月刀歌

樹曰く。

血刀けっとう。人魚に対して絶対的な殺傷能力がある武器。簡単にいえば人魚特効。

基本、双神家とその分家にしか使うことができない代物。

文字通り、血が媒介である。

しかし「刀」とは言うが、なにも全てが日本刀のような形をしているわけではない。

鎌だったり、糸だったり、楽器だったりと、様々な種類・形状がある。

その中でも双神家当主のみが使える血刀がある。

色欲の鞭。暴食の鐘。傲慢の剣。嫉妬の弓。怠惰の銃。強欲の杖。憤怒の刀。

全七種。


「確か実琴は次期当主だったと思うから一つくらいイケる気がするんだよね!」

「カッターを持ってにじり寄るんじゃない」

「えー、血を出さなきゃ出るものも出ないぞ実琴君?」

「だからって無茶振りにもほどが…って、樹後ろ!」

「おっとあそこにUFOがみたいな手には乗らn…ってはぁ⁈」

後ろに初級の群れ。しかもかなり体格がいい奴ばかり。元々は運動部かなにかだったのだろうか。

ってそうじゃない。

「来ないんじゃなかったのか⁈」

「幹部連中の誰かか…はたまたのレアケースか…とにかく、支配権が俺から別の人魚に移ったってことかも」

「冷静に分析してる場合か!くそっ、コンピュータ室に入るしか」

「はいコレ」

「なに渡してって…これほうきじゃないか」

「リーチ長い方がいいでしょ?俺も手伝うからさ。無傷なら万々歳、こいつら利用して血刀出れば一石二鳥だ」

「なにいって」

「逃げるのは終わりだ、双神実琴!散々人魚俺達を苦しめた血刀で、あいつら蹴散らしてやれ!」


「俺が全体相手取るから、実琴はボス一体よろしく!」

そう言って突然ペットボトルの蓋を開ける樹。

すると中身の水を一気にぶち撒けた。

一瞬だけ空中にとどまるはずの球体の水が、槍のような形になって器用にボス…主将以外を倒していく。

「そんな…こと、言ったって」

なんとかほうきで応戦する。

が。

「しまっ…」

「■■■■■■■!」

ほうきが折れる。初級のボスのタックルが完全にはいった。

耐え切れるはずもなく、倒れこむ。

相手に理性なんて欠片もなく、脳がしているというリミッターすら過去のものだろう。

ボスの猛攻は止まない。なりそこないとはいえ、人魚怪物になったことには変わりはなく。殴られ、蹴られる。

いつしか腕から、腹から、頬から血が出ていた。ほら見ろ、血が流れても何も起きない。やっぱり無茶だったのではないか。…意識が朦朧とする。


天守閣…だろうか。

和装の男がだだっ広い畳の部屋に正座していた。

部屋と言うには広すぎる、その空間には大量の刀が刺さっていた。

地面にも、天井にも、壁にも、なにもない空間にも。ありとあらゆるところに多種多様の刀が刺さっていた。

「まさか、■■ではなく、■■が初めに選ばれるとはな。……さて、当主実琴よ」

蛇の呪いを持つ覚悟はあるか。


痛覚が戻る。

一瞬、廊下ではなく、気がした。



「気のせいではないさ」

座ったまま、淡々と男は言う。

傷だらけのなか、オレは何故か

立つ力も気力もないはずなのに。

「直感でいい。好きな刀を持っていけ。になる覚悟があるならば」

どういうことだ。

「それを手にしたが最後、君は人でなしとなる。これを得ると言うことは、蛇の呪いを受け入れることと同義」

蛇?なんだそれは。もう意味がわからない。

だけど。生きて、全てを知りたい。樹にもまだ聞かなきゃいけないことがある。

…それに。

沙世が無事なのか確かめなければいけないから。

いや、そんな理由じゃ、覚悟にはならないか。

自嘲しながらちょうど近くの刀を掴む。何故か手にしっくりくる。

「惜しいな。だがこれも定めか」

男はまるで哀れんでいるような表情をしたが、それも一瞬のこと、すぐに無表情になった。

「これより憤怒の刀…妖刀・明星あかほし、存分に使うといい」

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