第二話 防人


 夕食の席は大宴会となっていた。


 モント伯爵邸からの帰り道、街の人達から伯爵へと肉や野菜、果物といった差し入れが次から次へと舞い込んできた。そこでユーリアが「どうせなら皆で食べましょう」と提案して今に至る。


 ここは警備隊宿舎や集会所などと呼ばれている場所の庭の一角、街の人達が椅子や机、料理を持ちより続々と集まってきていた。皆モント伯爵やロラン達と楽しげに話している。酒を飲み、肉を頬張り、笑顔が絶えない。騒がしくはあるが決して愉快ではないこの雰囲気が、この街の活気を表しているようだ。見ているだけでも空腹が満たされてしまうかのような、とても暖かな風景だ。私はそれを、蜂蜜酒をチビチビと口にしながら少し離れたところで眺めていた。


「大丈夫?」


 一人の女性騎士が声をかけてきた。黒髪を短く切りそろえ、キリッとした目元がなんとも大人の女性という雰囲気を醸し出している。とてもおおらかで気さくな人だ。ロランの部下の一人、ヴァニラが葡萄酒片手に近づいてきた。


「どうしたの? こんな所に一人で、もしかして具合でも悪いの?」


 ヴァニラが顔を覗き込んでくる。彼女は何かと私の面倒を見てくれている。私の使う魔法が彼女と同じだったからだろう。光魔法の使い方から戦闘時の基本的な立ち回りまで色んな事を教えてくれた。妹みたいに思ってくれているのかは分からないが、時折見せてくれる優しい笑顔は何処かで感じたことのあるような気がした。


「ううん、大丈夫。皆が楽しそうで……それを見てたの」

「そう? まぁでも、モント伯爵がいると大体こんな感じになっちゃうから凄いわよね。ホント……慕われてるのね、あの人」

「でも、それはロランも一緒だと思うよ?」

「隊長が? うーん、どうかなぁ〜、隊長は慕われてるって言うよりも、親しみやすいと言うか、目線が街の人達と同じなんだよ。今も一緒に騒いでるし」

「でも戦ってる時の背中はね、凄く頼もしいなってこの前見て思ったの。この人なら何とかしてくれるって思わせてくれるような感じがしたの」


 少し前に戦闘に参加した時に見た彼の背中は、とても大きく感じられた。実際の背中よりも大きく、そして全て包み込んでしまうような安心感をその身に感じたことを今も覚えている。


「戦闘になると凄いのよね……なんか周りの空気まで変えるっていうのかしら、あの人は周りの人間まで強くしてしまうような……そんな感じがするわ。私やヒザマルはまだ日が浅いけど、ギャレットさんとジャビスさんはかなり古い付き合いらしいから、気になるなら聞いてみるといいわ」


 そう言って葡萄酒で喉を潤すと、別の話題を投げかけてきた。


「ここでの生活にも慣れた? 皆記憶が無いにしても、戦いが日常にあるなんてそうはないはずだから、困ったことがあったら遠慮なく言うのよ?」

「うん。ありがとうヴァニラさん」


 ロラン達に助けられてから、私達は記憶喪失という事になっている。元々私達も、他のみんながどんな世界に居たのかはお互いに触れないようにしている。今は過去よりもこの先をどうやって生き残るかが重要だからだ。


 そして、戦いのある日常。私達は今、この街の自警団の一員として、ロラン達と行動を共にしている。この街、いやこの世界では近年至るところで争いが起こっている。この街の北西にある【狭間の森】や、その先にある私たちが助けられた場所、【死境の丘】には時折魔獣が姿を現す。魔族とともに、この大地の北の果てにある【ヴァリス山脈】そのさらに向こう側に追いやられたとされているが、奴等は時折どこからとも無く現れては家畜を奪い人々を襲っている。いったい奴らがどの様にしてこちらに姿を見せているのかはまるで分かっていないが、北に近い街や村ほど魔族、魔獣の被害にあっている。山脈付近には王国騎士団が駐留する陣地が形成おり、大きな進行は防がれているが、それでもこうして騎士団の目の届かない場所で悪事を働いている。


 王国付近の街や、陣地付近の村には騎士団から護衛部隊が派遣される。もちろんこの街にも騎士団からの護衛部隊が駐留していたが、辺境という事もあり立場を利用し領民達に無理を強いていたという、それに耐えられなくなったモント伯爵が彼等を追い出し、自警団のようなものを組織したのだという。この場所はその騎士団の護衛部隊が使用していた建物をそのまま使っている。


 とはいえ、ただの町民が戦いなど出来るはずもなく、近年では人狼種の出現により撃退も出来なかったらしいのだが、そこへロラン達が現れて何とか被害を抑えられるようになったらしい。なのでモント伯爵同様にロラン達の信頼も厚い。もちろん私達も、命の恩人であるロランや、居場所を用意してくれたモント伯爵、親切な街の人達をとても信頼している。


「それにしても、こうして見てるとなんだか似てるわね、あの二人」


 その視線の先には、ロランとタクマの姿があった。ほかの自警団員たちと談笑している。長い髪を束ねアゴヒゲを生やしたロランと眉にかかるほどの長さの少し癖のある黒髪のタクマ。外見的特徴だけで言えばあまり似ているとは言えない。だがヴァニラの言うことは何故かわかるような気がした。


「雰囲気は何となく、似てるかなって私も思います。一緒に居る時は落ち着きます……とても」

「私は戦ってる時のこと言ったつもりなんだけど……へぇーそうなの、そういう風に思ってるのね、へぇ〜」


 ヴァニラは面白いものを見つけたかのような笑みを浮かべてさらに近寄ってきた。


「やっぱりあるわよねぇ、若き男女が一つ屋根の下で生活してるんだもの。恋の一つや二つしないのは逆におかしいものね?」

「え!? いや、そんなんじゃなくて、タクマくんはその頼りになるというか、信頼しているというか、いつも危ない時はいち早く行動するし、それに……守ってくれるし……」

「ほらねー、女なら男らしく守ってくれる男に惚れるものだし、私だってそうしたわよ? でもね、最近の若い奴らって腕っ節は私より弱いし、ちょっと魔法が使えるからって上からモノを言ってくるし、魔法使えるから偉いのか? 私だって使えるわよ! だいたい──」


 気がつけばヴァニラが延々と語り始めてしまった。よく見れば手に持っていた葡萄酒の容器は空になっており、大きさも取っ手がついた大きいものだ。この大きさの容器で酒を飲む女性はあまり見かけない。


 自警団の紅一点、短い髪とリエラのように凛とした姿勢は、仕事のできる女騎士だ。その上面倒見もよい姐御肌となれば彼女自身も、ロランの様なカリスマ性を持っていてもおかしくはないだろう。こうして私の隣で、酔った勢いに任せてあれやこれやと語り出し、さらに葡萄酒を飲もうと持ってこさせる姿を見なければ……

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