから俺達の闘いを見ていた男が、こちらに近づいてくる。その声には怒りの色が伺える。その男は、青と白を基調とした騎士団の装束の上から黄色と黒の帯を肩から架けている。
【ソルベ・イソム教官長】
ルクス王国騎士団に所属している
時折、訓練と称しての嫌がらせの様なことをけしかけてくる。今回は、ソルベに同調する団員による三対一の模擬戦で、俺に惨めな思いをさせたかったのだろう。結果は俺が勝利する形となった訳だが、ソルベはまだ諦めてはいないようだ。憎いと言わんばかりの視線を容赦なく浴びせてくる。視線が交差しぶつかり合う。
「何をしている──」
睨み合いの途中、遠くから声がかけられた。濁りなく静かな、決して大きな声ではないのに遠くまでよく通る声だ。
声の聞こえた方向、王城のある中央方面から、一人の男がこちらに向かってきていた。青白の騎士装束に加えて、紫の
「だ、団長閣下!?──」
地面に座っていた三人はすぐさま立ち上がり、ソルベを含めた四人は姿勢を正して左腕を胸の前で水平に構える。この騎士団特有の敬礼だ。俺もそれに習い、目の前の団長閣下へと向き直る。
【レインズロット・ヴァーミリオン】
王国騎士団の騎士団長を務める男。歳不相応に若く見える顔立ちに鋭い紫の瞳を持ち、王の右腕と称されている。
「今は訓練の時間ではないはずだが?──」
騎士団長が静かに、ソルベへ問いかける。
「はっ! じ、実践を想定した訓練方法を彼らとともに模索しておりまして……剣技に秀でた彼にも協力を仰いだ次第にございます──」
口早にそう述べて、こちらに視線を向ける。嘘はついていない。俺をここに連れてきた理由は、訓練方法の模索の為だ。それが嫌がらせの表向きの理由だ。
「それで、成果はどうであった?──」
今度はレインズロットの視線がこちらに向けられた。真意をその紫眼で見定めようとしている。その視線に、首を縦に振り応えてみせる。
「そうか……」
レインズロットはソルベを見る。静かに真っ直ぐな視線を向けていた。
「せ、成果は十二分に得られました。こ、これにて失礼させていただきます! い、行くぞお前達!──」
ソルベはその視線に怖じけたのか、逃げるようにその場を離れようとしていた。それに続くように三人の騎士が俺の横を通り抜ける。
「……悪魔の子め……」
そのうちの一人が、すれ違いざまに小声でそう吐き捨てた。
この王都に来て、そして騎士団へと入隊して以来、一つの問題が俺達を苦しめていた。
俺達は
この世界で、俺達だけができる
✱✱✱
「タクマよ──」
「っ!?──はい! 何でしょうか、団長閣下──」
「そうかしこまる必要はない。それより、大事ないか?」
少し頬を緩めたかと思うとすぐさま戻して、俺に真っ直ぐな瞳を向けてくる。やはり事の真相は把握していたようだ。
「ええ、アレくらいなら問題ありません。あの人にしっかり鍛えられましたから」
「……そうか」
実のところ、剣術の腕はかなりのものになっていた。一騎打ちともなれば、俺達と渡り合える団員は数えるほどしか存在しない。実力だけならば、ロランの言う通り
彼は、この王都で数少ない俺達の理解者だ。何かと気にかけてくれているが、それが俺達への風当たりを強くしていることも否定できない。
「あの、レインズさん。さっきはありがとうございました」
まだお礼を言っていなかったのを思い出して、あわてて頭を下げた。
「良い。奴からお前達を預かったのだ。亡き友の思いに報いているだけだ。お前達は気にせず──」
「タクマー! 大丈夫ー!?──」
レインズロットの言葉を遮るように、快活な女の声がコチラへと届く。騎士団の装束を身にまとったリサとリエラがコチラに走ってきている。
それを見たレインズロットは王城の方角へと振り返った。
「迷わず進め──」
それだけ言い残して、立ち去っていく。
「タクマ! さっき嫌味教官とすれ違ったんだけど、もしかして何かされてた!?」
リサが長いポニーテールを揺らしながら身振り手振りを加えながら心配そうに声をかけてきた。その澄んだ灰色の瞳からもその色がうかがえる。
「大丈夫だよ。特別訓練受けてただけだから」
心配をかけないように、いつもと同じ口調で言ったつもりだったが、リサの後ろに控えていたリエラは怪訝な表情を浮かべ、その長く艶のある青髪をなびかせながら一歩前に出てリサの横に並ぶ。
「また……言われたんですね」
「……」
そう言って真っ直ぐと二つの蒼眼が俺を見据える。どうやらリエラにはお見通しらしい。ここ最近、リエラには心を読まれているのではないかと思う事が多い。それほど長くはない付き合いだが、これは彼女が真摯に仲間達と向き合っている証拠だろう。
「まぁ、いいです……それより、もうすぐ夕食の時間ですから、隊舎で一緒に食べましょう。ユーリアが待ってるはずですから──」
そう言って、リエラはリサを引き連れて騎士団隊舎へと向かって行った。
「もうそんな時間なのか──」
俺は西の空を仰いだ。傾いた緋色の太陽が空と街を同じ色に染め上げている。まだ生温い風が俺の周りをすり抜けていく。
「タクマー! 何してるんですか? 置いていきますよ──」
「ああ、すぐ行くよ──」
それだけ答え、二人のあとを小走りに追いかける。
王都へ来て既に三ヶ月、この世界に来てからは半年以上が経過していた。
俺達は、この世界の人間ではない。皆それぞれ別の世界、異なる時代で一度死んでいる者達だ。あの白い部屋で目覚め、最初に聞いた声は俺たちに言った。この世界に俺達が喚ばれたその目的は、邪悪なる者達を退けこの世界を救済する、世界救済の勇者として転生召喚されたのだと。
だが、今の俺達を取り巻く王都の現状は、勇者と呼ぶには程遠いものだった──
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