第5話 エリゴールの回想 その2

 始めてシキと出会ってから、もうどれ位たったのだろうか。何人のシキと出会ってそして死別して来たのか……エリーはもう覚えていない。



 二人目のシキを自身で殺してしまってから、エリーはシキとの接触には細心の注意を払うことに決めた。そうと決めたからには、その世界にもう用はなくなった。

 二人目のシキが死んだ並行世界は、天使による殺戮が始まったばかりであり、エリーのような対天使機甲は製造されていなかった。だが、エリーは全く躊躇することなく次の平行世界へと向かうことを決めた。

 彼女がエリゴールとなったのは、そもそもシキと会いたい一心だったからだ。他の人間や世界の命運ははっきり言ってしまえば、どうでも良かった。

 ただ、シキさえ無事ならば他の人間などどうでも良くなってしまったエリーとは違って、シキの方はそうではなかった。

(エリーとしては不満だったのだが、ということを、理屈としてしか解していなかったのだった)

 その後のシキとの邂逅も、結局はうまくはいかなかった。その感覚の違いが、両者の中そのものに決定的な亀裂を生んだわけではない。だが、その齟齬そごはシキの精神面をむしばんでしまうのだった。


 皮肉な話である。本心では、シキ以外は守るべき対象と設定されているはずの人々などどうでもいい。エリーはそう考えていたからこそ大丈夫だったのだが、シキは人々を護りたいと願ってエリーと共に戦うことを選んだからこそ、いくら自分が必死になろうが人々の被害を抑えきれない、その状況にやがて絶望していくのだ。


 エリーには全く理解出来ない感覚だった。彼女はただ幼馴染のシキと長くいたいだけなのだ。彼女の温もりと優しさを護れさえすればそれでいいのだ。他の一切は必要がなかった。そのために、姿AIことさえしたというのに。

 エリーはシキとずっと一緒にいるために、シキの四肢をもいでしまおうかと考えたことがある。そうすれば、彼女はずっとエリゴールのコクピットから出ることは出来ない。どれだけ長時間コクピット内にいようが、怪我の応急処置や生命活動の全てを強制的に維持させることも可能だったからだ。長時間身体を動かさないことによる筋力などの低下や、食糧を摂取しないことによる栄養不足の解消などは、エリゴールの機能からすれば簡単に解消出来ることだった。

 だが、それらは結果的に無意味な行為になるのだと、やがてエリーは理解せざるを得なくなった。そうでなくても、長期にわたる戦闘による心的ストレスによってシキは、戦闘による不詳ではなく精神の方が病んで廃人同然の状態になることが続いていたのだ。

 それなのに、さらにエリゴールのコクピット内から出ることさえ出来ないような状態にすればどうなるか。シキの精神が加速度的に病んでいくのを助長するだけだということは、今のエリーにも理解出来た。



 それから時は流れる。式、詩姫、紫姫……様々な平行世界のシキと出会い、そして彼女が精神的に耐えられなくなって狂ってしまう。それを一体何度繰り返したことか。

 その果てに、彼女は今のシキ(阿頼耶あらや四季シキ)と出会った。エリーは思うのだった。彼女は一人目のシキに一番似ている気がすると。優しさと気高さと、しなやかだが強い心を持っていた、エリーが始めて好きになった彼女と。

 そして思う。エリゴールのような魂をエネルギー源として駆動する魔人機の開発過程において、人の魂は集合的無意識で繋がっているのではないか、という説が浮上したことがある。それは、人の魂が完全に別個だと仮定した場合、搭乗者一人から得られるエネルギー量が想定より多くなってしまうのである(とはいえ、魔人機の主動力源はあくまで天使の魂によってまかなわれている。搭乗者を通じて得られるエネルギー量は、個人差もあるが基本的に主機関の始動用とサブの動力源程度が限界なのだが)。

 ともかく、人の魂が集合的無意識で繋がっているという説が出たとき、エリーが聞いたのは哲学における人の集合的無意識は、阿頼耶識と似通った概念なのだと。

 だから、エリーが愛した最初のアラヤ・シキが、今の対天使機甲たるエリゴールのテストパイロットだったのは、必然ともいえる運命なのだと感じたのだ。彼女の魂から得られるエネルギー量は、それだけで魔人機の全てを動かすには及ばなかったものの、それでも個人としては相当に高い代物だったのである。

 名は体を表すというが、シキはその名前からして集合的無意識を経由して魂の力を引き出しやすい体質だということが、あらかじめ運命づけられた存在なのだろう。そういった考えが浮かんだのだ。今まではそのことを忘れていた。

 


 現在出会ったばかりのシキは、エリーにそのときのことを思い出させた。もしかしたら、彼女は今までとは違った結果を生み出せるだけの可能性を秘めているのではないか。エリーは、久々にそう感じて胸を躍らせるのだった。

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