第6話 シキとエリーの束の間の安息
対天使機甲・魔人機エリゴールは、一度戦闘モードから通常モードまで出力を落とすと、搭乗者から魂のエネルギーを受け取らない限り戦闘出力を発揮出来ない。
この辺りは単純に、自動車などの内燃機関を停止させると再点火が必要になる、といった解釈で構わないだろう。人間が乗る必要があるのも対天使機甲が人型機動兵器なのも、実のところこの点も理由にあるらしい。
何故か人型ではない形状の兵器では、人間の魂をエネルギーとして利用できる効率が極端に落ちてしまう。搭乗者のエネルギーを種火とすることが困難になるということだ。
もっとも、外部の人型機械を種火を作る機材として作製し、それから供給されたエネルギーを種火としてしまえば、対天使機甲たる兵器を起動させることも可能なわけであって、少々手間がかかるとはいえ結局は内部に人間が積極的に搭乗する理由としては、若干足りない。
やはり最たる理由は魔人機の暴走を阻止するセーフティ役、というのが最大の理由ではあるだろう。とくにエリゴールの戦術オペレートを担当するAI、エリーは純粋な戦術オペレートには不要なはずの人格といえる物が存在している。
どうして戦闘用AIにそのような感情を与えたのかは不明だが、そういった感情をもったAIがひたすら機械的に任務を遂行するかどうか、あるいは命令を完全に
お目付け役を兼ねて人間を乗せるというのは、正しい判断なのだろう。選ばれてしまった人間としては、多少文句も言いたくはなるが……
しかし、シキは不思議なことになぜかエリーのことは嫌いにはなれない。エリゴールのことは手に取るように記憶として出て来るものの、その戦術オペレートAIであるエリー自身については、ほとんどなにも浮かんでこないのだが。
それに……だ。
「懸念だった学校が、しばらく休校扱いになったしね」
「天使が現れて、人類が存亡の危機だっていうのに学校に通おうと考えてたの?」
ここはシキの家だ。父は研究を可及的速やかに進める必要が出来た、ということでしばらく家には帰ってこない。その代わりに、幽霊のように身体がすけて見える少女が家に居座っている。
エリー。その名前から勝手に外国人を想定していたのだが、彼女は黒目黒髪のロングヘアー、
(誰かに似ている気がするんだけど……誰だったっけ……会ったことがある人なような気もするけど、確証が持てない)
ちなみに、本体のであるエリゴールは今はこの世界のどこにもいない。ステルス迷彩などの類ではなく、天使と同じく位相空間で身を潜めているからだ。ただ、その状態では戦闘行為は一切不可能な点は、天使と異なっている。
ようするに、位相空間から安全に相手を攻撃するという機能を完全に捨て去り、人間が住む空間での戦闘にのみ特化しているからこそ、対天使との戦闘力に優れているということだ。技術的に難しいということもあっただろうが、人間を守るために造られた兵器が人間より安全な場所で攻撃する機能を組み込むことで、対天使との戦闘力が低下するのでは本末転倒だというのが、造った開発者たちの言い分だった。
ある程度の割り切りを捨ててあれもこれもと機能を加えると、最終的には本来の目的を果たすことも出来なくなる。妥当な割り切り案ではあるだろう。
「とはいえ、何時までも天使の襲撃に怯えて生産活動などを止めてしまったら、多くの人間が
それは学校も同様だ、とシキは思っている。警戒は重要だろうが、だからといって何時までも閉じこもっているわけにもいくまい。将来を担う若者の育成が行われなければ、どのみち人類は将来的に衰退の道を歩まざるを得まい。
大体、家にいたからといって安全なわけではない。いつかは天使の脅威に怯えながらも、生徒たちが学校に通うことになるだろう。いつか、天使という脅威が去った後の世界に備えて……
「……シキは豪胆なんだね。普通の人間はそこまで割り切れないと思うよ? まあ、学校が全国で休止されているのは、天使に関しての情報収集や解析とかがある程度素進むまでだとは思うけど」
「どのくらいかかりそうか、心当たりはある?」
人類にそんなことが出来る技術などあるのか、とはシキは聞かなかった。聞くまでもなく、エリゴールに関する記憶から想像がついたからである。天使が現れるのは、人間が魂にエネルギー源とする技術に触れたからだ。
言い換えれば、既に魂というエネルギーを解析する素地が整っていないと、天使は現れない。現れた以上は、魂によって天使が活動しているということは解明出来る。
問題は、どの位時間がかかるかどうかだ。
「分かんない……こればっかりはね。ただまあ、天使の正体自体は一年も立たないうちにある程度は解析出来るとは思うよ? そこから対天使機甲を造る技術を確立するまでは、相当かかりそうだけどね」
「エリゴールの技術を提供すれば、それは短縮出来ないかな?」
シキは疑問に思っていた。エリゴール単機で出来ることは限界がある。技術提供が可能なら、そうするべきではないだろうか。なぜエリーはそれをしないのか。なにかこちらに隠している意図があるのではないか。そういった疑問に、エリーはむしろ快活に答えた。
「とりあえずエリゴールの存在を信じてくるかとか、その有用性を正しく認識してもらえるかどうかとかはおいておくとしても、下手に今エリゴールを見せたとしたら、技術の方向性が狭まってしまうから。魔人機を真似するよりもいいアイデアを、この世界の住人が思いつく可能性を不意にすることになりかねないし」
それはそうかもしれない。魔人機の複製を行うというのはてっとり早い手段ではあるが、試行錯誤をせずにコピー品を製造することにのみ全力を尽くすようでは、かえって有用な兵器開発などを阻害する恐れはある。大体、エリーが最初にいったようにエリゴールが対天使に有用だということが認められるかどうか、それも意外に大きな問題ではあろう。現在の技術力で魔人機の性能を解析出来るだけの技術力を、果たしてこの世界の住民は持っているのかどうか。
「とりあえず、唯一の救いはエリーの分の食事は必要ないってことくらいかなぁ」
「なにそれぇ」
エリーはなにやらむくれた様子だが、割りと切実な問題ではある。天使という不可解な脅威が現れた今、販売する側も消費する側もあまり冷静な対応が行えているとは言い難い。
逆に常識はずれ過ぎたのが幸いしたのか、店から日用品などの購入を力づくで競うような事態は少ないが、それでも一時的に供給より需要が勝ってしまって、食糧などが品薄気味なのは事実なのだ。これでエリーの分も必要となると、本格的に食糧を手に入れるための遠征が必要になりかねなかった。
「……ねえ、エリー……私たち、どこかであったことがない?」
シキはこの雰囲気に乗じて、確信をついてみることにした。このことは非常に重要なことのような気がしている。彼女が自分に固執しているように感じるのは、そのことが原因なのではないか。今考えられる理由は、それくらいしかないから。
「さあ? 自分で心当たりがないのなら、その程度のことってことじゃないの?」
そういったエリーは、しかしその言葉とは裏腹に珍しく非常に憂いを帯びた表情をしていた。哀しみを押し殺すような、そんな表情がシキにはひどく印象的に見えた。
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