第十七話 『宴が強制終了しました』

 豪華な夕食も半ばにさしかかった頃。

 俺たちの笑い声は、乱暴に開けられたドアの音に打ち消された。


「イマジナリアより早馬!」


 一同に緊張の電撃が走る。

 ざわつく高官たちを制して、ラピルーが立ち上がった。


「通せ」


 あくまで優雅に口元を拭うと、ラピルーは扉へと歩み寄った。高官たちもそれに倣う。


 同時に、デジールの兵士に肩を借りたイマジナリアの妖精兵が謁見の間に入ってきた。

 外見はあくまでメルヘンなずんぐりした子馬の姿をしたイマジナリアの兵士は、ラピルーの姿を認めるといかにも兵士然とした野太い声を絞り出した。


「デジールの女王様! ヴォイダートの軍勢が、我がイマジナリアのお城を!」


 その一言は、家臣たちを驚愕させた。ラピルーは落ち着き払っているが、一文字に結ばれた唇からは、敢えて感情を押し殺しているのが見て取れる。

 使者は言葉を吐き出し続けた。


「ヴォイダートは大量のウノシーを作り出し、妖精界を消滅させる気です! なにとぞ御対策を……ぐふっ!」


 イマジナリアの妖精兵は、肩を借りたデジール兵の間でがくっとうなだれた。


 思わず息をのむ。

 死んだ……のか。

 これが、戦争か。

 選ばれた使者は、死を覚悟してここまでメッセージを伝えた。

 選ばれた俺は、英雄として戦場で散る恐怖とも闘わなくてはならない。


「……ぐふっ!」


 今度こそ、死んだ……のか。

 選ばれてあることの恍惚と不安と、二つは抱き合わせだ……


「……ぐふっ!」


 妖精っていうのは、よく死ぬな……


「ぐふっ、ぐふっ……道中、空気が乾燥していて、咳が……」

「紛らわしいっ!」


 俺とラピルーの声がハモった。どうやらまだ切羽詰まった状況にはなっていないようだ。


「し……使者殿に水を! あとは怪我の手当てだ!」

「かたじけない……」


 その場で床に座りこんだ馬妖精は、差し出された水をごくごくと一気飲みした。


「イマジナリアとヴォイダートはすでに交戦状態に入り、軍勢が睨み合いを続けている」


 彼は手当てをされながら戦況を語り始めた。


「戦線は膠着していると、皆が思っていたんだ」


 群臣が馬妖精の使者に顔を近づける。明らかに不吉の前兆を感じ取れる口調だった。


「イマジナリアの城壁内で、突然地面に穴が開き、そこからウノシーがダリーを連れて湧きだしてきた……」


 ダリー……確か戦闘員の名前だったはずだ。

 すると、ウノシーが人間サイズだったとしても、穴は相当大きいものだったに違いない。


「幸い、我が軍の兵も戦闘準備をしており、新たな祓魔姫ふつまひめもいらしていたので何とか撃退できたが、ヴォイダート帝国の新たな戦法である可能性が高く、こうして敵をかいくぐってお知らせに上がった次第」


 新たな祓魔姫ふつまひめ……無論ピュリメックとピュリルーンだろう。彼女たちは無事、イマジナリアにたどり着くことができたようだ。女王様に会うだけでパワーアップができるとかいう話だったが、果たして、どうなっていることやら。ただ、一つ言えることは、ひかると詩乃さんが闘いに参加しており、さっそく俺が力を貸すことのできる場所があるってことだ。


「して、その後イマジナリアのお城はどうなったのだ⁉」


 ラピルーが詰め寄る。


「撃退後、速やかに穴を埋め、祓魔姫ふつまひめが『キカイ』とかいう大きな鉄の動物で城壁に沿って杭を埋設し、侵入を食い止める手立てを講じました。ただ、敵を押し返せないのが現状でして、援軍をお願いしたいとの伝言でございます」

「……わかった」


 ラピルーが頷く。彼女はそのまま、斜め後ろに控えていたフクロウを呼び寄せ

た。


「明日、出陣できるか」

「治癒術師を総動員すれば、移動だけなら夕方には何とか可能かと」

「それでよい」


 ラピルーが満足げに答えた。


「従軍する治癒術師は魔力の回復を待って輜重隊に編入。イマジナリアまでは通常で四日かかる。怪我の治りきらぬ者は道中で回復させよう。余も出陣し、士気を鼓舞することにする」

「なあ、ラピルー」

「何だ、守?」


 俺は人垣の外に取り残されていたが、居ても立ってもいられなくなっていた。


「俺だけ一足先に出発することはできないか?」

「守が? だが、まだ『魂の発動者』になって間もない。余と一緒に……」


 ラピルーは言いかけたが、俺の眼をじっと覗きこんだ。金色の瞳が一瞬、揺らめく。


「新たな祓魔姫ふつまひめというのは、その……お前にとって……」

「大切な……友達だ」


 ラピルーは自分の気持ちに整理がつかないような顔をしていたが、その感情を無理矢理押し隠したのか、いつの間にか王者の顔に戻っていた。


「馬を呼べ」


 侍従を呼び、命令する。

 俺は自分のための馬だと理解し、それを引き止めた。


「ラピルー、待って。俺、乗馬なんてしたことないよ」

「ん? ……そうか。そう言えば、最近の人間は馬に乗らんと聞いたことがある。二頭立て馬車を用意せよ。牽引は、スレイプニル妖精を充てる」


 侍従が頭を下げて退出する。


「スレイプニル? 聞かない動物だね」

「馬車を曳ける者の中で最も足の速い、八本脚の馬妖精だ。今晩出発すれば、明日の朝にはイマジナリアに到着できる」

「ありがとう」


 元々荷物など何も持たずにこの世界に来た俺は、すぐにマントを肩にかけ、宴が中断された宴の間を後にした。





 城門の前には立派な二頭立ての馬車があり、スレイプニル妖精が二人――いや、二頭と言ったらいいのか? 待機していた。ただの馬ではなく妖精なので、馬車とは言っても人力の駕籠や輿に近く、当然御者などはいない。


 救国の英雄になった俺は、多くの妖精たちから見送りを受けた。その先頭にいるラピルーは、ちょっと強がったような表情を浮かべていた。


「英雄が馬に乗れないのでは恥ずかしい。今度乗馬を教えてやるから……またデジールに来てくれるか?」

「必ず」


 やや強い口調で断言すると、ようやくラピルーの顔に安堵が浮かんだ。


「待っているぞ」

「その前に、イマジナリアで会えるだろ?」

「あ! ……そうだったな!」


 ラピルーの顔が輝きに満ちる。


 待機していたスレイプニルの一人が、振り向いて乗車を促した。


「守卿、そろそろいくぜ!」


 俺は馬車の扉を閉め、窓からラピルーに手を振った。

 馬車は街道を徐々に加速しながら、イマジナリアに向かう。

 室内は思いのほか快適で、布張りの内装やクッションの効いたシートは、まるで貴婦人の乗り物のようであったが、スレイプニルの牽くそれはエンジンでもついているのではないかというスピードで街道を駆けていた。振動はバネが上手にいなしていると見え、それこそ人間界の自動車とさほど変わらない程度の揺れしか感じない。

 心地よい振動とともに戦の緊張はなりを潜め、この日自分に起きた事件の疲れが睡魔となって一気にのしかかってくる。

俺は柔らかな背もたれに上半身を預け、眼を閉じた。

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