名も無き救世主

 ──大陸暦七〇三年六月リアドの街北西部【狭間の森】──


「オラオラオラオラオラああ!!」


 ザックが両手にそれぞれ持った片手斧で、休むことなく敵に斬りかかる。右で斬り払い、左上から振り下ろし、時に振り回した勢いを利用して回転しながら襲いかかる。

 その豪快かつ流れる様な猛攻は、ゴブリン程度なら瞬殺してしまうだろう。模擬戦であったとしても相手にはしたくない。暑苦しいし面倒だ。

 しかし、相手はその全てを軽々と躱す。彼が相手にしているのは、素早さが特徴の人狼の一種、魔獣"ウィンガル"。人間より一回り小さいが、長い手足で獲物を捕らえて鋭い牙で喰いちぎる。もし背後から忍びよられ、組み付かれたらまず命はないだろう。


「大丈夫ですか? ザック。よければ手を貸しますが……」

「んなもんいらねぇよ眼鏡くん! 黙って見て──っておい待て! 逃げんじゃねぇ!」


 喋りながらも攻撃を止めなかったザックだが、スキを突かれて逃げられてしまう。


「全く……」


 眼鏡の位置を正して、逃げるウィンガルに向かって槍を向ける。


 ──"逆巻く怒濤アクア・ゲイザー"──


 槍の先から一直線に水の柱を作り出す下位級水属性攻撃魔法。ウィンガルの進行方向に向けて放ったが、これも難なく躱される。だがこれで問題ない。


「レンゾウ!  出番ですよ!」

「ふむ──だぁぁ!」


 ウィンガルの逃げた先の樹の陰から出てきた長身の男が大剣を横薙ぎに振り払う。しかしそれも跳躍して回避してしまう。


「ナイスですレンゾウ。リサさん!」

「任せて!」


 樹の上からポニーテールをなびかせながら一人の女性が飛び出し、空中にいるウィンガルの背後まで


「これなら避けられないでしょ──」


 そう言って両手をウィンガルの背中に向ける。


 ──烈風砲撃ゲイル・バズーカ!!──


 風が激しい音と共に収縮し砲弾となって敵に襲いかかる。ウィンガルをゼロ距離から吹き飛ばし、一直線に激しく地面に叩き落とされ土煙の中に消えた。


「イエーイ! 大当り〜」

「うへぇ……痛そうだなぁ今の……」

「ん? ザックも食らってみる?」

「おいおい、勘弁してくれよ……」


 地面に降りたリサがザックと会話を始めた直後、土煙の中からウィンガルが二人に向かって飛びかかってきた。


「うわぁ!?」

「チッ、コイツまだ!?」


 不意討ちになりザックがとっさにリサを背中に隠そうとするが、その前にさらに大きな背中がふたりを隠す。


「ふんっ!!──」


 レンゾウの大剣がウィンガルを吹き飛ばす。まださっきの攻撃のダメージが残っているのだろう。受身を取ることもできずその身体を地面に投げ出した。


「ピット! 念には念を入れます。動きを封じて下さい!」

「了解!──」


 樹の上で待機していた帽子をかぶった弓兵が、指示に答えて弓をつがえる。放った矢は直撃せずに、近くの地面に刺さった。


 ──束縛の稲妻バインド・ボルト──


 唱えた瞬間、矢から紫電が放たれ起き上がろうとしていたウィンガルを包み込んだ。


「だぁぁらぁあああ!」


 動けないウィンガルへトドメを刺すべく、ザックが飛びかかり斧を何度も振りかざした。やがてウィンガルは力なく地に倒れ込む。


「案外苦戦しましたね……誰かさんが「俺一人で十分だ!」とか何とか言うから……」

「うっせぇな!! マコトが話しかけてくるからリズムが狂ったんだよ! ていうかリサ! あんなのどこで覚えた? 確実に中位級の威力じゃねえか!!」

「いや〜。ミラーが書庫で魔導書見つけたって言ってたんだけどね? それがたまたま風属性系統で、それで試しに一つ教えてもらったんだけど、上手くいって良かったね〜♪」

「無詠唱であの威力ですか……詠唱有りだと恐ろしいことになりそうですね……」


 照れ笑いをするリサを見ながら眼鏡の位置を整える。


「それはそうと、向こうは上手くやっていますかね……」




 ***



「フゥー……」


 短く息を吐き、目の前の的に集中する。一瞬でもスキを見せれば恐らくこちらが殺されてしまう。

 人間よりも大きな体格、倍以上も太い腕、鋭い爪と牙を剥き出しにしてこちらを威嚇している。赤い体毛に包まれた人狼"ガルム"

 こちらも負けじと剣を構えて警戒する。剣の腹を、くの字に折り曲げた左腕に乗せ切先をガルムに向ける。


 ──"王の型ウォーデン"──


 彼から教わった剣技の一つ、刺突から斬撃に繋げ敵に反撃される前に倒す攻撃的剣術。どちらかと言えば先制しなければあまり意味が無いので斬り込みに出たいがアチラも警戒しているのでスキが見当たらない。


 睨み合いが続いたが、いきなり轟音が森の中に響いてきた。それによりガルムの注意が一瞬だけ自分から逸れた。このチャンスは見逃せない。


「はぁ!──」


 一気に間合いを詰め刺突を繰り出す。しかしこの攻撃は難なく右に身体を逸らされて避けられる。だがそれが目的なのだ。初撃は牽制として放ち、その後に続ける斬撃が本命だ。

 すかさず柄を両手で持ち、ガルムを追いかけるように力強く振り抜く。

 一閃──振り抜いた刃はガルムの胸に浅くない傷を残す。そこからさらに踏み込み、右下から振り上げ、その剣の流れを損なわないように頭上を通過させて右から斬り下ろす。


 しかし、最初の斬撃以外は、寸前で躱され、後ろに飛び退き距離を開けられる。


「ならこれで──」


 左手をガルムに向けて狙いを定める。


 ──焔の魔弾ファイア・ボール──


 下位級火属性攻撃魔法。三つの炎弾がそれぞれの軌道を描きながらガルムに襲いかかる。命中するがダメージは無さそうだった。それどころか逆上して襲いかかってくる。


「くっ──」


 一気に距離を詰められ、鋭い五つの鋭爪が振り降ろされる。コレを後ろに飛び退き避ける。

 ガルムの攻撃は予想以上に強烈だった。本来、中級以上の魔族や魔獣を相手にする場合は複数で倒すのが基本なのだから、一人で戦っている事をまず褒めて欲しい。


 今度は掴みかかるように横から左腕が伸びてくる。それを腰を落としてくぐり抜けながら背後に回る。

 刺突を繰り出そうと前に踏み出そうとするが、今度は真っ直ぐに伸びた右腕が大剣のように迫って来る。

 瞬時に踏み止まって体を逸らす。鼻先を鋭く揃えられた手刀が空を斬っていく。


 再度正面から対峙する形となり、再び王の型ウォーデンを構える。


 今度はガルムが先に動き出した。今度は左上から斜めに腕を振り抜く、しかしその攻撃は先程よりも明らかに速くなっていた。すかさず身を引くが左手の服の端を掠めた。


 それでも攻撃が当たらない事に腹を立てているのか更に一段階速度が上がる。余裕のあった回避行動に徐々に追いつかれ、身に付けている革製防具レザーメイルにまで掠め始めた。


「くっそっ──」


 振り上げられたガルムの左腕を飛び退いて躱したが、その後にあった樹の根に足を引っ掛けて尻餅をついてしまう。


(しまっ──!?)


 見上げれば、ガルムはその鋭い爪を突き立てようと右腕を大きく振りかぶっていた。


 ──風よ、無影の檻となりて、仇なす者の自由を奪え──風の重檻エア・プレッシャー──


 コチラに一撃を食らわせようとしていたガルムが、何かに押し潰されるように膝をついた。その間に横へと身を投げ出してその場から離れる。


「すまんリエラ、助かった!」

「このまま倒します。タクマも!」

「分かった!──」


 ──風よ、全てを薙ぎ払う烈風よ、我が御名において命ず、無影の百刃となりて害ある者を塵へと換えよ──


 ──炎よ、全てを焼き尽くす炎熱よ、我が言霊を聞きその姿を、全てを貫く焔槍と成せ──


 詠唱と同時に二人の周囲を煌めく粒子が包み始める。俺の周りは緋色、彼女の周りには翡翠の光が舞っている。

 リエラは杖をガルムに向け、俺は左手を天に向けた。


 ──烈風斬魔ゲイル・ブリンガー!──


 ──爆裂魔槍バーン・ストライク!──


 最後の号令とともに、 頭上に赤黒く渦巻く焔槍が現れた。俺はソレを左手を振り下ろす動作でガルムに向けて撃ち放つ。

 檻から脱しようと立ち上がったガルムに、どこからともなく現れた風の刃が容赦なく襲いかかり赤い体毛をさらに赤く染めていく。そこへ間髪入れずに焔の槍が胴体を貫き炎上した。ガルムは悲鳴なく倒れ込み炎に飲み込まれていった。


「怪我はありませんか? タクマ?」

「ああ大丈夫、リエラのお陰で大事ないよ。それより──」


 話しながら視線を別の方向に向ける。そこには途中から乱入してきた一匹のウィンガルの死体と、坊主頭の青年が立っていた。


「なんだ……まだ手こずってるなら俺が代わりに始末しようと思ってたんだけどな、黒焦げか」

「ダリルこそ……って血だらけじゃないか!?」

「こっちは殴り合いしてんだ。それにこれくらい大した事ねぇよ」


 確かによく見れば致命傷ではないさそうだし、出血も少ないがやはり見た目は痛々しいものがある。


 ダリルがこちらに歩いてきていると、後ろから声がかかってきた。


「お? コッチも終わってるな。マコト達と合流したら街に帰るぞ」


 とても暖かみのある優しい声だ。振り返れば、鎧を身にまといアゴヒゲを生やした四十歳ほどの男が部下を引き連れてコチラに近づいて来ていた。

「ん? ヴァニラ! ダリルの傷を治してやれ、それから合流する」


 男の指示を受けて髪を短く切りそろえた黒髪の女性がダリルに近寄っていく。


「了解。さ、そこに座って──」

「これくらいなんとも──」

「座れ──」


 低くドスの効いた声にダリルも言う事を聞かざるを得ず、おずおずと座り込む。


「タクマ──」


 男に名前を呼ばれた。優しさの中に勇ましさも感じさせる声だ。その姿からも数々の戦いを経験してきたであろう雰囲気を纏っている。


「すまんな。ウィンガルの群れかと思っていたんだが、まさかガルムまで混じっているとはな、だが──」


 そう言って焼け焦げたガルムの死体に目をやる。


「どうやら、一人でも倒したみたいだな。大したもんだよ」

「いや、リエラも助けてくれたし、ダリルがウィンガルを抑えてくれたから──」

「違いますよタクマ、ガルムと一人で対峙したんです。複数で取り囲むのがセオリーな敵をタクマ一人で抑えたんです。さらには私達だけで倒したのですから、新米の私達にとっては上出来ですよ。ね? ロラン?」

「そういう事だ。良くやったな。タクマ──」


 そう言ってロランは俺の頭を撫でてくる。恥ずかしいが、褒められるのは悪いものではない。


「お、治療も終わったな。全員帰還だ。忘れ物はないな?」


 言い終わると、先頭をゆっくりと歩いていく。


 付いて行こうと立ち上がり、ある方向を見つめた。俺達が出てきた洞窟の入口があるであろう方向を──


「もう、四ヶ月も経つんだな……」


 あの白い部屋で目覚めて、この森でロランに助けられてからもうそんなに経ったのかと思うと、少し信じられない。


「タクマー? 置いていきますよー?」


 リエラに呼ばれてあとを追いかける。

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