第三話 守る為に【前編】

「それで被害は?」

「今回は羊が二頭持っていかれまして、あとは──」


 大宴会から数日後、リアドの街に滞在していた商隊が近隣の村を訪れ商いをするという事で、その護衛兼各村にいる仲間達と状況を確認する為にそれぞれ別行動を取っている。俺達は西側にある【シシ村】に来ている。【狭間の森】に近い場所にある為に頻繁に被害にあっているが、その分こちらに配置している人数も多い。それでもこうして家畜が攫われてしまうことも少なくない。


「タクマ──」


 村長から被害状況を確認していた男が俺の名前を呼んだ。大きな盾を背中に背負い、刀身が長めの片手剣を腰に帯びている長身蒼眼の黒髪の男ギャレット。その実力はロランも一目置く程で、冷静沈着な判断力には何度も救われたという。


「何ですか?」

「今回の被害の原因はロックウルフらしい。日の出の放牧と同時に羊と蔵の中身を荒らしている。何を狙ってたのかは荒らされすぎて検討がつかないらしい」

「また討伐隊を組むんですか? ロックウルフくらいなら俺達だけでも何とかなるんじゃないですか?」

「そう焦るなタクマ、ロックウルフは弱いが賢い。何より背中に付いているは厄介だ。油断は禁物だぞ」

「……すみません」

「だがまぁ、その意気込みは買うぞ? 必要とあればその剣、存分に披露してもらおう」


 そう言って俺の肩に手を置き小さく微笑むと、村長に向き直った。


「蔵を見せてもらえるか? 出来れば蔵の中身をある程度把握している者がいれば連れてきて欲しい」

「わ、分かりました。コチラです」

「タクマは羊小屋と柵を見てきてくれ、必要があれば手を貸すように」


 そう言い残して、村長と蔵に向かっていった。その背中にはロランと同じ様な勇ましさを感じさせる。その背中を見送り、後ろにいた仲間達に向き直った。


「俺達も行こうか──」




 ✱✱✱



「タクマ〜疲れた〜」

「おいピット! 力抜くなって! 重い、重いから!」


 村人からの要請もあり、村の西側にある放牧の為の敷地を囲む柵の修復と、その補強をする事になったが、今度は石材も使うらしく、木の柵の内側に所々ではあるが石で補強されており、それらが分からないように板材で隠されていた。

 ちなみに、この【シシ村】への巡回に来ているのは、ギャレット、俺、ピットとリサの四名。リサは今朝から怯えていた羊達の様子を見ている。野性的な感覚を持っている彼女にしか出来ない仕事だ。決して力仕事をさせるわけにはいかないが他に対して仕事が無いから仕方なくそうさせている訳では無い。適材適所だ。


「これって意味あるのかなぁ……だってロックウルフって賢いんでしょ? これくらい簡単に見破るんじゃないの?」


 目の前で悪態をついている黄色い髪に帽子をかぶった少年【ピット】は、その顔でいかにも面倒臭いからやりたくないと俺に訴えていたが、彼の問いに答えたのは、近くで作業をしていた村人だった。


「だとしても、何もしないわけにはいかねぇさ。俺らの大事なモノを、生活を守る為さ。それに、壊されたらまた新しく作ればいい。それに……」


 村人は俺達に向かって、笑顔で言葉を続ける。


「それに、君達最近噂の"救世主"さんだろ? 俺とそんなに変わらないくらいなのに身体張って戦ってるんだから、俺達も負けてらんねぇよ」


 言い終わると同時に板材を組み終えると立ち上がり、何か決心をしたかのように深呼吸をしてこちらに近付いてきた。


「そ、それはそうと……なぁ、今日はあの美人さんは一緒じゃねぇのか? ほら、あの髪の長い……」


 何故か小声になり、三人でその場でしゃがみこんでしまった。村人は誰かを探すように周囲を見回している。髪の長い美人と言われればもうそれで誰の事なのか分かってしまう。なにより、このやり取りもこれが初めてでは無い。彼女はとにかくその美貌から目立ってしまうのだ。最近では声をかけに行く若い男衆も少なくない。しかし声をかけるも笑顔で交わされてしまうのがいつもの事だ。しかし逆にそれが好印象を与えてしまい、更には勘違いしてしまう奴まで出てくる始末だ。だが今日まで事件になっていないのは、彼女自身も戦闘に参加するにあたり護身の為の技術を修得しているため、度の過ぎた輩は返り討ちにされている。


 ──私は尽くされるより、尽くすタイプなので──


 というのが本人談。彼女に尽くされる男は冥利に尽きることだろう。夜道は歩けないかもしれないが……


「あぁ、リエラの事か。リエラは今日は北方向の村に行ってるよ」

「そ、そうか……」


 村人はあからさまに肩を落としながら立ち上がり、別の場所で作業を始めた。その後ろ姿はさっきよりも心なしか小さく見える。


「僕らも有名人になってきたね……主にリエラが……」


 ピットは被っていた帽子を外し掌で弄び始めた。いつもの事だとでも言いたそうな表情をしている。


「あ、ああ。そうだな……」


 確かにこうして村を巡回する度にリエラの事を聞かれるのは流石に慣れた。とはいえ、少し鬱陶しく感じてしまう時もある。さっきのように潔く終わってくれれば良いのだが、そうならない時もしばしばだ。


「でもさ……やっぱり"救世主"って呼ばれるのはなんか恥ずかしいね」


 そう言いながら帽子をかぶり直して村の方角を向く。こちらに背を向ける形になるので表情は分からないが、きっと難しい顔はしていないだろう。


 アイツ声の主はこの世界を救えと言っていたが、正直なところ最近まで忘れていた。自分達のことで精一杯だったのだ。この四ヶ月はあっという間に過ぎていった。世界は容赦なく、力無きものを淘汰していく。あの時ロランに助けられていなければ、俺達はこの場所には居なかったはずだ。ロランに助けられ、生き残る術を教わり、街の人達に支えられてきた俺達が、今では"救世主"なんて呼ばれるのは歯痒い。


 どちらかと言えば恩返しと言った方が表現としては近い。これまでに受けた恩を、俺たちに出来る形で返しているだけだ。それが今はこの自警団としての活動だ。それが結果として彼等の生活せかいを救っているに過ぎない。


「ああ。そうだな」


 その背中に短く答えて、俺も村の方角に視線を向ける。まだ日は高く天気もいい。相変わらず背中の小さくなってしまった彼にだけ仕事をさせてしまうのは申し訳ない。


「さぁ、ピット。俺達も仕事に戻ろう」


 そう言って立ち上がる。




 ✱✱✱





 蔵は村の中央に位置していた。地面よりも床が高く膝上ぐらいの高さになるように作られた高床式の木造の倉庫といった具合の建物だった。中は酷く荒らされており、足の踏み場も無いほどにものが散乱している。


「随分と荒らされているな」

「はい。羊を攫うロックウルフを追い返すのに精一杯でして、まさか別の所から侵入されていたとは……気が付いた時にはこの有様でして……」


 村長は肩を落として力なくため息をこぼす。たしかに、やっとの思いで羊を守ったかと思えばこの仕打ちだ。肩も落としてしまいたくもなる。


「だが今回は怪我人が出ていない。大丈夫だ。生きていればなんとでもなる。あまり気を落とさないことだ」


 村長の肩に手を置く。ありきたりな慰めだが、何も言わないよりは良いだろう。何より死人が出ていないことが私としては喜ばしい事だった。


「すみません村長、遅くなりました──」

「おお。カヤムか。騎士様、この男がこの蔵の管理をしておりました。カヤムです」


 村長に紹介された男はいかにも農夫というような風貌の男だった。目が合うと、きっちりと一礼をしてきた。ここまで律儀な農夫はなかなかお目にかからない。村長よりこの蔵の管理を任されているだけある。私も一礼を返し、話を始める。


「今回の件は残念だが、この蔵にあったものを詳しく教えてほしい」

「ええ、主に冬季の為の備蓄や、商隊に売る為の穀物や乾物なんかを入れておりました。他にも細々としたものは入れておりましたが、大体はそんなところです」


「そうか、ありがとう。うむ……」


 ロックウルフは肉食だ。だから今回は羊を襲ったわけだが、それでもまだ足りなかったと言うことなのか。まずロックウルフが危険を冒して森から出てきているというのも珍しい事だ。そこまであの森が痩せてきているようには見えなかったのだが、ヤツらは賢い。もしくはそうなる予兆でも現れてきているというのだろうか……


「でもどうやって入ったんでしょうか……」


 カヤムが腕を組みながら思案していた。どうにも納得がいっていないらしい。


「と言うと?」

「はい。この蔵なのですが、建てる時には私も色々と提案をしておりまして、なるべく襲われても心配ないような造りにしてもらうようにしてもらったのですが──」


 カヤムはまず扉を指さしながら、自身の予想を話し始めた。


「この扉ですが、内ではなく外に開くようにしております。万が一にコレを開けられるなら、ソレは人間並みの知恵を持った生き物です。扉が壊されていないところを見るとロックウルフが体当りした訳では無いでしょう」


 言われてみればその通りだった。この扉は引かなければ開かない。おまけに壁や床にも破られた跡は見当たらない。荒らされているのは中身のみ。


「だとしたらどのように……」


 荒れ散らかされた蔵の中に入り、周囲をくまなく観察していく。しかしこの荒らされようだ。何か見つけるとなるとかなり骨が折れそうだ。


「うむ……いったい何が狙われたんだ。何か探していたのか? ん?──」


 奥の方までいくとほのかに甘い匂いが鼻をかすめた。出どころは分からないが、微かに酒気を帯びたこの甘い匂いには心当たりがある。


「これは……蜂蜜酒か? カヤム殿。ここには蜂蜜酒も置いていたのか?」

「え、えぇ。うちの村は葡萄酒の方がよく作られていましたが、うちでも作れないかと思いまして、ようやく出来上がったものがありましたが……」

「ふむ……」


 思考を巡らせるために腕を組みながら周囲を見渡していた。そして見つけてしまった。入口からでは棚の陰に隠れて見えなかった決定的とも言える痕跡を──


「カヤム殿。一つ聞いていいか? 蜂蜜酒を作っていたならこの村にもはあるのだな?」

「え、えぇ一応巣箱は村の中にあります。ただ大々的に行なっているわけではないので、民家のない村の隅にあるだけですが」

「その巣箱はどこに?」

「村の南側にありますが?」

「その巣箱には蜂蜜はまだあるのですか?」

「いいえ、先日採ったものをここに置いていたので、あちらには残っていないはずですが」

「そうですか……」


 考えたくはなかった。だがこれしか考えつかない。確かにヤツらは賢いがここまで考えつくものなのか。いや、まずこれはヤツらの仕業ではない。だからこそ、こんな事は


「そ、村長! 村長!!」

「どうしたそんなに慌てて、お前柵の補修はどうしたんだ?」


 外から声が聞こえてきた。とても慌てている様子の男の声だ。その声の主が蔵の扉に勢いよくぶつかるようにもたれかかった。


「それどころじゃないんだよ! また魔獣が!」

「何!? またロックウルフか!?」

「違う! 違うけど分かんねぇんだ! なんか変なんだよ。自警団の兄ちゃんの腕からいきなり血が出て!」

「っ!?──場所はどこだ!」

「騎士様! 今朝壊された放牧地の柵のと──」


 言葉も途中までしか聞かないまま走り出す。放牧地は西側だ。幸いこの村はあまり広くはないが、とにかく急ぐしかない。


 走りながら、蔵の中の状況を思い返す。蔵の中はかなり散乱していたが、床に散らばった物の中には蜂蜜は見当たらなかった。そしてあの蔵の壁面に刻まれた大きな爪痕と破られた床面。そして見えない敵──


「くそ……嫌な予感しかしないな──」


 現場に到着すると、柵の手前にはピットとリサが臨戦態勢に入っていた。


「ピット! リサ! どうなってる!」

「ギャレットさん! 分からないんだ! タクマがいきなり襲われて──」


 そう言いながらピットは柵の向こう側を指さした。その先には、揺らめく炎の壁が発生しており、その向こうに剣を構えたタクマの姿があった。


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