花は苦戦を強いられる

公開模擬戦は例年通りの盛況で幕を開けた。

この学園特区には大小さまざまな研究機関や学び舎があるが、アムテリア学園主催のこのイベントに対して、その他の施設も便乗して小さなイベントを開催してしまうため、地区一帯が一種のお祭りのような状態に成る。

その為、普段仙機術に対して関係ないような一般家庭の客も多く、メインイベントの内容以上に人が集まる。

とは言え公開模擬戦闘の内容ともなると、観戦客は軍の関係者や研究者、一部のマニア層などが中心のようであった。

(……流石に、多少は緊張するわね)

その手の専門家たちである。周囲の視線をヒシヒシと感じながら、森野は戦闘フィールドの中心に立っていた。

開催場所は、普段学生や軍人が利用している訓練場であった。空調から人口的な天候、さまざまな障害物を兼ね揃えた特殊な訓練施設であるが、この日は四隅に観客席を設置し、戦闘フィールドには周囲に被害が及ばないように常時不可視の障壁を展開している。

(あと……2分かな)

既に開会式も終わり、第一試合の開始も間近に迫っている。

その第一試合こそ、森野が参加する第一学年の模擬戦闘であった。

森野は、十メートルほど離れた位置に立つ少年を見据える。。

(クルス……。クルス・ハンマーシュミットか)

戦うと決意したその時から、多少の事は森野も調べてた。

クルス・ハンマーシュミット。学年での成績は、総合的にみれば間違いなく主席候補。秀でた能力はなく、常にバランスのとれた成績を叩きだしている。仙機術は、入学よりもさらに数年前から嗜んでいたようだ。

(まあ良いところのお坊ちゃんなら、幼いころから仙機術を独自に学ぶ機会もあったでしょうね)

だが、その程度なら問題はない。仙機術を使える=仙機術で戦えるというわけではない。確かに仙機術を入学してから学んだものよりは、一歩先に進んでいるとも考えられるが……。

(戦いは、実戦経験がものを言う。……例え、わたしよりも先に仙機術を学び始めていたとしても……)

森野は、戦場で生まれ育った。

人と戦う事は、誰よりも慣れている自信があった。

伝機を握る両手に力が入る。

右手には小ぶりな銃型の伝機、ピンクローズ。

左手には一回り大きい銃型の伝機、ブルーローズ。

(入学してから既に9カ月、戦い方も確立できてきた。学生……特に低学年程度なら負けることはない)

特に相手を舐めきった敵など、敵ではない。森野はそう確信している。

(本気で行く。……名誉のために、絶対に負けない)

手を抜かなければ、自分の価値は揺るがない。

スッと、クルスと森野の間に、軍服を着た青年が現れた。審判のようである。

「試合は十三分!どちらかが気絶、もしくはギブアップ、そして戦闘不能と考えられる状態に陥ったら終了。また、十三分試合が続いたら、判定にて勝敗を決める!充伝器は使用不可。解ったか?」

その言葉に、森野とクルスは答える。

「問題ないわ」

「了解しました」

「では、両者構えろ!!」

カチャリと、森野は伝機を構える。

クルスもスッと伝機を構えた。槍型のごく一般的な伝機。ただ、学園の支給品ではなく、どうやら自分専用の伝機のようである。

(確か、O♯使いだったわね)

O♯、中距離攻撃タイプ。槍と言う武器は近接武器に他ならないが、柄の部分が長く砲撃術の衝撃に耐え易い。そのため、中距離タイプの使い手ではポピュラーな伝機の一つでもある。

(伝機も癖がないのか……。万能型ってのもあるから、どう出てくるかが予測つかないのよね……)

故に森野としては出方を見たくもある。一手目から相手の傾向を探れば、何となく相手戦闘スタイルも見えてくるかもしれない。

しれないが……。

(相手も、私の手のうちなんて解らないはず)

ならば、速攻で攻めて落とす。それで問題ないだろう。

審判が、銃型の伝機を天に構える。

「それでは、………初め!!」

パァン!! と、破裂音が鳴り響いた。

「速攻!!」

森野は一気に飛び出た。

(私の伝機を見れば、接近戦をしかけるとは思わないはず。相手も中距離使いだし、距離をとりたがるはずだわ。だから一気に距離を詰めて、弾丸を叩きこんで……)

しかし、そこで森野の思考は一瞬止まる。

森野の眼前に、森野が考える以上のスピードで距離を詰めてくるモノが居た。

クルスであった。

「接近してきた!?」

思わず森野は口にする。その反応を見て、クルスは微笑する。

「っく!!」

読み間違えた。まさか、中距離使いが急接近してくるなんて……。

森野は急遽横に跳び、距離を開ける。

そのまま、術式を口にする。

「ファイア!! ファイア!!」

口ずさむと同時に、左右の伝機から一発ずつ仙気の弾丸がほとばしった。

あまりにも短い術式。それにクルスも少しばかり驚きの表情を浮かべた。

短縮術式。森野は3つの術式を伝機にその大部分を掘りこむことにより、1ワードで発動するように仙機術を組んでいた。3つの術以外の術を使う時は術式が長くなってしまうが、単純で小規模だが連続的に攻撃を行う戦法を森野は好んだ。

(流石にこんな特殊な使い手とは、戦った経験も無いでしょう?)

教科書には無い戦法である。学校の勉強が得意な秀才君は、さぞかしこの戦法にあたふたすることだろう。

そんな風に森野は考えていた。

だが、クルスは二つの弾丸を冷静にかわす。

かわしながら、術式を組み始めた。

「光、古より輝き、汝、永久に不動。北の天に輝く道しるべよ、ひと握りの勇気と成れ」

驚愕こそすれ、クルスの動きには迷いも躊躇も無い。

彼は叫び、術を発動する。

「Little Blader!!」

瞬間、彼の伝機の先端部分が輝いた。仙気が奔ったのだろう。それが光の刃を生成したのは、森野も目視で理解した。

「はぁッ!!」

クルスが槍を凪いで来る。

「っく!!」

森野はそれを間一髪のところで回避し、後方へ飛ぶ。

しかしクルスは、それを更に追って飛んで間合いを詰めてきた

(接近戦!? 中距離使いが!?)

「シ、シールダー!!」

森野は術式を叫ぶ。

右と左の伝機を眼前に付きだし、トリガーを引く。

パァンッ!! と、銃口から圧縮された仙気が飛び散った。

「っむ!!」

クルスはその仙気を受け、後方に吹き飛ばされる。

森野の短縮術式の一つ。圧縮した仙気を解放し、敵や攻撃を弾き飛ばす防御術である。連続しての使用は出来ないが、相手と距離を取りたい時に有効的な術であった。

「ファイア!! ファイア!!」

続けざまに森野は弾丸を発射する。

だが、クルスは杖を上手く使い、弾丸を弾き飛ばして対処する。

(……あの術式、攻撃用の術式と思ったら防御にも使えるの?)

実際のところ、クルスの『Little Blader』は光の刃を展開すると同時に、伝機自体の強度も上げることができる。森野の短縮呪文程度なら、余裕で弾き飛ばすことができる。

(ダメだ……。距離を取ったら全部防がれる。……むしろやっぱり接近しないと)

考えると同時に、森野の体は動く。間合いを一気に詰めようとする。

しかし、クルスは伝機を素早く突いてくる。

直線的な攻撃ではある。森野も難なく回避はしているが……。

(速い。この戦い方に慣れている……)

中距離使いのくせに、接近した戦闘に隙がないのだ。

(……これは、口だけの男じゃないかもしれない)

自分の能力と違う戦術を好む……と言うよりは慣れているという事。これは軍人養成を目的としたこの学園において、少しばかり特異な存在とも考えられる。

軍人とは、言ってしまえばチームで行動する。単体での任務がないとは言わないが、それでも適材適所、各々の能力を最大に有効活用できる能力を上げるのだ。

クルスが学園で能力を上げるとしたら、間違いなく砲撃術や距離をとった戦術である。実際、学園ではそういうカリキュラムを強く行っているはずだ。

つまるところ、この戦い方は学園に入学してから伸ばしたモノではない。それ以前から、彼が持ち合わせた戦闘技術である可能性が高い。

さらに接近戦を慣れていることから、敵と対峙して正面から戦闘を行う事が多かったことが予測できた。逃げるのならば、距離をとっての砲撃術が一番有効であろう。敵に詰められた状況が常ならば、おそらくそのような対処法が上手くなる。

つまり……。

(ただただ、仙機術を学んだ人間の戦い方じゃない。間違いなく、この男は実戦慣れしている!!)

どの程度かは解らない。ただ、なんらかの修羅場は潜ってきたことが、戦い方から解る。

森野は後悔する。いや、後悔と言うよりは反省。

目の前に居る敵は、確かに先日こちらを舐めた発言をしていた。

だが、その戦いっぷりには油断や隙はみじんも無い。

むしろ、相手をなめてかかっていたのは、森野の方であった。

(……なにが、良いところの坊ちゃんよ。なにが自惚れよ。戦いの場にそういうものを持ってこない点は、なかなか見どころのある男じゃない)

愚弄されたことを許す気はないが、相手の評価は見直さなければならない。

強敵なのだ。まさか自分と同じ年代で、こんな身近にこんな戦い方をする者が居るとは、微塵も考えたことがなかった。

だが………。

(私だって……、修羅場はいくつも越えている!!)

1対1は得意ではないが、それでも逆境から生き残る事は得意なのだ。

「エッジ!!」

森野は3つ目の術式を叫ぶ。

同時に、伝機のグリップの部分から、光の刃がほとばしる。

「いやああああああああああああああ!!」

森野は左手の刃で敵の伝機を弾き、右の伝機で斬りかかる。

その動きにも、クルスは冷静に対処する。森野の左伝機に弾かれた自分の伝機に、身体ごと流れに乗る。ごく少ない力で身体の位置をずらし、すんでのところで森野の攻撃を避けた。

クルスは、すぐに伝機を構えなおそうとする。槍型の伝機は、突きにこそ最速の攻撃を見出すことができる。

しかし速度なら二つの伝機を振り回す森野の方が速い。流れるような動きで、森野はクルスに攻撃を続けざまに叩き込む。

器用に、しかし確実に森野の攻撃を受けながらも、クルスは後方に下がるほかなくなった。

同じ接近戦とは言っても、短剣並みのコンパクトな刃と槍では、その間合いは随分と違う。

森野は必死に相手との間合いを詰め、クルスはなんとかはじき返そうと杖全体で攻撃を受けては弾く。

激しい接近戦。間違っても中距離タイプの使い手と、銃タイプの伝機使いの戦い方ではなかった。

だが、その技術は洗練されている。確かに若く未熟なところも多々あるが、少なくとも同世代の仙機術使いとはレベルが違う事は、観客も理解できた。

上がる歓声。盛り上がる会場。

だが二人の間には、その声すら聞こえない。

(集中しないと!! なんとしても、ここで一ポイントくらい取っておかないと!!)

実際のところ、森野は焦っていた。

若干だが、この現状は森野が優勢に動けていた。超近距離で攻撃が続けられており、距離をとりたがるクルスを上手く妨害で来ていた。

だが……

(『エッジ』には制限時間がある!!)

もともと砲撃が主の伝機なのだ。それ以外の攻撃方法にはそれなりの制約が付いて回る。

だがクルスの術がまだまだ展開可能な事は、森野も何となく勘づいていた。伝機や仙気に対して、無理のない効率的な術式のようなのである。

しかし、この攻防から抜け出すのは難しい。すこしでも距離を開けると、一気に槍の攻撃が自分に襲いかかるのが見えている。

(何か、何かキッカケがあれば……)

その時であった。

ゴゴゴゴゴゴゴ……。

「な、何!?」

「……これは」

会場が揺れていた。

地震……とも感じ取れたが違う。もっと人工的に、同じリズムで動いている。

ガチョン!! ギギギ!! ゴウンゴウン!!

「うわっと!!」

森野はたまらず後方に跳んだ。しかしクルスもそれについては来ない。

いや、ついて来れなかった。

二人の攻防のど真ん中、その地面が音を立てて割れたのだ。

更に、シュパンッ!! と裂けた地面から、何かが跳び出た。

「……なんだ?」

クルスが呟く。何か、黒い物体である。数は5つ。大きさはバレーボールほどである。

「……あれは、訓練用の障害物『S-03』」

森野はつぶやく。この訓練場に配備されている、訓練用の機器の一つで、ランダムにフィールドを高速で飛び回る。的当てとして訓練にも使えるなど、さまざまな方法で利用される。

「どうやら、これも模擬戦の内容の一つみたいだね」

不意に、クルスがそう話しかけてきた。

森野は気付く。今一瞬だけでも、戦いに集中できていなかった。

ある種の隙でもあっただろう。

だがクルスはそれを狙わずに、森野に声をかけた。

(意外に……正々堂々としているじゃないか)

「そうね、続けましょう」

「ああ、行くぞ!!」

クルスがそう言って突っ込んでくる。

同時に、森野の伝機の刃が霞と消える。制限時間だ。だが、それで良いのだ。

これ以上接近戦を望んだところで、きっと森野は負けてしまう。通常の、弾丸を放つ戦法に戻した方が良い。

さらに、S-03が出てきた。これは森野にとってとても大きい。

一対一の戦いは、森野にとってあまり得意な戦場ではない。

だがこのランダムに飛びまわる障害物は、戦場の様子を一気に変える。

ここは、既に一対一の戦場ではなくなったのだ。

(やれる。……私の戦い方に、こいつを巻き込む!!)

森野は、自分の近くに跳んできたS-03に接近する。

(これを利用するんだ!! 自分の得意な戦い、一対多数に見立てれば……)

勝機がある。

クルスはと言うと、相変わらず光の刃を伝機にまとわせ、接近戦を仕掛けようと突っ込んでくる。

しかし森野も理解した。相手は中距離支援の使い手だが、そうそうには砲撃術を使ってこない。

ならば、逆に相手の間合いよりも離れた場所から弾丸を撃ち込んだ方が良い。

「ファイア!! ファイア!!」

弾を撃ち込む。距離がある為、クルスはそれを受けるのではなく避けようとする。

しかし、上手くいかなかった。

「ッむ!!」

クルスは慌てて弾丸を弾く。避けようとしたバリ所に、S-03が浮遊していたのだ。

「ファイア!! ファイア!!」

一瞬動きが止まったところに、森野は続けざまに攻撃をする。

クルスは間合いを取ろうと背後に跳ぶ。

ドスッ!! しかし鈍い音と共に背後に衝撃を感じる。

「ここもかっ!!」

障害物が、行く手を阻む。しかし、それでもクルスは器用に弾を弾いた。

(……いける!! 相手は周囲の状況に適応しきれていない!!)

更に動きながらも、森野は弾を撃ち続ける。

クルスは身体を最小限に捻りながら、回避に努める。しかしいつの間にか死角に浮遊するS-03に、何度もゆく手を阻まれる。

森野はと言うと、逆にS-03を上手く盾にし、クルスをけん制する。

何度も何度も、クルスは森野への接近を試みる。しかし、そのどれもが上手くいかない。

そのころになって、クルスもようやく気付く。

「……なるほど、うまく誘導されているのか」

障害物の軌道の予測、クルスの行動したい方向、そして森野の弾丸。そのすべてを、森野は掌握しているのであった。

(気付かれたか……。でも、そう簡単には逃さない!!)

障害物があれば、それを意識して動こうとする。

行動したい方向は、こちらの攻撃や障害物で限定される。

こちらの攻撃は、相手から障害物への意識を逸らすことができる。

全ての要素を、森野は操ることができた。操る上で、相手が自由に動けない環境を作り出すことができた。

元々は一対多数の場面で、相手側の連携のひずみを突いて連携を崩し、相手が動きにくい状況を作り出す技術なのだが……。

(上手く、いってる!!)

撃つ、撃ち続ける。そのたびに、クルスは泥沼にはまっていく。

徐々に、弾丸がクルスをとらえ始めた。まだクリティカルではないが、何発かはその身体を捉えた。森野がこのまま動き回って自分のポジションを守りつつ撃ち続ければ、いずれは有効打も狙えるはずだ。

ついに、クルスの足が止まった。跳んでくる弾丸を、杖で弾くのみで対応し始めた。

動けなくなったのだ。自分がどこに避ければいいのか、徹底的に森野に操られたクルスは考えられなくなってしまったのだ。

「今だ!!」

森野は、一気にクルスの間合いを詰める。あとは相手が対応できないほどの間隔で、弾丸をぶち込めば勝てる。

滑り込みながら、森野は銃口をクルスに向ける。

その時である、森野は気付く。

クルスの眼。突っ込んでくる森野を、じっと見つめている。

その眼は、諦めの色はなく、焦りの色もなく。ただただ、何かを伺っていた。

森野は理解する。『何か』とは、チャンスの他ではない事に。

「っく!!」

森野は慌てて踏みとどまろうとする。しかし、その急なブレーキこそが、森野の最大の隙となってしまった。

「はぁああああああああああああああ!!」

クルスが吠える。瞬間、クルスを中心に、彼の仙気が爆発した。

「ッぐうううううう!!」

森野はたまらず吹き飛ばされる。森野だけではない、クルスの周囲に浮遊していたS-03もやはり吹き飛ばされる。

クルスは森野の猛攻に耐えながらも、体内の仙気を練り溜めていたのだ。足が止まったのも、その解放に森野を巻き込むための罠。

森野は、まんまと誘われた。

(まずい!!)

体勢を立て直しながら、森野はクルスの状態を確認する。

クルスの周囲はクリアに成っており、S-03も障害となっていない。そんなクルスは、伝機をスッと構え、森野に突っ込む準備をしている。

それでも、森野は冷静に相手を観察する。

(構えからして、やはり接近戦に持ち込むつもりだ。障害物がないし視線や身体の動きから察するに、若干右にずらしながら一気に間合いを詰めてくるつもりね!!)

なんとか相手が森野に突っ込んでくるまでには、彼女も体勢は整いそうだ。優位な状況は打破されてしまったが、彼女が不利になるほどではない。

……と、そこで森野は気付く。

相手の視線。森野はそこから、ある程度次の手が読みながら戦っていたのだが……。

違和感がある。視線から読み取った次の手は、森野が予測しているモノと大きなズレがあって……。

具体的に言うと、想像以上にクルスの次の攻撃は『速』そうであった。

もちろん今までの戦闘では、そこまでの速度はクルスに無かったが。

……無かったが、森野はその瞬間に自分の予測をかなぐり捨てる。

「光、夜を翔けて、願う、見えぬ瞬間。銀の河を切り裂く列車よ、ひと時の願いを聞け」

(新たな術式!?)

「Galaxy Railway!!」

クルスが唱えた瞬間、彼の速度は一気に上がる。

まるで銀河をかける一筋の流星のように、森野に突っ込んでくる。

(ま、間に合えええええええええええええ!!)

森野は限界の速度で、伝機を構えなおす。

「え、エッジ!!」

ガキン!! と、クルスの攻撃を森野は受け止める。

一撃目は受け止められた。だが、すぐにクルスは二撃目を繰り出してくる。

体勢の崩れている森野は、その攻撃を受けきれない。

少なくとも、両手は全く反応できない。

負ける。このままでは、森野は致命的な攻撃を受けてしまう。

(……負けるの?)

妙にスローモーションに、相手の攻撃が見える。

だが、自分の体は全く反応できない。

lこれでは自分の負ける瞬間を、ゆっくりと待つしかない。

(……冗談じゃない)

森野もここまで戦ったのだ。けして勝てない相手ではない。相手は強いが、それでも簡単に負けを認めていいほどの相手ではない。

まだ、何か出来るはずだ。彼女は自分の中を探す。自分が持っている技術を、なんでもいいから最後の抵抗を。

(何か……)

何かないか、そんな事を考えるのと同時に、森野の身体は動いていた。

バシッ!! と、クルスの手が払いのけられる。

森野の足だった。森野の蹴りが、クルスの手元を反らせたのだ。

仙気も載っていない攻撃、攻撃力や衝撃は殆ど無いに等しい。

だが、それでも、クルスの手元は一瞬狂った。

その隙に、森野はその足を起点に、クルスに絡みつく。両方の足で相手の胴をからめ捕り、伝機を上空に放り投げて空かせた手を使い関節を決める。

その動きはとても滑らかで、ある種芸術的であった。

(……出来れば思い出したくも無い技だったけど、体が覚えていた)

森野が仙機術に出会う前に手に入れた技。戦場で生き残るために会得した体術。

負けたくないと思った瞬間、その技が出てきてしまった。

しかし……。

「火炎よ」

クルスの呟きが聞こえた。瞬間、森野は腹部に衝撃を覚えた。

小さな爆発、クルスの仙機術であった。そこまで高度なものではなく、あくまで牽制程度の技。

だが、ほぼ密着状態での攻撃に、森野はたまらず吹き飛ばされた。

そのまま、森野は地面にたたきつけられる。思わずせき込む。だが、一瞬の判断で組んでいた関節を解いたため、衝撃は緩和できた。

そう、まだ動ける。先ほどのクルスのほぼチェックメイトの技から、脱出することができた。

まだ、戦う事が出来る。

森野は、少々苦悶の表情を浮かべながらも、ゆっくりと立ち上がる。

その足元にガチャリと、二つの伝機が転がりこむ。

伝機が跳んできた方を見ると、そこにはクルスが立っていた。先ほど手放した伝機を、どうやら彼が受け止め、森野に投げてよこしたようだ。

「……まだ、やれるかい?」

クルスの問いかけに、森野はゆっくりとその伝機を拾う。

大したダメージはない。一撃をもらってポイントは取られたかもしれないが、それでも身体が動けないほどのダメージはない。

ああ、まだ続行できる。まだ、自分は戦う事が出来る。

森野はゆっくりと、伝機を構える。

「あなたこそ、バテないでよね」

そんな言葉が漏れた。

「……ああ、こんな程度で止めたくはないよ」

「ふん、すぐに一撃食らわせてあげるんだから」

そう言うと、二人は再度ぶつかり合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る