花よ、今は咲き誇れ

戦いながら、クルスは森野に話しかける。

「まったく、驚きだよ!!」

「何がよ!?」

接近戦で斬り合いながら、森野は聞き返した。

森野は術式を組んでの弾丸発射では間に合わないため、両手の伝機のグリップから再度仙気の刃を出して応戦していた。

刃と刃をぶつけあいながらも、クルスは話を続ける。

「いや、僕もうぬぼれるわけじゃないけど、僕並みに戦える同世代の使い手が、こんな身近にいたなんて!!」

「それは間違いなくうぬぼれね!! 私たちの仙機術の実力なんて軍人にも満たない!! 私たち以上の使い手なんてごろごろいるわ!!」

「いや、それもそうだけど。仙機術の実力と、戦闘の技術は別モノじゃないか!! 君みたいな実戦でも活躍できるような実力者は、やっぱりそうは居ない!!」

確かに、戦いに関しては森野も場馴れしている。クルスの戦いも、刃を交えてやっと解ってきたがどこか実戦慣れしているようであった。

だが、森野はその言葉に少しばかり眉をひそめる。

「……褒められたものじゃないわ!! こんな能力、血だらけの世界で手に入れた技術よ!! 誇れるものじゃない!!」

人に自慢できるような力ではない。むしろ、進んで話す事もはばかられるような、そんな能力。森野はそれに関して、少なからず負い目のようなものを感じていた。

だが、クルスは構わず話し続けた。

「その意見も解る気もする。……だけどそんな事はないさ!! 君の強さは、芯がある!! 何かの目的が見え隠れする!! 君の強さは今も昔も全部ひっくるめて、きっと大切な何かを守るために必死で培ってきたものなんだろう!?」

話し続けて、そんな事を語って来た。

「………何よそれ」

森野は、言葉を失った。自分の事をそんな風に評価する人物に、今まで会った事が無かった。しかも彼は出会ってまだ大した時間もたっていないのだ。刃を交えるだけで何が解ると言うのだ。

何を根拠に、この少年はそんな事を言うのか。

「じゃなければ、僕がこんなに苦戦するわけ無いじゃないか!!」

そんな空想とも妄想ともとれる、幼稚な答え。

「解ったような事を……」

しかし、森野はその言葉が心に深く響いてくることを実感してしまう。

(そうだ、自分は今まで必死だったのだ。ここまで来るのに、ここまで生きるのに、そしてすべてひっくるめて大切なものを守りたいと言う意志を貫こうとするのも、全てにおいて必死だった)

しかしなんで、そんな事を言うのか。それだけが彼女の疑問に残る。

「ああ、本当に予想通りだ。この場に来る使い手だから、きっとすごい奴が出てくるって楽しみだった。梨本さん、君は僕の期待以上の、最高の使い手だよ!!」

だって相手は、試合前森野を散々に馬鹿にした人物なのだ。

しかし、森野は首を横に振る。

違う。どんな経緯で、どんな会話であの話があったかはもう解らない。

だがこの目の前で戦いを続けている少年の言葉は、森野も全てを理解できる。

ここに居る少年こそ、全ての真実なのだ。

この戦場でたった二人だけの戦いの中で、理解しあえる存在だ。

この時以外の時間も場所も、今この時の森野にとっては何の意味もなくなっていた。

「あなたも、生半可な志じゃ無いんでしょうね」

全てはクルスと言う少年の強さが物語っていた。

ここまで懸命に生きてきた梨本森野を凌駕する人物が、口先だけの脳なしなわけ無いではないか。

二人は閃光となって舞台を駆け巡る。

一時はおされぎみだった森野も、クルスの攻撃に徐々に慣れてくる。

これならば試合時間いっぱいに戦い続けられる。

この素晴らしい戦いを、いつまでも続けられる。

だが……

(このすばらしい戦いだからこそ……、きっちり決着をつける!!)

森野は、クルスの胴を蹴り飛ばす。

「っく!!」

その反動を使い、クルスとの距離を一気に離す。

クルスはと言うと、大したダメージも受けておらず、再度距離を詰めようと体勢を整える。

しかし、森野は構わず両手の伝機をまっすぐクルスに向ける。

そして全ての術式を解き、新たな術式を組み始める。

「花よ……、花よ……。気高く咲き誇る二色の花よ。深き蒼、軟らかき桃の妖精達よ。我は汝封印せし鮮血の暗殺者」

その様子を見て、クルスはにやりと笑う。そしてその場で伝機を構えなおしたかと思うと、彼もまた術式を唱え始めた。

「光、天に溢れ、地、熱く燃える。天の炎と閃光よ、空間を切り裂いてゆけ」

ごく自然に、ごくありふれた術式を組み、クルスは攻撃の準備を整える。

だがそこまで唱えると、彼は構えたまま微動だにしない。

(……待っていてくれるのか)

まだ続く森野の術式詠唱が終わるのを、ただじっと待ちかまえているようであった。

まったく馬鹿にしている、舐められている。そんな風にも感じはしたが……。

しかし森野は、真っ向からの勝負にこたえてくれたクルスが嬉しかった。

「今、許しを与える。言霊を乗せ、艶やかに咲け。汝、鮮血の暗殺者の鋭利な花!!」

一気に残りの術式を唱え、森野も攻撃の準備が整った。

森野は、少し離れた所に立つクルスの瞳を見る。

その目は、「準備は出来たかい?」と問いかけているようであった。

森野はそれに対し、クスリと笑いかける。「ええ、こっちも準備OKよ」……と。

さあ、解放しよう。お互いの持てる全てをかけた一撃を!!

「ピンク&ブルー!! バァァァァァスト!!」

「Shining Canon!!」

お互いに向けられて放たれた仙気の渦は、お互いのちょうど中間でぶつかり合う。

場内に爆裂音がこだまする。だが放射されたお互いの仙気は途切れることなく、相手に向かって放ち続けられる。

森野の放つ青と桃の光の渦は、クルスから放たれる一直線の光を包み込むように掻き消そうとする。

だ、芯のあるクルスの砲撃は、逆にムラのある森野の砲撃をまるで突きさすように斬り裂こうとする。

全く違う性質の砲撃仙機術。お互いがお互いを喰おうする。その力は、はたから見れば互角に見えた。

……だが。

「くうううううるぁああああああああああああああああああああああ!!」

森野は叫ぶ。そうでもしないと、一気に自分の術が崩壊しそうであった。

解ってはいたのだ。この戦いを選べば、自分は圧倒的に不利。

相手は中距離使いなのだ。この手の砲撃はお手の物であろう。

しかし、それでも森野はこの勝負を仕掛けたのだ。

なぜか? 解らない。

だが、真正面から彼と戦いたかった。

接近戦じゃ物足りなかったのだ。最高の彼と、ぶつかりたかった。

ああ、最高だ。

彼女がこんなに全力をぶつけられる事は、久々だった。

如何に森野が重要に考えているレテルの護衛であっても、ここは学園特区。危険や脅威はほとんど何もない。

彼女は満ち足りていた。光栄だった。レテルを守る事は、彼女にとって生きる全てに成りつつあった。

しかしそこに全力はない。誰の評価も無い。

彼女の周囲はただただ、レテルの護衛と言う平和な日々が流れていくだけ。

それはそれで、良かったのかもしれない。

誰になんと言われようと、誰も何も興味を示さなくとも、その行為に何の意味がなくとも、森野はそれでよかった。のかもしれない

だが心の奥底で、森野は……求めていたのかもしれない。

誰かに何かを言われたかったのかもしれない。

誰かに興味を示してほしかったのかもしれない。

自分の行為を認めてほしかったのかもしれない。

「私は……、守るんだ。……この力で、この心で!!」

レテルを守りたい。

自らの誇りを守りたい。

「梨本森野は!! 守るんだ!!」

そして、それをもっと人に知らしめたい!!

これが、梨本森野の生き様だ!! 守ると誓った少女の生き方だ!!

「ああ、解った!! 君の力はやっぱり凄かったよ!!」

しかしそこで、不意に森野は気付いた。自分の砲撃が崩壊を始めたことに。

「っくぅ!!」

二色の渦は、クルスの一線を飲み込もうとした。だが、クルスの線は二つの渦を両断する。

そのまま、森野の砲撃は崩壊する。クルスの砲撃を抑える事もできなくなり、二つに分かれてしまう。

そのど真ん中を、光の直線が森野に向かって伸びてくる。

迫る閃光。森野はそれがゆっくりと、しかし思いのほか致命的なスピードで迫ってくる事を知った。

「ぅぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああッ!!」

叫び声をあげた自分の声が、妙に耳に残るのを感じながら、森野は意識を失った。





「おーい、大丈夫かい?」

そんな、どこか呑気な声が聞こえた。

妙に近くから聞こえる。いったいどういう事なのだろう。

「……ん、何よ」

呟きながら、森野はゆっくりと眼を開く。

「ん、気付いたか」

そこには、クルス・ハンマーシュミットの顔があった。

妙に近い。と言うか、確実にお互いの体が密着している距離だ。

いや……。密着と言うよりは……。

「……ったく。はじめてよ、こんな扱い受けたのは」

森野はクルスに抱きかかえられていた。

もっと厳密にいえば、いわゆるお姫様だっこである。

「ん? どう言うことだい?」

「こっちのセリフよ。いったいどうしてこんな状況に成っているのよ?」

「いや、砲撃術がモロに当たっちゃって君が吹き飛ばされたから、一応こうやって助けたわけだけど……」

「嫌味なくらい余裕じゃない。……まったく、私の完敗か」

森野はクルスに下ろすように促す。クルスはそっと、森野を地面に下ろした。とても優しい、女性を意識した下ろし方である。妙に手慣れているのは、あまり勘ぐらない事にしよう。

森野はパタパタと服に付いたほこりを叩く。握りしめたままだった伝機を、そっと待機状態にコンパクト化する。

少し離れたところで、声高々に審判がクルスの勝利を宣言する。森野としても文句はない。

「なあ、梨本さん。一つ聞きたいんだけど」

「なによ?」

「接近戦を続けていれば、君は僕に勝てていたかもしれない。なのに、なんで最後は僕よりは不利になるであろう砲撃術を選んだんだい?」

「んーそうねぇ」

実のところ、普段から森野の止めの一撃は砲撃術であった。接近戦での高威力の必殺技は、まだ身につけていない。

なので、別に大きな理由があったわけではないのだ。いつも通り、彼女は奥の手を出しただけ……。

だが……、大きな理由はないが、どんな状況であっても、きっと森野はあの時砲撃術を選んだであろう。

「O♯使いがA♯使いに接近戦で喧嘩売って来たのよ? ムカついて、逆に中距離戦しかけたくなるじゃない?」

あれだけ、本来ならば森野が有利な戦い方を仕掛けられたのだ。彼女としてもそのくらいの仕返しは当然である。

その言葉に、クルスは慌てふためく。

「い、いや。別にあれは君を馬鹿にしたわけじゃなくて、僕がそもそも近接系の戦い方が慣れているってだけで……」

……まあ、それも真実なのだろう。彼女も話した感じ、そんなに器用なタイプとは思えないと感じていた。クルスが実直に、自分のスタイルを見せつけてきたのは真実だろう。

まったく、変な奴だ。

まったく、おもしろい。

久々に、刺激になった。

「さ、行きましょう。次の試合の邪魔に成るわ」

「ああそうだね。これ以上は次の機会にしようか」

次の機会、その言葉が久々に森野に、『楽しみだ』という感情を植え付けた。




「そんなわけで森野ちゃん、やっと私以外のお友達ができたんですよ」

レテルはニコニコと当時を振り返りながら話す。

「まーでも、その後エミィちゃんやユーナちゃんと仲良くなるまで、また結構時間がかかっちゃいましてねぇ」

そんなレテルの話に、エリスは意外そうな顔をする。

「なんか、信じられません。森野先輩って、かなり取っつきやすいですし……」

「そんなことないですよ? 現に今でも、学校の友人と言えば私たちか、エリスさんやイースフォウさんくらいですからぁ」

それすらも大きな進歩だったんです、とレテルは付け加える。

「でも、最近は確かに丸くなりましたよぉ。というか、良い意味で肩の力を抜いてくれた感じです。こうやって私と離れて行動できるようになったくらいですからぁ」

森野はイースフォウと伝機の調整のために、近くの修理屋に居る。レテルは調整に時間がかかる事を聞き、イースフォウの付添だったエリスと共に、喫茶店で世間話やら思い出話をしていた。

「でも、森野先輩の過去の戦い方の話を聞こうと思ったら、随分意外な一面を聞いてしまいました。……ちょっと驚きです」

「森野ちゃん、アレで世間知らずなところもあるから。特に対人関係なんか、多分ものすごく苦手……イタッ!!」

不意にレテルは頭を小突かれた。

「山育ちの貴方に言われたくないわよ。……まったく、何勝手に人の話をしているんだか」

そこには、梨本森野があきれ顔で立っていた。

「えへへ、森野ちゃんおかえりなさい」

「あ、先輩お疲れ様です」

「エリスちゃん。イースちゃんはもう少しかかりそうだって」

「そうですか。でもオーダーメイドですし、仕方がありませんよね」

スッとエリスは立ち上がる。

「わたし、イースさんを迎えに行きます。イースさん独りじゃあ、ちょっとかわいそうですから」

その言葉に、森野とレテルも反応する。

「ん? そう? なんなら、私ももう一回行こうかしら?」

「わたしも行っても良いですよぉ?」

しかし、エリスは首を横に振る。

「別に良いですよ。如何に他に興味が沸いたとしても、友人が増えたとしても。森野先輩は、レテル先輩と二人の時が一番好きみたいですからね」

にこやかに、どこか茶化すようにエリスは言った。

だが、森野はその言葉に真顔で答えた。

「何言ってるの、あたりまえじゃない」





「森野~? どしたの、急に通信なんかしてきて」

「ユーナちゃん。不意に思い出したんだけどさ」

「なにかなー?」

「あの時私を嗾けたの、あなたよね?」

ブツリッ。

ッツーッツーッツー・………。

~某日某時、とある通信にて~

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