第4話 そして福音は鳴る
シキはエリゴールの中に招き入れられた。天使とは違い、エリゴールは人が作った対天使用の人型機動兵器なためか、位相空間に本体を置くといったことはしていない。それでも、人間が自力で乗り込むことは出来ず、エリゴールのAIであるエリーの意志によってコクピットへの立ち入りを許可された者だけが、このコクピットへ直接空間跳躍することによって入ることが出来る。
そのことを知らなければ、突然景色が変わったとしか認識出来ないだろう。シキの場合はそのことを知っていたので、それについて特に混乱することはなかった。
「シキ……操縦方法は分かる?」
エリーの声が聴こえてきた。こちらが予想より事態を把握するのが早いので、逆に説明すべきことがあるのかどうかについて、考えあぐねているようだ。
「分かる……私がしたいことを明確に思考すれば、エリーがそれを読みとってそれを元にした操縦パターンを最適だと判断した物から随時提案してくれる。私はそれに対して、最適だと思う物を選択する……これなら確かに、私のような戦闘経験のない素人でもそれなりに戦うことが可能だろうから、私を選んでも問題なかっただろうけれど……」
シキは暗に、自分が優先的に選ばれる理由もまたないと語った。
確かにこの方式なら、戦闘に関してド素人だろうがエリーが提示した戦術行動にしたがっているだけで、一定以上の戦果は出せてしまう。実質的に、人間が乗らなければならない理由は特にない、と言ってしまっても過言ではない。単に、機体側の製作者がAIに判断の全てを委ねることを危険視し、攻撃対象の誤認識や過剰な攻撃を抑制するために、人間に最終判断を委ねるという次善策を取っただけだ。ただ、それゆえにある程度人間の側にも、ある程度の状況判断能力が必要になってくることもあるだろう。AIの提示した戦術を全て素通ししてしまうのなら、人間が乗っている意味がないし、第一この方式はそもそも最初の攻撃対象などを人間が判断する必要がある。
つまり、あえて戦いの知識に
それに、どうやらエリーは戦闘以外にも精通しているようで、感情のような物を様々な言動などから感じる。ということは、当然人間に対してある程度の好みのような物はあるのだろう。戦闘用のAIにそれが必要なのかはおくとして、性格の不一致と言うものが生じることはあり得る。そういった相性の面で、自分が気に入られたということは確かにあり得る。
それでも、自分が他の多数の人間との試行錯誤の末に、エリーと最適なペアだと判断されたとは到底思えない。なにか裏がある気はずっとしている。
とはいえ、今からおろしてくれというつもりもない。エリーがなんらかの理由で自分に
それに、今まさに死のうとしている人々を救う術がありながら、それを見過ごすというのは性に合わない。
「死ぬかもしれない……それでも、ただ黙ってみているなんて私は嫌だ……だから私に力を貸して!」
「いいよ……シキにならワタシの全部をあげる……存分に、ね」
そして、目の前には今まで人を襲っていた天使がそこにいた。人型の巨大な天使。慈悲無く人を殺すシステムの具現。
だが、流石にエリーの出現によって人を襲うことは一旦止めたらしい。どうやら向こうもこちらが天敵だと察知したらしい。しかし、もう遅い。
「いくよ!」
優先目標は目の前の天使。攻撃手段は、こちらは格闘攻撃しかない。こちらの世界に見えている天使に触れることで、始めて位相空間にいる本体の位置が分かる。正確には位相空間の本体を攻撃するために、こちらの世界に表れている仮想の姿へエリゴールが触れる必要がある。
向こうは遠距離攻撃の手段もあるタイプもいる。ただ、位相空間にある本体からエネルギーを既に分割している状態で、さらに遠距離へ攻撃する手段をとるとなると、威力の低下は免れない。
実質的に、周辺の建物などならともかくエリゴール自体を破壊するだけの攻撃となると、天使の側も格闘戦を挑むしかない。だが、今ここにいる天使はエリゴールの破壊に特化した存在ではない。この場合は、同じ土俵ならエリゴールの方が圧倒的に有利なのだ。
だから、小細工は一切必要ない。ひたすら真正面からの攻撃を念じる。エリーの戦術オペレートによる提案もそれを推奨する。最終セーフティの承認を行う。真正面から一撃で引き裂く。
「いっけぇぇぇ!」
危険を察してはいたようだが、このような脅威がこれほど早く現れることは、向こうの想定外の自体であったのだろう。動きが鈍い。判断材料が少なくてどうすべきかを考えているせいだろう。その思考の隙は、明らかに致命的だった。
エリゴールの右手の巨大な爪が、縦に大きく振りかぶられた。天使の身体にめり込んで、その仮想の姿を斬り裂いていく。同時に本体の魂にも干渉が始まっていく。本体の魂まで同時に喰われてしまい、天使の姿はその一撃で呆気なく消えていった。
そして、シキにとって始めての天使との戦いは終了した。だが、これは始まりに過ぎないことは、シキはとうに知っている。
戦いは、これから本当の始まりを迎える。ここから、天使による対魔人機の戦術の構築が始まっていくのだから。全ては、始まったばかりだった。
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