第十八話 一騎討ち【飛燕】
──
屋根の上を走りながら、前方を走るゴブリンに向かって魔法を放つ。しかし振り返ることなく横へ飛び避け、別の屋根へと飛び移る。
「もー! ちょこまかよく動くなぁ……」
これで避けられたのは通算七回目だ。いくらやってももう少しの所で避けられてしまう。
しかしそれ以上に不可解なことがあった。
「……測られたかな、これ──」
後を追い始めてからしばらく経つが、距離を一定に保たれている。
"
いくら速度を上げてもそれに合わせてゴブリンも逃げる脚を速めていく。
「うーん。どうしようかな──」
このままでは埒が明かない。走りながら打開策を考える──
真っ先に考えたのは、飛翔しての急接近だ。
私が空を飛べる事は、タクマ達やロランとその仲間しか知らず。街の住民はもちろん、近隣出身の自警団員達は知らない。
マコトから許可は貰ったものの、万が一にも目撃されて後で何か言われてしまうのは少し嫌だ。なので翔んだのは最初の一度きりだけだった。
「って言っても……ホントは自由に飛んでるわけじゃないんだけどね──っ!?」
ゴブリンが手元の魔導書を開くと、紅く煌めく粒子が飛び出し即座に赤黒い球体に収束してコチラに向かって放たれた。
「よっ──」
走る勢いを殺すことなく斜め上に跳び、宙返りしながら即座にそれを躱す。
後ろで爆発音がして、屋根瓦が瓦礫となって落ちていくのを視界の隅で確認する。
「やっぱりこれ以上撃たせちゃダメだ──」
早く終わらせないと街の被害が大きくなってしまう。自分の保身と街の安全、どちらが重要かなんて考えるまでもなかった。
意識を脚へと集中させて右脚で力強く屋根を蹴り、大きく跳躍する。
続いて左脚で何も無い空中を蹴り前方へと翔ぶ。
実際のところ、自由自在に飛行している訳では無かった。ただ緩急をつけたり、蹴る角度や回数を工夫して空中を飛び回っている様に見せているだけだ。
以前に、なぜ空が飛べるのかとリエラから問いただされたのだが、こればかりは説明することはできなかった。
羽根を持たない者に飛び方を教えても、自由に翔ぶことなんてできはしないのだから──
とはいえ、今の自分の身体にも羽根はない。
もっとも、自分達の過去の記憶の詮索は互いにしないという事になっているので、リエラにもこの事は話せていない。
更に空中を蹴り加速して、ゴブリンの真上に到達する。
「いい加減止まりなさい──ってうわぁ!?──」
真上に到達した直後、ゴブリンが魔法で攻撃してくる。赤黒い球体が一直線に襲いかかってくる。
すぐさま空中を蹴りそれを回避する。それと同時に空中で態勢を変えて、ゴブリンと対面するように屋根の上へと着地する。
「これでもう逃げられ──」
空中での態勢変更と着地地点の確認に気を取られすぎてゴブリンの動きまで把握していなかった。
視線を向けると目前まで球体が迫っていた。
すぐさま横に飛び退くが避けきれず、爆発に巻き込まれてしまう。爆発の衝撃と瓦礫の破片が身体を容赦なく叩く。
「痛っ……これ狙ってたのかなもしかして」
数回転がりながらも屋根の傾斜の上で持ち直す。身体のあちこちが痛むが動けないほどではない。
すぐさまゴブリンに視線を向けるが、魔導書を怪しく光らせながら魔法を放った直後だった。
「ってちょっと待っ──」
これも回避しようと身体を動かそうとするが、さっきの痛みが邪魔をして初動が遅れてしまう。結果、さっきと同じ様にギリギリでの回避になってしまった。
再度瓦礫と爆風に襲われ、屋根の上から吹き飛ばされて落下する。
(まずい──このままじゃ──)
瓦礫の当たりどころが悪かったのか、ダメージの蓄積なのか、身体が上手く動かせない。
(墜ちる──)
「リサ!──」
視界の隅で馬の上で両手を広げるリエラの姿を捉える。落下する私をその懐で受け止めるが、自身の身体を支えられずにそのまま落馬して地面を転がる。
「リサ! しっかりして、リサ!」
「ごめん。ありがとリエラ……」
起き上がったリエラに抱き抱えられて顔を覗かれる。彼女の美しいほどに整った顔立ちは、緊迫した表情をしているのにも関わらずそれでもなお美しい。
いつまでも見蕩れていたかったが、頭上の屋根の上に現れた影がそれを許さなかった。
「リエラ! 上!」
その言葉に弾かれるようにして、リエラは上を仰ぎ見る。
そこには再度魔法を放とうとするゴブリンが身を乗り出していた。
「させません!──」
──
凛と透き通った声を響かせながら、左手で空を斬る。
その瞬間、リエラの手によって斬られた大気が無影の刃へと姿を変えて、ゴブリンへと襲いかかる。
ゴブリンも赤黒い球体を顕現させていたところだった。あらゆる方向から襲いかかる風の刃の一部が球体に当たり、その場で爆発した。
「そうか──閃いた!」
「え、何ですか? 急に──」
今の光景のおかげで妙案を思いついた。これならアイツも倒せるかもしれない。
「リエラありがと! ちょこっと行ってくる!──」
「え、だからなんなんですか!?」
リエラの腕の中から抜け出して、すぐさま屋根の上まで跳躍する。
そこにはよろめきながら逃走を図ろうとするゴブリンの姿があった。
「もう逃がさないからね!──」
即座に突進して接近を試みる。ゴブリンも魔導書を開き魔法で応戦しようとする。
すかさず回避のために飛翔する。ゴブリンも視線で追いながら魔導書をこちらに向け続ける。
「まだまだ!──」
動きを悟られないように不規則に空中を蹴り進行方向を次々と変える。
ゴブリンも必死に追いかけてくるが、次第に反応しきれなくなる。球体は魔導書の上で浮遊したままだ。
──
ゴブリンの背後に回ったタイミングで魔法を放つ。
ゴブリンはそれを跳躍して躱しながら、身体を回転させてこちらに魔導書を向けようとしていた。
すぐさま空中を全力で蹴り、ゴブリンとの距離を詰める。
「これならどうだ!──」
振り返ったゴブリンの視線の先には既に私の姿は無く、代わりに真横で両手を構えている。
──
至近距離で風の砲弾を放つ。その砲弾の余波に当てられて、魔導書の上で浮いていた赤黒い球体も誘爆する。
二つの衝撃により、ゴブリンは三軒先の屋根まで吹き飛び激しく衝突する。
「終わった……?」
真下にあった屋根に着地して様子を伺う。遠目ではあるがゴブリンが動く気配はない。魔導書もさっきの爆発のお陰か、手には持っていないようだった。
安堵して大きく息を吐く。それと同時に、身体が一気に重たくなるのを感じてその場に座り込んでしまう。
「疲れたぁ〜お腹すいたァ〜」
「リサー? 無事ですかー?」
「うん! 倒したよー!」
リエラが軒下から声をかけてくる。さっきの爆音では心配するのも無理はないだろう。
「まだロックウルフが残っているはずです。上から探してくれませんか? 後、馬もお願いしますー!」
「わかったー!」
立ち上がり周囲を見回していると、黒い火柱が立ち昇り消えていくのを視界で捉えた。
「あの方向って……」
考えれば考えるほど、胸がざわついてくる。
屋根の上から自分の位置と西門、自警団宿舎の位置を再度確認する。
正確かどうかは分からないが、火柱の上がった辺りは、タクマがあの赤い魔族と戦っている場所に近いだろう。
「タクマ……」
頭上の分厚い雲が唸り、小ぶりの雨が落ち始める──
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