第二話 迷いの剣
──ブール山道西側──
「はぁ!──せいっ!──」
見えない敵目掛けて剣を振り、空を斬る。
こんな時くらいゆっくりしろと言われたが、気が付けば剣を取り素振りをしていた。昨日のレンゾウの決意に当てられたのかもしれない。
正午を過ぎ、日も徐々に傾いてきてもうじき空も茜色に染まる頃といった時間帯。俺達は山道入口近くで野営の準備を終えて、思い思いに過ごしていた──
「タッくーん!」
「ん?──」
振り返れば、ユリーアがコチラに歩み寄ってきていた。手には何やら抱えている。
「タッくん、これ味見してくれないかしら?」
「良いけど……これって、昨日の……」
手に抱えていたのものを受け取る。それは昨日の夜にリサから渡されたものと同じ見た目のものだった。しかし、今度はしっかりとした感触が返ってくる。
「このお芋ね、プルーマって言うんですって! 採れたものはとても固くて食べられないんだけど蒸すと柔らかくなって甘くなるの!」
「へぇ……そんなのがあったんだ」
少なくとも、リアドの街ではお目にかかった事は無い。昨日は葉で包まれているものかと思ったが、そういった模様の皮でそれをそのまま蒸した丸い形の芋のようだ。
「この辺りでしか採れないらしくて、王都の方に全部持って行っちゃうんですって。それで昨日少し分けて貰って試してみたんだけど、少し蒸す時間が長くなっちゃって……」
ユリーアは苦笑いを浮かべながら、自分用に持っていた蒸したプルーマを半分に割ってみせる。
「ね? 昨日よりも美味しそうじゃない?」
目を輝かせながら、コチラに意見を求めてくるが、正直暗闇の中でそこまで明確には見えていなかった。なので見た目だけで問われても反応に困ってしまう。
「とりあえず……いただきます──」
ユリーアにならうように半分に割り、今度はしっかりと頬張る。
「……お、こっちの方が俺は好きかな」
昨日ほどの甘さは無いが、歯に伝わるこの程よい固さが好ましい。
「そうなの? なら男の子はこっちの方が好みなのかしら……?」
「どうだろうね。でもこっちの方が夕飯向きな感じがするかな」
俺は料理にあまり知識がある訳では無いので、このような形でしか感想は返せない。だがそれでも十分だったらしい。
「うん! なら今夜はこれで決まりね。ありがとうタッくん」
ユリーアは満足したような笑顔を浮かべる。
「ねぇ、ちょっとだけお喋りしましょ?」
「え、いいけど? なんで?」
「なんとなく! えーと……あ!」
辺りを見回していたユリーアは、座りやすそうな場所を見つけてそこに座った。俺もその後に続いて隣に腰を下ろす。
「ここまで長かったけど大丈夫? タッくん達、疲れてたりしてないかしら?」
俺の顔色を見ようとユーリアが覗き込んでくる。
「大丈夫、いつもご飯が美味しいから問題なかったよ」
「そう? なら良かった……」
彼女はそう言って森の方を見つめる。
ユーリアには戦えるような力はない。俺と同じ赤色の
そんな彼女の瞳は、森よりも遥か遠く、どこか別の場所を見ているようにも見える。その様子は、幼く見える見た目には不釣り合いなほど大人びたものだった。
「あら? 何かしら、あれ──」
そう言って、ユーリアは森の方を指さした。その先には、一見何も無いように見えたが一瞬だけ何かが夕陽に照らされて輝き、コチラに向かって飛んできた──
「っ!? ユーリア!──」
「きゃあっ!?」
咄嗟に、ユーリアを守るように覆い被さる。しかし飛来してきたものはこちらに届くことなく手前に突き刺さる。
弓矢だ。森から俺達に向けて矢が放たれた。狙いこそ正確ではないものの、確実にこちらに向けられている。
「ユーリアはみんなの所に!──」
それだけ言い残し、素早く身を起こして矢が飛んできた方向へと向かって走り出す。
「ホントに居たのか──」
俺達がここで野営をしていたのにはいくつか理由がある。
その一つは、この前の大雨で第二中継地点であったピール村へと続く橋が落ちた事だ。それだけなら別の橋を探すことも出来たが、それだけではなく、そのプール村自体がなくなってしまっているらしい。その情報を持ってきた商隊の長ダンテの話だと、村には人の姿はなく荒れ果て、腐敗臭漂う死の村と化しているらしい。その為、王都への最短の道のりはこの山道しかなくなった。だが、ココにも問題がある。
この山道には、盗賊が出没するらしい。
「っ!?──」
再度、コチラに矢が放たれた。しかし、これも弱い。抜剣と共に矢を斬り伏せ、怯むことなく森へと突撃する。
森の茂みの向こう側に人影を捉える。恐らくコイツが射手だろう。何であれ、捕まえるのが最前だ。
「そこまでだ──っ!?」
茂みを飛び越えて剣を構える。
「あぁあ!? まって! 待ってくれ!」
その先に居たのは、思っていた盗賊の風貌とは違う、どちらかと言えば普通の村人と言った方が似合っている。
「な……え?……っ!?──」
状況が呑み込めないまま、剣を下ろそうした直後だった。背中に何かを突き付けられた。
「悪いな、大将。いくつか聞きたいことがあるんだ」
「……」
男の声だ。だがそれ以前に接近された事に全く気がつかなかった。目の前の光景に拍子抜けしてしまい、油断していたのも原因だろうが、この状況でも気配が薄く感じる。盗賊というよりも暗殺者の方が似合っているのではないだろうか。
「ジルさん……」
「悪ぃな兄ちゃん、手伝わせちまってよ。後は任せてくれりゃあいいから、逃げときな」
ジルという名前なのだろう。男は俺の背中越しに、弓を持っていた男に指示を出した。
「なぁに、心配しなくても俺の質問に答えてくれるだけでいいんだ。簡単だろ?」
そう言いながら、更に背中に押し付けてくるソレは、恐らく刃物だ。短剣か、それに類する物だろう。
「もし……答えなかったら?」
「ははっ──それ、聞かなくても分かるんじゃねぇの?」
男は短く笑い、更にその刃物に力を込めてきた。
──
森中に響き渡るような声の直後、背後を水柱が掠めていく。それと同時に背後の刃物の感覚も消えた。
「何やってるんですかあなたは」
「マコトか! 助かった!──」
茂みの方向からマコトが来ているのを素早く確認してから、さっきの攻撃を避けたジルという男に向き直る。口元を黒い布で覆い革製の防具を身につけた軽装、手には
「魔法使いまでいるのか、こりゃ参ったな……」
男は頭を掻きながら独り言のようなその言葉とは裏腹に、腰を落として戦闘態勢に入る。二対一でも問題ないということなのか、一直線に俺に向かって突進してくる。
「っ!?──」
男の短剣での刺突、鋭い点での攻撃が幾度となく手首目掛けて襲いかかってくる。
予想外の攻撃に動揺しながらも、間合いを保ちながら刺突をさばく。
「そりゃっ!──」
今度は足払いを加えながら、再度手首へと攻撃をしてくる。軽快な身のこなしで体術と剣術を巧みに合わせてくる。動きが止まらず、反撃する間が見つけられない。
「いい加減に!──」
何度目かも分からない足払いを躱して、手首へと迫る刺突を剣を振り上げる動作で回避してそのまま振り下ろす。狙いの定かではない大振りの動き、素早い相手には到底当たるはずもなく、難無く避けられてしまう。
男は距離を取り、コチラに目を向けていた。口元が分からないので表情もよくは分からない。
「……なんだ、大将アンタ……」
ジルと呼ばれていたその男は、一呼吸おいてから言葉を続けた。
「人を殺したこと無いのか?」
「な!?──」
いきなり投げかけられたその言葉を、一瞬理解することができなかった。
「そんな事、お前に分かるわけないだろ」
そう男に言い返すが、男は覆われていた布の上からでも分かるくらいに口元を歪めた。
「そりゃ分かるさ。当てる気のない剣なんて、殺したことがない証拠だ。そもそもそんな軽い剣、当たらねぇけどな」
男は更に口元を歪める。目の前にいる俺を嘲笑う様に。
「タクマ、これは挑発です。すこし冷静──」
「この野郎!──」
マコトの声など耳に入るはずもなく、男に斬り掛かる。しかしどれも当たることは無かった。
「殺す覚悟も無いのに、そんな物騒なもの振り回してっと──」
「うるさい!──」
男の言葉を断ち切るように、両手で剣を持ち、右から斜めに振り下ろす。男はこれも難無く躱しながら、俺の脇をくぐり抜ける。
「殺されても文句は言えねぇよな──」
その言葉とほぼ同時、左脇腹に
「っ!?──」
男はすぐさま刀剣を抜いた。あまりの激痛に思考もままならない。負傷した脇腹に手を当てることも出来ず、膝をついて倒れ込む。
「く……そ……」
最後に見た光景は、剣を構える盗賊の後姿とそれを迎え撃つ槍兵の姿だった──
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