第五話 勝つ為に


「ほらほらどうした? そんな攻撃じゃ俺には当たらんぞ〜?」


 警備隊宿舎前、ロランの徴発的な言葉が周囲に響き渡る。徴発的ではあるが緊張感のないその口調とは裏腹に、剣の構えには一切の隙がない。


 ──"賢者の型"ヴァンガード──


 両手で剣を握り、剣先を上に向けて握り部分を自身の脇に近い当たりに寄り添わせる様な形の構えだ。攻撃的な"王の型"ウォーデンとは違い、相手の攻撃を受け流すか打ち返して崩した後に反撃をする防御に重きを置いた剣術だ。主に周囲を敵に囲まれた時などには有効に立ち回れるらしい。そう、今のこの状況に適した剣術だ。


【シシ村】での一件以来、ロランに剣術の稽古をつけてもらっていたのだが、いつの間にか人数が増えていた。強くなりたいと思う気持ちはみんな一緒なのだろう。それに伴い、複数で魔獣の相手をする実践的な訓練へと変わっていった。


 今いるのは俺と、この街出身の双子の兄弟のグラとコラの三人だ。俺は剣を、二人は槍を模した武器を持っている。


「なんだ? もう終わりなのか? まだまだ俺は疲れてないぞ〜」


 ロランのスキのなさに、手をこまねいていると、再度軽い口調で挑発してくる。


「っ──コラ!」


 グラが声をかけると共にロラン向かって突撃する。それと同時にコラも動き出す。グラがロランに槍を突き出し、時に横に払いながら立て続けに攻撃する。武器のリーチが倍は違うであろう槍の攻撃を、ロランは軽くあしらうように剣でいなし、躱しながら距離を保つために後ろに下がる。


「そこ!──」

「甘いぞ! よっ──」


 コラの真後ろからの攻撃を、ロランは見えていたかのように反転して剣で槍を打ち払い、コラに急接近して模擬刀でコラの頭を軽く叩く。


「そら次だ!──」


 ロランはすぐさまグラに向き直り"王の型"を構えて大地を蹴る。グラは槍を突き出し牽制しようとするが、容易く躱されて懐への侵入を許してしまう。


「惜しいがまだまだ甘いぞ、そら──」


 グラの腹を軽く突く。一撃与えられたら脱落というルールで行っていたが、呆気なく二人が脱落した。これで残ったのは俺一人。ロランとの一騎打ちとなっていた。


「どうしたタクマ? 三対一ならやれたかもしれないぞ?」

「冗談よしてくれよ。この前は五人で挑んで無理だったのに……」


 言いながら剣を構える。実際のところ、人数の問題なんかではない。ロランに勝とうとするなら、もっと他の要素が必要なはずだ。その要素が全くもって分からないから攻めようにも攻められない。


 ロランもこちらの出方を伺っている。何かしてくるのを期待しての受け身の姿勢だろうが、ジリジリと間合いを詰めてくる。さあ、何かしてこいと言わんばかりに。


「ああ、もう。せや!──」


 痺れを切らした俺は間合いを詰めて水平に斬りつける。彼自身から教わった王の型ではすぐに読まれてしまうだろう。だからあえて使わなかった。立て続けに斬撃を繰り出すが、ロランは全て受け流す。


「剣筋はなかなか様になってきたじゃないか」

「とか言いながら、全部受け流してるじゃないかっ!──」


 喋りながらでも攻撃する手は緩めない。とにかく攻める。攻めていられるうちは、向こうは攻められないのだから負けることはないが、このままでは拉致が明かない。


 どうにかして突破口を開こうと、あらゆる方向から攻撃を仕掛けた。だがそのどれもが簡単に打ち払われる。


「このっ!──」

「おっ──」


 今までの牽制まがいな斬撃ではなく、一歩踏み込み力を込めて下から振り上げる。予想外の一撃にロランも体勢が崩れ、防御が崩れた。


(崩れた!──)


「甘い!──」

「なっ!?」


 ロランの頭に振り下ろそうとしていた木剣を、ロランは体勢を立て直しながら斜め上から打ち返した。完全に意表を突いた攻撃だと思っていたが、逆に意表を突かれて今度はこちらの体勢が崩されて膝をつきそうになる。


「はい。お疲れさん!」


 なんとか体勢を持ち直そうとしていたところをロランに頭を小突かれて結局は四つん這いにさせられてしまう。結局のところ、ロランに攻めていたのではなく、攻めさせられていたという事だ。誘われていたに過ぎない。踊らされていた。


「あーくそ。今日も負けか……」

「はっはっは。これでも自警団団長の立場だからな。まだ負けるわけにはいかないな。だが剣術は中々上達したじゃないか。最後の一撃は良かったぞ」


 そう言いながら俺に手を伸ばし、座っていた俺を立ち上がらせる。


「最後のアレはまんまと誘われたけど……」

「まぁ、戦闘の駆け引きなんかは経験がものを言うからな。数をこなさないと身につくものじゃないさ」

「……」


 ということは、いつまで経ってもロランには勝てないってことになる。当然の事だが、やはり悔しくはある。経験の差は簡単には埋まらない。それはどう頑張っても変えられないが、やるからには勝てるようになりたい。


「お? また訓練か? 俺も混ぜてくれよ」


 別方向から声がかかってきた。そこには今日の巡回に出ていた三人がこちらに向かってきていた。どうやら今日も何事もなくおわったようだ。


 服の上からでもわかるほどに鍛え抜かれた肉体を持つ【ザック】はにこやかに笑いながら参戦しようとしている。その横には眼鏡をかけた水色の髪の青年【マコト】、そしてその後ろには一際大きな身体といつも穏やかな表情を浮かべている【レンゾウ】が付いてきている。


「よし、ならザックとレンゾウと……タクマ、もう一回掛かってこい」

「え、マコトは? いいのか?」

「私は頭脳労働担当なので遠慮しておきましょう」


 マコトは眼鏡に手をかけながらそう言い放つ。

「よし、なら二人は準備して来い。少し休憩挟んだら始めるぞ」



 ✱✱✱



「オラオラオラぁぁ!」


 高い身体能力と自慢の筋肉任せに、ザックは二本の木剣を豪快に振り回しながらロランを攻め立てている。誰が相手だろうとお構い無しに、いつものように立ち回っていた。


「おおっと、相変わらず凄いな。しかし、闇雲では俺には当てることは出来ないぞ?」

「軽口叩いてると口に入るぜ? だらぁ!──」

「なっ!?」


 ザックは地面を蹴りあげて砂をロランに被せて視界をふさぐ。攻撃しか脳の無いやつだと思っていたが、予想外の行動にロランも動揺を隠せていない。


「貰ったあああああああ!」


 ザックがロランに向かって木剣をおおきく振りかぶり、頭上めがけ振り下ろそす。しかしロランは目を瞑りながらも剣でそれを受け止める。


「なに!?」

「奇襲としてはいい手段だ。だが肝心なところでまだ甘いぞザック。決め手に時間をかけすぎたな。はぁ!──」


 ザックの剣を押しのけその勢いで反撃に出る。手数は少ないが一撃一撃そのどれもが鋭く重い。ザックも避けるのに精一杯になっており、さっきの威勢の良さも引っ込んでしまっている。


「お返しだ。そら!」


 今度はロランが剣先で砂を巻き上げてザックに見舞わせた。


「な!? くっそ!!」


 目くらましを食らってザックの動きが止まる。その瞬間を逃さず、ロランが突きを繰り出そうとした。


「まずは一人──っ!?」

「だぁあ!──」


 ザックに突進しようとする間際、間一髪の所でレンゾウが割って入り、横薙ぎ一閃でそれを阻止した。ロランはすかさず後方に飛び退き体勢を整え構え直す。


「相変わらず、いい所で顔を出すなレンゾウ。それにアレは、流石に俺も受けきれんかもしれん。良い一撃だ」


 レンゾウとロランが対峙する。ロランは"王の型"ウォーデンかたやレンゾウは"賢者の型"ヴァンガードの構えをとり睨み合っている。ザック以上に恵まれた体躯から繰り出される重い一撃を有するレンゾウだが動きがどうしても遅くなってしまう。そんな自分の短所を理解しての防御の姿勢だろう。身の丈に合う戦い方をするのが彼の良いところだ。無謀とも呼べる攻めが多いザックにも見習って欲しい。


「おい、タクマ! 見てねぇでおまえも手伝いやがれ!」


 ザックが声を荒らげる。いつもは一人でやりたがるのに珍しく共闘しろと言ってきた。明日は雨が降るかもしれない。


「って言ってもどうするんだよ。生半可な連携じゃ意味無いぞ」

「それなら私に任せてください。一つ案があります」


 いきなり横からマコトが声をかけてくる。眼鏡を怪しく光らせながら薄く笑みを浮かべる。


「させると思うか?」


 ロランがこちらに掛けてくるが、すぐさまレンゾウが割って入る。


「させない」

「ああ、そうかい」



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