第十四話 幕開け
──リアドの街西門城壁内──
「おい! グラ! アイツら今どの辺だ!」
門の上にある見張り台にいる双子に声をかける。グラは兄貴の方だ。弟のコラは鐘を鳴らしている。
「まだだ! 遠くはないがまだ時間はあるぞ!」
巡回から戻る途中で見かけたが、俺たち三人では対処しきれないとのヴァニラの判断で先回りして戻り警鐘を鳴らした。この時間帯ならば、街に戻ってくる途中でも聞こえるはずだ。増援も見込める。
「時間はまだあるといっても、この門だけは破壊させたくないわね。何とかして門の外で迎撃したいけど……」
ヴァニラは思案しているが、あの現状を見ている分下手な事は言えなかった。そもそも、頭脳労働は得意ではない。
「どうでもいい。あのデカイのは俺が殺る。お前ら二人で周りの雑魚をやってればいい話だ」
「寝言は寝て言いなさい。できそうなら私もこんなに考えてないわ。そう簡単に
ダリルの無茶とも言える策にヴァニラが反論する。だが、驚異的なのはあのデカイの一体だけだ。それ以外なら俺達でもなんとか出来ると俺も思っている。だがヴァニラは違うらしく、頭を抱えていた。
後ろから馬の走る音が聞こえてきた。誰かが近づいてきてる。
「ヴァニラさん! この鐘は!?」
「リエラ! 戻ってたのね、ちょっと厄介なのがコッチに向かってるの」
「魔獣ですか?」
リエラが現状を聞こうとしていたが、頭上からの声がそれを遮る。
「おいザック! どうするんだ! もうかなり近づいてきてるぞ!」
グラが頭上から叫んでいる。声音からして随分と焦っているようだ。
「知らねえって! 俺が頭悪いのお前も知って──」
グラの言葉に答えていた途中で、見張り台に炎の玉が直撃し爆発した。しかもその玉は内側から飛来してきた。
「なんだ今の!?──」
爆煙の中から瓦礫に混じり人が落下してくる。それを身体全体で受け止める。
「グラ! しっかりしなさい! グラ!」
落ちてきたのは、さっきまで叫んでいたグラだった。かなり広い範囲で火傷を負っている。ヴァニラが必死に声をかけるが反応がない。
「治療するから、向こうに運んで」
「お、おう──」
ゆっくりと身体を抱えて、ヴァニラの指示に従う。
「ヴァニラさん! ザック! 状況は!?」
マコトが馬に乗ってやってきた。その手には既に槍が握られている。
「知るかよ! てかさっきのなんだ! グラがもろに食らったぞ!」
「アイツの仕業ですよ……」
マコトの視線の先を追う。そこには片手に本を持ったゴブリンが屋根の上に鎮座していた。
「ゴブリン!? アレが見張り台吹っ飛ばしたのか!? なんでだよ!」
「最悪ですよ全く……」
眼鏡を触りながら悔しそうに呟く。
「まさか、魔導書が盗まれてたの!? ヒザマルが阻止したんじゃないの?」
「実際のところは予測でしかありませんでした。ですが私の目の前で魔法を使いましたから、魔導書で間違いないでしょう」
「そんな……まさか魔族にも使えるなんて、誰でも使えるってのは考えものね、誰が作ったのかしら……」
治療を終えたらしいヴァニラとマコトが険しい表情のまま会話をしている。
魔導書は才能のないやつにでも魔法が簡単に使える不思議な本といった認識しかなかった。魔族にも使えるとなると魔導書はかなりの代物だ。王国が管理しているのもこの為なのだろうか。
「おい──」
ダリルが短く声を発した。それと同時に拳を構えた。門に向かって──
「来るぞ──」
その言葉の直後、目の前の門が激しい音と共に粉々に破壊された。
破壊された門の向こう側からヤツらが姿を現した。
「な、何ですか!? あの大きい魔族……まさかあれが"オーガ"なんですか?」
「いいえ、あれは"ホブゴブリン"よ。ゴブリンの亜種、巨体と怪力に気をつけてね。当たれば無事じゃ済まないわよ」
リエラの問いに答えたのはヴァニラだ。そのヴァニラはゆっくりと立ち上がり、マコトに近寄る。
「まだ上にコラが居るの、私は見張り台に行くから、なんとか引き付けてくれないかしら」
「分かりました。こちらはお任せ下さい」
マコトは眼鏡を光らせながら承諾する。
「いい? ゴブリンには注意しなさいよ?」
「はい? ホブゴブリンではなくですか?」
敵に視線を向けたまま、マコトは聞き返した。
「そうよ。正確にはゴブリンの持っているあの角笛にね。ゴブリンは力は魔族最弱でも、狡猾で抜け目がないから、何か持ち物があるなら警戒しなさい。上にいるヤツもそうだけどね、道具を使ってくるのよ。刃物よりも厄介そうなものを……」
恐らくは経験から言っているのだろう。その表情は今まで見たことないほど険しいものだった。
そう言っている最中、ゴブリンが角笛を吹く。奇妙な音が鳴り身を構えた。しかし何やら起こる気配はない。
「ただの玩具……ではないようですね。何か来ます──」
マコトが槍を構え直す。オークたちの背後からロックウルフがなだれ込んできた。
「おいおいマジかよ──」
なだれ込んできたロックウルフの数匹が先頭にいたダリルに飛びかかっていた。
ダリルは素早く一匹目を躱し、二匹目を躱しながら、横から拳を撃つ。
──
その言葉の直後、ダリルの腕の篭手の一部が変形し、刃になってロックウルフの腹部を貫く。
ダリルの得た能力は土属性、その中の"形状変化"に特化しているらしい。本人は全く話そうとしないので、見た限りでしか知り得ないが、両腕に装着している鉄製の篭手の一部を、さっきみたいに刃に変えて殺傷能力を高めた一撃を見舞う。一撃必殺の
俺とレンゾウも土属性だが、俺達のものとは全く別物で、極めて稀な才能だとかなんとか、ヒザマルが口にしていたのは何となく覚えている。
またもゴブリンが角笛を吹こうとした。まだ増えるのか、それとも別の事をするのか全く予測がつかない。ヴァニラの厄介という言葉の意味が理解出来た気がする。
ゴブリン角笛をくわえようとした直後、一発の矢がゴブリンの頭を横から貫いた。
──
閃光とともに、ゴブリン目掛けて雷撃が炸裂する。周囲にいたオークは衝撃で吹っ飛び、ホブゴブリンもその場に倒れ込む。
凄まじい威力に呆然と立ち尽くしていたが、別方向から声がかかる。
「ヴァニラ! いるか!」
「ギャレットさん!? はい、ここに!」
「状況は? ロックウルフは何匹侵入した?」
ヒザマルとギャレットがこちらに駆け寄ってきていた。未だに雷に驚いていたヴァニラの代わりに、彼の問いに答えたのはマコトだった。
「全ては把握出来ませんでしたが、恐らく残りは十匹程度かと思われます」
「少し多いな……ヒザマル、リエラ、二人は馬に乗ってそのままロックウルフの殲滅に当たれ、魔法があれば難しくないはずだ」
「分かりました!」
「了解──」
二人はすぐさま馬に跨り、四方に散っていったロックウルフを追いかける。
「ヴァニラさんは今のうちに見張り台へ──」
「そうね、分かったわ」
マコトの言葉を受けてヴァニラは壁へと近づいていく。それと入れ替わるようにリサとジャビスが到着した。
「リサさん? タクマはどうしたんですか?」
「タクマは別のとこで変なのと戦ってる! でもロランが助けに行ったからもう大丈夫だよ!」
マコトの位置からは見えにくいかもしれないが、両腕や背中が少し血で赤くなっているのが少し気になったが、今はそれどころではない。
「ギャレットさん。ジャビスさん。ここは私達に任せてもらえませんか? お二人は街の人たちの救助と避難を──」
ギャレットは俺たちを見渡しながら思案していたが、ジャビスが頷くのを見て再びマコトに向き直る
「分かった。ここは任せる。ジャビスはグラを伯爵邸まで運んでくれ、それ以降は住民の保護と避難を促しつつロックウルフ殲滅だ。いいな?」
ジャビスは短く頷き、俺の横にいたグラを担ぎあげてゆっくりと走り始めた。その後にギャレットは続く。途中までは同行するようだ。
「さて、こちらも始めますよ──」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます