第一話 決意の盾


 ──大陸暦七〇三年七月ボール街道──



 リアドの街を出てから五日が経過していた。


 荷馬車での長旅に慣れない俺達の体力は日々削られていった。動き続ける荷馬車の揺れは、俺達の体力を徐々に削り、なれない野宿で十分に休むことも出来ずにいた。


 そして、時折襲ってくる魔獣達が、なけなしの体力を更に奪っていく。


「はぁ!──」


 飛びかかってくる鉤爪を躱しながら、横に飛び退きながらの斬光一閃。目の前の魔獣の脚を両断する。


 "ガルスタ"──二足歩行の大型鳥類、大人並みの大きさと強靭なその脚で素早く大地を駆け回り、鋭い鉤爪で襲いかかってくる。

 鳥類とされているが、長い首の先には蜥蜴とかげのような顔をしており、身体には腕の代わりに不釣り合いな小さい翼を有しているだけなので、空を飛べるとは考えられていない。また、肉食で主に死肉を食べると言われている。


 ──爆裂魔槍バーンストライク!──


 掲げた左手の上に呼び出した焔槍を身動きの取れない"ガルスタ"へ向けて放ちトドメを刺す。


「はぁ……はぁ……はぁ──」


 全快であれば、この程度で呼吸を乱すようなことは無いのだが、慣れない環境で慣れない敵を相手にするだけでこんなにも苦戦を強いるとは思ってもいなかった。


 このガルスタ、本来なら大群で行動しているらしいのだが、今回は群れからはぐれたと思われる三羽だけで、俺とレンゾウ、そしてマコトが対峙している。もし大群で押し寄せてきていれば対処できなかったかもしれない。これは幸運と言っていいだろう。


 俺は剣で、マコトは魔法で動きを封じてからトドメを刺した。レンゾウはまだ苦戦を強いられていた。


 襲ってきた"ガルスタ"のうちの一羽は一際大きく、鉤爪とズラリと並んだ鋸のような歯を有し、更には巨体を用いた体当たりも使ってくるようで、レンゾウも負けずで防ぎながら応戦している。


 レンゾウの周りを旋回する様に走り回っていたガルスタが角度を変えてレンゾウへと突進していく。レンゾウは上下に伸びた騎士の盾カイトシールドを構えた。


 ガルスタはその強靭な脚を使い、レンゾウ目掛けて水平に飛び、その威力を乗せた体当たりを仕掛ける。レンゾウも受け止めようとするが、勢いに負けて後ろに弾かれるように体勢が崩れる。


 そこにすかさずガルスタの鉤爪が襲いかかってくる。レンゾウは体勢を持ち直しながらそれを盾で受け止め、ガルスタの巨体がレンゾウの盾の上に乗る形となった。

 ガルスタはそのまま押しつぶそうと、小さな翼を動かしながら体勢を維持して、レンゾウの盾を叩き続ける。


「レンゾウ!──」


 レンゾウの援護をしようと、剣を収めて右手を手刀の形に構えてガルスタに向ける。


 ──炎よ、敵を穿つ劫火の魔弾よ、その身に螺旋を纏い、万象貫く豪弾と成せ──


 手刀の先で、赤い粒子が螺旋を描きつつ収束していく。狙いを定めつつ、その瞬間を見定めていた。


「待って下さい──」


 横から静止する声がかかる。近づいてきたマコトが、俺の右腕を静かに下げさせ、出来上がっていた赤い豪弾は霧散していく。


「なっ!? どうして──」

「ここはレンゾウに任せましょう」

「だからってあれは流石に──」


 その爪をレンゾウに突き立てようと、ガルスタは未だ激しく盾を叩いている。レンゾウはそれを歯を食いしばりながら必死に耐えているが、次第に押され始めて膝をついた。


「マコト!」

「……」


 俺を静止させていた右手に力が入る。マコト自身も耐えているのだろう。だからこそ余計に、マコトの真意が掴めなかった。


「何で……」


 意図を探ろうと問いかける。マコトはしばらくの沈黙の後、戦うレンゾウを見据えながら、苦しげに口を開いた。


「これは、彼の意志です」

「それってどういう──」


 問いただそうとした直後、戦況が動いた。


 レンゾウを盾ごと潰しに行こうと大きく上へ飛び離れた瞬間を狙って、レンゾウが盾をガルスタの鉤爪に向けて押し出した。タイミングをズラされたガルスタは盾の上で慌てている。


「がぁあああ!──」


 レンゾウが咆哮しながら、ガルスタを振り払うように盾を薙ぐ。そして右手に持った、刀身長めの片手剣ブロードソードを、体勢を崩して落下してくるガルスタに向けて盾を構えながら体当たりする様に突き立てた。


「レンゾウ!──」


 ガルスタと共に倒れ込んだレンゾウに駆け寄る。外傷は特に見当たらなかった。ガルスタの爪は正確に盾で防いでいたのだろう。丁寧な剣さばきは、盾にも応用できるらしい。レンゾウはゆっくりと身体を起こして正座する様に腰を落とした。


「ご、ゴメンね。遅くて……」

「謝るとこじゃないだろう。凄かったよ、俺じゃ絶対に真似出来ない戦い方だ。それより、その盾と片手剣ってやっぱり──」


 レンゾウは俺の質問に答える前に左手に持った騎士の盾を撫でる。


「うん。ギャレットさんに盾の使い方を教えて貰ってて、それでこの前譲って貰ったんだ」

「ようやく様になってきましたね。最初とは全くの別人ですよ」


 マコトが眼鏡に手をかけ怪しく光らせながら会話に参加してくる。


「知ってたのか!? だから一人で戦わせたって事か」

「はい」


 マコトは短く答えた。実戦での経験は成長するには欠かせないものだ。得られるものは訓練のそれとは比べ物にならないとロランも言っていた。


「僕はノロマだから、大剣だと当てられなくてあんまり力になれてなかったから……だから今度は、この盾で皆を護れるようになるから──」


 そう言いながらレンゾウは立ち上がり、俺に真っ直ぐな茶色い瞳を向けてくる。


「僕も、強くなるから」


 力強くそう宣言した彼の瞳にも、強い決意を感じさせた。彼もまた、あの街で自身に足りないものを実感して、それを乗り越えるために鍛錬を重ね、前に進もうとしているのかもしれない。

 きっと他の皆にもそういった思いがあるかもしれない。

 だからこそ、新しい何かを探すために全員で王都へと向かっているのだ。


「タっくーん! マーくーん! レンくーん!」


 荷馬車からユーリアが大きな声で俺達を呼ぶ。


「最初の街はもうすぐなんですってー! 早く行きましょー」


 いつものように優しさ溢れる笑顔を振りまきながら手を振っている。その姿は少女な様でありながら聖母のような感覚すら覚える。全くもって不思議な感覚だった。


「ほら、急ぎますよ二人共。レディを待たせてはいけません──」


 マコトが足速に荷馬車へと駆け戻っていく。ユーリアが絡む事となると、マコトは途端に従順と化している。何かしら特別な感情でも抱いているのだろうか。


「俺達も行くか──」

「うん──」


 俺達もマコトに続いて、足速に戦場を後にした。




 ✱✱✱



 ──第一経由地点 ベール村──


 リアドの街から王都までには、二つの中継地点となる村で補給をしながらの長旅となる。その一つ目の中継地点、ベール村。


 ゆっくりと英気を養しないたい所だが、商隊の護衛の立場であっても宿に泊まるのもタダでは無い。モント伯爵の好意から路銀となる資金を、自警団として貢献したその報奨金という形で貰いはしたが、この先どうなるかは分からない。仲間達との議論の末、女性陣は村の中にある宿へと泊まり、男性陣は荷馬車の警護も含めて、荷台で寝ることとなった。この商隊の代表者であるあの恰幅の良い商人ダンテも快諾してくれた。毛布の差し入れもしてくれる気遣いには感謝してもしきれない。

 ちなみに、全員多少なりと持ち合わせはあるが、全体の財布の管理はリエラとユーリアが受け持っている。


 いくら村の中とはいえ、リアドの街のように高い城壁もないただの村だ。要人に越したことは無い。夜も深まり始めた中、二台の警護を二人体制で行っている。一人一台ずつ、荷台の中で来るかもしれない侵入者を待ち受ける。


 周囲が闇に包まれ、それと同時に、静寂が村全体を包んでいく。聞こえてくるのは、虫の小さな囁きのみ。


 その静寂の中に違和感を覚えた。隠すことなく地面踏みつける音がこちらに近づいてきていた。正確な数は分からないが複数であることは、不規則に聞こえる足音から推測できた。


 かなり夜も深まってきている。普通ならば起きている人間はいないだろう。だからここまで堂々と近寄ってくるのかと内心呆れながら、静かに剣へと手をかけた──


「誰か起きてるー?」

「なんだ……リサか……」


 荷台後ろの垂れ幕から現れたのは顔だけを覗かせたリサだった。彼女なら足音を隠す必要ないのも道理だ。緊張が一気に解け、一気に全身の筋肉が弛緩していく。


「なに? どしたの?」


 リサはキョトンとした表情で首を傾げる。彼女自身には何の罪もない。むしろ忍び足で近寄られた方が心臓には悪かったかもしれない。


「いいや、何でもないよ。リサこそ、夜中だけど何か用事?」

「あ、そうそう。ユーリアから差し入れ持ってきたよ。暖かいミルクと蒸した……芋?」


 何故か疑問形で差し出されたそれは、見るからに赤茶色の皮に覆われた芋そのものなのだが、手渡されたそれは予想外にも柔らかく、握りつぶせそうな程だった。彼女が疑問形になるのも分かる。



 それは手のひらに収まるくらいの大きさの球体で、皮だと思われるものは大きな樹木の葉のような手触りだ。一度潰したモノを再度球体状に丸めたのかもしれない。それならこの柔らかさも納得できそうだ。


「何これ……」

「ユーリアが台所借りて作ってて、芋って言ってたから持ってきたんだけど、何だろうねこれ……」


 聞いた本人も分からないらしい。これは後日ユーリアに直接聞くしかなさそうだ。

 手渡された球体を半分に割る。その中身は黄色く、割れた断面からはほのかに甘い匂いが漂ってくる。恐る恐る口を近づけて少しだけ齧り、しっかりと咀嚼してから飲み込む──


「……美味い」

「そうなの?……」


 リサが興味津々の眼差しで、俺の両手を占領していたそれを見つめていた。


「食べてみる?」

「……食べる」


 俺の手に残っていたもう半分を手に取り、一口頬張ると、一瞬にして平らげてしまった。余程気に入ったのだろう。

 中身はとても心地よい甘さだった。柔らかく、口の中にも残らない。二口目、さらにその次を口に入れても満遍なくその甘さを楽しめていた。


「これ、向こうの荷馬車にも渡すんじゃないの?」

「向こうはリエラが渡しに行ってるよ」

「そっか、あ、これ美味しかったってユーリアにも伝えてくれる?」

「うん。分かった」


 リサは元気に満ち溢れた子供のような笑顔で答える。この快活さは夜更けになっても健在のようだ。


「リサ……そろそろ帰りましょう」


 垂れ幕の向こうから、微かにリエラの声が聞こえてきた。彼女も役目を終えた様だ。


「じゃあ、おやすみ。頑張ってね──」


 そう言い残して垂れ幕の向こうへと消えていった。



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