4章

1.

 おかしな沈黙が流れた。

 目の前の男は薄ら笑みを浮かべたまま、渚と望愛を見ている。名前を呼ばれた渚が今どんな表情をしているのか、望愛の後ろにいるから分からない。だが望愛同様、この状況に戸惑っていることだろう。

「……ああぁぁ!」

 突如、男が叫びだした。

「毎回毎回この沈黙何!? 耐えられねぇよ! それに俺が変人みたいに思われるじゃねぇか!!」

 髪をかき乱しながら、顔を真っ赤にさせて叫ぶ男。

「……変人としか思えないわよ」

 目の前の男をそう呼ばずしてどうするか。思わずぽつりとつぶやいたが男に聞こえていたらしく、「だよなー」と男は頭を抱えその場にしゃがみこんだ。

 ――今だ。

 ようやくみせた、一瞬の隙。

 もうチャンスはないだろう。望愛は男を視界にとらえたまま、なるべく静かに後ろにいる渚の腕をつかみこの場を走り出す。

「――っ!?」

 だが、望愛のその作戦はものの数秒で覆された。

 望愛自身、何が起きたのかすぐには理解できなかった。

 ようやく今の状況を理解し始めると、地面に伏せたまま睨みあげる。

「どういうことかしらね……渚」

 望愛を押し倒している影――渚は、時折見せていた困ったような表情で望愛を見下ろしている。

「どうって……頭のいい望愛なら分かるよね」

「……分かるって、何を――」

「あー、渚が女の子を押し倒してるー。芽衣に言ってやろー」

 望愛の言葉を遮るように、しゃがみこんでいた男が渚を指さし小学生のような口調で言う。そんな彼に渚は「うるさい」と冷たく言い放つ。

「ひっでーな。俺だけいつも塩対応じゃね?」

「うざいからでしょ。ていうか、陽遅かった」

「期日通りだっての。今回はそういう任務だったろ」

 望愛の頭上で交わされる会話。その内容から、何となくではあるが状況がだんだん飲み込めてきた。そしてこの状況だからこそ、自分の察しの良さが嫌になる。

「……冗談、よね?」

 震える声をごまかしながら吐き出された言葉に、渚はまた困ったような顔を向ける。

「僕が嘘をついているかどうか、望愛の能力なら分かるはずだよ」

 確かに、望愛の能力なら今渚が嘘をついているかどうかなんてすぐに分かる。だが能力を使わずとも、渚が嘘をついているかついていないかくらい分かる。たった2か月ほどの付き合いではあったが、彼がこんな時に嘘をつくほど器用な人間ではないことくらい知っている。

「……ほんっとう、最悪なタイミングよね」

 聞こえるか聞こえないかの声で呟いた言葉が聞こえたのか、渚は申し訳なさそうな表情をする。

 おそらく望愛だけではなく、今直人と翔悟の元にもハヤブサの関係者が向かっていることだろう。もしかすると、他の組織にも手は回っているかもしれない。

 これで明日の計画はとん挫するだろう。主要なメンバーがいないのだ。うまくいくはずがない。逆に、一斉に能力者たちが捕まってしまい、より一層能力者排除の傾向が強まっていくかもしれない。

 みんなでたくさん話し合い、吟味しあってきたこの計画は、これにて幕を閉じるであろう。

 望愛はもう、計画についてはあきらめた。今更あがいたところで、この場を切り抜けられる自身も技量もない。

 ただひとつだけ、どうしても疑問に思ったことがある。

「ねぇ、渚。……渚の能力って、何?」

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