第三話 『選ばれた戦士は機械の力?』

「確かに……イマジナリアの問題はイマジナリアで片づける、という考えは間違っちゃいないわ」


 アネットはウノシーを睨みつけ、戦闘態勢を取る。


「フェアリー・ビーム!」


 アネットの目から怪光線がほとばしる!

 しかし、それはウノシーの肩から生えた盾に防がれてしまった。


「まだまだ! フェアリー・トマホーク!」


 アネットの手に、どこからともなく斧が現れた。それを構えて彼は舞い上がり、ウノシーに打ちかかる。


「ウノシー!」


 がつ。

 アネットの一撃はウノシーの持つ斧にあっけなく斬り払われ、ひかるの前に落下する。


「ぺぎゅっ!」


 ひかるの目の前で、ピクピクと痙攣するアネット。


「ちょっと、大丈夫?」

「大丈夫。問題ないわ」


 アネットは身体を起こすと、さすがに心配するひかるをよそに立ち上がった。


「フェアリー・ホームラン!」


 アネットは黒光りするバットを呼び出すと、さらにウノシーに向かって振り上げた。

 べち。


「むきゅうっ!」


 羽虫のように振り払われたアネットが赤いボロ雑巾のようになって、ひかるの前に落ちてきた。


「ま……まだよ……あいつを、野放し……人間、界が……虚無の器、に……」

「…………」


 それを目にしても、ひかるは動こうとしなかった。目を見開いて、じっとアネットを見つめている。

 何を考えているんだ! 昔のひかるなら、こんなひどい場面を見て黙っているなんてことはなかっただろう!


 俺が一人で気を揉んでいると――

 ようやくひかるは、足下に並べられた巫装ぶそうアイテムから、スマホ型の物を拾い上げた。


「もうやめて……私に力があるなら……巫装ぶそうする!」

「あ……ありがとう……」


 アネットが虫の息で応えた。そして倒れたままの姿勢で、力を振り絞るように右前足を伸ばす。


「イマジナリアに安寧をもたらすことを絆とし、また軛とし、代行者アネットが牧名ひかるの巫装ぶそうを許可する……」


 アネットは痛みに顔を歪めながらも、極力呼吸を落ち着けるように、ゆっくりと呪文のような言葉を唱えた。爪の先に光が灯り、それはひかるの持つ巫装ぶそうアイテムへと吸いこまれていく。


「ひかるちゃん、認証の儀式は終わったわ。これで巫装ぶそうできるはずよ」


 言われるがままに、ひかるはファンシーな浄心器じょうしんきを斜め上方に構える。

 大きく息を吸い――

 地の底から響くような声で、宣言した。


「ピュリンセス……変、身!」


 …………

 一陣の風が吹きすぎる。


 ひかるは浄心器じょうしんきを掲げたまま、恥ずかしそうに硬直していた。


「あ……あれ?」


 気を取り直して、別な構えをとる。


「へーん身! 変身っ! ヘシン!」


 …………


 三パターン腕を振り回すが、何も起こらない。


「ゴー!」


 こんどは華麗に一回転してみるが、やはり何も起こらない。


「ピュリンセス・スパーク!」


 アイテムを突き出すが、やはりウンともスンとも言わない。やっぱり『巫装ぶそう』って言わないとだめなのかな。


 それにしても……

 あいつ、何パターン変身できるんだ? ひかるにあんな特技があったとは。

 今度は大の字に四肢を広げている。


巫装ぶそう!」


 ぴょん。


 …………


 ひかるは頬を引きつらせて、アプリの不調を確認する通行人Aのふりをしながら、スマホ型巫装ぶそうアイテムの画面を押したり擦ったりしている。

 やがて、何事かに気づいたように再度仁王立ちした。


「では、変身プロセスをもう一度見てみよう!」

「ひかるちゃん。そ……そんな男気溢れる呪文では……無理よ」


 アネットが荒い息をしながら、ひかるの言葉を遮った。

 ひかるが顔を赤らめて足を閉じる。


「は……早く言ってよね」

巫装ぶそうの呪文は……『サモン・ピュリンセスガーブ』」

「わかった……サモン・ピュリンセスガーブ!」


 正しいキーワードに反応して、ひかるの身体が閃光に包まれた。

 溶けるように制服が消え、代わりに別の衣装がひかるの身を包み始める。

 脚はワインレッドのロングブーツに黒いニーソックス。

 ワインレッドのミニドレスには黄金に輝く基板模様。両肩からは、まるでマントのような十本のリボン。スカートの裾からは黒いレースのパニエが見え隠れしている。

 同じく黒いレースがあしらわれたワインレッドの長手袋。

 トレードマークのツインテールは膝上くらいまで伸び、髪色まで赤く変化している。

 そして、左腕には複雑な文様が刻まれた白金色の籠手が現れた。


 閃光が消える。


「やった……」


 アネットが息を吐いた。


「ひかるちゃん……いや、新たな祓魔姫ふつまひめ。あなたからは機械の力を感じるわ。さあ、名乗りを挙げて!」


 ひかるはアネットに向かって大きく頷くと、巨大なウィルの力を感じて警戒するウノシーに向かって叫んだ。


「私の科学力はァァァアアア、宇宙一ィィィイイイ! ……ピュリメック!」


 …………


 それは……正義のヒロインの名乗りじゃない気がするぞ。


「やった! ピュリメック! さあ、ウィルに身を任せて、想いの通りに闘って!」

「え? 何か……武器とかは?」

「うん! あたしから、新しい祓魔姫ふつまひめの誕生を祝って、イマジナリアでも希少品のアイテムをプレゼントしたわ!」

「早く!」

「それは……『絶対にめくれないスカート』! すでにそのフェアリーシールド製の衣装、ピュリンセスガーブに組みこんであるわ! どんなに激しいアクションをしてもめくれないから、安心して闘って!」

「ありがとう! ……じゃなくて、もうちょっとマシなもの……例えば鈎爪とかチェーンソーとか、闘いに関係する物はなかったの?」

「何を言っているの?」


 虫の息だったはずのアネットがすくっと立ち上がり、ひかるに詰め寄る。


「それは、イマジナリアのウィル制御技術の粋を集めた、最新鋭のマジックアイテムなのよ!」

「それはいいわよ。スパッツでも穿くから」

「何ですって!」


 アネットは、闘いの痛みも忘れたかのように立ち上がった。


「スパッツ! 空中戦でのチラリを恐れてスパッツを穿く姫の何と多いことか! でも、それは邪道よ! スパッツに頼らない闘い方こそが姫の正装! スパッツなどという邪道の衣装に毒されない姫を誕生させるために、この『絶対にめくれないスカート』が誕生した! これさえあれば、あおりからの撮影も宙返りからのキックも安心! これが正統派の姫なの! そう思わない?」

「あー……はいはい」


 何だろうねー撮影って。


 二人が馬鹿な会話をしている内に、ウノシーがひかる――いやピュリメックに向かって、ドスドスと襲いかかってきた。盾の付いた右手を振りかぶってパンチを繰り出す。


「きゃっ!」


 反射的に身体を庇うピュリメック。

 そこに巨大な拳が躊躇なく打ちこまれた。

 しかし、ウノシーの巨大な拳はピュリメックを数歩下がらせるだけで、有効な打撃を与えはしなかった。


「これは……」

「それがフェアリーシールドの力。防御姿勢を取れば、想いの力に反応して防御力を極限まで高めるわ。祓魔姫ふつまひめになれば、パンチやジャンプなどの身体能力も飛躍的な向上をするはずよ」

「よーし!」


 ピュリメックは二発目のパンチを繰り出そうとするウノシーに向かって、腰だめに構えた。

 直径一メートル近いウノシーの拳がピュリメックに襲いかかる。

 しかし、


「だらっしゃー!」


 おおよそヒロインとはかけ離れた叫びを上げるピュリメックのパンチが、ウノシーのそれと衝突する。


 めきょ。


 深紅の長手袋に包まれた小さな拳が、ウノシーの中指辺りにめりこむ。


 めきょきょ。


 ウノシーの赤い装甲がちぎれ飛び、黒い筋繊維と思われる物の流れに沿って、腕が波紋のように弾けていく。見ていて気持ちのいいものではない。


「ウノシー!」


 怪物は数歩後ずさりながら、破壊され尽くした左手を庇った。あの怪物、痛みを感じるのか……


「すごい……」


 ピュリメックが右腕を払うと、水を吸った埃のような音がして、ウノシーの筋繊維がアスファルトに落ちた。


「次は?」

「攻撃する物を想像して。そうすればあなたの手に現れる。派手にやっちゃって! 『バンパイア効果』っていうのがあって、あたしたちや怪物、巫装ぶそうした祓魔姫ふつまひめは機械や鏡に映ることはないから、証拠は残らないわ!」

「わかった!」


 ピュリメックはウノシーを睨みつけながら肩幅に足を開き、ゆっくりと気を吐いた。吐ききった瞬間、芝居がかった仕草で右拳を突き出す。


「メック……トマホゥゥゥク!」


 出た。ピュリメックにも斧が! しかもなぜか叫び慣れている! でもそれは機械じゃないぞ!

 ピュリメックはそのまま、人間の限界を超えた速度の踏みこみを披露すると、ウノシーの片足を斬り裂いた。


「ウノシー!」


 ウノシーが苦痛に叫ぶ。


 妖精より人間の方がウィルが強い……それが、この攻撃の差か。ウノシーの追跡を請け負うアネットより、たった今、祓魔姫ふつまひめになったばかりのピュリメックの方が、有効な打撃を与えている。


「もっと大がかりだったり複雑だったりする物体を呼び出すための正式な手続きは『イマジナリア・リアライズ』と唱えること!」

「オーケイ!」


 ピュリメックはウノシーに向かって走り出す。


「イマジナリア・リアライズ!」


 そして両手に現れたのは、サブマシンガン!

 あいつ……そんなもの想像してたのか。


「とうっ」


 ピュリメックが跳躍する。

 彼女はウノシーの遥か上空まで舞い上がり、そのまま二丁のサブマシンガンを怪物に向ける。


 たたた、たたた、たたた、たたた……

 びすびすびすっ、びすびすびすっ……

 三点バーストで発射された銃弾は、的確にウノシーの身体に風穴を開けていく。

 奇妙なことに、盾に命中してもウノシーが苦悶の声を上げている。盾も身体の一部だということなのだろう。


 ピュリメックが着地する。

 確かに彼女が跳躍し、宙返りをし、サブマシンガンを乱射し、着地するまでの間、一切スカートはめくれなかった。惜し……いや、素晴らしい技術だ!

 ふらつく怪物。いよいよ決め手が欲しいぞ。

 ピュリメックも、それについてはわかっているようだ。


「アネット、とどめは?」

「『メックピュリファイアー』と唱えて!」


 ピュリメックは籠手を天に掲げる。


「メックピュリファイアー!」


 叫びに応じて、ピュリメックの手に長大な砲身が握られる。全長は約四メートルといったところか。口径自体はさほど大きくはないが、黄金の大砲は、威容の一言に尽きる。


 巨大ロボ状の怪物と、身長の倍以上もある大砲を構えたミニドレスの少女。

 対峙する二人は激しくミスマッチだ。

 そして。


「当たれぇっ!」


 ピュリメックがトリガーを引き絞る。

 砲身から放たれる、光の槍。

 それはウノシーの身体の中心を捉え、貫く。


「ウノシー!」


 怪物の断末魔は耳をつんざくビームの叫びにかき消され、その音が消えた時には、怪物の姿は影も形も見えなくなっていた。


「排除、完了!」


 ピュリメックは大砲を消すと、親指を立てた拳を下に向け、ポーズを取った。

 だから、それは正義のヒロインじゃないってば……

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