第十五話 一騎討ち【水撃】
門の前で倒れていたオーク達が時折揺らめきながら立ち上がる。
立ち上がった相手はオーク二体、ホブゴブリン一体、そして魔導書を持ったゴブリン一体の、計四体。
対するこちらも四人、これで数的には互角だが、依然として劣勢なのは明らかだ。
中央のホブゴブリンはどう見ても一人で倒すには荷が重いだろう。どうにかしてオークを各個撃破して取り囲んで倒したいところだが、それ以上に屋根の上のゴブリンが邪魔だ。あの魔導書を何とかして封じなければ話にならない。
「さて、今後の作戦ですけど。リサさんは屋根の上のゴブリンをお願いします。持っている魔導書は火属性です。恐らく
「分かった! 空は飛んでもいいんだよね?」
聞くまでもないが一応は聞いておこうとでも言うように、怪しげな笑みを浮かべて聞いてくる。
この状況で屋根の上にいるゴブリンと戦えるのは、空を飛ぶことの出来る彼女だけだ。それも本人は承知しているはず。
リサは準備運動をしながらこちらの返事を待っている。
「この状況ですからね、致し方ありません。まぁもっとも、こんな状況で上を見上げる余裕のある人なんていないでしょうから、見られる心配もないでしょう。存分にどう──」
「ありがと!──」
結局最後まで聞くことなく、バネの様に身体を縮ませてから大地を蹴り、一瞬にして屋根の上まで飛翔していく。
「……。さて、こちらの組み合わせですけどまずは──」
「勝手にやってろ──」
説明しようとした途端にダリルが膝立ちになっているホブゴブンに突進していく。脇の控えるオーク達には見向きもしていない。低姿勢のまま一直線に突き進んでいく。
「まったく……人の話は最後まで聞いてほしいですね!──」
即座に右手に持った槍と左手を二体のオークに向ける。
──
放たれた二つの水柱を、オーク達は即座に回避する。それにより中央に居るホブゴブリンとの分断に成功した。
「ザック! 右は任せましたよ。さっさと倒してダリルの援護に向かいます──」
そう言い残して、左側のオークに突撃する。
オークは
──水よ、今こそ猛りて刃を纏え──
走りながら詠唱をする。槍の周りを青い粒子が煌めき槍の穂先を覆い、即座に水色の刃の形を形成する。
──
間合いの少し手前で槍を上から斜めに振り抜く。
持っている槍は、刺突専門の
そこで武器に斬撃での攻撃方法を付与させる水属性魔法をかけての不意討ちを試みたが、相手も反応して回避する。
──
即座に穂先をオークに向けて水柱を放つ。流石にこれは避けることができず、水の勢いに負けて後方に飛ばされる。
「……。やはり上手くはいきませんね」
眼鏡の位置を直しながら態勢を整える。やはり普段からしていない事は成功率が低い。肉体労働は専門外なのだ。
ダリルやザックの様に、元から高い戦闘能力がある訳でもなく、リサの様に身体能力が高いわけでもない。そしてレンゾウやタクマの様に、日々鍛錬に勤しんではいなかった。
もちろん戦闘技術はそれなりに習得はしているが、白兵戦などした事もない。そもそも必要なかった。ここではない別の世界での話だが。
オークが立ち上がる。口の端がつり上がり不気味な笑みを浮かべていた。
「ふん。舐めていられるのも今のうちですよ」
こうなることも予測はしていた。初撃の"猛水の鋭刃"が避けられ、"逆巻く怒濤"でダメージを与える事ができなければ到底こうなってしまう。
水属性には攻撃力が無い。皆無と言ってもいい。射程は長く、多様な魔法形態を持ってはいるものの所詮はただの水鉄砲だ。
オークが地を蹴り距離を詰めてくる。コチラもすぐさま槍を構えて迎え打つ。
大きく振り下ろされた曲刀を後ろに飛び退き避ける。しかし完全に舐められているため、次々と刃が襲いかかってくる。
横に払われた刃を防ぎ、刺突を身を逸らして避ける。更に放たれた刺突をいなしながら立ち位置が入れ替わるように身体を捌く。
「よし──っ!?」
背後を取ることに成功した。対応される前に攻勢に出ようとしたが、オークは振り返る力を利用して曲刀を投げ飛ばしてきた。
予期せぬ攻撃に身体が反応できず、襲いかかる曲刀は右肩を抉るように突き刺さる。
「い"っ──」
全身の力まで吸い出されるような激痛に耐えられず、その場で膝をついてしまう。
肩の痛みに必死に耐えていたが、次は頭に激痛が走る。オークがその手で髪を鷲掴みにして引っ張りあげていた。
眼前に醜悪な笑みを浮かべた緑色のバケモノが、瞳を覗き込んでくる。完全に勝利を確信しているその表情を見ると、こんな状況でも口の端が上を向いてしまう。
「だから……舐めていられるのも今のうちだと言ったじゃないですか……」
オークの表情から、奴が疑問を抱き始めているのが見て取れる。
コチラの言葉が通じているかは分からない。だがそれでも口に出さずにはいられなかった。なぜなら──
「この勝負、私の勝ちです──」
その言葉とほぼ同時に、オークは肩に刺さっていた
肩の激痛に耐えながら、左手をオークの眼前に晒す。
この瞬間を待っていた。
腕力で劣り、体力で劣り、戦闘経験ですら劣る自分がどうすれば勝つことが出来るのか。それはこの戦いの初めから決まっていた。
──
掌の先に、水で出来た正方形の物体が形成され、オークの顔を余すことなく包み込んだ。
オークは慌てふためく。振り上げた曲刀を手放し、鷲掴みにしていた頭も解放して両手で顔を包み込む水を取り除こうと手を伸ばすが、水を掻き回すだけで形を崩すことは出来ない。
別に傷をつけなければ相手を倒すことができない訳では無い。攻撃力の無い水属性でも使い方次第でこのようなことも出来る。
「もっとも……至近距離でしか発動できないので、このようなことになってしまいましたが、これでは水牢と言った方が正しいかもしれませんね……」
必死に手を振り回して足掻くオークの口からとうとう大量の空気が吐き出された。
オークの腕から力が無くなるように垂れ、そのまま後ろに倒れ込む。
「さて……っ!?──」
右肩が激しく痛む。ダリルの援護は満足に行うことは出来ないだろう。座り込み周囲の状況を確認する。
屋根の上にはゴブリンもリサも姿も無い。うまく遠ざけてくれたようだ。
ザックの姿も見受けられない。考え無しの猪武者の彼の事だ。地の果てまでも追いかけるだろう。
最後にダリルを探して周囲を見渡したが、あることに気が付いた。余りにも周囲が静かすぎる事に──
「なっ!?──」
ダリルを視界に捉えた。空を仰ぎ見ながら佇んでいる。
その傍らには巨体が、ホブゴブリンが横たわっていた──
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