「勝手にやってろ──」

　それだけ言い残して、突進する。狙いはあのホブゴブリン、それ以外はどうでもいい。

　コチラの接近を感知して巨体を揺り起こしながら立ち上がる。そこである異常に気が付いた。

　先ほどゴブリンが乗っていた右肩と顔の右半分が黒く変色している。立ち上がってはいるが右腕は力なくぶら下がっている。

「チッ──」

　余りにも無残な姿となったホブゴブリンを目の当たりにして、苛立ちを隠せなくなってしまった。

　さっきの雷が原因だろう。狙いがゴブリンだったとはいえ、ホブゴブリンにも当たっていた様なものだ。そのダメージも小さくなかったのだろう。

　目の前の巨体が左腕を振りかざし、横から拳を奮ってくる。

　急停止して迫り来る剛腕を寸前でやり過ごす。

　元々動きは鈍かったが、今の攻撃は一際遅いものだった。いくら大きく強力であっても、当てることが出来なければ意味が無い。

　相手の間合いギリギリのところで拳を構えながら、相手の状態を観察する。

　使えない右腕は、肩からまったく動かせていない。黒く変色した顔の右半分から覗いている真っ白な眼球は、恐らくもう見えてはいないだろう。半身がほぼ使えない状況の為か、動きもぎこちない。

「興ざめだな。さっさっと終わらせる──」

　互いに万全の状態での一騎討ち（タイマン）を望んでいた。だがこれは余興でも、金持ち共の道楽（暇潰し）でも何でもない。人間（俺達）と魔族（奴等）との、紛れもない戦争だ。せめてこの手で仕留めてやろう。

　一度小さく息を吐き捨ててから全速で突進する。今の鈍重な動きしか出来ない奴ではこれには追いつけないだろう。呆気なく懐まで到達する。

　左腕を振りかぶり、全力でホブゴブリンの巨体を支える右膝を横から殴りつける。

　しかしそれだけで壊れるような身体ではなかった。打ち込んだ拳にも打撃の衝撃が幾らか返ってくる。だが今の俺の拳はこれだけでは終わらない。

　──死突（スティング）！──

　魔法名を声高に告げる。それに応えるように左腕に取り付けていた篭手（ガントレット）の一部が刃へと変形し、拳をぶつけていたホブゴブリンの右膝を貫く。

　コイツは確かに巨体を有している。しかし、その身体は見るからに不自然だった。

　隆起する程の強靭な筋肉を帯びた上半身とは裏腹に脚は短く、その上半身を支えるには到底至らないであろう細さだった。

　ホブゴブリンは崩れるようにその巨体を地面へと投げ出した。これで右半身はもう使えない。立ち上がる事も、身体を起こす事すら困難だろう。

　──死突（スティング）──

　右腕の篭手に刃を召喚して、すかさず口めがけて突き刺す。

　闘士としては不本意な決着の付け方だが、これが戦争というものだと理解はしているつもりだ。一瞬の油断が命取りとなる。

「……最悪な気分だ……」

　死体から離れて、淀んだ分厚い雲を見据えながら吐き捨てる。

　この空の景色は、あの時と同じものだった。あの闘争に満ちた（クソったれな）世界で俺が初めて苦渋を舐めたあの時と──

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。（ログインが必要です）

新規登録で充実の読書を

マイページ: 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる; 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める; フォローしたユーザーの活動を追える
通知: 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴: 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい