第7話 天使を狩る者たち

 シキの非日常が始まった。一旦は収まっていた天使が、突如として出現頻度を増したのである。おそらくは、対天使機甲・魔人機エリゴールの登場が大きかったのだろう。天使は、単純に人やその文明を破壊することのみではなく、対天使用の兵器との戦闘を行うための対策を講じていたのだ。

 学校はしばらく休みとなったことが幸いして、天使が現れても即座に対応することは可能だった。とはいえ、シキ一人では流石に物量作戦で来られては即座の対応は不可能だったろう。幸いだったのは、天使側も対天使機甲の性能に対抗することを優先したためか、ある程度固まって行動するか強力な個体による少数精鋭のどちからで戦闘を行ってきた点だった。

 前とは違い、政府も防衛用の兵器を即座に配備できるように対処はしていた。とはいえ、通常の兵器は天使には通用しない。

「だからといって、迂闊うかつに止めるわけにもいかないのがつらいところだけど」

 そうシキはひとりごちた。通常兵器は通用しない。天使に一方的に蹂躙じゅうりんされるだけである。だが、今はそのデータが必要なのだ。通常の兵器が通用しないというデータ、そして天使がどういう原理で通常兵器が通じないようになっているのか、そのデータがなくては対天使用の兵器開発が進まない。

「出来るだけ被害が出ないよう、速やかに天使を狩る! エリー、戦術オペレートをお願い!」

「シキ……随分積極的だね……」

 エリーは、そのシキの対応を若干不思議がっているように思えた。確かに、今まで一般人だったはずのシキが、戦いをあまりおそれていないのは、不自然といえば不自然だろう。

「エリゴールの性能は知っているから。今の天使の脅威度なら、むしろ外にいる人の方がよほど危険でしょ? それで他の人を守れるのが私だけの状況で、躊躇なんてしていられないよ」

「それは……そうだけど……」

 エリーもそれは認める。天使は対象となる人間の技術力の発達に合わせて、その戦闘力を徐々に増していく。まるで、あえて人間の技術進歩に合わせているかのように……

 天使とは、人間を試すための存在ではないか?

 そういう疑問が出たのも、天使が人間の対応に合わせて徐々に脅威度を増していく、その特性が判明したからだった。

 ともかく、その事実から推察すると現在の天使の脅威度は、対天使機甲であるエリゴールの出現によって僅かに向上しているだろうが、この世界の人間の技術によってエリゴールが開発されているわけではないこともあって、この世界の技術力にある程度合わせた戦闘力でもあるのだ。対天使の技術力が進歩した世界からやってきたエリゴールからすれば、現在の天使の戦闘力は相対的に脅威とはなりえない。

 だが、それを一番理解しているはずのエリーは、シキを戦いへと導いた張本人であるはずのエリーの方が、むしろどこか戦いを忌避しているように感じられて、シキは戸惑うのだった……



「私たちが相手をする! 下げれ!」

 だが、とはいえシキ自身が戦闘を望んでいる以上は、エリゴールは戦闘オペレートをせざるを得ない。シキはエリーに対し、人型であるエリゴールの身振り手振りによって、それとなく人類側の部隊へ下がるよう伝えた。

 エリーがその気になれば、司令官に通信を入れることなど容易かっただろうが、それはシキの身元がバレる危険があるということで却下された。代替案がジェスチャーというのはどうかと思ったが、こちらが思っていたよりは意志が伝わったようで、少なくとも人類側の兵器はこちらを攻撃してはこない。

(前の戦闘で、エリゴールが天使と戦っていたのは情報として伝わっているはず……だからこちらが積極的に攻撃しにいかなければ、人類側は様子見を始める確率は決して低くはない、とは思っていたけど……)

 このさい、敵の敵と見られているか謎の味方だと思われているか、といった人類の防衛戦力側の認識の方はどうでもいい。問題なのは、守るべき人間が乗っている兵器からも攻撃されてしまうと、天使との戦闘に注力出来ないということだ。

 こちらは天使とは違い、現実空間での戦闘力に特化している関係もあって、実は人類側の通常兵器は非常に微弱ながら効果がある。といっても、せいぜい衝撃でグラついたりする程度なのだが、天使との戦いでそのような茶々を入れられるのは、致命的でこそないものの非常に厄介であり邪魔である。

「エリー、いくよ!」

 後ろには今まで防衛のため戦闘行動を行っていた人たちがいる。天使は背に一対二翼のもので、人型の天使の中では二対四翼のものよりは弱い部類に入るのだが、とはいえ通常兵器などに搭乗している人間たちには十分な脅威だ。

「任せて! シキ!」

 エリーも応じる。それをシキは心強く思っていたのだが……

(前に出る……相手が攻撃行動に出ているけど、この距離ならそれほど脅威じゃない……このまま囮になりつつ、格闘戦に……なんで!?)

 エリーの戦術オペレートは、そのシキの意志に反して回避を推奨する戦術を優先的に列挙していく。頭に浮かぶその戦術を拒否、拒否、拒否……いくら拒否しても回避行動を優先しようとする。結局、エリーが拒否され続けたことに折れたのか、代替案として防御行動が提示される。その瞬間にシキはそれを選択した。自身を盾にする形の物としては、おそらく一番安全な選択だったのだろうが……

「エリー! 私には守りたい人がいるんだ! !」

 シキはそれほど戦闘に造詣ぞうけいがあるわけではない。だが、防御行動さえも自分のいるであろうコクピットの位置を最優先で守っている、ということは流石に理解できた。自身がエリゴールの防御力を当てにしていたのは事実だろうが、相手の脅威度からいって、そこまで神経質に防御に徹する理由はどこにもないはずだ。

(今わかった……始めてエリーと接触したとき、悪意のように感じていたあの感覚……もしかして、エリーがパイロットとしてではなく、私に個人的な感情で固執しているって感じたから?)

「エリー!」

「……!」

 重ねてエリーの名前を呼ぶと、ようやくエリーの方も折れたようだった。こちらの意志を読み取って、こちらの考えにそった戦術を提示してくる。

(今はまだ、小細工はいらない!)

 ただひたすらに、突撃を行えばいい。シキはエリゴールの性能を、そしてエリーの操作を信頼しているのだから。

「いけぇぇ!」

 今度こそ、エリゴールが小細工抜きの突撃を敢行する。敵の攻撃などものともせず、天使に向けて右腕の鉄拳がめり込んでいった。



「ねえ、シキ……迷惑だった?」

 エリゴールによる戦闘が終わったあと、彼女たちは徒歩で帰路についていた。エリゴールでそのまま自宅近くに向かえば、流石にある程度身元が割れる危険がある。この程度の労力は仕方がないことだった。

「……いや、気持ちは嬉しかった。だから、迷惑だなんて思わなかった。エリーに大事にされているって感じて、それはとても嬉しかったよ。でも、私は皆を守りたいんだ。だから、安全第一で戦闘行動はして欲しくはないかな。無謀な突撃ならともかく、我が身可愛さで人が死ぬのはみたくないから……」

 人の姿をしたエリーは、シキ以外には姿が見えない。だから傍目には独り言を言っているように見えるのだろうが、幸いなことに今ここに人はいなかった。それを見越してエリーも話しかけてきたのだろうが。

「そう……分かった、気をつける」

「お願い」

 エリーはシキの言葉に心なしか嬉しそうに、だがそれでいてどこか哀愁のただよう複雑な表情をしていた。

(私の突然浮かんできた記憶は、魔人機エリゴールに関連したことばかりで、エリゴールとの関係性が低いことはほとんど浮かんでこない……エリーのこともそう……エリゴールの戦闘用AIであるエリーのこと以外は、分からないことだらけ)

 いつか、エリーの口からエリーのことについて聞かせて欲しい。シキはエリーを横目で伺いながら、そんなことを考えていた。

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