第二十五話 『それは想いを喰らう兵器』

 大小の破片と共に大穴が開いた旧工場の壁面。そこから巨大な人工物――いや、兵器と呼ぶ方が適当か――が飛び出してきた。

 身長は十メートルと言ったところか。全身が金属光沢を帯びたパールホワイトに輝いている。八本の脚で立つ姿は怪談に登場する蜘蛛人間と言った雰囲気だ。上半身には四本の腕を備えている。頭部には四面の顔が生え、あらゆる方向へと眼を光らせていた。

 そして、腹部にはカプセル状の突起が半分埋まった状態で収まっていた。


「ピュリメック……」


 ふと漏らしたつぶやきに、皆の目が怪物の腹部に釘付けになる。

 果たしてそこに、ピュリメックがいた。

 彼女はカプセルの中で自転車のサドルのような物に座らされたまま磔にされていた。両手首と両足首にはリング状の機械が取り付けられて、何かの管がつながっている。胸元も機械に取り囲まれており、がんじがらめ状態だ。眼は閉じられているが、その表情は時折苦痛に歪められていた。

 カプセルの中は黒い靄……黒ウィルが渦巻いている。


「ピュリメック! メーーーック!」


 あらん限りの声を振り絞って叫ぶ。

 その声に反応したのか、彼女が眉根を寄せる。


「無駄だ、デジールの騎士よ」


 巨大な化け物の顔が、四つ同時に口を開く。微妙に音色の違う四つの声が重なっているが、この尊大な喋り方を忘れるはずがない。


「ディプレスか……」


 俺の問いに対し、奴は含み笑いで応えた。


「怪物と融合したのか……」


 ピュリウェザーの静かな声は、極力落ち着こうと努めているようだった。


「でも……この魔物、今までのウノシーとは桁違いの黒ウィルを感じるよ☆」

「その通りだ、ピュリルーン」


 ディプレスは嘲るように答えた。


「この怪物は、決戦に備えて開発した新型、『ウノシーダ』という。イマジナリアとデジールが結託したことも想定した能力を持たせてある」


 ウノシーダ……

 結託したことも想定っていうと、連合軍を蹴散らす力を備えているってことか。そんな兵器に、ピュリメックが閉じこめられているとは……


「私を始め黒ウィルを崇める妖精は、自由に融合することができ、融合後のパワーはさらに高まる。だが、燃費が悪いのが玉に瑕でね……」


 ディプレスの言葉を聞いた瞬間、背中をつららで刺されたような感覚に襲われた。

 まさか、ピュリメックを閉じこめたのは……!


「私は、ウノシーダの高出力を、祓魔姫ふつまひめから溢れる無限のウィルで賄うことを思いついた」


 俺たちの表情を読んだのか、ディプレスは満足そうな笑みを浮かべた。


「そう! お前が探していた祓魔姫ふつまひめは、怪物の肉体の一部になっている。無力感、喪失感、敗北感……この女は肉体的にはさほど傷ついてはおらんが、自ら外界からの働きかけを閉ざしている。都合の良い永久機関の完成というわけだ」


 何てこった!

 ピュリメックは、ウノシーダの動力源として取りこまれているってことか。


 歯噛みする俺を見て、ディプレスはオペラのように芝居がかった叫び声を上げた。


「私が等しく与える恐怖によって想いは黒く沈み、妖精界からは白きウィルの力が消え去り、美しい虚無に染まる!」


 ウノシーダと融合したディプレスは、歯ぎしりするような耳障りな笑い声を立てた。


 ボス+パワーアップ機体+最強動力源の三連コンボ。

 言葉が出ない。

 表情筋が震える。

 俺の顔は今、異星人との力の差に絶句する地球の戦士のような表情をしているに違いない。


「……そんなろくでもない世界にはさせない☆」


 一番最初に硬直時間が終わったのは、ピュリルーンだった。背筋をキリッと伸ばし、ディプレスに人差し指を突きつける。


「あなたの言っていることは、歪んだ感覚が生んだ自己満足よ!」

「同感ね」


 ピュリウェザーがうなずく。


「私のプライベートリゾートには指一本触れさせないわ!」


 ピュリルーンとピュリウェザーが身構える。

 この二人はメンタルが強いな。おかげで恐怖に取りこまれずに済んだ。


「……所詮、俗物には私の高尚な考えは理解できぬか」


 蔑むように、ディプレスが溜息をついた。同時にウノシーダの顔が、哀れみの表情を作る。


「安心しろ……イマジナリアが滅亡する前に、お前たちはこの世から消える!」


 高らかに宣言するディプレス。四つの口が、まるで壊れた腹話術人形のように顎関節を無視して開いた。


「ヴァアアアッ!」


 四方に向けられた口が、故障した防災スピーカーのように咆哮をまき散らす。

 巻き上がり、迫る砂塵。


「まずいっ!」


 とっさに顔面を庇った瞬間、脳天をつんざく轟音と共に衝撃を伴った烈風が全身を襲った。

 全身が揺さぶられる。

 防御姿勢を取っていてもこの衝撃とは、とんでもない破壊力だ。腕の隙間から周囲を窺うと、台地の上にあった建物はまるで紙細工か何かのように細かくちぎれては瓦礫を周囲に飛ばしていた。





 叫び声が止んだ。





 脱出用に細工をした城門棟は、城壁もろとも砕け散っていた。周囲の建物は石材の山と化し、辛うじてそこに何かあったことを物語っていた。

 少し遅れて、重い地響きが腹に伝わる。

 宮殿の左に立っていた防衛用の主塔が、支えを失って崖下に崩れ落ちた音だった。


 みんなは……無事だ。

 身を守る姿勢をとると防御能力が向上するフェアリーシールドの力に助けられたようだ。それにしても、この全身をシェイクされたような痛み。減衰されてなおこのダメージとは……


「とんでもない破壊力ね……」


 ピュリウェザーが、痛んでいるであろう四肢の筋肉を庇いながら、それでもなお薄笑いを浮かべた。

 その横でピュリルーンが、やはり先ほどの攻撃で受けた衝撃を和らげようと、両脚をぱんぱんと叩いていた。


「……こっちも出し惜しみ無しで行くわ☆」


 大地をぐりぐりと踏みしめ、その左手が虚空に円を描く。


「いきなりっ、ルーンピュリファイアー! タイプ・マモン!」


 狙い澄ました必殺技はウノシーダの足下に魔法陣を描く。青い光が放たれる中、魔法陣から歯の噛み合わせモデルを巨大にしたようなものがうようよと湧きだしてきた。

 歯はウノシーダの表面を覆い尽くすほどの数になり、それぞれが渾身の力をもって装甲にかみつく。


「ぐぎゃーッ!」


 歯まみれの中からディプレスの叫びが漏れ聞こえる。

 あんな超絶破壊力を持った相手だ。持久戦をやっている余裕はない。なりふり構わず、全力でやらせてもらうのが正解だろう。


「ぐぉんな、ぐぉんな、ぐぉんな物ォ~!」


 ディプレスの呻きと共に、怪物に取り付いた歯の隙間から灰色の光が放たれた。噛み合わせモデルが次々と飛び散り、ピュリルーンの必殺技が解除される。


「そんな!」


 一瞬怯むピュリルーン。


「ぐばばば~ッ! そんな技、ウノシーダと融合したディプレス様には効かぬ~!」


 高笑いを……して、いる? らしいディプレス。


 ピュリルーンがさらに数歩、後ずさった。必殺のルーン・ピュリファイアーが効かなかったのだから、


「き……気持ち悪い」


 ではなく、血をだらだら流している四つの顔の醜さにショックを受けたからのようだ。


「……おい」


 ドスの利いた声が、ふんぞり返ってゲラゲラと笑っているディプレスを黙らせた。いつの間にか、ピュリウェザーがウノシーダの背後に立っていた。


「血ぃ吹き出しまくって、顔面は意外と脆そうじゃないか!」

「な? こ……これは液体バリアーだ! お前たちの攻撃など効くはずが……」

「やかましいっ!」


 ピュリウェザーがウィルをこめた籠手を複雑に振り、空中に印を切る。


「イマジナリア・リアライズ・オーバードライブ!」


 呪文に反応して、空が紅く染まり出した。一撃必浄技のキーワードを叫ぶべく、ピュリウェザーが大きく息を吸う。


一撃必浄いちげきひつじょう深紅之空しんくのそら!」


 空が渦巻き、天の底が抜けるように紅い奔流が落ちてくる。


「ぐばー! 顔はぶたないでェ!」


 ディプレスが何事か叫んだが、轟音とピュリウェザーの鬨の声とにかき消されてしまった。


「液体バリアーとやらに、この大出力を喰らったら……さてどうなるかなぁ!」


 ピュリウェザーの籠手が振り下ろされると、紅い流れは巨大な槌のように、ウノシーダの頭部を圧倒する。


「ぎゃおーーーぅん!」


 それはディプレスの叫びか、物質が圧壊する音か。

 深紅の空が堕ちるヴィジョンに一瞬遅れて、耳をつんざくような轟音が周囲を包みこんだ。次いで爆裂する砂塵によって視界が奪われる。





 音が消える。


「やった……のか?」


 砂塵が収まる。


 そこに奴は……いた。

 白かった装甲は色が剥げ落ち、銀色の表面を見せていた。そこにはびっしりと文様――エジプトのヒエログリフをさらに不気味にしたようなもの――が刻まれていた。


「ぶぶぶピュリウェザー破れたり!」


 奴が血まみれの顔面で叫ぶ。


「ぐぉれは、耐ウィルエネルギー装甲。装甲の妖魔文字に黒ウィルを流すことで、ウィルを用いたあらゆる攻撃を無効化するゥ~!」

「……その割りに、やっぱり顔面は血まみれね」

「どぅあから、これは液体バリアーだと言っだはずだ! ざあ、ピュリウェザー。最強の攻撃を受け止められた感想はどうだ~!」

「嘘くさいな」

「嘘くさい☆」

「嘘くさいわ」


 血をぴゅーぴゅー吹き出して嘲笑するディプレスの前で、俺たちは頷き合う。

 だが、十年前は直撃を恐れて逃げていった技を、無傷かどうかはともかくとして、受け止められてしまったことは事実だ。


「口の減らない小娘どもめ。いい加減、目障りになってきたァ!」


 ウノシーダの腕が地面をえぐる。地中から掘り出したのは、金属のパイプだ。


「ふおおおッ!」


 ディプレスの奇声に反応して、パイプが灰色の光を帯びる。

 びしびしっ。

 光はディプレスの背後に向かって地を這い、旧工場の瓦礫を通り抜けて崖下へと伸びていった。

 視界の外で、ずるっ、ずごっ、と地が裂ける音がする。


「一体、何が……」

「あれを見て!」


 俺の疑問を遮って、ピュリウェザーが叫ぶ。

 指さされた先には、体育館ほどもある倉庫のような建物が、灰色の光を帯びて宙に浮かび始めていた。


「で……でかい」


 口が勝手に動いてしまう。

 あんな巨大な物が浮かんでいるのは、生まれて始めて見る。

 灰色の光を放ちながら空中でうねるパイプと、それにつながれた建造物。それは非現実的な大きさで目の前にあった。

 フレイルという武器がある。持ち手から鎖が生えていて、その先が棍棒や鉄球になっている打撃武器だ。剣玉を凶悪にしたもの、と言った方がピンと来るかも知れない。目の前に浮かんでいる物はまさに、非常識なサイズのフレイルといった姿をしていた。


「シュエアァァァッッッ!」


 まさか、と思う間もなく、倉庫が俺たちに向かって振り下ろされる。

 着地のことなど考える暇もなく跳び退いたその場所に、ゴウッとジェット機のような風切り音を立てて襲いかかってくる倉庫。姿勢の崩れた全身に、えぐられた大量の土砂が散弾のように打ちつけられた。


 畜生!

 受け身のまねごとをして地面に転がり、地面に激突するのだけは免れた。巻き上がる砂煙で、ピュリルーンとピュリウェザーの姿が見えない。


 何て破壊力だ。


 だが、フレイルのような武器の場合、振り下ろした直後からもう一度振り上げるまでに隙ができるはず……


 倉庫が、ずりずりと動き始めた。

 ちっ。こっちがアクションを起こすより早い!


「シェイッ!」


 斜めに埋まった壁面が、高速で遠ざかっていく。つまり倉庫は、ピュリルーンたちがいる方へ飛んでいったということだ。


 避けてくれ!


 直後、俺の願いも空しく、足下からごしゃっという音が伝わってくる。

 動きが止まり、砂煙が収まる。


「お? 当たったようだな」


 ディプレスの無慈悲な嘲笑が投げかけられる。

 それには答えず、風の音だけが微かに響く廃墟に向かって仲間を呼んだ。


「ピュリルーン! ピュリウェザー!」

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