第8話 エリーの回想 その3

 阿頼耶アラヤレンはシキの父親であり、英理エリの魂が戦闘補助AIとして搭載されることとなる、対天使機甲・魔人機エリゴールの設計開発の統括者の一人でもあった。

 天使が世界に降臨する前、エリとシキが幼馴染であったこともあり、エリはレンの教え子として研究所に特別に出入りを許されていた才媛であった。

 とはいえ、エリの主な仕事はまだレンの研究の手伝いであり、積極的に魔人機の開発に関わってはいなかった。当時は噂で、対天使用の機動兵器を開発している、程度のことを耳にしていた程度に過ぎなかった。

 この世界には、その頃はまだ平和の名残があった。天使の侵攻が本格的な物となり始めたとはいえ、対天使機甲の研究も順調に進んでおり、希望はまだそこに存在していたのだった。



 シキはエリに久しぶりに会えたことには感動していたが、同時に父親がエリに負担をかけているのではないか、という心配も抱いていた。

 ここはシキの実家である。父親は帰ってこないが、代わりにエリがここに住まわせて貰っていた。エリの住居はシキの家以上に研究所から遠く、そして流石にまだ未成年のエリは定期的に家でゆっくりと休めるよう、研究所職員たちからも釘をさされているのである。

 とはいえ、シキの家に帰ったエリはあまり休んでいるようには見受けられない。シキが見ている間は流石にくつろいだ様子を見せているが、シキが見ていない間はせわしなく研究のことを進めようとしている。

「それはないない。それにこんなご時世だから……対天使機甲の完成を急がないといけないしね」

「それは分かるけど……エリって本当ならまだ女子高生くらいの年齢でしょ? 父さんが迷惑かけてないか、心配なんだよ」

 天使の侵攻が本格化し、シキはともかくエリの方は研究所からの要請もあって、学校に通うことが不可能となった。シキ自身は天使の侵攻に怯えながらではあるが、学校に通っているというのにだ。

 だからこそ、シキとしては純粋にエリの身体が心配なのだ。なんだかエリがどんどん憔悴しょうすいしているように感じられる。研究者としてというよりは、あくまで研究の手伝いをしているはずのエリが、なぜそこまで必死になっているのか……シキには理解出来ないでいたのである。



 エリとしては、シキの心配はとても嬉しい。だが、彼女もまたシキの身を案じていたのだ。いつシキのいる場所を天使が襲うか分からない。彼女はそれが気がかりでしょうがなかったのだ。

 正直に言うならば、エリとしてはシキ以外の人間など正直どうでもいい。エリはただ、シキが安心して暮らせる世界を早く取り戻してあげたかったのだ。

 エリとシキが出会ったのは、もう大分昔のことになる。シキはあまり人を近づけたがる人物ではなく、エリも優秀な頭脳ゆえか同年代の人物から若干避けられていたのだが、エリの場合は他の同年代の少年少女を若干見下していた傾向があったので、自業自得の面もあったのだが。

 そんな風に他の人物と接するシキが、エリにだけは優しい顔を向けてくれる。友人として好意を抱いてくれている。エリにはそのことが誇りだった。

 シキはとても綺麗で、頭も良くて、それなのに決して自分におごれている様子がないことも、エリの琴線に触れた。エリ自身は自分の能力から内心で他人を見下していることが多い、ということには自覚があっただけに、余計にその姿は高潔なものとしてエリには見えた。

 シキはおそらく、エリの独占欲に気付いていない。実はエリがシキに近付こうとする人間を、少なからず排除していることにも気付いていないだろう。エリはシキの唯一で居たかった。

 他の友人がいたとしても、シキはきっとエリを特別に思ってくれる。そうは思っていたのだが、同時にそれでは自分は決して満足はしない。エリは、自身のそんな感情を完全に理解しており、それを抑制するつもりなど毛頭なかったのだ。

「大丈夫だよ、シキがそれ以上心配してどうにかなっちゃわないように、身体はそれなりに労ってるから、ね?」

 そういって彼女は笑った。その笑みに隠された、シキへの異様なまでの執着をひた隠しにしたままで……



 それからしばらくして、対天使機甲は一応の完成を迎えることとなる。

 そのときまでその約束は守られていたが、同時にそれよりも残酷な結末が待っているなどとは、二人はまだ知るよしもなかったのだった……

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