第十話 求めた強さ


 ──風の刺突エア・スラスト!──


 最後に見たあの険しい表情が気になって追いかけてきて正解だった。ようやく伯爵邸の前でタクマを見つけたと思えば、背中に矢を受けて膝をついていた彼は、オーク三体に囲まれてしまっていた。

 思わず身を隠して様子を伺っていたが、オークが曲刀を振り上げたのを見た途端に身体が動き、咄嗟に魔法を放っていた。


 私の操る風属性は、距離が遠い程威力も落ちてしまう。無詠唱であれば中距離、数メートルもしくは十数メートルの射程で収めておきたい。しかし今回はそれ以上に遠いので威力は期待できないが、注意さえこちらに向けることができれば、タクマも何とかしてくれるはずだ。


 放った魔法は曲刀を持ったオークの振り下ろそうとしていた腕を掠めた。それに伴い動きが止まり、オークの視線が一斉にこちらに向けられる。この瞬間にタクマが現状を打開してくれると思っていたのだが、彼が動く気配はなかった。


(もしかして、動けないんですか!?)


 背中の傷がそれ程までに重症なのか、それとも別の要因なのか、考える暇などなかった。とにかくタクマの安全を確保しなければならない。


(でも、どうすれば……オークの距離が近過ぎます)


 いつもなら、風の重檻エア・プレッシャーで動きを封じるか、烈風斬魔ゲイル・ブリンガーで攻撃するのだが、タクマとオークの距離が近過ぎるので巻き込んでしまう。さっきの風の刺突で有効打にするなら接近する必要がある。


 静かに拳を握りしめる。こんな時、魔法以外にも戦える手段が私にもあれば、彼をすぐさま助ける事ができたかもしれない。私はいつも、肝心な時に何も出来ない。


 ──そう、"あの時"だってそうだった──


 手の打ちようが見つからず攻めあぐねていると、オークの一体がクロスボウを構えてこちらに向けた。


(しまった!?──)


 相手に遠距離攻撃の手段があることを忘れていた。救出に夢中で思考の外に置いてしまっていた。対してこちらは防具も何もつけていない。寝る時の部屋着のまま来てしまった。薄着にも程がある。

 急いで物陰に身を隠そうとするが、恐らく逃してはくれないだろう。魔法で防ぐ手段も無くはないが間に合わせる自信はない。おまけに、私はリサのように空を翔ぶことはできない。そもそも、なぜ彼女は空を翔び、魔法まで使えてしまうのか。それを知った時は本当に落ち込んだものだ。


 そんなことを考えながらも、必死に物陰に身を投げ出す。しかし矢は一向にこちらに飛んでくる気配はなかった。恐る恐る様子を伺うと、三体のオークは揃って屋敷の方向を向いていた。その視線の方向には、剣を持ちゆっくりと歩み寄るロランの姿があった。


「ロラン!──」


 思わず声に出てしまった。ロランなら何とかしてくれると、瞬間的に期待してしまった。しかし相手には弩がある。流石のロランでも避けるのは不可能だ。だが、それでも歩みを止めることはなく、徐々に距離を詰めていく。


「リエラ!──」


 そんな事を考えながら見守っていると、タクマが叫ぶように私の名を呼んだ。その声と、未だ苦しそうな表情はやっとの思いで出しているのだという事がはっきりと伝わってくる。タクマは振り絞るように言葉を続けた。


「俺ごとやれ!──」

「っ!?──」


 タクマの叫び声が煩わしかったのか、曲刀を持ったオークが再びその腕を振り上げた。


(ダメっ!──)


 ──風の重檻エア・プレッシャー!──


 咄嗟に右腕を突き出し、オークの動きを封じる。今度は三体同時にだ。無論その中心に位置しているタクマにも負荷がかかっている。耐えられずその場に倒れ込んでしまってた。その光景は見ると心が痛むが、今は耐えてもらうしかない。


 オークが拘束されたのを確認したロランは走り出し、オークとの距離を一気に縮める。彼が最初に狙ったのは弩だった。ロランはその弩目掛けて正確に剣を振り下ろし、二度と使えぬように破壊した。それと同時に魔法を解く。風の重檻の領域化に入ればロランも例外なくその動きを制限させてしまうからだ。


 ロランは続けて弩を持っていたオークを蹴り飛ばし、曲刀を持ったオークへと狙いを定め斬りかかり、タクマから遠ざける。その攻撃は遠目から見ても曲刀オークを圧倒していた。倒すのも時間の問題だろう。そう思っていると、ほか二体のオークが加勢に入り、三対一の構図になって囲まれてしまった。


「リエラ!」


 今度はロランに名前を呼ばれる。


「タクマを頼む」

「は、はい!──」


 すぐさま返事を返し、タクマの側まで駆け寄る。三体のオークはロランを警戒しており、私には見向きもしなかった。数で優位に立っていても、ロランの力量がそれに勝っていると言うことなのだろうか。お陰で私は、タクマの場所まで難なく到達することができた。


「タクマ? タクマ! 大丈夫ですか! 私の声聞こえてますか?」

「あ、ああ。大丈夫……聞こえてるよ」


 そう答えるもタクマの顔は青白く、変な汗もかいている。背中の矢もかなり深く刺さっている。もしかすると、さっきの魔法でさらに深く突き刺してしまったのかもしれない。そう思うと胸が張り裂けそうな程に苦しくなってしまう。


「ごめんなさい。咄嗟のこととはいえ、貴方まで巻き込んでしまって……」

「いや、ああでも……してくれないと、ロランが、動けなかった……はずだから……」


 途切れ途切れのその言葉は、きっと弩の事を言っているのだろう。だからこそロランも真っ先にあの弩を破壊するために突撃したのだ。

 苦しそうにしながらも、青ざめた笑顔を私に向ける。


「ありがとう、リエラ。お陰で……命拾い……したよ」

「今にも死にそうな顔してますけどね」


 その言葉を聞いて安堵したのか、涙が溢れそうになってしまう。それを堪えていると、伯爵邸からこちらに近付いてくる人影があった。ギャレットとヴァニラの二人だ。


「大丈夫!? リエラ、タクマ」

「ヴァニラは二人を見ていろ。私はロランの加勢にいく」

「了解しました」


 ヴァニラはこちらに近寄り、タクマの傷を確認し始め、ギャレットは横を通り過ぎてロランの元に向かおうとする。


「大丈夫だ、ギャレット。俺一人でいい」


 静かに、それでも力強く言い放ったその言葉は、それだけで周りのオーク達を数歩後退させた。ロランはゆっくりと剣を構える。


 月光を帯びたその剣の輝きは、私にはとても眩しく見えた。


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