ハヤブサ①
本当に何故今なのか。渚もそう思った。
今まで四苦八苦しながらも、大きな失敗や損害なくここまできたのだ。ハヤブサの動きについても、厳重に注意していたわけではないが、可能性として頭の隅にはいつもあった。さすがにここまで来てからはないと思っていた。けれど、悲しいかな、前日の今日に接触するとは。
「本当っ、タイミング最悪……」
渚が思っていることを望愛が口に出した。
目の前の男は笑みを携えたまま黙っている。
渚は望愛に、これからどうするのかという意を込めて視線を投げる。が、望愛自身まだ整理しきれていないのだろうか、険しい表情まま男を見ている。
「……どうするの?」
しばらくして望愛が尋ねた。
「どうって?」
「あなたがハヤブサの人間だとして。私たちをどうするつもりなの?」
「あー……どうすんだろ。や、嵐の奴らを確保するってのは知ってるけど、そのあとは知らねぇな。俺そっちは専門外だし」
ペラペラと話してくれるところをみると、別に隠す気はない様だ。
だがこのまま明日まで見逃してくれる……なんてことはないようだ。
お互い見合ったまま、時間だけが過ぎていく。
渚は男と望愛を交互にみて様子を見ていた。だがさっきから男の様子が少しおかしい。視点が望愛たちではなく、どこか遠くを見ているように感じる。
「…………はぁー」
突如、男がため息をついた。
「疲れた……。マジ、ないわ。俺こう見えて結構人見知りなのに」
独り言だろうか。男がぼそぼそと何かを呟いている。その瞬間、時間にして数秒ではあるけれど、少しだけ男の視線がそれた。望愛はその一瞬を見逃さなかった。携帯を取り出しながら、くるりと方向転換して、渚とともに走り去ろうとしたのだが――。
「いっ!?」
望愛が左手を抑えながらその場に立ち止る。ついで携帯が地面に落ちた。
「あぁ、わりぃ。ちょっと強く投げすぎたかも」
男はどこから取り出したのか、右手で小石のようなものをもてあそんでいる。どうやらその小石が携帯を持つ望愛の手に当たったようだ。
「大丈夫?」
「えぇ……大丈夫よ」
「逃げねぇでくれよ。俺のせいにされちまう」
どうやらこの男、かなりやるようだ。先ほどの一瞬の出来事思い返し、渚は唾をのむ。
「女子にこの対応って、ちょっとひどいんじゃない?」
「なら逃げねぇでくれよ。俺だって、女相手にこんなことしたくないし」
「なら見逃してくれないかしら」
「いやいや、俺の話聞いてたか? 困るっての」
今がチャンスなのでは……と思った。望愛が男の注意をひいて話している間に直人か翔悟へ連絡ができるのでは――。
そっとポケットの中の携帯に触れる。
「おっと、ダメだぜ渚。他の奴に連絡するとか。……ったく、油断も隙もありゃしねぇ」
どうやらばれていたようだ。侮れない。心の中で舌打ちをする。そして、ふと思った。
「なんで僕の名前……」
彼に名前を教えた覚えはない。望愛が呼んでいたかと思い返してみるけど、この男と会ってから渚の名前を呼んでいないはず。それに、この前も。
男はその問いかけに「やべっ……」と少し焦ったようだったが、すぐに切り替えたのか、
「まぁ、今更か。時間稼げとか言われたけど、まぁいっか。いいよな、渚」
「……え?」
親しげに名を呼ばれ、渚は困惑する。望愛も困惑したように渚を見る。
男は眉間にしわを寄せながら
「その反応、分かっちゃいるけど結構クんだよな……。やっぱこれは慣れるしかないのか」
などと、ぶつぶつ訳の分からないことを言っている。
「渚、真に受ける必要ないわ。きっとこっちを惑わせているだけよ」
こそっと望愛が耳打ちする。そうかもしれないと思い、渚はうなずき返した。
「さっき時間稼ぐとか言ってましたけど、お仲間来るまで私たちを足止めですか?」
相手の動向を見逃さんと男に視線を戻し、一挙一動を見逃さないよう尋ねる。
「足止め……まぁそんなとこか。てか、俺の役割は別にあるし」
「……の割には、のんきにおしゃべりしてるわね。ずいぶんと余裕そうに見えるけど」
「可愛い女との会話は楽しむもんだって、俺の心の師匠が言っててな。それに、俺の役割は苦なくこなせることだし」
「あら、私たちなめられてる?」
「まさか。能力的にはそっちが本気出せば、俺なんか秒殺じゃね?」
「あらそうなの。意外ね」
「よく言われる」
関係ない話をしながら、望愛と渚はじりじりと気づかれぬよう、少しずつ男と距離をとっている。男は先ほどから自然体のようにふるまっているけれど、全く隙を見せてくれない。
渚は望愛の半歩後ろにいながらどうやってこの場を切り抜くか、一生懸命に考えてた。しかし良い案など浮かばない。
すると突然、地面に落ちた望愛の携帯が鳴った。長さからして電話だろう。
「……出てもいいかしら」
「困るな、それは。……てかムダ話しすぎたか。そろそろっ――!」
「っ!?」
もう少しで届くはずだった望愛の携帯が、投げられた小石により弾かれる。渚は男に気づかれぬよう、そうっと足で携帯を手繰りよせていたが、どうやらばれていたようだ。
「ったく、マジ油断も隙もあったもんじゃない」
そう言うとさっきまでのにこやかさが一変。口元に笑みは携えたままだけど、雰囲気や目は先ほどとはちがく、冷たい。
「さて、俺もそろそろ仕事をしましょうか」
ザッ――
男が一歩足を踏み出す。
反射的に望愛も渚も一歩後ずさる。
「さぁ、終わりにしよう」
そう言って、男は口角をさらに上げた。
「チェックメイトだ、渚」
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