第二十三話 『潜入! ヴォイダート帝国』

「ヴォイダートの城門が開きました。敵襲です!」


 天幕の入口を引き裂かんばかりに転がりこんできた妖精兵が、そう叫んだ。


「ディプレスめが自ら指揮する軍が、こちらに向かってきます!」

「ディプレス⁉ 私たちが倒れたと知って、さっそく攻めてきたのね。何て素早い……」


 ピュリルーンがベッドの上で身を丸めながら弱々しくつぶやいた。


 ディプレス、素早いな。

 思った通り素早い。

 考えを巡らせていると、兵は俺たちの身をとりあえず起こすため、一生懸命に手を引き始めた。


「担ぎ手が間もなく参ります。お早く安全な場所へ……」

「いや、いい」


 俺はその親切を丁重に断ると、自力で身を起こした。


「治った」

「は?」

「だから、治っちゃったんだよね」

「はあ……」


 妖精は怪訝な表情を浮かべて俺の顔を覗きこんだ。


「えーと、じゃあ……ディプレスがヴォイダートの門を開けたから、悩みごとが解決して吐き気が治まったんだよ」

「なるほど、それはめでたいですな! 敵襲もきっと退けられることでしょう!」


 兵士は勇んで天幕を後にした。

 背後でごそごそ音がする。どうやらピュリルーンも身を起こしたようだ。


「ピュリルーン、俺は治ったよ。君はどうだい?」

「もちろん、大・復・活! ぴゅりーん☆」


 いろいろな面で、さすがだピュリルーン。





 天幕を出ると、まだ乱戦には陥っていなかった。

 臨戦態勢をお願いしていたせいか、打って出てきたヴォイダート軍に対して、俺たちの軍はしっかりと持ちこたえている。

 俺は、隣でどさくさに紛れてぴったりと寄り添っているピュリルーンに視線を送った。


「行くよ、ピュリルーン」

「オッケー☆」


 ピュリルーンは先ほどのグロッキーが嘘のように力強く頷くと、祓魔姫ふつまひめの力で空中に跳び上がった。


「ザ・チャリオット!」


 そのまま護符をバックスイングし、大きなモーションで投擲した。

 札は空中で光をまき散らし、馬で引く戦車の姿に変化する。そのまま敵の前線に着地すると、縦横無尽に駆け回った。轢かれたダリーが水飛沫のように宙を舞う。敵軍のどよめきと、イマジナリア軍の歓声が大きく耳を打った。


「次は俺の番だな。インヴォーク!」


 両腕に二体の動物霊が宿るのを感じる。

 魂が定着するのを感じると、即座にハチドリの魂を発動し、敵陣のただ中に走りこんだ。


 いた。


 ディプレスは中央のやや前線よりで、四つ足のウノシー四匹に担がせた輿に乗って指揮を執っていた。先陣で指揮するとは、敵ながら見上げた気概の持ち主だ。


 それ故、俺も容赦しない。

 ほぼ動きを見せないウノシーたちの腿と、人間で言えばアキレス腱にあたる部分にカメレオンの鞭を叩きこむ。棘の並んだ鞭が怪物の肉体にきちんとヒットし、ダメージを与えたことを確認すると、俺はディプレスの輿を離れ、味方の陣で一番手前にある急ごしらえの櫓によじ登った。

 しっかり手摺りに掴まり、この前のように情けなく膝を屈するようなことがないように気を配る。そしてハチドリの魂を解放した。


「ぐっ!」


 膨大な疲労感が、身体全体に一瞬でのしかかる。

 何度味わっても慣れないな、この急にやってくる脱力感は。

 一瞬で四肢にえぐりこまれた疲労をどうにかいなし終わった頃、敵陣の中央で騒ぎが起こった。

 ディプレスの乗った輿が崩れ落ちたのだ。

 無論、俺が奴の輿まで赴き、担いでいたウノシーの脚を丁寧に、十六本全て斬り裂いてきたために他ならない。


 ディプレスが輿の残骸から顔を出した。そのまま倒れたウノシーの隙間から身体を引き抜く。ステッキを足下のウノシーに突き立てて毒突きかけた瞬間、俺の方を見てびくりと肩を振るわせた。その震えは全身に伝わり、顔面に怒りの形相を浮かび上がらせた。前に見せていた紳士風の雰囲気をかなぐり捨てて、肉食獣のような吠え声を上げた。


「イマジナリア軍に入れ知恵しているというデジールの騎士がいると聞いていた。貴様か!」


 どうやら、先ほどの戦いでピュリウェザーの軍が見せた迅速な救援の一部始終を、俺の戦果だと勘違いしているようだ。

 しかし、ディプレスが人間を観察しながら闘いをしかけていることは、人間界で闘ったときから薄々感づいていた。


「お前が人間の戦力を警戒していたことには気づいていた。人間の身に何事かあれば、お前はすぐに攻撃を始めようとして門を開く……そういう筋書きだったんだ!」

「謀ったな、デジールの騎士ぃ!」


 ディプレスが地団駄を踏んだ。よし、怒り心頭だな。この手の奴は、まず慎重さを失わせないとね。

 さあ、突撃しろ。今ぶつかれば、こっちの勝利だ。

 ディプレスは案の定ステッキを振り上げ、突撃の命令を……


 出さなかった。


「お前たち、ここで持ちこたえろ。何千人死んでも構わん!」


 言い残したディプレスは回れ右すると、城門の中へと一目散に駆けこんでいった。

 司令官の退場に、しばし呆気にとられる敵軍一同。


 嫌な予感しかしない。

 恐らく、謀略には謀略で返すという動きなのではないか。

 つまり、奴が向かった先は人質、つまりピュリメックのいるところに違いない!


「ピュリルーン、ピュリウェザー!」


 二人を見やると、向こうも俺と動きを合わせる心づもりであることがわかった。

 彼女たちには祓魔姫ふつまひめの大ジャンプで一足先に侵入してもらう。そして俺はカメレオンの保護色で乱戦を縫って潜入するって作戦だな。


「先に跳んでくれ!」

「守も跳ぶのよ☆」


 え?


 返事を返す間もなく、ピュリルーンに軽々と抱えられる。

 そのまま彼女は、俺の重さなどまるで感じさせない軽やかな跳躍で、乱戦が繰り広げられている戦場の上へ舞い上がった。


「わ! ちょっと!」

「暴れないでね。戦いの中に落としちゃうかも☆」


 俺の冷や汗を知ってか知らずか、ピュリルーンがいたずらっぽく注意する。

 戦場の中に落とされてはたまらない。とりあえずされるがままになっていると、大して時間もかからないうちに城門の前に着地した。

 ややあって、五メートルほど離れた場所にピュリウェザーが足音も軽く着地する。


 目の前の城門は、落とし扉が上がりっぱなしになっている。それを守る左右の小さな塔には敵兵の姿がなく、沈黙していた。総力戦のためにかり出されたのか、それとも指揮官が戦線を離脱するとは思ってもいなかったのか。


「…………」


 俺たちは黙って視線を交わすと、城壁外の喧噪が嘘のように静まりかえっている築城橋に脚を進めた。





 築城橋は、防衛機能を持った橋だ。

 本来は渡河管理に使われるものだったそうだが、目の前にあるこいつは、空堀に架けられていることからして、純粋な防衛施設として作られたとみていいだろう。


 ディプレスが予想外の行動をしてくれたおかげで、防衛の兵が全て出払ったまま戻ってない。俺たちは何の妨害もなく石造りの橋を渡り、これまた開け放たれた城門棟をくぐり抜けると、そこは大きな広場になっていた。校庭十面分ほどもある広場で、五千人以上は集まれるはずだ。ここにウノシーやダリーが集結し、城門から吐き出されてくるのだろう。


 向かって右手には教会のような――でも教会よりもっとおどろおどろしい建物がそびえ立っている。左手の方はイマジナリアでも見たような建物がひしめいている。おそらくヴォイダートの妖精たちが住む住居なのだろう。正面には、ギリシア風の柱を備えた背の高い建物が向かい合って立っている。政治や司法に関わる建物のような雰囲気だ。

 二つの建物の間には奥へ通じる道が整備されている。

 道の先には小高い丘があり、それは街の中心にありながら城壁が巡らされていた。


「親玉は、やっぱりあそこだよね」


 俺が指さすと、二人は間髪入れずに頷いた。


「親玉感プンプンだよね☆」

「あそこが親玉じゃなかったら、神経疑うわ」


 よし。みんなの意見が一致した。


「次に、この広場を突っ切りたいんだけど……ピュリウェザーは姿を消す技を使える?」


 ピュリウェザーは俺の問いに微笑みを返した。


「心配いらないわ。……ウェザー・ミラージュ!」


 ピュリウェザーが技を発動させると、彼女の身体はゆらゆらと色彩を失っていき、やがて完全に見えなくなってしまった。

 ホント何でもできるな、ピュリウェザーは。苦手なことってあるんだろうか。


 ピュリウェザーに倣って俺たちも姿を消す。

 誰の姿も見えないが、声をかける。


「丘の城壁への侵入口で落ち合おう。もし見失ったら、俺はピュリメックの救出。ピュリルーンとピュリウェザーは『境界の門』の探索だね」

「わかった☆」

「了解」


 さっき二人が立っていた辺りから返事が聞こえてきた。


「じゃ、あっちで!」


 俺はそこにいるはずの二人に声をかけると、広場の向こう側にある道へと走り始めた。

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