序章・二
祭りで賑わう漁村。人々が楽しげに通り過ぎていく通りへ繋がる小路に腰を下ろし、琵琶の撥を繰りながら、大きくなった少女は在りし日の記憶を辿っていた。
あの日、少年の着物の袖にしがみついていた手は、大きくなっても相変わらず荒れたまま。立ち居振る舞いもどんくさく、手のかかる庶民の娘であることは明らかだ。あの頃の娘を知る者なら、一目で彼女だと納得するだろう。
だが、彼女には一つ、あの頃とは大きな違いがあった。生涯消えることのない傷が身体に、そして心に刻まれている。
遠い遠い記憶に思いを馳せる心に寄り添うように、音色と旋律もまた緩く、憂いと懐古の情を帯びていった。音色は少女の感情を正確に写して雄弁に語り、寄せては返す波の音が、手遊びの旋律の背景や合いの手となって際立たせる。
甘く懐かしい音色と旋律に足を止める者はいなかったが、少女は構わなかった。ただ、思い出に引きずられて奏でているだけだ。誰かに聞かせるためのものではないのだから、むしろ誰も聞いていないほうが都合がいい。
しかし、少女の夢想のひとときは長くは続かなかった。漁村が抱く、山と海に挟まれた社の神々は、弱い心を懐かしい夢で慰める孤独な旅人に哀れみをかけたのかもしれない。
「――――あんた、そんなにいい音を鳴らすのに、こんなところで何してるんだい?」
無粋な来訪者の声が、少女を遠慮なく己の旋律と記憶から引きずり上げる。陶酔から我に返った少女は、その名残でよく働かない思考のまま、声がしたほうをのろのろと見上げた。
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