夜明けの先へ
──大陸暦七〇三年七月リアドの街──
街の中にある墓地の片隅で、薄暗い闇に覆われた街を見渡す。吹き抜ける冷たい風が朝日を待つ街を優しく撫でていく。
多少の傷跡は未だに残っていはいるが、街もようやく落ち着きを取り戻しつつある。
あれから二十日が過ぎた。
西門は先日ようやく修復が完了した。街の中も、侵入してきたロックウルフの群れによる多大な被害を受けていたが今ではその影も薄い。
ゴブリン、ホブゴブリン、オークはマコト達の活躍によりすぐに倒すことができた。しかし、街中に侵入したロックウルフの数が多く、おまけに勢いを増した豪雨の影響もあり、その討伐を終える頃には街は夜闇に覆われ始めていた。
討伐総数は二十八頭。自警団員のそのほとんどが外に出払っていたために対処が遅れてしまい、今回の事件の被害の殆どがロックウルフによるものとなっていた。
家屋への被害は甚大、扉を破壊され家内を蹂躙された件数は二桁に及ぶ。
重軽傷者──、多数。街の医療施設の寝台はようやく空きが出始めたところだった。
死者──、一名。
目の前にある墓標の前で膝をついて、懐からあるモノを手に取る。
掌に収まる程の大きさの菱形の銀盤の中央に、七色に輝く小さな宝石が埋め込まれ、それを咥えるように獅子の意匠が刻まれている。
見れば見るほど惹き込まれてしまう。この獅子の意匠はとても精巧に造られている。さぞ名のある職人の手によって造られたというのが素人の目にも分かる。そして、一際俺の目を引きつけるのは中央で輝くこの宝石だ。小さくはあるが、目を凝らせばその中で、七つの光が螺旋を描くように旋回している。この世のものとは思えないほどに美しい光景だった。
「タクマ、もうすぐ出発します」
「……分かった」
背を向けたまま返事をして、服の内側にソレをしまってゆっくりと立ち上がる。
振り返れば、そこには艶のある長い青い髪を揺らし、悲しげな蒼い瞳をこちらに向けたリエラの姿があった。
「皆は?」
「もう荷馬車に集まっています。タクマが最後です」
最後にもう一度、墓標へと向き直る。
「じゃあ、行ってくる──」
そこに眠っている恩人に、最後の別れを告げて歩き始める。
俺の剣の師匠で、俺達の命の恩人で、この街の
✱✱✱
二人の間には会話はなく、早々に東門前に待機していた二台の荷馬車の元へ到着した。
そこには夜明け前にも関わらず、多くの住民が集まっていた。
「タクマ──」
群衆の中から抜け出し、コチラに近寄って来たのはギャレットだった。その背には盾は無く、代わりに彼の剣を腰に帯びていた。
「ギャレットさん。これって……」
「見送りくらいさせろとの事だ。荷馬車の中にいくつか餞別の品も載せてある」
「そんな……ありがとうございます」
落ち着きを取り戻したとはいえ、まだまだ元通りとは言えないはずだ。そんな中でもこうして集まってくれる。その優しさが胸の真ん中を優しく暖めてくれるかの様だった。
「それと、コレを──」
ギャレットは、懐から二つの封筒を手渡してきた。
「これは?」
「一つは推薦状だ。ロランが前から用意していた物だ、向こうに着いたら騎士団本部へと持っていけ、そうすれば
そう言って指さした封筒には、赤い蝋で封がされ、蝋の上には獅子の顔が
「それともう一つは、単に個人的なものだ。向こうに居る妻に渡してほしい。場所は表に書いているから確認してくれ。あと……中身は見るなよ?」
「大丈夫です。任せて下さい」
もう一つには何も印璽はされていなかった。これなら間違えることはないだろう。
「あの、ギャレットさん。コレなんですけど……」
ギャレットにロランから渡させた首飾りを見せた。
「これを、渡してくれって頼まれました。それでギャレットさんは、『アルフレイア』って名前はご存知ないですか?」
ギャレットはしばらく考えていた。ロランとの付き合いが長い彼ならば知っていると思っていたが、帰ってきた答えは全く別のものだった。
「いいや、私は聞き覚えがない名前だな。聞く限り女性の名前のようだが……すまない、私では力になれそうにない」
「奥さんとか、恋人とかでもないんですか?」
「ああ、違う。アイツは独り身だった。向こうに恋人がいるなんて事も無かったはずだ」
「そう……ですか」
手掛かりは何も無い。向こうで一から探す事になってしまった。
肩を落としていると、東門がゆっくりと開き始めていた。
「時間だな。タクマ、お前達の未来に幸運あらんことを──」
そう言って姿勢をただし、胸の前で右腕を水平に構えた。
「ギャレットさん達も元気で! 行ってきます──」
そう言い残し、速足に荷馬車の操舵席へと乗り込む。隣には
「兄ちゃん達、道中の護衛は任せたぜ!」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
西門が全開し、ゆっくりと荷馬車が動き始め、朝日の向こうへと進んでいく。
「タクマ様!──」
名前を呼ばれた方へと視線を向けると、そこには荷馬車と並走するカーシィの姿があった。
「タクマ様! コレを!──」
そう言って差し出された物を、身を乗り出しながら受け取る。それは色とりどりの糸で紡がれた彩やかな
「お守りです! どうか、どうかご無事で!──」
「ありがとう! カーシィも元気で! 行ってきます!──」
その言葉を最後に、彼女は立ち止まり深く深く一礼した。その姿が見えなくなるまで、カーシィはその姿勢を崩すことはしなかった。
✱✱✱
「兄ちゃん達も、行き先は俺らと一緒でいいんだよな?」
リアドの街を出てしばらく、もう後ろには見えない街の方を眺めていると、前を向きながら、商人が確認をするように聞いてくる。
この荷馬車は、道中二つの小さな街を経由しながら、大陸中央にあるこの世界で最も大きい都に向かう事になっている。そこが俺達の目的の地だ。
「はい。嫌と言われても最後まで付き合いますよ。行きましょう──」
まだ見ぬ景色に思いを馳せつつ、地平線の向こうに視線を送る。
「王都ルクセリアへ!──」
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